fedge
2025-01-05 20:40:29
2845文字
Public カピオロ
 

僅かな彩色~一方その頃~

※5.3
※夜神の国の様相は捏造です
※シュールなギャグ寄りのつもりで書いています


「長官、またあの青年が来ていますよ」
「ならば今は昼過ぎか……構わん、放っておけ」

夜神の国のとある丘で、スラインは目を瞑りながら寝転んでいた。あまりにも永い間眠らなかった彼は、他者の魂が己から離れ、ようやく眠れる状態となったというのに、眠りに落ちる術を忘れてしまっていた。
それでも楽な姿勢で目を瞑り、ゆっくりと呼吸することで、久しぶりの休息を味わっていた。
だというのに。
オロルンが肉体が座している玉座を訪れるたびに、部下たちがなにやら話しかけに来る。ほぼ毎日、欠かさず同じ時間に来ているようで、時間の流れが分かりづらい夜神の国にいるにも関わらず、時報代わりとなっていた。
――どうせ眠れないのだ。暇つぶしにでも見ていてやろう。
普段であれば、俗世を覗くようなことはしないのだが、何故か今日は、見たほうがいい気がした。
丘に寝そべったまま、意識を玉座の視界と繋ぐ。

……ここから見える景色は、少し、寂しいな』

聞き慣れた優しい声がする。眉を寄せ、オシカナタの灰色の空を眺めているようだ。確かにここからの景色は、そう良いものではない。灰色の空と灰色の石畳が見えるだけ。その後なにか思うことがあったのだろうか、ぼそぼそと何かを呟いている。
かろうじて聞き取れた単語が……「人参」「キャベツ」「トマト」「ここも鮮やかに」。

「待て、オロルン。何をしようとしている」

思わず声を出してしまったが、ここは夜神の国。届くはずもない、と我に返る。
まさか玉座の前で家庭菜園でも始めるつもりか……
見たほうがいいと感じたのは、虫の知らせのようなものだったのだろう。

『隊長、すまない。今日は少し早く帰る。ちょっと調べたいことができたんだ……また、明日』

灰色の空で埋まっていた視界を、青と紫の双眸に覗き込まれる。表情はかつて行動を共にした時と変わらない、日常の、普通の、次がおおよその場合確約されている場合の、またな、といった顔。
深く立ち入りすぎて情が入らないように、と己のことを殆ど伝えずにいた、筈なのに。彼は毎日ここへやってきて、変わらぬ日常を――俺は変わってしまったというのに、届けに来ていたようだ。

……ついでに、不安も届けられたが。
急ぎ足でこの場を去るオロルンの背を見つめながら、引き留める手を伸ばせないことを歯がゆく思った。


 * * *


翌日、オロルンは見慣れぬ花の描かれた袋を携えてやってきた。

『どちらの花も、耕した地面ではなくて岩の切れ目などで育つらしい』

そう言うと、てのひらに種を取り出し、石畳の隙間に植え始めた。

「花……か」

階段の両脇に人参やキャベツ、トマトが植えられた様子を想像していたスラインは、その様相を回避したことで、少しばかり安堵した。
オロルンは、何か考える素振りを挟みながら階段の下まで植えきると、玉座の横に腰を下ろした。
ふふ、と柔らかく笑う声がする。首を動かせないために、その顔を見ることは適わない。だが楽しそうな様子は伝わってくる。

『色のついた景色を、君が喜んでくれたら、嬉しいな』

――そうか。この灰色の世界に色を差そうとしていたのか。
つられるように顔を綻ばせるスラインを見た部下たちも、穏やかに笑っていた。


 * * *


「待て、オロルン。本当に何をするつもりだ」

毎日来るのは変わりないのだが、オロルンが来るたびに、持ってきた花を植える範囲が増えていった。
最初に植えられたものは花弁が開き、玉座は白と紫の花と、それらの葉の緑で彩られていた。これは確か璃月で見られる花だった筈だ……確か、清心と、琉璃袋。どちらも薬の原料となる物だ。

『もうすぐか?咲いたら少ししてから収穫するからな、それまで待っててくれ。君もいい蕾をつけているね、咲かせるまでがんばるんだよ』

後で植えたほうの花に話しかけながら世話をするオロルンは、相も変わらずといった様相だ。

『さて、今日はまだまだやることがある』

おもむろに写真機を取り出すと、えーと、うーんと、どう使うんだ?と頭をひねりながら三脚を立て、俺が座る場所と石段が映るように画角を調整したようだ。
オロルンは写真機を仕掛けると、たたたっ、と階段を駆け上がり、玉座の横に座った。
パシャリという音と共にシャッターが切られる。
嬉しそうにカメラに駆け寄り、できた写真を確認し、満面の笑みになる。
その写真を手にまた駆け寄ってくる。

『見てくれ、隊長。綺麗に咲いたんだ』

得意げに写真を目の前に出してきた。殺風景だった石畳が、植物の生命力で彩られている。

『ここから見ても、色が少し増えただろう?君の目を楽しませられていればいいんだが』

眼下に広がる風景には、確かに色が増えた。嬉しそうにこちらに向けられる、青と紫の瞳も含めて。

『さて、ここのは今日で見ごろも終わるから、枯れてしまう前に、もうひと仕事だ』

言うやいなや、視界に入る部分の一定量を残し、鋏で器用に刈り取り始めた。

『種用に少し残して……薬にするのであれば、これを干すんだよな。ここなら本で読んだよりも早く乾燥させられそうだ』

感傷に浸らせる間もなく、オロルンは農作業に戻っていった。あれよあれよと花の束が積み上げられていく。いったいどこにそんなに植えているんだ。
あり得ない量の花の束を満足げに抱えるオロルンを見て、ふっ、と思わず笑い声が漏れた。……視線を感じた気がするが、気のせいか?

抱えた花束を一定量ずつ器用に紐で括って、俺のところまで上がってくる。

『すまない、隊長。ちょっと試させてくれ』
……何をする気だ」

オロルンはシュン、と音を立てて、玉座の上へ跳んで着地した。花を括りつけた糸の端を結びつけると、そのまますっと翼で下降する。もう片方の糸を、階段を上がり切った部分に結んだ。
清心と琉璃袋が風に揺れている。

『ううん……干しやすいけど、流石に不敬が過ぎる気がする……
「流石にな」
『変なことしてすまない、隊長。すぐ外す』

すっと外して、とてとてと階段を降りていく。視界から離れた場所の氷柱に括りつけたようだ。

『よし、これで大丈夫』

何が大丈夫なのだろうか。オロルンは満足げな顔をしながら、玉座へと帰ってきた。

『騒がしくしてすまない、隊長。今日はもうこれでおしまいだから』

申し訳なさそうに眉をへにょっと寄せ、穏やかに微笑みかけてくる。

『また、明日』

帰路に付く背中を見送るスラインは、オロルンの姿が視界から消えると、玉座の視界の接続を切った。

「長官、良いものでも見れたのですか」
……どうしてそう思う」
「その……口角が、上がっております」
……そう、だな。良いものを見た」

穏やかな笑みを貰った今なら、少し眠れる気もする。
明日の同じ時間まで眠る、と部下に告げ、意識を微睡みの中に投げた。