よるはこ
2024-03-04 12:19:14
2779文字
Public mp100 徳神
 

【徳神】朝を盗む

徳→神。追い詰められてる神室とただ側にいるだけの徳川。幻想風ss。

ある日の早朝、妙な胸騒ぎがした俺は時計のベルが鳴るより早く目が覚めた。
時計を見るともう日は昇っている時刻のはずなのに部屋は不自然にうす暗い。カーテンを開け窓の外を見ると案の定、空に朝焼けが居なかった。
「またか
独り言をつぶやいてため息をつくと、すぐさま出掛ける準備をし始める。身支度を整え、朝食のパンと牛乳を二人分鞄に入れ、家を出た。
行先は学校ではなく神室の家だ。
インターホンを鳴らすには非常識な時間だった。用があるのは神室の部屋だ。庭から窓に梯子をかけて二階へ登る。
開け放たれた窓をくぐって、暗い神室の部屋へ足を踏み入れる。ごみ袋と参考書と劣等感と報われない努力に満ちた空間。窓を開けていても中で渦巻く神室の執念は薄まらない。ひどく息苦しい部屋だ。
そんな部屋の隅にいつもと同じように神室がゴミ袋を抱きしめてうずくまっていた。顔は見えない。
俺は出来る限り優しい声で呼び掛けた。
「神室」
神室の肩はびくりと震える。反応はそれだけだった。
ただただ無言で黒いゴミ袋を抱きしめ続けている。ゴミ袋の中身はおそらく盗んだ朝焼けだろう。
朝焼けは東の空へ帰ろうと必死だ。中で暴れてビニールがぼこぼこと音を立てて歪む。
ビニール越しに胸や腹を殴られて痛いだろうに、それでも神室の腕がゴミ袋を手離すことはなかった。
神室がこんな馬鹿なことをするようになったのは一ヶ月ほど前からだ。神室が初めて東の空から朝焼けを盗んだ日、俺はちょうど借りていたノートを返そうと彼の家に届けに行った。だから誰より早く異変に気付くことができ、なんとか騒ぎになる前に空へ朝焼けを逃がすことができた。
それから神室は週に一回の頻度で朝焼けを盗み続けている。いくら理由を聞いても、盗みはやってはいけないことだと諭しても、ひどく追い詰められた顔で「嫌なんだ」「朝が来るのが怖いんだ」としか言わない。
あんな、余命宣告をされたような顔をする親友に俺はどんな言葉をかけたらいいのか分からなかった。朝が怖いという感情もよく理解できなかった。どうやったら神室を正せるのか皆目見当がつかなかった。親友にこれ以上の罪を重ねて欲しくない。
しかし、だからといって神室が悪いことをしないよう四六時中監視することも到底出来ないし、それは親友のことを信用していないのと同じだと思った。
俺は彼の大事なゴミを踏まないように部屋を歩いて、そっと親友の傍らにしゃがんだ。今回もできるだけ静かに、諭すようにいつもの言葉を言った。
「そんなことをしても朝が始まることや、今日一日が始まることだって、なにも変わらないんだ」
嫌だ……
「逃がしてやれ、元の場所へ帰すんだ」
「嫌だ嫌だ……
「神室
「キミはいつも正しいことしか言わないから嫌いだ、大嫌い」
「それはつまり自分は間違っていると分かっているのか。駄々をこねたって仕方がないんだ、神室」

やはり今日も話がちっとも進まない。またいつもと同じ繰り返しになってしまうのだろう。
バリッとビニールの裂ける音がした。
「あ」
遅れて神室の焦る声が漏れる。次の瞬間、おそろしいほど強い光が神室の部屋の中を白く塗り潰す。
眩しくて目を閉じる。次に瞼を開けた時にはもう朝焼けは東の空へ逃げ帰っていた。神室の必死さなどまるでなかったかのように呆気なく、いつも通りの朝が始まっていく。
白んでいく空を尻目に、泣きそうな顔をしてビニール袋の残骸を手放せないままの親友の名をそっと呼ぶ。
「神室……
昔から、分からないことは全て本で調べた。図鑑、辞書、参考書、小説、新聞記事。本はなんだって俺の分からないことに答えてくれた。だが、今の神室に対してどう接すればいいのか。朝を繰り返し盗む親友をどう諭したらいいのか。親友の「朝が怖い」という感情をどう理解したらいいのか。
どの本にもその答えは書いていなかった。きっとこの答えは俺自身が出すべきだ。
答えが分からないなら分かるまで一緒にいればいいと思うのは俺の独り善がりだろうか。
神室にとってそれが救いになると考えてしまうのは俺の思い上がりだろうか。
何も分からない無知な俺は、兄の真似をしてすり潰されていく親友にかける言葉を持っていなかった。
神室は項垂れたままで俺の言葉に全く反応を示さない。
これもいつも通りだ。先日までは、それじゃあまた学校で、と言ってまた窓から出ていく。学校で会う神室は白々しいほど笑みを絶やさない完璧な生徒会長の仮面を被っている。彼が無理をしていることを、彼がそんなに笑わないことを、俺だけが知っている。
これが正解かどうかは分からないが、いつもとは違うことをしてみようと思った。この膠着状態に一石を投じたかった。
俺は鞄からパンと牛乳を出して、ズイッと神室に差し出した。
……なにこれ」
「パンと牛乳だ」
「そんなの見れば分かるよ。なに?食べろってこと?」
「そうだ、食べてくれないか」
いらない……お腹すいてないし
「今無理して食べなくていい、後で好きな時に食べてくれ。俺は今ここでお前と食べる」
いただきますと言って俺は神室の向かいに座ったまま朝食をとり始めた。
ベーコンとブロッコリーのホワイトソース、黒胡椒、チーズがのってこんがりと焼かれたフランスパン。それと牛乳瓶の紙の蓋をぽんと開けて一緒に頂く。早く出て行けと言われそうだったが予想に反して神室は何も言わなかった。少し嬉しかった。
神室はしばらく俺の食べている様子を怪訝そうに眺めていた。だがしばらくしてゆっくりとパンと牛乳に手を伸ばして、これまたゆっくりモソモソと食べ始めた。
東の空から眩しい朝が溢れだして神室の暗澹たる部屋ですらも朝が流れ込む。真っ白な朝が部屋の中のあらゆるものを容赦なく照らす。神室の薄い頬も針が刺さるように照らされている。
いつか、いつかこんな風に、神室の内にある感情が決壊して暴走する日が来るかもしれない。誰かを傷つけ、それ以上に神室自身も傷つくかもしれない。
パンを咀嚼する虚ろな顔を見ているとそんな気がしてならなかった。
それでも、今の俺には痩せ細った神室にパンと牛乳を押し付けて、こうして一緒に朝食を共にすることしかできなかった。
その時になったら俺はどうするべきなのだろう。
こうやって神室がどんなことをしてもどんな罪をこしらえても、一緒に食事をとることができればそれだけでいいのではないかと考えてしまう自分がいる。
朝になれば東の空が白むような当たり前さで。
朝になれば朝食を一緒に食べるような当たり前さで。
そう考えるのはやはり俺の独り善がりで、思い上がりなのだろうか。

いくら考えても答えは出て来ず、俺は牛乳を飲み干した。
瓶の中の牛乳は白い朝焼けの味がした。