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千代里
2025-01-07 08:20:57
11373文字
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リーブラ14話
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リーブラの針は問う・14話・その26
「
……
なあ、お客さん。ちっと聞いて良いか」
「はい、何でしょう」
「お前さん、いったい何をどうしたらここまで刃を傷められるんだ? 柄のところの嵌りも少し緩んでるし、何ヶ月も魔物を討伐してる騎士様の剣でもこうはなかなかならないぞ」
「街道に出没していた魔物を討伐していただけなのですが」
「本当にそれだけかあ? まるで硬ってぇ竜の鱗をぶった斬ったみたいな傷がついてるぞ」
そのものずばりの指摘を剣を見ていた鍛治師にぶつけられて、ノエは無言で視線を逸らした。
言葉通り、竜の鱗に剣を突き立ててとどめをさしました、とは言いにくい。剣や武具を扱う鍛治師は総じて自身の作った作品に愛着を持っており、粗雑に取り扱おうものなら雷が落ちるということは、グリダニアにおいてすっかり行きつけとなった職人とのやりとりで身に染みている。目の前の鍛治師からは、あの職人と似た気配が感じられたので、ノエは名言を避けることにしたのだった。
猟師の村から旅立ち、早四日。次の目的地であり、巡回任務の折り返し地点でもある占星台に到着したノエたちは、しばしの休息をとっていた。それは、不足した備品の補給も兼ねてのことだった。
街道の巡回の際、食料の全てを街を出るときに担いでいっては、大層な荷物になってしまう。大規模な任務なら、兵站を荷物に含めることもあるが、小規模な哨戒任務では人手も少なく、大荷物で街道を行くわけにもいかない。
そのため、代わりに彼らは、道々の宿や施設で食料や消耗品の買い足しを行う。この占星台は、今回の道程の中では最も規模の大きい施設でもあるので、武器の修繕から消耗品の見直しなどはしっかり行うように、とイレーナは説明していた。
「ここは、他部隊の神殿騎士団も常駐している。そのため、酒保の内容も非常に充実している。他に、旅人目当ての行商人も多い。武具の整備のために専用の鍛治師もいるから、武器の見直しにも活用してくれ」
そこで、ノエはイレーナの説明にもあった職人の元に赴き、自分の剣を見てもらうことにした。
先だって、父から褒賞として渡された剣で、使い勝手は悪くないと思っていたが、どうやら竜との戦闘のせいで酷く損耗してしまったようだ。
「俺の方でも研ぎ直してみるが、元通りとはいかんだろうな。いっそ、新しいやつに買い替えた方がいいんじゃないか」
「
……
そうですか。それなら、そうしようと思います」
軽い落胆を覚えるのは、父から貰ったものだから
――
ではないだろう。そこまで感傷的な気分に浸るほど、自分の片親に執着はしていないとノエは自分に告げる。
「古い方は捨てちまうか? もし、お前さんが許可してくれるなら、溶かして再利用したいんだが」
「いえ。それなら、一部だけでもいいので、持ち帰れないでしょうか」
「おうよ。じゃあ、使えるところだけ使ってみるか。ナイフくらいの長さになりそうだがいいか?」
「はい。場所を取らないからその方が良いと思います」
ノエの依頼を聞いて、鍛治師は不思議そうな顔をしたが、最終的に素直に頷いてくれた。
剣を彼に預けて、提示された代金を渡す。そのついでに、鍛治師は新しい剣が置いてある陳列台を教えてくれた。
「古い剣も、持っておきたいのですか」
「うん。あれは
……
父さんが、僕の功績を認めて渡したものだから。一応、ね」
いそいそとノエの隣に姿を見せたのは、オデットだ。
占星台内にある鍛冶場は、剣やナイフの売り場も兼ねているが、裏を返せばそれ以外の品はない。武具を扱う者ならいざ知らず、オデットが見にきても面白くもないだろうと言ったものの、彼女は強固に同行を主張したのである。
「オデットも、何か欲しい武器があるのかい。天球儀は、ここでは扱っていないようだったけれど」
「えっと
……
これと決めたものがあるわけではないのです」
「魔法の触媒なら、ルーシャンさんやヤルマルさんと見に行ったほうが、色々と教えてくれると思うよ」
ノエとしては、一人で剣を見にいく自分を気遣ってオデットがついてきたのではないか、と思っていた。
これまで、なかなか厳しい旅路を潜り抜けてきたのだ。せっかくの休憩時間でもあるのだから、自分の好きなことに時間を費やしてほしいとノエは思うのだが、オデットは頑なに首を横に振っている。
「魔法の触媒やわたしのローブについては、後でちゃんとやりますから。今は、兄さんと一緒にいさせてください」
「うん、わかった。でも、刃は危ないから、剣には触れないようにするんだよ」
月並みな注意を投げかけてから、ノエは持ち上げた右手でそっとオデットの背中を叩いてやる。自分は大丈夫だから、そこまで気遣わなくてもいいんだと示すように。
ノエが利き腕を折ったあの戦いの後から、オデットはいつも以上にノエの動向に注意し、可能な限りノエの側にいようとしている。オデットなりに、ノエの負傷を気遣っているのだろうと、ノエも彼女の好きにさせていた。
――
オデットは、ノエがいなくならないか不安なんだよ。
夜営の番の担当でも、ノエと一緒がいいと主張するオデットに、どう返したものかと悩んだ時にゲルダが言った言葉をノエも覚えている。
(怪我をするのは、これが初めてじゃないはずなんだけれどな。
……
でも、竜に振り落とされたのは、流石に初めてか)
瑣末な理由で命を落としたらオデットに顔向けできないだろう、とルーシャンに叱られたことを思い出す。オデットとの向き合い方に悩んでいたあの時とは事情が違うが、ちょっとしたミスで命を落としては一緒にいるいないの話以前だ。
「さて、この前と似た剣はあるかな」
呟きながら、もう一度、ノエはオデットの肩に軽く手を置いた。
幸い、グリダニアにいた頃から使っていたものと同種の作りの剣はすぐに見つかった。あれならば、二、三度素振りをすれば腕に馴染ませられるだろう。
ノエが呼ぶと、作業をしている職人の代わりに小姓が顔をだし、剣の代金を教えてくれた。今回の損傷分はイレーナ曰く騎士団が負担してくれるそうなので、金に糸目をつけず選ぶことができる。財布を気にしながらの買い物よりも、ノエとしても幾分か気楽だった。
「竜に突き立てても折れない剣
……
は流石にないみたいだな」
並べられた剣は、どれも素材は似たようなものだ。竜の鱗すら易々と切り裂く剣は、御伽話の中でしか存在しないということである。
「でも、先日の戦いでは、剣が竜の鱗を貫いていましたよね」
「力を込めれば貫くことはできるけれど、剣の寿命を短くしてしまうみたいだから。でも、流石に何度も使うとなると仕方ないのかな」
ノエの話を聞き、オデットは並べられた剣をじっと見つめる。オデットも持ち歩いている護身用かつ日常でも使う万能ナイフから、持ち歩くのにすら難儀しそうな大剣まで、多種多様の刃物が並んでいた。
その中の一つを、手にとってみる。刃に触れないように慎重に持ち上げ、金属の重みに瞠目する。
魔法とはまた異なる、そこにあるものを傷つけるための武器。それが、常日頃ノエが扱っているものだ。
数秒、オデットは凍りついたように手に持った武器を見つめていた。
「オデット?」
「あの
……
少しよいでしょうか」
ノエの質問には答えず、オデットは、小姓の少年へと声をかける。ちょうど支払いの段取りを羊皮紙に書きつけた直後のことだった。
「わたしみたいな女の子でも扱えるような剣って、ここにありますか」
いきなり何を、とノエは目を丸くして彼女を見やる。
だが、オデットの紫紺の瞳には、張り詰めた糸のような、ただならぬ気配が漂っていた。これは、安易な静止の言葉では止まるまい。むしろ、余計な言葉は彼女の緊張をあらぬ方向に向けさせかねないと、ノエは口にしかけた疑問を一度喉の奥に押しやる。
「女性の方向けなら、護身用の短剣が一般的ですね。この辺のものなら、素材も軽くて使いやすいですよ」
小姓が示したのは、オデットが最初に手にとった長剣よりも刃の短い、短剣が並べられた一角だった。
長剣を扱うノエも、接近戦のために短剣はいくつか忍ばせている。戦闘時においては、なるべく自分が得意としている距離を保って戦おうとしているものの、都合よく敵が距離を置いてくれない場合がある。
目と鼻の先まで迫られたとき、これらの短剣は命を守ってくれる最後の砦にもなってくれるのだ。
「オデット。前に、護身用のナイフは渡しておいたよね。戦闘時に、何か不安に思うことがあったのか」
「
……
いいえ。ただ、あれはわたしの身を守るためのものですから」
渡されたナイフは、オデットの身を守るためのもの。だったら、今、こうして真剣な眼差しで彼女が吟味しているのは、誰のための
――
何のための短剣なのか。
何だか今の自分が聞いてはいけないような気がして、代わりにノエは、先ほどとは逆に彼女に付き添い、見守ることにした。
オデットは最初、自分も持っている小さなナイフのような短剣を中心に手に取っていたが、すぐにその視線はより大きな短剣へと移って行った。前者がナイフとして日常でも扱えるような代物だとするなら、こちらは二刀を扱う剣士が、攻撃を受け流すために持つマインゴーシュ(受け手つきの短剣)やスティレット(小ぶりの刺突剣)に似ている。
すなわち、それ一振りだけでも、十分な切れ味を誇り、人を傷つける力を持つ
――
ということだ。
「オデット。そっちの短剣は、ルガディン族向けの作りになっている。君が持つには重すぎるし大きすぎるよ」
オデットが最も大きい短剣を手にしようとしているのを見て、ノエが指摘の声をあげる。オデットは、自分の手が持つにはあまりに大きすぎる柄を、まるで杖でも持つように握っていた。
「でも、兄さんが持っている短剣は、これくらいの大きさではありませんでしたか」
「僕はエレゼン族だからね。ハーフエレゼンは大体ヒューラン族と同じ体型だから、もう少し小さいものの方がいい。それに、男女で手の大きさも違うから
……
」
ざっと並べられた大小の短剣を眺めて、ノエはいくつかの短剣を選び取り、オデットの前に並べてみせる。この目利きに関しては、ノエは自分の目を信じられた。
「柄を握ってごらん。こういうのは、大きすぎても小さすぎてもいけないんだ。取り扱いを間違ってしまうと怪我をしてしまうのだから」
「えっと
……
こう、でしょうか」
「いや、こんな風かな」
ノエはオデットの手をとり、柄を握るように指を添えて誘導する。すると、オデットの体にいつも以上の緊張が走ったのが肌越しにノエにも伝わってきた。
どうしたのだろうとノエが視線を落としたものの、二人の身長差ではこの至近距離ではオデットのつむじしか見えない。
「え、と
……
こう、でしょうか」
「うん。そういえば、前にナイフの持ち方を教えたんだっけ。あのナイフよりも刃が長くて重いだろうから、片手で持ってもふらつかないサイズと素材のものにするといいよ。オデットなら、魔法の触媒に使えるように宝石や魔紋が入ったものでもいいかもしれないな」
「そうなのですね。じゃあ、これなら
……
」
ノエのアドバイスを受けて、オデットは神妙な面持ちで短剣を握ったり離したりを繰り返す。ノエはその様子を見守りながら、彼女の真剣な横顔の意味を探っていた。
(急に新しい武器を買いたいって言い出したのは、僕の負傷のせいだ
……
と考えるのは傲慢だろうか)
何でもかんでもオデットがノエを基準として考えているわけではないだろう、とルーシャンやオランローに指摘されたばかりだ。
とはいえ、あの負傷がオデットにとって一つの契機であるのは間違いあるまい。
オデットは、天球儀を用いて占星魔法を使用して仲間たちを支援してくれている。
ルーシャン曰く、オデットの魔法は、星の力を借りて癒しを齎すことを主流とした魔法なのだそうだ。
魔法の理論に詳しいノエにはよく分からない部分もあったが、ともあれ、それはシャーレアンと呼ばれる北方の都市で栄えた歴とした一つの魔法体系だと聞いている。
実際、オデットは、一行の中では随一と言えるほどの癒しや支援に関する魔法の才を持つ。
ノエやヤルマル、ルーシャンが身につけている魔法は一人の外傷を手早く癒すのには向いているが、オデットのように素早く魔法障壁を構築したり、広範囲の味方を守る魔法陣を展開することはできない。
(オデットには、オデットだけができることがある
……
とは思うのだけれど)
だが、その戦い方の特性上、オデットは前線に立つことはない。
竜や魔物の牙に身を晒す必要がないのは、彼女を守りたいノエとしてはありがたいことだが、オデットとしてはもどかしいときもあるのだろう。
(だから、せめて、咄嗟のときに魔法ではなく直接竜を穿つ武器があれば
……
なんて、思っているのだろうか)
オデットが隣にいてほしいという気持ちについては、既に彼女自身にも打ち明けている。
だが、それは当然オデットが無事に健やかに過ごしているという大前提がある。
しかし、オデットにも言われたように、ノエがオデットに隣にいてほしいと願う一方で、ノエが竜と戦うことになる日々を選んだ以上、オデットが危険に身を晒す可能性を無視することはできない。
護身用としてより強力な武器を求めるのも悪くないだろう
――
と胸中に生まれた不安を、ノエは一度ぐっと押さえ込む。
「兄さん。これ、どうでしょうか」
「見せてごらん。
……
うん、持っていても剣先がブレる様子がないね。ちょうどいいんじゃないだろうか」
「では、わたしはこれを買いますね。すみません、こちらの短剣はいくらでしょうか」
早速、会計係の召使とのやり取りを始めたオデットを横目に、ノエは思案する。
オデットが隣に並び立ち、戦いに赴く日々がもしこの先当たり前になるというのなら。自分も、オデットの装備についてもっと関心を持っておくべきだろう。
「オデット。この後、ローブを見に行くって言っていただろう。僕もついて行っていいかい」
「はい、構いませんよ。わたしも、兄さんに見立ててもらおうかと思っていましたから」
「そうだね。魔道士については専門外だけれど、イシュガルドは僕の方が旅慣れているだろうから、そっちの方面で助言できるだろう」
「それもそうですけれど
……
」
オデットはノエの側に駆け寄ると、彼の手をとり、いつもより少し強く握った。言葉にできない思いが、そこには沢山込められている。そう思うのに、ノエはその全てを自分が汲み取れていないようにも感じてしまう。
「わたしが、兄さんと一緒にいたいんです。わたしが隣にいるっていうことは、わたしにとってそういうことですから」
「
……
そうだったのか」
「変な兄さん。兄さんの方から、あんなにわたしと一緒にいたいって言ったのに」
「それは、そうだけれど。君の自由を僕のために消費してほしいって意味ではなかったんだよ」
「わたし、自分のやりたいことが兄さんのせいで台無しになっているなんて思ってませんよ」
オデットが楽しげに言うので、実際オデットはノエのとの買い物を楽しんでくれているのだろう。
ノエとしては、隣にいてほしいとは言ったものの、四六時中オデットを側に留めおくというほど拘束力の強い意味合いはなかった
――
はずだ。少なくとも、自分はそこまで粘着質な考え方はしていなかったと思う。
一方、オデットにとっての『一緒にいる』は物理的な距離も含まれているらしい。そのうえ、彼女はその『一緒』の時間をこの上なく満喫してくれているようだ。
(ともあれ、オデットがこの前の怪我で悲観的な考えに取り憑かれているわけではないのなら、今はそれでいいか)
少し痛いぐらいに力が込められた少女の指に、そっと包み返すように自分も力を込める。
――
大丈夫、ちゃんと隣にいるよ。
今ノエができる精一杯は、きっとオデットにも届くと信じて。
***
魔道士が自身のローブに求める条件は、その人の戦い方に依拠するところが大きい。
最低条件として、まず、全身にエーテルを巡らせやすくする生地でできている必要はある。
その上で、ルーシャンのように前線での立ち回りも可能な装いとするか、それともオデットのように後衛にどっしりと構えて、援護に集中できるような重厚なローブとするかは戦いに対する考え方によって最適解も変わっていく。
「オデットが今着ている同じ形のローブもあるみたいだよ。ほら」
占星台に店を構える商人は、この施設を宿とする旅人や傭兵たちも満足できるように、小規模な町と変わらない品揃えでノエたちを出迎えた。
ノエが店先に吊るしてあるものから選んだのは、今オデットも身につけているローブと同形の品だ。
たっぷりとした袖に、大きく広がった裾は如何にも魔道士のローブ然としている。裾部分には、星座盤を思わせる模様が縫い込まれており、魔法発動のための支援としての効果を持っていた。
腰には錬金薬を差し込むためのウェストポーチも備え付けられており、後衛として各種の薬品を管理する係としても使いやすい一品である。
だが、オデットはノエが見せたローブを前にして渋い顔を作っていた。
「前のものも悪くないのですが、ローブの前が閉じれないので隙間風が入り込んで、少し寒かったんです」
「そうか。グリダニアでは問題なくても、イシュガルドならもっと密閉された衣服の方が良いかな」
「それなら、お客様。こちらはいかがでしょう」
話を聞いていた店員が、いそいそとノエたちに駆け寄ってくる。
「生地も厚手ですし、袖に遊びがないので隙間風も感じません。裾周りはスカートにしてありますが、防寒性能の高い下履き(ホーズ)もおつけしますよ」
嬉々として売り込みに来た店員が見せたのは、見た目だけならば私服としても使えそうなワンピースだった。だが、危険な場所に赴くこともある旅人向けということもあって、見た目よりもしっかりとした生地が使われているらしい。ノエが触ってみたが、軽さはあるのに不思議と厚みもあるように思える。
白い生地には、ルビーと思しき大ぶりの宝玉の嵌ったネックレス状の飾りが縫い込まれている。まるで、雪原に輝く真っ赤な木の実のようだ。
「イシュガルド向けの特注の生地で作りましたから、防寒性能も抜群。装具を外せば私服としても着やすいですし、魔道士様が火属性のエーテルを軽く流せば全身に熱を行き渡らせることも可能な、特殊な布を使っています。お嬢さん、いかがでしょうか!」
前のめりになった店員の売り込みを聞きながら、オデットはローブの全身を眺めてみる。
今のローブは、腰回りに錬金薬や触媒を入れるポーチをいくつもぶら下げている。それとは対照的に、店員が見せたローブにはまだそのような鞄の類はない。
「オデット、どうする?」
「では、こちらを試着してみようと思います。後、できれば他のローブも見せてもらえると嬉しいのですが」
話しながら、オデットは先ほど買ったばかりの短剣の入った皮袋を握りしめる。
続いて、自分が今着ている如何にも魔道士然としたローブへと視線が移った。
錬金薬や魔法の補助に使う装飾品がたくさん並んだベルト。実際は使う機会はあまりなく、万が一の備えのために過剰なぐらいに仕込んでおいたそれらは、オデットにとっては大事な命綱でもあった。
だが
――
そこに、短剣が挟まる余地はなかった。
*
短剣一振りを手に入れたところで、自分が爆発的に強くなれるな
――
どと思っているわけではない。
けれども、何か変えたいと自身を突き動かす衝動があったのもまた事実だ。
かつて、オデットは無力な少女だった。文字通り、魔法すら上手く制御できず、暴発させた挙句一時的に足が動かなくなるほどの後遺症を負ったこともある。
だから、ノエと隣にいることを自分が認められるように、足手纏いにならないように、持て余していた魔法の才能を役に立つ形へと整えた。
それでも、ノエを守るには不十分だった。彼の命がふとした瞬間に消えてしまうという焦りや恐怖は、まるで影のように付き纏っている。
だったら、更に自分を変えるものが欲しい。
その象徴として、オデットは今まで持ち歩いていない比較的大ぶりな一振りを求めたのだ。
「あちらの方がおっしゃられていたように、お客様が今着用されているものと同じ形のものもありますが、いかがしましょうか」
試着室兼倉庫を兼ねた店の裏手に案内した店員は、何着かローブをオデットの前に出してくれた。
オデットが愛用していたガウン状の厚手の上着、裾を地面に擦りそうなほど長い全身を包むローブ。中には、竜の皮を剥いだものを素材として使っていそうなものもあった。
だが、そのどれもが、魔道士として後方に座して戦うためのものだ。エーテルを体全体に効率よく流すために、全身をすっぽり包むローブ。たっぷりとした袖もまた、エーテルの循環効率を上げるために必要なものなのだろう。
しかし、そのような仕立てにした場合、一つの欠点も生まれる。
「やっぱり、こちらのローブでは、咄嗟の時に動けないと思うのです」
それは、機動性だ。とりわけ、積雪した地面を動き回ることの多い場面では、裾の長いローブは雪が付着し、ローブそのものが重石となってしまう。
「最初に見せていただいたもので、丈を合わせてもらえますか」
「構いません。ただ、魔法の発動という意味では少々扱いづらくなってしまうかもしれませんよ。これまでのローブよりも、裾まわりのエーテルの流れが変わってきますので」
「大丈夫です。それに、先ほど勧めてくださったということは、単純に動きやすいということ以外にも利点があるのですよね?」
オデットの質問に、店員はその質問を待ってましたと言わんばかりに、口元に三日月のような笑みを浮かべる。
「ええ。もちろん、稼動性と防寒性を兼ね備えたというのは大きな利点ですが、他のローブよりも造りがシンプルなので、他の職人さんが作った品物とも相性が良いのですよ。錬金薬を持ち歩くためのポーチや鞄ももちろんですが、胸当てや腰当てのような脱着可能の防具とも違和感なく馴染みます」
店員はセールストークを並べながら、トルソーに着せたローブに、いくつかの革製品をあわせていく。
彼女の言う通り、オデットがこれまで着用していたローブは形状が特殊であるために、ローブ用に誂えた装具でないと装着できない場合が多かった。
大体がローブと共に装具も売られているため、さしたる問題ではなかったが、当然ながらそれは魔道士専用に作られた装具に偏りがちであった。
「あの。それでは
……
この短剣を持ち歩くような防具も、一緒に買えないでしょうか」
「あら、隣の鍛冶屋さんの短剣ね。その大きさなら、剣帯をおつけしましょうか。剣帯をつけるなら、どうせなら腰とお腹周りをしっかり守れるコルセット形式の腹当てなんていかがです?」
言いつつ、店員はテキパキと在庫を置いた他なら腹当てと剣帯を取り出し、ローブに装着させていく。今まで着ていたローブでは、大ぶりの短剣を身につける余地は微塵もなかったが、これなら問題なさそうだ。
すらりとしたラインのワンピースに添えられた、重厚な皮のコルセットと短剣。その姿は、まるで凛々しい騎士を思わせた。
「では、こちらでお願いします。装具の採寸もお願いできますか」
「もちろんです。ああ、そうだ。布の色はこちらでよろしかったでしょうか。雪原でも目立つ黒や濃い緑などもありますが」
店員が試着させようとしているローブは、このイシュガルドの雪原では目立ちにくい白地の布だ。もし仲間とはぐれてしまったのなら、捜索が困難になる色合いである。
「それなら、黒とか茶色にして
……
」
そこまで言いかけて、ふとオデットは疑問を抱く。
「あの
……
そもそも、どうして白い布のものも取り扱っているのですか?」
少し考えてみれば、白地の装備は遭難時に見つけにくいと分かりそうなものだ。売れない装備を用意しておく理由など、商人側にはあるまい。
すると、店員は何やら意味ありげに目を細め、まるで言葉にすることすら恐れるかのように小さな言葉で呟いた。
「
……
竜は、目がいいですから」
その一言で、オデットも彼女が何を言いたいかを理解させられた。
「お客様のおっしゃる通り、白い服は遭難した際に非常に見つけづらく、お勧めしづらいものです。ですが、上空から竜に狙われないように、また地上の魔物からも見えづらいように、敢えて白い服を纏うこともあるのです」
雪の中で遭難することよりも、竜や魔物の不意打ちの方が危険である。
そう判断して、敢えて白や淡い色を選ぶ場合もあるのだと店員は語った。
「もちろん、普段は白い上着を纏っていれば解決する話です。ただ、お客様の髪の色は
…
失礼ですが、春の花を思わせる薄紅色でしたから。髪を染めるおつもりでないのでしたら」
「
……
服ぐらいは、白い方が良いのではないか、と言うことですね」
店員は小さな会釈の後に、ゆっくりと首を縦に振った。
オデットの髪色は、雪原ではよく目立つ薄紅色だ。もし竜のように空高くから地上を見下ろした場合、吹雪の中の薄紅はさぞかしよく目立つだろう。
それぐらいならせめて、服だけでも目立たないようにした方がいいのでは、という店員なりの気遣いが先ほどの言葉にはあったのだ。
(竜に見つかるリスクを呑んでも、遭難しないように派手な色を選ぶか。それとも、竜にも人にも見つからないような色を選ぶか)
それについて、もう迷う必要はなかった。
自分はこの先ノエの隣にいる。そして、ノエはイシュガルドに残る。その時、彼の元に竜や魔物を招くような装いをよしとできるわけがない。
「
――
ローブは白い色でお願いします。足回りも、動きやすいように少し裾を上げてもらえますか」
「かしこまりました。せっかくなので、お嬢さんには帽子もおまけしておきますね。髪の毛をしまえるように、少し大きなサイズにしておきます」
店員は小さな淑女の決意に応えて、笑顔と共に巻き尺を取り出した。
***
オデットが試着室に引っ込んでから、ノエは空いた時間を使って錬金薬を買い足し、消耗品の見直しと補充を行なっていた。
ロープ、鉤、火打石など、旅をするにあたっての必需品はもちろんのこと、持ち運ぶ道具袋は、いくら頑丈なものを選んでいても日が経てば劣化を免れない。それらの買い直しも、重要な補給の一つだ。
「雪除け用の天幕はオランローが買うって言っていたし、できれば後は火付け用の火属性のシャードを
……
」
ぶつぶつと任された買い物の内容を呟きながら、ノエはぐるりと視線をやる。
火属性のシャード
――
クリスタルを砕いたもので、火付けには欠かせない
――
を壺に取り分けて売っている一角を見つけ、ノエはそちらへと足を運ぶ。
大きな壺にはぎっしりとシャードが詰め込まれており、そこには柄杓が突っ込まれていた。そばにある袋から察するに、量り売りをしているらしい。
早速、とノエが柄杓へと伸ばした手が、別の誰かの手と重なる。慌てて手を引っ込め、
「すみません。先、いいです、よ
……
」
その場を譲ろうと顔を上げたノエは、思わず目を丸くした。
銀色に輝く細い髪。朝焼けを思わせる、オデットのそれとは異なった、少し青みがかった紫の瞳。
性別すらも曖昧な体型を覆う、紺色のマントは見慣れないものだったが、その人物の顔には見覚えがあった。
「ミラベルさん
……
? あなたが、どうしてここに」
シュガーグレイヴの孤児院に滞在し、オデットがかつて兄と呼んでいた青年が、渋い顔でノエを睨んでいたのだった。
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