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よるはこ
2024-03-04 12:37:01
2502文字
Public
mp100 徳神
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【にょたゆり徳神】窓の眸の少女
河野裕子氏の「窓のやうな眸(ひとみ)を持つ少女だった のぞけばしんと海が展(ひら)けて」が好きすぎて元にして書きました。
※徳川の一人称を私に固定。両片思い。
私は凪いだ海を見たことがない。
知識だけなら写真でどの様なものかは知っている。さざ波一つない海がまるで鏡の様に青い空を写しているのだ。空と海の境い目である水平線と船以外は辺り一面の青。穏やかで美しすぎるその写真に私は少し恐怖を感じた。
その時、幼すぎた私はこの写真がどうして怖いのか、うまく言葉に表せなかった。ただ、怖いという感情と凪いだ海の美しさだけが頭の中で紐付けて記憶された。毎年夏に家族と遊びに行く海はいつだって波の音で賑やかで楽しかった。私はいつしか凪いだ海への感情を忘れていった。
それから時が過ぎて、私は中学に入学し、そして彼女に出会った。
「なんだい?徳川副会長」
私の視線に気がついたようで、生徒会長、もとい親友の神室は首をかしげて微笑んだ。
生徒会室の窓から差し込む日差しが彼女の上にやわらかく降り注いでいる。それでもその大きな眸に温かさが宿ることはなかった。
「いや
…
」
思ったことをそのまま言っていいかどうか、私は迷ってしまう。
私は凪いだ本物の海を見たことがない。けれど彼女の眸を見ていると、不思議と凪いだ海とはこういうものであろうと腑に落ちて見つめてしまうのであった。そして私はようやく怖いと思ってしまった理由に気がついた。
美しく磨かれた鏡のような水面の下には、どこまで潜っても底がなく、光の届かない深海の黒が広がっているのだ。
彼女がくたびれた目の奥底に途方も無い承認欲求を隠しているように。
「
…
海みたいな眸だなと思って」
私は逡巡してやっとそれだけ言った。神室は「なんだよそれ、褒めてるの?」と笑った後、
「僕は海がきらいだったな」
と硝子のような眸で言った。
「初めて海を見た時、大きすぎて気味が悪かったよ。あれに沈んでしまったらもう絶対に、見つけてもらえないって思った。迷子にならないよう必死に、何度遊びに連れていかれても親の側から離れられなかった。迷子になったら、海に沈んだら、そのまま探してもらえないような
…
」
神室はそこで一旦言葉を止めて、何回か不安そうに瞬きをした。
眸に涙の膜が張ってツヤが増し、より一層硬く冷たく作り物めいてくる。
神室がこんな風に弱った姿を見せることも、あまりよろしくない家庭環境を話してくれるのも、私だけだった。
ほんの少し前まで、私はそのことをとても誇りに思っていた。信頼されていると思っていた。私は彼女の特別な存在なんだと思っていた。
親友以上の関係になれると、思っていた。
それが思い上がりだと気がついたのは、先日の「私と家族になってほしい」という告白を断られた時だ。
「それが可愛くなかったんだろうね。毎年新しくて可愛い水着を買ってあげても、良い海水浴場に連れてってあげても、いつまでも泳ぎに行かずに別荘で暗い顔してるから、ある日とうとうため息つかれちゃった。それから夏の旅行はしなくなったなぁ」
神室は小さくため息をついて話を締めた。結局、涙は流さなかった。
私は彼女の家族が何を考えてそんな接し方をしているのか皆目見当がつかなかった。
なぜこんなにも彼女に寄り添ってくれないのだろう。
なぜこんなにも家族を愛している彼女を蔑ろにできるのだろう。
この理解のできなさが私の未熟さで、彼女の家族になれない原因なのだろう。
私なら、私なら絶対に、彼女にこんな顔させないのに。
「神室が海でいなくなったら、私が探す。見つけるまで探し続ける。絶対」
「ぷーくすくす。告白みたいだね、それ」
私は机の上の神室の手を握った。
こどもの手じゃないみたいな、枯れ枝のようにカサついた細い指だった。指と指の間に自分の指を滑り込ませると中指のペンだこが引っかかる。それにまたよくない感情を持ってしまう。
「みたいじゃない」
私は神室の眸を覗きこむ。よく磨かれた窓硝子のような眸に私が写り込んでいる。この眸が本当に窓だとしたら開けるなり割るなりして、彼女の中に飛び込みたかった。
その向こうには、恐ろしいほど果てしなく凪いだ海が展がっている。
怖気づくな。私ならちゃんと、彼女を愛せるはずだ。
飛び込んでしまえ。
「やめてくれよ、そういうの。前にも言っただろう?」
ピシャリと冷水を浴びせるように拒否される。
もう少しで触れ合いそうだった唇を指で押し返されて、神室は冷たい窓硝子の眸のまま、微笑んだ。
「徳川が悪いわけじゃないけど、キミじゃ駄目なんだ。ゴメンね」
せめてその窓から、ひとしずくでも海が零れ落ちたら良いのにと思ってしまう。涙に暮れて、粉々に割れた硝子みたいに心が折れた人間ならなりふり構わず抱き締めて、いつまでも寄り添えるのに。
けれど、神室は持ち前の気丈さで両脚を奮い立たせている。虚勢でも胸を張って、家族から愛される未来を夢見ている。その為に身を削るような努力をしている。そんな彼女に私は何が出来るだろう。
彼女はどこまでも強くて、だから私は神室のことが大好きだ。
私はただ、そんな彼女の隣に立ち続けることしか許されなかった。彼女の家族になりたかった。私ならどんな彼女でも愛することができる。
いけない。こんな傲慢さは『正しくない』感情だ。神室を愛しているつもりで、独り善がりになってはいけない。
「そう
…
」
私はほとんどため息のような返事をして神室から身体を離した。
「それにしても」
神室は落ち込んでいる私に対していじわるな顔をしてニヤニヤと口角を上げた。こういった顔も可愛くて私は好きだ。
「徳川ってキスする時、目は閉じないタイプなんだね」
軽い口調でからかうのはこれからもいつも通りに接してくれる合図だ。告白なんてなかったかのように、また親友で副会長のままでいてもいいと言うように。
大好きな彼女が楽しそうなので私も笑ってしまう。
それでも、私はいつまでも握った手を離せないでいる。神室も私が離すまで振りほどかないままでいてくれる。
もしかしたら、手を離さないのは甘えているのではと妄想してしまう。もしそうだとしたら、フラれた悲しさなんて無くなるほどとても嬉しいのになと思った。
彼女の海に波は起きない。
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