千代里
2025-01-07 17:07:20
12327文字
Public リーブラ14話
 

リーブラの針は問う・14話・その27


 もう五日ほどは前になることになる。旅立つ直前、行方しれずになった子供の行方を求めて、ミラベルが騎士団の詰め所に駆け込んできたのはノエもよく覚えている。
 ミラベルもノエがここにいると思ってなかったのか、吊り目がかった紫の双眸を大きく見開くと、
「なぜ、と聞きたいのは私の方です。どうして、ノエさんがこちらにいるのですか」
「騎士の方から、街の滞在費の代わりに仕事を手伝うように言われたからです。行きがけにも会ったかと思いますが」
 行方不明になった子供を探しに来たミラベルと一行は、一度顔を合わせている。だが、当の本人は行方しれずの子供のことで頭がいっぱいだったのか、すぐに思い出せなかったようだ。
 数秒の間を置いてから、漸く「ああ」と得心の声を漏らした。
「そういえば、そうでしたね。巡回お疲れ様です。ここまで来たということは、この後は街に戻る予定でしょうか」
「はい。よくご存知ですね。司祭も、巡回の任務に出たことがあるのですか」
「司祭として、そのような経験を積んだことはあります。それに、この地域の巡回については、騎士の子供や、こちらの砦で働きに出ている方からも孤児院は預かっていますので、その縁で知る機会があるのですよ」
 孤児院は、貧しい子供の保護や流れ者の子供の一時保護以外にも、出稼ぎの親から子供を預かる場としても機能しているらしい。仕事場に幼子を連れて行くわけにもいかない親にとっては、重宝されているようだ。
「僕については先ほど述べた通りですが、ミラベルさんはどのような用事でこちらに?」
 問いにはすぐに答えず、ミラベルはノエから譲られた柄杓を使って、ざらざらとクリスタルのかけらを小袋に詰め込んでいく。
 その中身がいっぱいになった頃、
……定期的な報告に来たのです。先ほど言いましたように、こちらで働かれている子供も預かっていますから」
 そうは言ったものの、ミラベルの視線には何やらすっきりしないものが混じっている。到底、本人が口にしたことだけが理由であるとは思えない。
「何か大っぴらに言えない事情があるのですか」
 果たして、ノエの質問を聞いて、ミラベルはその柳眉をわずかに歪めた。どうやら当たりらしい。
「僕らなら、街に直接関係があるわけではありません。もし人が必要なら、手伝えることもあるかと思いますが」
……なぜ、あなたがそこまで関わろうとするのです」
 ノエに柄杓を押し付け、同時にミラベルはノエそのものを突き放すように言葉を叩きつける。
「率先して関わる理由があるわけではありません。ただ、困っている人が見たら放って置けない性分なだけです。それに、あなたのことはオデットも気にかけていますから」
 オデットの名前を出した瞬間、ミラベルは歪めていた顔からスッと力を抜いた。それは、ありとあらゆる感情を無に戻したかのような、やや不自然さのある落ち着き方だ。
 つい先日、ゲルダが言っていたことを思い出す。ミラベルは、オデットのことで何か隠し事をしている。実際、彼の表情の変化は、まるで、その話題に触れたら隠しきれない感情が溢れ出てしまうから、必死に堪えているかのようだった。
…….アンディの父親のことです」
「え?」
「ここに来たもう一つの理由です。それを聞きたがっていたのではありませんか」
 話を聞きつつ、ノエは柄杓で真っ赤なクリスタルのかけらたちを拾い集める。砂に似たそれが、ランタンの灯りを受けてキラキラと緋色に輝き、袋の中に流れ落ちていく。
「街の外に向かうカーター氏の姿を、ここ最近何度も見かけているという話を街の者から聞き出せたのです」
「では、彼は街を出ていったということですか」
「彼は、ただ街の外に出たのではありません。出入りを繰り返しているのです。彼は仕事に就いては辞めてを繰り返しており、農地のために外出する必要もないはず。ならば、なぜわざわざ街の城壁を何度もくぐるような真似をするのか」
 淡々とした声音の中には、微かな焦りと怒りが混ざっていた。
 ミラベルは、カーター何某という男の不穏な動きそのものではなく、彼によって振り回されているだろう子供のことだけを考え、怒りを見せていた。ただ、偶然孤児院で面倒を見ている子供の一人というだけでも、彼にとって十分に怒れる理由になるようだ。
「もし、カーター氏が自分の都合で子供を振り回しているのなら、諌めなければならない。彼のためではなく、アンディのために」
 そこまで話してから、ミラベルは一度小さく息を吐き、話にひと段落をつける。
「とはいえ、行商の方の手を借りて私も街の外を出てここまで来ましたが、大して成果はありませんでした。それらしい人影を見かけたという声もない」
 無駄足だったかもしれないと、ミラベルは付け足す。何気ない結果報告のように伝えているが、彼の言葉にはやはり焦燥が混ざっていた。
「ともあれ、一度街に戻って改めて捜索方法を考えねばならないと思っていたところです。ここから街に戻るなら、また行商の方を探して相乗りしなければいけないので、少しは時間がかかりますが」
「それなら、もしイレーナさん……任務を取り仕切っている騎士の方が良いと言ってくれれば、僕らに同行しますか。僕らはチョコボでここまで来ています。大柄な品種のものもいるので、二人乗りをしても許容範囲内でしょう」
 ノエの申し出を聞いて、今度こそミラベルは怪訝そうな顔でノエに対峙した。
 ここにきて、ノエは漸く気がついた。今この瞬間、ミラベルは初めてノエという人間に対して明確に感情を見せた。それまで、彼はよそゆきの表情を見せていなかったのだ。
 しかし、その変化を指摘せずに、ノエは続ける。
「街道の途中で魔物を見かけたら、撃退しにいく必要はありますが、行商の方々よりは素早く行動が可能かと思います。アンディさんの捜索を急ぐなら、町にはできる限り早く戻った方がいい。そうですよね」
……それは、その通りですが。あなたが、何故そこまでするのですか。赤の他人の子供でしょう。謝礼も大して渡せませんよ」
「先ほども言いましたが、困っている人は放って置けない性分なんです。ただそれだけですよ」
 ミラベルはそれでも納得できないのか、ほっそりとした眉を怪訝の形に歪めていた。
「では、イレーナさんに後で伝えてみます。オデットも、きっと喜ぶでしょう。あなたとまた話をしたいと言っていましたから」
 そこでオデットの名前を出されて、今度は感情を隠すのではなく、ミラベルは訝しげな面持ちを続けたまま、問いかける。
「まさか、彼女を騎士の任務に同道させているのですか」
「僕が彼女に命じたわけではありません。オデットは優秀な魔道士です。仲間の一人として、同行をしているだけですよ」
 ミラベルは、まるでノエが無理にオデットを危険地帯に連れてきたと言わんばかりの声音で質問した。
 そこに誤解があってはならないと、ノエにとってオデットはもう守らなければならない子供ではないことを強調する。
「今は、彼女の姿は見えないようですが」
「ローブを買い直すために、丈を合わせに行ったのです。これを機に、イシュガルドの旅路に向いた素材のものにしようと思ったようです」
「私は、貴方がたにイシュガルドを出るようにと言ったはずですが」
 なのに、なぜイシュガルドに滞在するための装備を揃えているのかと、ミラベルは付け足す。
 極力、感情を押さえつけたような声音だ。
 けれども、刃を喉元に突きつけられたような冷ややかな気配が彼から漂い始めていると、ノエは思わず生唾を飲んだ。それは、半ば殺気に近い敵意に似ていた。
……ええ。ですが、どうするかはオデットが決めることです。オデットは、まだあなたと話したいことがあるから、もう少しシュガーグレイヴに残りたいと言っていました」
「私は、彼女の知る兄とやらではない。ならば、彼女が私に話すことなどないはずですが」
「僕は、兄としてのあなたと話したいとオデットが言った、とまでは言っていませんが」
 鎌をかけるような物言いをして申し訳ないと内心で謝罪しつつ、ノエは慎重にミラベルの様子を探る。
 明確な敵意を纏っていた紫紺の双眸は、虚をつかれたといった驚きを一瞬見せて、すぐに苦々しげに歪んだ。
――言葉の綾です。大体、それ以前の問題として、彼女はまだ子供だ。あんたは守るべき子供を竜のいる外に連れ出している。あんたはあの子の保護者じゃないのか」
 丁寧な言葉遣いが崩れ、恐らくは本来の口ぶりと思しきぶっきらぼうな言葉が飛び出る。
 だが、それもまたミラベルの本音なのだろう。彼は虚飾すらかなぐり捨てて、オデットを案じる気持ちを全面に押し出していた。
「僕も、オデットのことを守らなければならない子供だと思っていた時期がありました」
 けれども、ノエは思い返す。
 飛竜を追いかけると言った自分に、決然とした声と共に自分もついて行くと言い張ったオデット。あれは、感情に任せた発言ではない。オデットは、自分がノエと共にいることによって何ができるかを明確に示してみせた。
 実際、オデットの障壁と警告がなければ、ノエはこの場にいることすらできなかっただろう。
「何をするにも、僕の選択が彼女を左右してしまうと思っていた時期もあります。オデットが生きるための責任は、全て僕の手に委ねられているとどこかでそう思い込んでいました。でも、そうではないのです」
 いつしか、ノエは目の前の青年のことを、オデットがかつて『兄』と呼んでいた人であると思い、言葉を選んでいた。
 幼いオデットの面倒を見たのは、確かに目の前の彼かもしれない。だが、オデットはいつまでも兄の背中を追いかけるだけの小さな子供ではない。
「オデットには、自分の道を自分で選び取る力があります。僕の選択が彼女の意思に影響を与えるとしても、全てを僕に委ねるほど、彼女は弱くない。僕はそのことを、何度も彼女に教えてもらいました」
 思い出すのは、仲間たちの言葉だ。
 オランローとルーシャンは、ノエの選択だけがオデットの人生を決めることはないと言っていた。
 同時に、ノエの選択が全く誰にも影響を与えない、などということもないとサルヒは指摘した。
 もし、オデットが守られることだけを望む弱い存在なら、今頃彼女は宿でゲルダと共に帰りを待っているはずだ。
 今ここで、短剣を求める彼女の姿を目にした以上、ノエはいつまでもオデットを小さな女の子として扱うわけにはいかない。
「イシュガルドは危険な国だと言ったはずだ。竜のことを忘れたわけじゃないだろ。寒冷化のせいで、強力な魔物も増えている。食料の流通だって、いつ滞るかわかったものじゃない」
「知っています。僕もオデットも、この目で国の窮状は見てきました」
「だったら、なぜ記憶探しなどというものをいまだに続けている。滞在費など踏み倒して、さっさと元いた場所に戻ればいい。あんたもそれを望んでいるんじゃないのか!」
 強く叩きつけられた言葉に、ノエは一瞬気押される。
 しかし、同時に確信する。
(やっぱり、この人は)
 本人がどう主張しようが、取り繕おうが、構うものか。
 ノエは確信した。
 彼は――ミラベルは、やはりオデットを知っている。
 それが、彼女の言うような『兄』として接した過去があるかは不明だが、少なくともオデットの身を強く案じるほどの関係があるのは確かだ。
「僕たちは、記憶探しのためだけに、踏みとどまっているわけではありません。僕自身が、この国にいたいと決めたんです。オデットが僕と共にいたいと望んでくれるなら、それを拒むことは僕にはできない。だから――
 瞬間、ミラベルの眦が吊り上がる。
 イシュガルドにこの先も滞在するという発言が、彼の逆鱗に触れたようだ。
 ノエより一回りは小柄であるというのに、彼は一歩前に踏み出し、その手は躊躇なくノエの胸倉を掴み、捻り上げた。
「イシュガルドにこのまま残るだと? ふざけてるのか、あんた!! いいか、あの子はな――
「兄さん! それにお兄ちゃんも! 何してるんですか!!」
 凛とした声が、ノエとミラベル双方の間に割って入る。聞き間違えるわけもない、オデットの声だ。
 遅まきながら、ノエは自分たちのただならぬ気配に気圧されて、周囲に人だかりを作ってしまっていることに気がついた。喧嘩の予兆を察してか、非番と思しき私服姿の騎士たちが、険しい顔でこちらを見つめている。
 ノエはミラベルの腕を掴むと、ゆっくりとその手を自分から離させた。予想よりも容易く、ミラベルの指はノエから離れていく。
「兄さん、大丈夫ですか!? 一体どうして、あんなことに――
「少し誤解と行き違いがあっただけだよ。ミラベルさん、そうですよね」
 オデットを不安がらせるのは、彼にとっても本意ではないだろう。そう踏んだ上で言葉を濁すと、果たしてミラベルは相変わらず渋い顔をしていたが、ゆっくりと頷いてくれた。
「それに、どうしてお兄ちゃんがここにいるんですか」
「それについては、後で話をするよ。ミラベルさん、先ほどの件、騎士様に正式に相談しても良いでしょうか。アンディさんのことがあるなら、早い帰還はあなたにとっても悪い話ではないと思いますよ」
 オデットのことはともかく、という意味合いを込めて、再度ノエは護衛を申し出る。
 ミラベルは何か言いたげに口を数度開け閉めしたが、やがて一度だけはっきりと頷いてみせた。
「お兄ちゃんと、一緒に街まで戻れるんですか?」
 どこか嬉しそうに、オデットは目を何度も瞬かせる。
「そうなるかもしれないっていう話だよ。あとで、イレーナさんに説明する必要はあるけれどね」
 そう言いながらも、胸の奥に走る苦い感情をノエは無視できなかった。
 オデットが、自分ではない者を兄と呼び、慕わしく思っていることを顔に出すたび、ノエは自身の胸をちくちく刺す感情に気付かされてしまう。その原因も、今ではもう薄々理解できているが、気持ちのいいものではない。
「それで、装備は買えたのかい。もしよかったら一緒に支払うよ」
「はい、それではこちらの書類を一緒に見せてください」
 オデットから渡された羊皮紙には、ローブの代金と仕立て直しの費用、そのほか細々とした装具の内容が記載されていた。
 剣帯という文字に、一瞬ノエの表情がこわばる。だが、何事もなかったかのように視線を下に下ろしていき、ある一点で青銀の瞳を大きく瞬かせる。
……天球儀? 天球儀も、ここでは取り扱っていたのか」
 魔道士の中でも星の力を引き出して扱う占星魔法と、その魔法の補助に扱う天球儀は、この地域ではあまり一般的と言えるものではない。
 グリダニアでも、占星魔法が盛んなシャーレアンから来た魔道士向けにいくらか作られているだけだった。
 イシュガルドでは、星見の展望台はあっても、それらを魔法に転換する技術はあまり盛んではないと聞いている。故に、天球儀の扱いもないと予想していたのだ。
「実は、この占星台には占星魔法を扱う方が滞在しているそうなのです」
 本当かと、ノエは思わず店員に視線で問いかける。すると、会計のためにカウンターに控えていた店員は、大きく頷き、
「普段は、竜や魔物との戦いで怪我をした方を治療していらっしゃるのです。占星魔法を学びたい人には、修行のお手伝いもしているそうですよ。そのお弟子様向けに、私どももいくつか天球儀を仕入れているのです」
 店員は店の奥に並べてある箱の中から一つを取り出すと、オデットの前にそれを見せた。
 精緻な彫り物が施された鈍色の金属製の本体に、白い翼を伸ばした鳥の意匠が添えられている。
 それだけではない。春に咲く花々を彷彿させる美しい薄紅の花々が添えられており、イシュガルドでは失われた温暖な芽吹の季節を閉じ込めたかのような一品だ。
 壺や絵画のような飾り物として愛でたくなる美しさではあるが、装飾の一つ一つは魔力を通しやすい素材で作られている。魔法を扱うための道具としても、高い性能を誇る品であることは間違いない。
「こちらは、かつてとある国に住む女王様に献上された品の設計図をもとに作成された、と聞いております。少々玄人向けの作りをしているため、見習いの方は持て余してしまうと買ってくださらなかったのですが、良い持ち主に巡り会えたようでよかったです」
「だって、これを見たらどうしたって埃を被ったままにしておいていいとは思えなかったんですもの」
 どうやら、オデットはこの美しい天球儀に一目惚れしたようだ。今まで使っていた天球儀にも傷みが見えてきたので、買い換えるにはちょうどいいタイミングだったのだろう。
「ええ、全くお客様に巡り会えて天球儀も喜んでいることでしょう」
「わたしも、そこまで大した魔法が扱えるわけではないのですけども……精一杯ふさわしい持ち主になるように頑張ります」
 謙遜のために、オデットはふるふると首を横に振るものの、最後に前向きな決意を付け加えるのは忘れていなかった。微笑ましい一幕にノエが頬を緩めていると、
「本当に、占星魔法が使えるのですか」
 和やかな空気に割って入ったのは、ミラベルの凛とした声であった。
 先だってノエに対して激昂してみせたのとは裏腹に、彼の声は今は凍りついた湖のように静まり返っていた。言葉遣いも丁寧なものに戻っている。
 感情を全て押し込めた冷えた声は、単なる質問であっても鋭く尖っているように聞こえた。
「は、はい。少しだけ……ですが」
「謙遜する必要はないよ、オデット。彼女のおかげで、僕も仲間も何度も命を救われた。大怪我を治すほどの怪我を治す魔法は、少しだけとは言わないだろう」
 ミラベルの声音に萎縮してしまったオデットを励ますように、ノエはこれまでの活躍を示してみせる。突然褒められたせいか、瞬間、オデットはぽっと頬を赤に染めた。
……だったら、これも?」
 不意にミラベルは袖に手をかけると、厚手の上着ごとそれを捲り上げてみせる。そこに巻かれた白い包帯を手早く解くと、その下には小さな切り傷があった。
「野営の際に、ナイフを扱っていた方が手を滑らせてついたものです。大したものではないので、放っておいたのですが」
 ミラベルは、不自然に感情を消した瞳のまま、オデットを見据える。
「この傷も、治せるのですか。あなたの魔法で」
「も、もちろんです!」
 幼い頃からの知り合いに、今の自分の力を見せる時だと勢い込んで、オデットは緊張まじりでありつつも、ずいと彼に近づく。
 天球儀の力を借りるまでもなく、オデットが手を添えた先から光の星粒のような輝きが溢れ、ミラベルの腕に残っていた切り傷をあっという間に塞いでいった。
 どうだと言わんばかりのオデットの様子に、思わずノエも目元を緩ませる。
 普段の彼女と違う側面をミラベルに見せていることすら気にならなくなるほどに、誇らしく胸を張る彼女を見守っていたい気持ちがノエの中で上回っていた。
「本当に塞がっているみたいですね」
「はい。他にも怪我があったら教えてくださいね。どんどん治しますから!」
……そうやってすぐに調子に乗るところは、本当に彼女によく似てる」
「え?」
 何かを懐かしむようなミラベルの表情に、オデットがぱちぱちと瞬きをする。しかし、ミラベルは振り切るように首を軽く横に振ると、
――いや、何でもない。それより、ノエさん。護衛の件については、一応、聞いておいてくれませんか。アンディ以外も、子供達がここ最近姿を消すことが増えている。それも、皆揃って流れ者の子供達ばかりだ。騎士と顔見知りになれる機会があるなら、有効活用したい」
 先ほど胸ぐらを掴んで食ってかかってきたことなどなかったかのように、ミラベルは話を進めていく。ノエが蒸し返さないなら、あの件は彼の中で無かったこととして扱うことにしたらしい。
「わかりました。返事が決まりましたら、また連絡します」
「私は宿泊棟の二階にいます。だいたい在室していると思うから、いつでも来てください」
 ミラベルは自分の会計を済ませると、ノエたちに背を向けて去っていってしまった。
 残されたノエも支払いを済まそうとカウンターに並べられた商品を確認する。
 細々とした日用品、旅に必要な必需品に、ローブの請求書と天球儀の箱。
 珍しい品の取り扱いがあってよかったと思った――その時、ふとノエの脳裏に天啓じみた閃きが生まれる。
……あの。先ほど、占星魔法を扱う方がここに滞在している、と話していましたよね」
 カウンターの店員は、ノエの確認にすんなりと首を縦に振った。
「その方、どちらに宿泊されているかご存知でしゃうか」
「部屋の位置までは……ただ、普段は占星台の三階にある天文資料の管理室で講義をしているそうですよ」
 何事か考え込む様子のノエに、オデットは彼の服の袖を引く。
「兄さん?」
「占星術師で、占星台にいる……。その人は、もしかしたらオデットに占星魔法を教えてくれた人と、何か関係があるんじゃないか。もしかしたら、本人かも」
 ノエの推測に、オデットは目を丸くして思わず自分の手を胸に当てた。
 高まる鼓動が伝えるのは不安か、それとも期待か。今のオデットには、その区別はつけられなかった。
 
 ***
 
「それで、結局成果はあったのかい?」
「いいえ。いらっしゃった方はわたしの知っている『お婆さま』ではありませんでした」
 裾上げが終わったローブをばさりと広げ、オデットは改めて新品のそれに袖を通していく。
「ですが、その方は私に占星魔法を教えてくださった方のお弟子さんだったんです」
「おや。それなら、そのお婆さんの居場所も知っていたんじゃないかい」
「はい。ここから少し離れているそうですが、引っ越していなければ、今も直轄領の近くにある占星台にいるだろうという話でした」
 ローブの裾を持ち上げ、くるりと一回転。破れやほつれがないことをざっと確かめてから、オデットは一緒に買った装具を身につけ始めた。
 買い物を終え、占星台に滞在している占星術師の元に向かったはいいものの、先ほど話したように、結論から言うならそこにいた人物は『ハズレ』だった。
 だが、オデットたちから話を聞いたエレゼン族の女性は、その人物は自分の師匠だろうと保証してくれた。
 なぜなら、彼女は師匠と幾度か手紙を交わしており、その中にオデットに関する記述と思しき部分があったからだ。
「望遠鏡で星を見ていたある日のこと、小さな女の子が雪原を一人彷徨っているのを見つけて、保護したと手紙にはあったそうです。その女の子がわたしのことだろう、と」
「へえ、思いがけなく縁は繋がるものだね。あ、オデット、ちょっといいかい。そこ、ベルトが緩んでいる」
 これまでオデットの話に相槌を打っていたのは、同じ部屋に泊まっていたヤルマルだ。夕食を終えて、部屋に戻ったオデットの試着を同室のヤルマル、それにサルヒが見るともなしに眺めていたのである。
 ゲルダは占星台の望遠鏡を借りて空を見たいと言い、イレーナはそれに付き添って席を外している。ゲルダが探しているのは星ではなく母である竜なのだろうが、当然ながらそれはイレーナには秘密だ。
「直轄領……ということは、領主の膝下ということ?」
「はい。この辺りはルグロという方が管理をしているそうなのですが、領地全体の管理者はニヴェールというお家の方だって話でしたよね。そのニヴェール家のお屋敷がある付近の領地に、お婆さまがいらっしゃるという話でした」
…………そう」
 サルヒはもの言いたげに沈黙を挟んだが、結局いつもの短い相槌を打ち、斧の手入れへと視線を戻してしまった。
「じゃあ、すぐにそこに行くのかい? 確か、その家は前の依頼の時に会ったティエリーの実家だよね。ひょっとすると彼と再会したりしてね」
「それも気になりますが、今は、わたしとしてはお兄ちゃんと――ミラベル司祭と、もう少し話をしたいと思っているのです」
 目的地がはっきりしたのなら、尚更焦る必要はない。ノエが言うには、再会したミラベル司祭は、オデットの行く末に対してただの気遣いとは思えないほどに、強く意見を述べていたそうだ。
 ノエにくってかかっていたのは、ノエと彼の意見が噛み合わなかったことが原因らしい。
 果たして、それほどの激情がどこから生まれたものなのか。誤魔化さずに教えて欲しいと願う気持ちは、オデットの中で強くなるばかりだ。
「イレーナさんも、お兄ちゃんの同道を許してくれました。それなら、話す機会も何度かあるはずですし、町に戻ったなら尚更時間は作れます」
「それに、子供が消えるという話も気になる。町の人は、誰も気にしていないみたいだけれど」
「仕事が見つからない親が、自分の都合で子供を連れ回してる……ってだけでも、あまり良い気持ちにはならないけれど、行方しれずっていう状況よりはマシだからね」
 サルヒとヤルマルが言うように、アンディという少年の失踪は一日二日では済まず、ノエたちが旅立ってからも一向に行方が知れないらしい。
 顔も見たこともない相手ではあるが、被害者が幼子ともなれば、ヤルマルたちも知らぬふりはしづらい。
 できることなら、この旅路のどこかで彼を連れた父親に出会って、あっさりと再会できたらと、叶うかもわからない期待を抱いてしまう。
「お兄ちゃんは、子供たちのことをとても気にかけているみたいでした。一刻も早く見つかるといいのですが……
「オデット。その短剣、見慣れないものだけど新しく買ったの?」
 話を遮った、サルヒの質問に、オデットはできるだけ大袈裟な所作にならないように気をつけて、注意深く頷いた。
 自分が短剣に託した思いを全て説明するのは難しく、また知って欲しいとも思い難いものだ。故に、彼女にできたのは首肯だけだった。
「それなら、こっちに吊るした方がいいよ。咄嗟のときに利き腕で抜きやすいようにね」
 ヤルマルは話しながら、オデットが着用に四苦八苦していた剣帯をあっさりと括り付けてくれた。ぎゅっとベルトを締めると、コルセット状の防具と合わさり、しっかりと腰に短剣を据えられた。
「それにしても、どうして急に短剣を買ったんだい?」
「え、と。それは……
 先ほどサルヒの質問に回答を誤魔化したのと同じ理由で、オデットは答えに窮する。
 ノエを守るため、などというのは、さすがに背伸びしすぎた回答に思える。彼のような剣の腕に優れたわけでもなく、ルーシャンのように魔法も剣も巧みに操る技量もないのに、一体何を言っているのかと恥ずかしくなってきてしまう。
 オデットが答えに迷っていると、
「説明できないのなら、無理に理由を話さなくてもいいよ。でも、新しい武器を得たのなら、それで何をしたいかは、ちゃんと心の中に決めておくといい」
 短剣ならば、戦闘時において接近してきた敵を撃退するのに用いられる。今もナイフは忍ばせていたが、より大ぶりな剣があるのなら、中型の魔物ぐらいなら牽制できる。
 ヤルマルは滔々と短剣の用途について語り終えると、最後にオデットの手を握り、
「でも、一番大事なのは、君がこの剣で何を望むかってことだ。ちょうど、君がノエの隣にいるために魔法の訓練をしたように」
 ヤルマルはオデットが吊るした短剣を手に取り、鞘ごとオデットに握らせる。
 弓を引き続けてきた狩人の大きくて少し固い手が、まだ剣を握るのにすら慣れていないオデットの手を包んだ。
「君に会ってすぐの頃、ボクは言ったよね。自分がいることでノエに迷惑をかけると思っているのなら、離れるべきだって」
……はい。あの頃のわたしは、すごく優柔不断で、どっちつかずだったと思います」
「とはいえ、君は子供だ。我儘と優柔不断が許される立場でもあったわけだから、あれはちょっと言い過ぎたかなと反省してるよ」
 だけど、と彼女は白緑の双眸を細める。
「ボクは、自分が間違ったことを言ったとまでは思っちゃいない。君が無力でありながらノエに迷惑をかけずにいたいと願うなら、敢えて距離を置くことで彼の憂いを断つ方法だってあったのは確かだ」
 それは、戦う術を持たない子供にとって、最も楽な道だったはずだ。しかし、オデットはそのような現実逃避ではなく、最も大変な道を自ら選んだ。
「正直驚いたよ。記憶もなくて戸惑うばかりだった君は、今こうして、身につけた魔法でノエを助けている。それだけじゃない。生まれ持った自分の才能以上のことを求めて、こうして新たな武器を得ている」
 ヤルマルの力強い言葉は、オデットがまだ見つけられていなかった自分――自負と呼べるものを意識させた。
「だからこそ、気をつけるんだよ。新しい力は、君の知らない力でもあるんだ。力を向ける方向を間違えないように、最初はそこにぶら下げているだけでも良い。いつか、それが君の一部となるまでは」
 ヤルマルの手が解け、オデットは自分の手の中に残った鞘に入った短剣の重みを感じる。ずっしりとしたそれは、オデットにはまだ馴染まないものだった。
「つまり、過信も慢心も良くないってこと。刃物の扱いを気をつけないと、オデットが怪我をしていては意味がないから」
「ありがとうございます、サルヒさん。ヤルマルさんも。……気をつけて持つようにします」
 やや過保護なまでの言いようかもしれないが、オデットは甘んじて先輩たちの忠告を受け入れた。
 腰の短剣の重みは、オデットの知らない重みだ。だからこそ、ヤルマルとサルヒはオデットが求めた力を注意深く観察する。
 それは、短剣が物理的に誰かを傷つける力を持つから、ではない。
……剣は、誰かを殺す感触を伝えるものでもあるから)
 自分が今まで殺してきた者。賊であったり、寝首をかこうとした悪党だったり、その理由は様々ではあるけれども。
 人の血を少なからず浴びたものとして、先達の女たちは、新芽が綻んだばかりのまだ青い娘の決意を、沈黙と共に見守っていた。