ジゼルとヴェロニックさん

お茶会。

 ふんわりと漂う甘い匂いに、ジゼルはぱっと顔を輝かせて歩きだす。向かうのは大聖堂の食堂、その調理場で、なにかと身振り手振りの大きいジゼルはあまり出入りしないようにしているものの香ってきた匂いに覚えがあって向かう足取りに迷いはない。
「ヴェロニックいる?」
「嗚呼、此処に」
 覗いた調理場、硬い口調の返事がするほうを見れば、光の加減で黄金色にも桃色にも見える髪がさらりと揺れている。次いで振り返ったのは表情のせいか硬質にも見える美貌。ヴェロニックがジゼルを見て「丁度いい」と呟く。
「木の実のタルトができたところだが、食べるか?」
「食べる!」
 それを目当てにやってきたのだと分かりやすいジゼルだが、ヴェロニックは呆れる様子を見せることもなく「切り分ける故、暫し待て」とジゼルを食堂へ促す。促されたものの、食べさせてもらうという立場になって口を開けて待っているはおかしいだろうと思うジゼルはかちゃかちゃと音を立てながら皿を取り出して、なるべくヴェロニックが使いやすそうな場所へ置いた。
 褒める響きで礼を言ったヴェロニックは流れるようにタルトを六等分にして、皿の上に手早く置いていく。切れ目もきれいできちんと皿に乗ったタルトはキャラメルもかかって輝かんばかりである。ジゼルは市井の飲食店に赴いたことがないため分からないが、聖職者たちが見れば店に置いていそうだと感想を抱くだろう。
「茶も淹れるか。お前はなにがいい? 希望がなければ私が選ぶが」
「なに……?」
「私が選ぼうな」
 茶葉にも種類があるのを分かっていないジゼルをすぐに察したのだろう、ヴェロニックは茶缶の並ぶ棚の前に立ち赤い缶を選んだ。ジゼルは知らないがミルクティーに合う茶葉だ。濃く淹れれば香ばしい木の実のタルトと互いを引き立て合うだろう。
 あなたの分、私の分、ポットの分。温めたポットに小匙三杯の茶葉を入れたヴェロニックは静かな所作でお湯を注いでいき、ふわりと湯の中を泳ぐ茶葉をジゼルは目を細めながら眺める。なんだか、とてもゆったりとした心地であった。
 運ぶのは任せてもらい、食堂のテーブルにタルトとケーキを運んだジゼルはヴェロニックと向かい合って座り、そわそわと期待の眼差しを送る。
「ふ……たんと食べるといい。上手く焼けている故、味は保証しよう」
「やった! ヴェロニックの作るもんはいつも美味いから、俺楽しみなんだ」
 わくわくとしながらタルトへフォークを突き立てれば、木の実がごろごろ入ったフィリングを超え、タルト生地がざくっと良い音を立てる。口に運んだ瞬間にしっかり炒められた木の実の香ばしさとキャラメルの風味が口いっぱいに広がり、たっぷりとバターを使われたタルトとの食感が合わさってとても美味しかった。
「んー!」
「美味いか?」
「ん!」
 頬張りながら頷くジゼルに向けられるヴェロニックの目は微笑ましそうで、日向の色をした美貌に温かみが増して見える。
 ヴェロニックの作る菓子は美味しい。食べたとき特に感じるのは豊かな風味で、それは彼女が砂糖の代わりにはちみつやメープルシロップを使っているからではないかとジゼルは思っている。作るときに居合わせれば飯事程度はあるものの手伝うことのあるジゼルは、ヴェロニックが砂糖をあまり使っていないのを見て知っているのだ。だから、今日のように香りだけできっとヴェロニックが菓子を作っているのだと察することもできた。
「今日のもめっちゃ美味い! 木の実とタルトが違うざくざく感してて、キャラメルがほろ苦なのが甘いのと合っててすげえ!!」
「左様か。お前は本当に美味そうに食すものだ」
 拙く美味いうまいと繰り返し、途中で身振り手振りも混ざったのでそれは嗜められてしまったけど、ヴェロニックの物言いに鋭さはなかったので気分は萎まない。ヴェロニックの話し方はともすると硬く古風に聞こえるが、内容に無用な棘が尖ることはない。公平な、あるいは俯瞰して述べられる物事には一貫した正しさがあった。
「なあなあ、ヴェロニック」
「なんだ?」
「俺さ、お茶淹れられるようになりたい」
 自覚のない行儀の悪さでティーカップを両手で持つジゼルは、その芳醇な香りにも感動しながら呟く。ジゼルは自発的になにか学ぼうとするのが苦手だが、自分に合った本を教えてくれて、分からないことも説明してくれるヴェロニックを信頼しているので素直に口にすることができた。
「では教える故、やってみるといい。この茶は好きか?」
「うん」
「ならば、まずはこの茶葉で上手く淹れる方法を教えよう。好むもののほうが覚えやすいだろうからな」
 言って、ヴェロニックはティーカップの取っ手へ上品に指を揃え持つ。その姿が母様や姉様のように美しいと思ったジゼルだが、不思議とそう伝えようとは思わなかった。
 窓から差し込む陽光、日向に甘やかな香りが満ちる。
 ──茶葉の量は小匙に三杯。私の分、ポットの分、ともに飲むあなたの分。
 次に淹れられる茶は少し渋くなってしまったけれど、ジゼルにとってははちみつを溶かしたように穏やかなものだった。