こばと
2025-01-05 23:32:36
4432文字
Public らぬすて
 


フォロワさんに捧げる「クリスマスデートをするクラ書♀」です。
らぬ世界にクリスマスがあるか分かりませんが、ホームカミング期間の少し前くらいを勝手に想定して書いています。諸々捏造ありです!


 ホームカミング期間に入る少し前、ミーティア内は浮き足立った空気がそこかしこに漂っていた。理由は二つあって、一つはもちろん年に一度の待ちに待った長期休暇。そしてもう一つは、この時期に開かれるホリデーマーケットの存在だ。
 国や地域によって内容や規模は異なるが、ここ数年でアルタール島でもすっかり浸透したホリデーマーケットは、若者に人気の催しだった。ミーティアからも程近い繁華街の一角に大きなもみの木のツリーが飾られ、その周辺ではたくさんの出店が一週間ほどに渡って軒を連ねる。
 そして錬金術をふんだんに使った華やかな飾りつけとライトアップが施されたマーケット会場は、どこか幻想的な雰囲気もあって、この時期一番人気のデートスポットでもあった。
 家族や友人と楽しむ人たちももちろん多いが、学生たちはこぞって恋人や密かに恋心を募らせる相手を誘って、ホリデーマーケットに繰り出すのだ。
 誰が誰をマーケットに誘ったとか、誰と誰が顔を寄せ合って歩いていただとか。ここ数日は、ミーティア内もそういった話題で持ちきりで、そわそわと甘ったるい気配が漂っている。
 意中の相手の反応を窺い、ライバルを牽制し合う。そんな甘酸っぱいクラスメイトたちの攻防を、カシム辺りは悠然と微笑みながら眺めていたが、まさに想いを寄せる書記生をホリデーマーケットにいかにして誘うか頭を悩ませていたクランにとっては、とても他人事ではない。
 ミゲルやタキにはいい加減覚悟を決めろと発破をかけられ、アルとゼタにはヘタレだと笑われ溜め息をつかれ、ようやく書記生とホリデーマーケットに行く約束を取り付けたのは、マーケット期間の最終日前夜だった。
 ここに至るまでの道のりは平坦ではなく、ホリデーマーケットへの書記生の関心度や、周囲に彼女を誘おうとする存在がいないかどうかのリサーチ等々、ジークを始めとする特別寮の一年生たちには大いに協力してもらった。
 それでも踏ん切りがつかないクランの姿に、最終的にはタキを筆頭に痺れを切らした二年会の面々がホリデーマーケットに誘うまで出られない部屋と称し、クランと書記生を談話室に閉じ込めるという強硬手段に出たわけだが。
 結果的にこうして今、書記生と連れ立ってマーケット会場へ来ることができているので、素直に感謝すべきだろうか。
 複雑な胸中はさておき、クランは隣に立つ書記生へと視線を向ける。きょろきょろと会場を見回し目を輝かせる愛らしい横顔に見惚れていると、視線に気づいたのだろう。透明な硝子玉みたいな瞳が、ぱっと瞬いて星が弾けた。
 その眩しい笑顔をまっすぐに向けられているのが自分だということに、一秒遅れて気づく。内心慌てながらもお得意のポーカーフェイスで舌だけは滑らかに回るのだから、頼れる先輩らしく振る舞うのにもすっかり慣れてしまった。
「レイ、あそこで会場の地図を配ってるみたいだ。行ってみようか」
「はいっ! あ、あの! クラン先輩、今日は連れて来て下さってありがとうございました!」
「お礼を言うのは俺のほうだよ。君と一緒に来られて、よかった」
 本当に、いや本当に。書記生はクランの言葉を謙遜か何かだと思ったのか大げさですよと笑うが、ここに漕ぎつけるまでの苦労を思えば決して過言ではない。
 想いを自覚するまでは合成が終わった後に俺の部屋で一杯どう、なんて気軽に誘えていたというのに。自分がこんなにも意気地なしだったとは、クラン自身も驚きだ。でも好きだからこそ良く思われたいし、嫌われたくない。出来ることならいつだってスマートに振る舞いたいし、格好悪いところだって見せたくない。
 恋は、人を愚かにする。呑み込まれて溺れるのは容易く、いとも簡単に人を変えてしまう代物だ。憧れながらも畏怖していたそれに初めて触れたとき、あらためてクランは自身の無力さを実感した。しかしその無力感は、父やオウランという国に対して常々感じていたものとは違う。
 たとえるなら、自分が一人の少女に恋するただのちっぽけな男であることを実感するたび、背負っていた肩の荷を下ろし、着ていた服の一枚一枚を脱いで裸になるような、そんな心地よさと安堵を感じた。
 そして、そんな風に思わせてくれるレイという存在に、クランは幾度となく掬い上げられてきたのだ。
「クラン先輩は、どこか気になるお店はありますか?」
「う〜ん、どこも美味しそうだから目移りするな……レイはどう?」
「えっと、あの、グリューワインを飲んでみたくて……!」
「いいね。日もだいぶ傾いてきたから冷えてきたし、まずはグリューワインで暖まろう」
「あっ、じゃあこのお店とかどうですか?」
 案内所でもらった会場図を二人で覗き込みながら、マーケット会場をどんな順番で巡るか作戦会議を開く。ライトアップされたイルミネーションを見ることが目的の一つということもあり、会場に着いたのはもうすぐ日没という時間帯だった。わくわくと期待に満ちた表情で紙面をなぞる書記生の頬や鼻先は、冷たい冬の風に晒されてすっかり赤くなっている。
「じゃあ、行こうか。人が多いから、はぐれないように気をつけて」
 ほんの一瞬、クランは迷った。言葉通り会場の人出は相当で、人波に攫われてしまえばあっという間にはぐれてしまう可能性は高い。迷子防止のために書記生の手を握ることは、先輩という立場からしても何らおかしなことではないと思う。問題は、そこにクラン自身の欲が存在していることだった。書記生に触れたい、そんな下心がクランを躊躇わせた。
 伸ばしかけた手を一度下ろして、ぎゅっと拳を握る。クランは書記生を安心させるようにふわりと微笑むと、その小さな背中をトンと軽く叩いた。
「あ、はい……
 隣に並ぶように促す大きな手のひらは、すぐに離れてしまう。それが適切な男女の距離なのだと言われれば、きっとそうなのだろう。
 けれど書記生はわずかに視線を彷徨わせ、そしてクランの外套の裾をぎゅっと掴んだ。悴んだ指先が、鼻先同様に赤くなっている。震えているのは寒さのせいか、それとももっと別の理由からか。引っ張られた布地に視線を落としたクランが、それに気づかないはずがなかった。
「あのっ……手を、えっと……そう、服! 服の裾で、いいので……っ、握ってても、いいですか?」
 そう言って見上げてきた瞳は、不安そうに揺れている。自分から切り出すなんてきっと恥ずかしいだろうし、もし断られたらと思うとすごく怖いはずだ。それなのに、書記生は勇気を出してくれた。クランはそれがどうしようもなく嬉しくて、同時に女の子から言わせてしまった自分を恥じた。
「あー……俺、ほんと格好悪いなぁ……
「えっ?」
「ごめんね。レイに言わせちゃった」
「そ、そんな……っ! 私が、その、先輩と……あの……
「うん。ねぇ、やり直し、させてもらってもいいかな?」
 大きな手のひらが書記生の手に添えられ、すっぽりと包み込む。温もりを分け合うように彼女の手をやさしくさすりながら、クランはくしゃりと顔を歪め笑った。泣き笑いのようなその表情に浮かぶ自責の念は、それを見た書記生にも伝わってきて、思わず息を呑む。
 見つめ合う一秒が永遠にも感じられて、時が止まってしまったかと思った。
「俺と、手を繋いでくれるかい?」
 書記生よりもずっと大きな身体を小さく丸めるように屈めながら、乞うようにクランが囁く。その姿は、まるで神に祈りを捧げる敬虔な信者だ。真剣な表情で見つめてくるクランに、書記生は小さく頷くことしかできなかった。
……ありがとう」
 気の置けない仲間たちからは書記生を神聖視しすぎだと呆れられることもあれば、もっとありのままの姿を晒してぶつかれと叱咤されることも少なくない。だけど想いが募れば募るほどに、クランは何も言えなくなっていた。他人から見れば、焦ったいかもしれない。らしくないなんて言われるのも、承知の上だけれど。
 でもこうして隣で過ごせるだけで胸がいっぱいになるんだと伝えたら、君はどんな顔をするだろう。
 心の中だけで、クランは書記生に問いかける。繋いだ手と手がじんわりとした熱を生んで、外気は痛いくらいに冷たいのに、隣を歩く存在が与えてくれる温もりに、二人は頬を火照らせていた。
 ゆっくりと出店を覗いて回りながら、手を繋いで歩いた。時折目を合わせて瞳の奥に滲む熱を確認し合えば、賑やかな会場のざわめきはあっという間に遠のいていく。この世界で二人きりになったような、そんな錯覚すら起こしてしまいそうだった。
「わあ……クラン先輩、見てください! 綺麗……
「ああ、すごいな……
 書記生の言葉に彼女が向けた視線の先を辿ると、クランのくちびるからも感嘆が漏れる。会場中に飾られた錬金術具に一気に明かりが点り、その明滅に合わせて管弦楽器の演奏が始まると辺りはいっそう活気づいた。会場中央にあるツリーにも眩いほどの光が瞬いて、その場にいる誰もが目を奪われる。
 今この瞬間二人は同じ景色を見て、同じように心を動かしているのだと、そう気づいた途端。クランは胸中を満たす愛おしいという感情が、堰を切ったように溢れ出していくのが分かった。それはコップの水が溢れるように、もうどうやったって自身の心の中だけに留めることはできそうにない。
 隣を見ると、濁りのない透き通った瞳が色とりどりの世界を映し込んで、キラキラと輝いていた。
「綺麗だ……
「はい、本当に……クラン先輩と一緒にこの景色が見られて、嬉しいです」
 願わくばずっとこうして隣で、同じものを見て、同じ時を過ごしたい。
 君の隣が俺の居場所で、俺の隣が君にとっても同じであればいい。
 それは、クランの中で自然と湧き上がってきた願いだった。もちろん、大切な人は数えきれないほどいる。ミーティアで出会った仲間は、オウランでの自分の立場をひと時忘れて一緒に馬鹿をやれる貴重な存在だし、大した力を持たない自身を慕ってくれるファンクラブの人たちや、それこそオウランで暮らす人々だって。
 クランにとっては、これまでの人生で出会った一人一人がかけがえのない存在だ。
 けれど、そんな博愛とは一線を画したところに確かに在った、たった一人に傾ける恋慕という感情。それをクランが捧げたいと思うのは、レイただ一人だった。
「ずっと、これから先もずっと……君とこうしていたいな」
……クラン先輩……
「レイが、好きだよ」
 繋いだ手にぎゅっと力を込めると、クランを見上げる瞳が大きく見開かれ、見る見るうちに潤んでいく。それはあっという間にクランにも伝染して、二人は寄せ合った顔をくしゃくしゃにして笑った。
 目尻に滲んだ想いの欠片は、イルミネーションの光に乱反射して、恋人たちを祝福するようにいつまでも瞬いていた。