ぷの
2025-01-07 08:43:06
6717文字
Public レイチュリ
 

レイチュリワンウィーク - ジンクス

戦パになって日が浅くまだ仲良くない🛁と🦚の話。
※付き合うどころか片想いですらない。

 アベンチュリンは肩から下ろした冷たい銃身を軽くひと撫でした。いい子で言うことをきいておくれよ。ボルトハンドルを引き、弾薬を押し込む。
 念のためフルで装填したのは、イレギュラーに振り回されがちな今日を思い返したからである。債務不履行のためちょっと財産を差し押さえに来たつもりが、隠し倉庫が武装されているなんて聞いていない。しかも、レーザー銃対策がされた外殻をもつ比較的新しいドローンが投入されている。その資金、誰が入れたと思ってるんだ。そんなことに使うためじゃない。
 おかげで武器庫で埃をかぶっていた実弾のライフルなんてものを持ち出すことになった。ボルトハンドルを押してレバーを下げ、最初の弾が薬室に送り込まれる手応えを得る。
「君は狙撃もできるのか?」
「一応ね。でも訓練ではそんなに上手くなくてさ」
「手伝うことは?」
「ないよ。のんびり見物しててくれ」
 インカムで配置を知らせると、別組からも良い返事がきた。
 アベンチュリンが実戦でスナイパーを担当することはまずない。レーザーライフルは照準が正確で取り扱いも楽だから誰が担当しても同じで、アベンチュリンである必要がない。実弾のライフルは重量と大きさがネックで、小柄なアベンチュリンには持ち歩きが負担だ。ただし、絶対に狙ったところに当てたい時に、スナイパーの代わりに引き金を引くことはある。
 今は人手が足りないので、仕方なく自力で担いできた。取り回しのためにアクセサリーは捨ててシンプルに。距離を縮めればスコープも銃架もいらない。向こうの遠距離攻撃を先に潰せば安全を確保できるし、なにより基石のバリアがある。
 くふっとアベンチュリンは笑いを漏らした。屈んで構えたら、横の男が邪魔にならないよう口を噤んだ。気配を殺しているレイシオの緊張が移って、かえって手元が狂いそうだ。
「話しながらでも気は散らないから、楽にしていいよ」
 安全装置を外して、トリガーを引いた。暢気に滞空していた撮影用ドローンのカメラを割る。手早くボルトハンドルを引いて戻し、二発目。攻撃に狼狽えて動きが乱れた攻撃用ドローンが弾け飛ぶ。双眼鏡で別組のスナイパーが監視カメラを破壊するのを見届けた。よしよし。
「悪魔に魂を売ったのか?」
「生まれつき売約済みでね」
 悪魔扱いしたらご機嫌を損ねるかな、なんて心配はいらない。どんなに賛美しようが悪態をつこうが聞いちゃいないところが、我が地母神の希少な長所である。
 レイシオは地面に転がった空薬莢に手のひらをかざして興味深そうに眺めている。二個目の薬莢を排出して銃身の向きを少し変え、三発目で通信中継用のドローンを潰した。これで安全な場所からマニュアル操作はできない。オートのドローンなんて鳥を撃つより簡単だ。
「それで上手くないだと?」
「実戦は別。向こうから飛び込んでくるんだから、お待たせしちゃ悪いだろ」
「ふん、七発目に注意しろ」
「悪魔のお遊びを見たかったかい? 残念、五発しか入らない」
 建物の影からちらりと見えている短い銃身を捉える。四発目を薬室に送って、二機めの攻撃用ドローンを駆除した。同時に硬質な音を立ててバリアが割られた。同じ場所で四発も撃てばそりゃあ見つかるだろう。素早くバリアを張り直し、アベンチュリンを狙った三機めの攻撃用ドローンは別組に任せて荷物を担いだ。
「よし、倉庫の中に入ろう。薬莢ほしいかい?」
「いらない」
 普段はジンクスなんて気にしないくせに、レイシオが不吉な例えをするから最後の一発が撃てなかった。アベンチュリンのザミエルは愛し子に利のある時にしか周りの命を刈り取らないとはいえ、気まぐれがないとも言い切れない。神など悪魔以上に信じられたものではないと、長い付き合いのアベンチュリンは知っている。


 ぐーっと腰に両手を当てて押し、アベンチュリンは数時間座りっぱなしで凝った体を伸ばした。
 昼に制圧した隠し倉庫をくまなく捜索して、製造された薬の半分といくつかのマイクロチップを発見できた。チップの中身は薬の製造方法と、関係する技術の論文、それから隠蔽された本物の治験データである。開発者たちの名前もバッチリ記載されている。
 この星に降臨した星核の汚染は、接触した住民に感染症に似た症状を引き起こした。カンパニーの出資で開発されたこの薬はその症状を抑制するためのものだった。ところが、世に出す秒読み段階で「治験データが改竄されている」と内部告発があり、密かに調査をしてみれば真っ黒。薬には一定の効果が認められるものの、同時に害を及ぼすことがわかってしまった。というわけで、後始末が戦略投資部に降ってきた。
 カンパニーが慈善事業をするとき、無償の奉仕だなんてことは絶対にありえない。単なるイメージアップだけでなく、必ず何かしら具体的な利益を見据えている。今回は極力損切りせずに立て直せとのお達しだ。アベンチュリンには人的被害を確実に無視できない戦略的パートナーがついている。それ込みのご指名である。
 マイクロチップのデータを見てからレイシオはずっと機嫌が悪い。宥めて解説をつけてもらって証拠資料は作れた。だが、新薬を安全に使えるようにしたとしても売れなくては意味がないから、改竄の件はしばらく公にしない。
 薬の販売は一旦差し止めるとして、問題は研究を続ける開発者たちがいないことである。彼らの身柄は別件逮捕からのスピード裁判で刑務所の中。カンパニーに接触させないため、捏造した軽い罪で隔離したのだ。当然面会は拒否。開発者たちを取り戻すには、司法と癒着している経営陣が邪魔だ。そこにもカンパニーが投じた資金が流用されたと思うと頭が痛い。
「この薬、今のままで使えるようにならないかな?」
「現時点ではとても認められない」
「別の用途は?」
「今はない」
「そっかぁ」
 ひとまず債権者の立場で実質的に会社を手に入れよう。無傷のまま人材と設備を確保する。乗っ取られると焦った経営陣があちこちに連絡を取ってくれれば、関係者を探す手間も省ける。
「それじゃ、製造ラインを押さえにいこうか」
 認められないものならば、作らせないし、持ち出させない。レイシオの希望通りにして、不機嫌が少しでも直るといいけど。いくつかに班分けして、同時に動くことにした。


 製造工場は武装されておらず、まあまあ穏便に稼働を止められた。しかし、裁判所の許可を得た強制執行とはいえ、正義感を後ろ楯にした反発は強い。人のためになる薬をなぜ作らせてくれないのか。治験の真実を知らない従業員たちがそう思うのは当たり前だ。当面は、カンパニーは容赦なく貸し剥がしをする血も涙もない極悪企業だと思って貰うのがいい。
 というわけで極悪企業らしく、工場の物を問答無用で一切合切差し押えて従業員を立ち退かせた。つもりだったが、行きすぎた忠誠心を会社に捧げた一人の従業員が物陰からアベンチュリンに突っ込んできた。薬を入れた注射器を掲げてアベンチュリンに手を伸ばす。薬が人体に害をなすと知っているなら関係者だ、役に立ってもらおう。そう決めて、驚いて硬直したふうを装った。
「アベンチュリン!」
 工場内にレイシオの声が響く。その名前で呼ばれるのは珍しい。今まで数えるほどしかないんじゃないかな。ギャンブラーと呼ばなかったのは、賭けをするなという意味だろう。チラッと目をやると、レイシオは焦りが見える表情で柵から身を乗り出していた。吹き抜けの二階通路から一階のアベンチュリンまで、飛び下りたってすぐには届かない。
 左腕で体を庇う。二の腕に打ち込まれた異物に顔をしかめ、不自然ではないようにある程度の抵抗をする。体格差がある上に相手は興奮しているから気づきゃしない。そうだその調子、確実に入れてくれ。
 駆けつけた部下が手荒に引き剥がす頃には、シリンジが半分以上空になっていた。誰からも遠い位置で一人で立っていたのが幸いした。制圧した従業員の手足を手早く拘束すると、長い付き合いの部下はアベンチュリンをじっと見上げた。仮面で顔が隠れていても、わざと打たせたことを咎める空気が見えるようだ。
「総監が従業員に襲われた。病院に搬送する。犯人は確保」
 その一報を受けて、各チームのリーダーたちの間で情報交換が始まる。チェックポイントとゴールは決めてあるから、それぞれが臨機応変に対応してくれる。アベンチュリンは要所でちょいと口を挟むだけでいい。
『総監は一時離脱ですか?』
「そうなりそう。ごめんね」
『ついでに睡眠不足を解消しといてくださいね』
 インカムで交わされる会話を聞きながら、刺さったままだった注射器を自分で抜いた。それを、走ってきたのか髪が乱れているレイシオに手渡した。
「あとはよろしく」
『お任せください』
 軽く請け負ったインカム越しの返事とは違い、レイシオは無言でアベンチュリンを睨んでいる。不機嫌メーターは振り切れて、眉間の皺は海溝のようだ。
 それもそうだろう、勝手に仕事を増やされたんだから。アベンチュリンが被害者になれば、薬害に対処するための研究開発は緊急案件になる。レイシオにどこまで関わってもらうか考えるまでもなく、手っ取り早く最前線に引っ張り出すことができる。
 もちろん被害者の治療だけが目的ではない。この身をもって星核の影響がない人間に投与した場合のデータをあげるから、ついでに薬の新しい使い道も見つけてくれると嬉しい。『今は』ない。そう言ったとき、レイシオの素晴らしい頭の中にはアイデアの一つや二つ浮かんでいただろうから。
 注射器を握るレイシオの手は強く力が込められて血管が浮いている。頼むから、それ割らないでくれよ。
「なぜこんな真似をした」
「向こうから飛び込んでくるんだから、お迎えしなくちゃ悪いだろ。ところで、チョークは在庫切れかい?」
 レイシオはハッと目を見開いて悔しそうに顔を歪めた。指摘されて初めて己の武器を思い出したのだ、離れたところからアベンチュリンの暴挙を止める手立てを持っていることを。こちらとしては咄嗟に使えるほど場慣れしていなくて助かった。勘はいい、じきに使いこなすようになるだろう。これからはレイシオの立ち回りも計算に入れる必要がある。
『教授にそこまでしていただくんですか?』
『気づいたところで、射線は切ってありましたよね』
『あの戦力を素人さんにしておくのはもったいないですけど、言い方』
『自分なら後でこっそり泣きます』
 ハイハイ、悪いのは僕だよ。昼に倉庫で外してからレイシオはインカムを着けていない。当人の耳に届かない声が同情的で、思わずふっと笑った。その態度がうっかり火に油を注いだ。レイシオは空いている手でアベンチュリンの胸ぐらを掴んだ。
「ふざけるな! 安易に命を投げ出すのをやめろと前に諭したはずだが、また言わせるのか」
「うん。必要があれば、何度でもね」
 相容れないなら根比べをするしかない。レイシオは派手に舌打ちをして、担架を持って集まってきた部下の方にアベンチュリンを押し出した。よろよろと後ずさったアベンチュリンは、誰かの手に受け止められてへたりと床に座り込んだ。
「どんなに平気だとほざいても、フラフラ動かないようベッドに縛りつけておけ」
 アベンチュリンを担架に乗せながら、「もっと言ってやってくださいよ」と誰かがこそりと呟いた。また笑ってしまいそうになって堪えた。レイシオを怒らせるのはもう十分である。
 なあに、多少の後遺症が残ったとしても死にはしないよ。我が地母神は人のギャンブルを眺めて楽しんでおられるから。
『今のニュースで最高財務責任者が落ちました』
 未公開株を集めていた別班から報告が入った。これで過半数。さらに別の班から原材料の保管施設をすんなり押さえたと報告がきた。ほうら綺麗に回り出した、レイシオの頭脳と献身に賭けると決めた途端こうだ。
 アベンチュリンと戦略的パートナーなんて組むからいいように使われる。こんな扱いはレイシオにとって不本意ではないのだろうか。こちらがほとんど一方的に搾取しているのに、関係を解消しない理由がわからない。今まで知らなかった世界をもう少し歩きたいのかな。あるいは、理解できない人間を納得がいくまで観察してみたいのか。アベンチュリンごときには到底考えの及ばない、彼なりの決め事やリターンがあるんだろう。
「らいおううらっへあ」
「回らない口は大人しく閉じていろ」
 おっと、思ったより早く薬が効いていた。担架に揺られているうちに、意識がぼやけてストンと落ちた。


 レイシオは今回もアベンチュリンを生還させた。後遺症もない。
 病院の個室のベッドで目覚めたアベンチュリンは、ちょうど様子を見に来ていたレイシオから尋問のような問診を受けた。体調に関しては無駄口を叩かず素直に答えたので、ひとまず満足そうだ。
「ほらね、死ぬほどのことじゃなかっただろう?」
「結果論だ。運が悪ければ今頃遺体安置室にいる。いいか、この薬は――
 滔々と川のように流れる説明とも説教ともつかない話に耳を傾ける。とてもいい声だ。レイシオは義務や責任について一言も触れない。何かを背負ってたって、何もなくたって、命を粗末に扱うことそのものが許せないのだ。おかげで零か百かのベットが余計に愉しくなるじゃないか。こうして貴重な時間を割いて、死刑囚で働き蟻のアベンチュリンも人間の端くれだと言い聞かせてくれるものだから。
「聞いているのか?」
「聞いてるとも。君が見つけた素敵な方法なら、あの薬をそのまま使えて、副作用で苦しむ人はほとんどいなくなるんだってね。この短期間で見事結果を出した、君は最高だ! ねえ教授、今回のお礼にグレーゾーンギリギリの節税方法を教えてあげようか」
「いらん」
 話にならないとくっきり書かれた顔で深々とため息をついて、レイシオは黙り込んだ。アベンチュリンの方など見もせず、ときおりタブレットに何か書き込んだり少し考え込んだりしている。こちらは手持ち無沙汰で仕方ない。暇潰しくらい置いといてくれたらいいのに、手の届く範囲には何もなかった。
「あーあ、僕が君にしてあげられることはあんまり思いつかないんだけどな」
「一言ありがとうと言えばいい」
 独り言のつもりで小声でぼやいたら、レイシオが返事を寄越した。ながらとはいえ話相手をする気はあったらしい。しかも、ずいぶん可愛らしいことを言う。
「安売りはよくないんじゃないかい?」
「思い上がるな」
 冴え冴えと身に刺さる低い声は、今回のやり方を根に持っていると十二分に伝えてきた。案外しつこいと覚えておこう。
「君から受ける感謝の言葉は貸し借りを明確にする手形に過ぎない。いずれ僕の望む形で支払ってもらう。いちいち無駄なことに頭と時間を使うな」
「へえ、人のリソースを節約してくれるなんて優しいね」
 アベンチュリンがぐうすか寝ていた数日間に、部下たちは仕事をしてくれた。製薬会社の実権を握り、レイシオをうまいこと研究開発部門の顧問に据えた。別動で旧経営陣の横領と横流しについて調べあげている。芋づるで司法の汚職も証拠が揃うだろう。服役中の開発者たちを取り戻す頃には新体制を整えて、今度こそ星核の汚染を食い止める方法を確立したい。せめて人々が星外に移住するか星に殉じるかを選ぶ時間が稼げるように。
 今回で確信した。レイシオがそばにいるとアベンチュリンの命は軽くなる。皮肉なことに、レイシオを当てにして、より無茶な手段を選べるからだ。本人は到底受け入れがたいだろうけれど、彼に本腰を入れさせる対価がこの命なら懸けるに値する。
 困ったな、こんないいもの、知れば知るほど手放し難くなるじゃないか。せめて信用のない手形が少しでもましに見えるよう、頬をほぐして血行を良くして、ピカピカの笑顔で振り出した。
「それじゃあ遠慮なく、どうもありがとう!」
「踏み倒せると思うなよ」
「ふふ、この僕から回収できると思っているのかい? 早くお手並みを拝見したいな」
 アベンチュリンの自由はかりそめのものだ。あまり悠長に構えていると、この首にかかった縄が絞められてしまうよ。
 レイシオを見つめながら首のコードを指でトントンと叩いて示し、片手を自らの首に添えてきゅっと持ち上げた。悪趣味なジェスチャーを見せられたレイシオは、心底嫌そうに顔をしかめた。