無事に匁が仲間になった。お祝いムードのブレイド達の隣で、背後から匁に名前を呼ばれた。右肩にぽんと手を置いて顔を寄せた匁は小さな声で囁いた。「バレてないつもりですか」と。
「キザミさん」
匁に促されて、ゆっくりと体を起こす。匁にやられた肩の傷は限りなく致命傷に近く、盟刀・桜花の力でも治しきれなかったらしい。他の皆には上手く隠せていたのに、よりによって。
「しかしまあ、まだ数日しか経ってないのに。本当に貴方達ってのは丈夫な生き物ですねぇ」
匁が包帯を外しながら、徐々に顕になる傷口を見て呟いた。傷は薄らと膜を張り始めている。乾き始めた体液が貼り付いた包帯を、匁はピッと雑に引っ張った。
「ぃッ」
「殺す気でやったのに、下手くそが避けるから痛むんですよ。ねえ、痛みますかぁ?」
「痛ェよ!」
包帯と共に一部を剥がされた傷口からじんわりと体液が染み出す。そこを態々抉るように匁の指が撫でた。
「僕が刺した時は元気そうだったじゃないですか。自分の盟刀まで放り投げたりなんかして」
「あの時はそれどころじゃなかったからな! あとからちゃんっっっっっと痛かったわ!」
撫でていた指先が、傷の一番柔らかいところに爪を押し当てる。痛みに思わずに声が出そうになるのをすんでで堪えた。
「ほーら、暴れるから。血が滲んできてますよぉ、傷が開いたんじゃないですか?」
「全部お前のせいだろ……」
ぐち、と湿った音を立てて離れた指先は、止まっていたはずの血を掘り出したようで赤く染まっていた。どおりで痛い。
「あーあ、」
艶やかでてらてらと光る血を眺めた匁は、そこに舌先を這わせたかと思うと、ぱくりと指先にしゃぶりついた。
「おい、汚ぇって。鬼の血なんか舐めて何かあったら、」
「何かあったら、なんです?」
ちゅっ、と指を吸い終えた唇が口角を上げて歪む。
「貴方達のように傷が早く治ったり、」
白い指先がゆっくり俺の頬に手を当て、唇の端を抉じ開け、尖った歯を撫でた。
「鋭い牙が生えたり?」
歯先に指の肉を押し込みながら、皮に守られた柔らかさをぐりぐりと押し付けてくる。噛んでやろうかと睨みつけると、匁はにっこり微笑んで手を引いた。
「何も起こりませんよ。喩え貴方の血を一滴残らず飲み干してもね」
「そう、なのか……」
「それはもう、我が一族が実験済みです」
何事でもないように笑顔で告げる匁に、俺は反応に困った。鬼だけが力を持つ絶対の世界で人の一族がどうやって生き延びたのか、今は匁ひとりしかいないという状況から察するしかない。
「まあでも」
人差し指で顎を持ち上げられて目が合う。匁の瞳に映る自分は随分弱そうに見えた。
「自分のつけた傷が簡単に塞がるのは、見ていて面白くないですねぇ。全くもって不愉快です」
俺を見下ろす匁が、首から下へ指先をつうっと滑らせ、今度は内側に入り込むように親指で傷を抉った。ぬるりとした感覚が激痛へと変わる。
「痛、ッテェ、って! おい!」
匁! と叫びながら睨みつけた瞬間、匁の髪が鼻先を掠めた。
ガブリ。
「ィ゛っ、」
傷口の上から肩の筋を擦り切らんとばかりに歯を立てられる。殺傷能力の低い人間の歯でギリギリと擦られても、鬼のように鋭い牙が突き刺さるとかそういったことはない。ただ、とにかく痛い。
「匁! おい! 待て、ッ!」
皮膚の上から肉を擦り潰す勢いで筋をゴリゴリと削ろうとする歯は、躊躇いがなく、顎の筋肉は緩まることがない。
抵抗しようにも肩をがっしりと掴まれて剥がせない。そもそも右腕は、痛みからドクドクと肉が跳ねるように煩くて力が入らない。
「っ、!」
ピリッ、と肌が破れる感覚がして、右肩の熱が一気に上がった気がした。何が痛むのかもわからない。冷や汗が額を伝って落ちた。
耳元で、じゅるじゅると水を啜る音が響く。ごく、ごくり、と態とらしく音を立てて、匁はそれを飲み下す。歯よりも柔らかいものが傷口の中を端から端まで舐め上げるのが、寧ろ優しく感じられた。
最後に歯形にれろりと舌を這わせて顔を上げた匁の口元はべったりと赤で汚れていて、匁はそれを手の甲で雑に拭った。
頬まで伸びた血が、口紅のようで艶めかしく。
「これじゃあ治るまで、時間が掛かりそうですねぇ」
目を細めて妖しげに笑う顔が、満足そうに高揚していて。
嗚呼、まるで鬼の様だと。そう、思った。
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