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gib_fox
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rkrn雑と高
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不完全燃焼
雑(→)←高 火傷後意識が戻ったときの雑の話、高はあんまり会えてない設定です この時はまだ小頭だったと思うのですが、間違いあったらすみません
⚠︎つ…い設定の「婚約者がいた」というのをお借りしてます
たった一言の、重い言葉だけだった。
それを今、この打ちひしがれた体に言うのかとも思ったが、今さらかとため息をつく。自業自得ではある。すると口の端がわずかに痛み、雑渡はこんな些細な動作すら覚束ないことに、しかし不思議と苛立ちはなかった。
全て覚悟を決めて──というより、最初から頭に無く、炎の中へ飛び込んだのだ。
「親の決めた結婚でも、見目の麗しい、あなた様となら」
と言われた。よくわからず適当に「はぁ」と応えた。
見目、顔の造形。鏡を見るのは大抵、変装の支度をするときだ。たしかに
眉墨
まゆずみ
は入りやすいし、目元にこだわって形を施したりすることはなかったように思う。ただそれを麗しいと言われると、傾げた首がもげ落ちそうだった。
雑渡が、抜けるように肌が白かったのは、夜にばかり行動をするからだ。そして変装のとき、白ければどんな肌色にも自在に化けられた。皮膚の手入れを欠かさなかったのは、傷のある侍をやれと命じられていつでも取り
繕
つくろ
えるようにだった。身の丈をごまかすためなら関節も外す。忍びとは、おおよそ人外の働きをする。そうして仮面を作って相対する敵たちを欺いた。そのために雑渡は存在する。
その努力と才能が、ある日「見目麗しい」の一言をもらって違う視点を得た。なるほど自分の容姿をそのように捉える人間もいるのかと自覚させられた。件の言葉をくれた女性は着物の袖で口元を隠し、恥ずかしそうにしていた。彼女こそ、俗に言う麗しい人なのだろうと雑渡は思った。
けれど雑渡はあまりに──忍び然としすぎている。
自分の見た目などどうでもいい。
この体は隅々まで忍びである。
情け容赦のない非道さも
弁
わきま
えている。
だから彼女も、手にかけろと言われたら。そこまでを考えて雑渡は我に帰った。うつくしい女の香りがそこまで近づいていて、「祝言、楽しみにしております」と告げられた。
──その半年後、雑渡はその顔面を黒焦げに焼き、体の半分を
爛
ただ
れさせ、物言わぬ状態で帰還した。皮下組織にまで及んだ火傷は甚大で、今のこの体に忍びとしてなんの価値があろうかと、雑渡は諦めたように心で笑ったものだ。
それでも死ぬことは許されず、死を考えることも放棄しなければならないほど、たくさん、たくさん次から次へと話しかけてきた。上司が、城主が、部下たちが、看病は諸泉が多かったが、ときどき押都や山本と入れ替わり立ち替わり、雑渡が意識を手放そうと夢見心地でいるのを無理やり引っ張り出してきた。雑渡はまたも心中で笑った。わかったわかったと動かない口で囁き、こうして雑渡は死なずにいる。
そうして現在、意識を取り戻すまでの約八ヶ月ほどの間。婚約者の彼女は一度も現れず、雑渡の意識が戻った途端、たった一言の重い、
鉛
なまり
のような言葉を伝言として部下に残した。それが、
「
……
破談、ねぇ」
掠れた声に我ながら情けなくなるが、これでもわりと負傷当時より喋れる方である。火傷を負って麗しいと称された顔面を失い、婚約者は二人の間の祝言を取りやめたことを告げて去った。顔や身分目当てだったのか、父親か母親が、体の損傷
著
いちじる
しい男の元へ嫁にやるのを嫌ったか。
そばにいて伝言を聞いていた諸泉は激しく怒る。まるで自分のことのように怒ってくれる。寝たきりのまま少年の怒りを真横で浴びて、「少し落ち着け」と山本が言うまで諸泉の憤慨する姿を面白く見ていた。
「全く
……
!
小頭
こがしら
のなにもわかっちゃいないんだ、あのお方は
……
」
「全身火傷の男の嫁など、親であれば行かせたくはないよ」
雑渡の
嗜
たしな
める言葉に人の親である山本はなにも言わず、ただ取り替えられていく包帯を握り、熱の加減をどうすることもできない雑渡の体をうちわで扇ぐ。
まだこれから、医師によればあと三ヶ月ほどは集中的に治療をしなければならないようだ。穏やかな気候であるうちは皮膚に影響を及ぼさないが、夏になれば外気温の影響で体がかなりの熱を持つらしい。組織が脆くなっている箇所は血が出る可能性もある。包帯を替えてもその下はまだ蕩けたままのところもある。寛解するまでは自身をとにかく安静にしなければならなかった。そんな看病のいる男の元に、嫁として来ようという物好きはいない。
ましてや、「見目が麗しいから」という理由で結婚に前向きだった気持ちを折ってまでは。
雑渡は自嘲するように、喉奥から笑って話を逸らす。
「陣左は」
「は
……
今は城に呼ばれて状況報告に」
「また?
……
私が帰還してからほぼ入れ違いだね」
つまり雑渡が負傷して以来、一度か二度ほどしか高坂に会っていない。自分の代わりにあれこれ雑用をひたすら申しつけられているのかもしれない。
山本が扇ぐ風が心地良く肌を撫でる。爽やかで、春の葉の匂いをわずかに感じた。しかしこれから来る夏は大変だろう。自分の看病も、より一層面倒なことになる。この体がまた戦えるように戻るかもわからない。爛れた皮膚を見て顔を
顰
しか
める諸泉と山本に、申し訳なさすら覚える。
「陣左が見たら、悲しむかなぁ」
春の風を受けて、体がわずかに軋んだ。奇怪な視線を向けられたからだ。視線の主──山本と諸泉が、目を見開いている、ように感じる。まだ視界や感覚器が危うく、二人の気配で行動を察することしかできない。
「なに、変な顔して」
「い、いえ
……
あの、小頭」
「うん」
「婚約の破談はその
……
あまりお気になさってないのですか?」
諸泉の質問に、今度は雑渡が驚く番だった。
──あの女性に会ったときのことを思い出す。ふくよかな胸が着物の上からでもわかった。なだらかな体が丸い線を帯びていて、久しく忘れていたやわらかさを想像もできた。抱けば気持ちのいい声を出すだろう。下半身の疼くような、ただの本能のかたまりに成り下がれるだろう。
(でもそれを、私は望まなかったんだ)
本能に任せて人を抱くことはできない。理性を失って愛することはできない。己のどこか、冷徹な部分が凍てついた目で俯瞰している。その俯瞰した視線が背中から、ゆっくり自分を刺しにくる。忘れてはいないか、忍びを率いる者として、と訴えかけてくる。
「
……
そうだね、むしろほっとしてる」
そう言うと、若い諸泉にその感覚はわからなかったようだったし、山本は表情を歪めていた。複雑な心境を隠そうともしない年上の部下には、慈しんでいる妻がいる。家族がいるという感覚を知ることが、雑渡にとっては遠いものになってしまった。
(私が望むものはなんだろうか)
雑渡は近ごろ、ずっとそれを繰り返し考えている。もう少しで形になりそうななにかが、雑渡の中にはある。
そのきっかけを、雑渡は
朧
おぼろ
げに覚えている。
まだこの全身の火傷により、完全に意識を取り戻すまえ、細切れにふっと自分の脳内に力が戻って周りのことがなんとなくわかるようになったころ。諸泉が献身的に火傷の包帯を取り替えていた。けれどその手つきがふらふらと頼りなくなり、手の甲が震えていた。うっすらとした意識の中で、諸泉に声をかけようとしたがまだ口を開けず叶わなかった。死ぬのであれば仕方ない。ただ、こんなにも自分に心を配る部下たちのために死ぬことはできない。まどろみ、混濁した雑渡の中は渦巻いた。
後ろの
襖
ふすま
が開く音がして、「尊奈門、代わるから」とやさしい声がした。
「いえ、まだ
……
」
「無理をするな」
「そんな
……
高坂さんこそ
……
城から戻って、ずっと休めてないでしょう」
「お前よりは休んでる。少しの休養も、小頭のためであると思えば取れるだろう」
「
……
はい。あ、あの、包帯はここまで終えてます。薬は少なくなったので新しいのを
……
」
「わかった、よくわかった。長屋に山本さんが待ってる」
はい、ともう一度蚊の鳴くような声で返事をした諸泉が、畳の上で行ったり来たりを繰り返し、ようやく部屋を去る名残惜しそうな足音を感じた。
後に残るのは、静かで、穏やかな虫の声だ。それほど気配を殺して自分の横に立つ人間を、雑渡は思い描いた。
高坂こそ、十五で雑渡のそばに来た。今は十七か八になったころだろうか。大人びたなと思っていた矢先に光を失った己の目は、なかなか彼の顔を映してはくれない。仕方なく気配だけで高坂を察した。彼は水の入った桶と布を用意したらしい。水の滴る音がした。
雑渡が幸運だったのは、耳が完全に焼け切れていないことだった。聴覚さえ無事であれば、視覚より研ぎ澄まされた様々な情報を理解できた。高坂は手際が良かった。見るのも無惨であろう皮膚を眉一つ動かさずに拭い、剥がれた皮膚をうすく丁寧に取り除いた。使えない包帯は切り捨て、
抉
えぐ
れた肉の上を慎重に手が滑った。
体の上を、魚が泳いでいくようだった。水の音が余計にそう思わせたのかもしれない。高坂はとうとう最後までやり切って、細く息を吐いた。
清潔な治療を受けると抵抗反応が出る。雑渡の首筋にはうっすら汗が滲んでいた。放熱し始めたのだ。体温が上昇し、体が懸命に治そうと努力していた。「小頭」という高坂の声は、悲痛だった。
「今、汗を拭きます」
そう言って、ふたたび水の音を聞いた。もっと聞いていたいと切に思った。熱を持った体を浸けて、たゆたうように流れていたい。
高坂が少しずつ首筋を冷ました。太い血管の通るそこはみるみる冷えて、穏やかな幸福を雑渡にもたらした。
そのとき、汗で滲んだ包帯が、顔からはらりと解けてしまった。高坂が指先をたぐり、汚れた肌に手をかけた。当時雑渡の意識は、熱のせいでまた沈むように暗がりへ隠れそうになって、どうにか堪えようとしても、脳内の混沌が闇へ闇へと手招いてどうすることもできなかった。
しかし、高坂の髪が、唯一感覚のあった首元に触れた。それもまた川の流れの中に投じられた葉が自分を撫でるようで心地良かった。黒髪で、きっと艶めいているであろう毛質は、遠目から見ても良いものだったのを思い出した。
髪が当たるということは、高坂が自分に近づいている証拠だ。一体なんのためにとうすい意識の内側で不思議がっていたら、包帯が解け、焼けて無様になった惨めたらしい頬になにかが掠められ、そして高坂は離れていった。息を飲んだ音も、悲しげにうめく声も聞こえない。
たしかに今、頬に敬愛を込めた口づけをされたように感じた。そして高坂はこの焼け崩れた皮膚に口づけるのに、一切の戸惑いを見せなかった。ただ雑渡は、この記憶が今もひどく曖昧で、だから高坂がいまだに変わってしまったこの顔をしっかり見たのか見ていないのか、定かにしていない。
(だから、もう一度)
と雑渡は望んだ。普段から滅多に欲しがることのない雑渡は、このときばかりは望んでしまった。本能に駆られたのでもなく、理性を放棄したわけでもない。この焼け爛れた体を、高坂が以前と変わらず──見目が麗しいと称されたときと変わらず凛と正しく見つめたことを、わからせてほしいと願った。「陣左」と言いたくて、言えない腹立たしさを知った。
「
……
痛み止めを、もらってきます」
高坂が立ち上がり、足を返して襖へ向かった。指先にだけ力を込めても、高坂は掴めない。「陣左」と言いたくて、離したくなくて、雑渡はこれ以来死ぬことへ向かおうとせず、本格的に生きるためにもがき始めた。
「今、してほしいことはありますか?」
諸泉の言葉で我に帰る。春の陽気が体に刺さらぬよう、少し襖を閉めてくれた。雑渡は「いや何も」と言おうとして、少し考え、
瞼
まぶた
をのんびり閉じる。
今、したいこと。高坂と、答え合わせをしたい。陣左と呼んでその袖を掴んで離すまいとした自分と、この肌に触れて口づけをしたかもしれない高坂との。こんなに長らく会えていないのは珍しい。忍務中もここ最近はずっと一緒であったのに、会えないうちに彼の内側が全くわからなくなってしまった。
「
……
歩きたいね、せめて体は起こしたい」
「小頭、それはまだ
……
」
「うん、陣左がね、帰るときまでにはってことさ」
山本と諸泉は顔を見合わせている。そしてこちらに向き直り、厳しい顔をした。
「また無茶なことを言われますね」
「そんなに早く帰ってくるの?」
「いえ。あと一月ほどと聞いております」
「じゃあ、じゅうぶんだ」
小頭、と咎める山本に、雑渡は痛む口元をほんのわずか、浮かせるように上げた。
「なんとしても生きないとだめだって、お願いされたからね」
それは、自分たちのことだろうか──山本と諸泉は照れるような、ごまかすような顔をした。雑渡は「お前たちもなんだけどね」とみなまでは言わず、まだ横たわった体で静かに虚空を見た。
芽吹いたばかりの草だろうか、庭から流れてくる匂いが、この間より強く感じられる。耳もまえよりはるかに聞こえるようになった。手指を動かせるのもまもなくだろう。一月、長いようできっと短い。焼け落ちずまともに残ったずる賢く回る頭を動かし、高坂に会ったときに確実に離さないようにできるよう、思考を巡らせる。
それは彼女の体を思ったときよりずっと、ずっと心が湧き立つ時間だった。
※不完全燃焼
ガスが燃焼するための酸素が換気不足によって欠如し、正常な燃焼ができないこと
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