よるはこ
2024-03-04 12:27:49
2130文字
Public mp100 徳神
 

【徳神】分かたれた話

徳川じゃない怪異と神室と徳川。半分NTR。皆川博子氏の「空の色さえ」パロ。

徳川と一緒に行こうと約束した夏祭りの夜。僕はおろしたての至極色の浴衣を着て待ち合わせ場所に立っていた。
人混みを避けて、出店通りから離れた待ち合わせ場所は街灯も提灯の明かりもなく薄暗い。少し怖かった。
徳川まだかな、浴衣変じゃないかな、服に着られてる感じになってないかな、なんて色々考えながら帯から裾の部分を見下ろしていると、視界の端に草履の足があることに気がついた。
足音なんてしなかったはずだ、いつの間に。バッと顔をあげるとそこには濃い柳色の浴衣を着た徳川が立っていた。
「今晩は」
「あうん、今晩は。あれ?キミ甚平着てくるって言ってなかったっけ?」
徳川は返事をせずにじっと僕を見据えている。徳川の清廉でキリッとした雰囲気に柳色の浴衣はとても似合っていた。白い帯に親指を掛けた立ち姿も様になっている。彼が黙ったままなこともほんのりとした違和感も忘れてただただ見惚れてしまった。
しばし見つめ合った後、徳川は黙って森の方へ歩き出した。
「ま、待ってよ!どこに行くの!」
出店通りに背を向ける形で歩き出す。鳥居をくぐって森の中の石畳の道を進む。この先は神社があるはずだ。
徳川の手を握って引き止めようとしても、ほんの数メートルの距離が中々縮まらない。慣れない下駄を履いてるといったって僕は小走りで手を伸ばすのに、前を歩く徳川に全然追いつけない。名前を呼んでも彼は振り返ってはくれない。
おかしい。
なにかがおかしい。
立ち止まった方がいいかもしれない。道を引き返した方がいいかもしれない。目の前の彼は『徳川』じゃないかもしれない。
頭にそんな考えが浮かんでも何故か僕は立ち止まらなかった。
そうこうしているうちに、神社の境内に辿り着いた。祭りの最中なのに誰もいない。毎年この時間は祭囃子が行われているはずなのに。とても静かで、空の真上に満月がぴかぴかと光っているばかりだ。
森から強い風が吹いて、葉擦れの音がざあざあと響く。
やっと徳川は振り返って、また僕を見据えた。どこからどう見ても徳川だけど、こんなに寂しそうな顔は初めて見たかもしれない。
「ついて来てくれて、ありがとう」
徳川の声で彼は言う。
「すまない、一人で寂しかったんだ」
徳川は寂しい時にこんな顔をするのか。僕に縋る時にこんな顔をするのか。かすかな優越感を覚えた。
「俺と一緒に居てくれないか、ここに、ずっと」
握手を求める様に伸ばされた白い手をジッと見つめる。少し黄味がかっていて月みたいな色だと思った。
うん、と返事したらどうなるんだろう。本当に、ずっとここにいることになるんだろうか。
即答できずに、僕がほんの少し逡巡していると、彼は沈黙を否定と受け取ったようで悲しそうな顔で手をおろした。その表情に胸が締め付けられるような心地がして、僕は思わずその手を握ってしまった。
その瞬間、水風船が割れるような音がパシャンと鳴って、僕は『二つ』に分かれてしまった。






「神室」
名前を呼ばれてハッと顔を上げる。
目の前には緑色の甚平を着た徳川が立っていた。
「待たせてすまなかった大丈夫か?」
辺りを見渡す。ここは神社ではなく、待ち合わせ場所のようだ。さっきまで聞こえなかった太鼓の音や雑踏の音が急に耳へ流れ込んで少しうるさい。首を傾げながら心配そうに顔を覗き込んでくる徳川に僕は笑顔で答える。
「うん……大丈夫だよ。じゃあお祭り行こうか」
徳川と二人、祭囃子と大勢の人の声が騒がしいお祭りの中へ飛び込んだ。お小遣いの許す限り出店を渡り歩いて遊び尽くした。
どんなに徳川と笑っていても、美味しい物を食べても、はぐれないように手を握って歩いていても、花火を見上げて綺麗だねと言い合っても、僕の半分は静かな神社の中にいた。

もし、あの時引き返していたら僕の全部はここに戻っていた。
もし、あの時一緒にいると即答していたら僕の全部は神社の中に閉じ込められていた。

僕はあの、浴衣を着た徳川に恋をした。一目惚れだった。寂しそうな顔をしていて放って置けなかった。ずっと一緒に居てもいいと、初めて目が合った瞬間に思った。
でも、いま隣で同じ花火を見上げている甚平姿の徳川も大切だ。
その優柔不断さが僕を『二つ』に分けてしまった。

夏祭りの夜から幾年も時間が経った。僕も徳川も大人になり、一緒に暮らし始めた。スーツを着て働いて、遊びにも行って、たまにセックスもして、歳をとっていく。

それでもあの夜、あの神社で彼の手を握った僕は中学生のまま、彼と一緒に遊んでいる。
あの場所はずっと静かで、ずっと夜で、それでも満月が真上にあるから明るくて、水風船や型抜きや射的や輪投げをして遊んでいる。
僕が着ている浴衣はおろしたての綺麗な至極色のまま。彼の着ている浴衣も褪せることない柳色のまま。

徳川と歳を取りながら暮らしていくのはとても幸福なことだ。
けれど、ふとした瞬間に神社の森の風音が聞こえる。真昼なのに黄色い満月が瞼の裏に浮かぶ。浴衣を着た徳川と子どものままの僕の笑い声が聞こえる。
その度に徳川を半分しか愛せないことを、中途半端で不誠実な自分を、とても申し訳なく思うのだった。