よるはこ
2024-03-04 12:14:03
1315文字
Public mp100 徳神
 

【徳神】ゆるやかな年の境いに神さまの お告げのような貴方の寝言

大人同棲徳神。自作短歌ss。

どうやらたった今、年が明けたらしい。
窓の外、街の遠い場所から打ち上がる花火の音と人々の歓声が、ベッドに横たわる俺の耳にかすかに届いた。とても熱狂的だったが、この暗く静かな部屋の毛布の中、彼の寝息があまりにも穏やかで俺の胸にはちっとも響かなかった。
俺の隣ですやすやと寝息を立てている男。数時間前「徳川と初めての年越しだから絶対起きとかないと」と言いながら炬燵で寝落ちた男。俺と大晦日を過ごすため、仕事に無理な予定を詰め込んで疲労困憊だった男。そのせいで目の下にあの頃の濃いクマが浮かんでいる男。
俺は手を伸ばして、彼のあたたかな目蓋にそっと触れながら名前を呼んてみた。
「神室」
「んぅむにゃ
少し身じろぎをするだけで全く起きる気配がない。普段は嫌がられるが今のうちに思う存分、顔のやわらかい部分を堪能することにした。
「昔から、無理をしすぎるのはお前の悪い癖だ全く
ついでに起きている時には聞き流されがちな小言も言っておく。
産毛の生えた薄い頬。小さな耳朶。乾燥してひび割れた唇。
触り心地が良いとは言えないが、どこも冬とは思えないほどあたたかく触れる度に胸が満ち足りた。
彼の寝顔を見たのは久しぶりだった。以前と変わりなく俺の目の前で無防備なままだが、これだけ触っても全く起きないのは疲れのせいだろう。
「俺は無事に年が明けるより、お前が健康な方が嬉しいんだがなぁ」
あんなに初めての年越しのために気を張らなくたって良かったのに。そう思っていると、ふいにうっすらと開いた彼の口から小さな寝言が漏れた。
……おいてかないで」
迷子のような、不安の権化のような寝言。
まるで次の年末が来る頃にはもう俺たちは一緒に居ないかのような、そんな寝言。
……大丈夫だ。一緒に年越しするチャンスなんて、これから先の人生でたくさんあるんだから、だから、大丈夫だ、神室」
眠っている彼にこの言葉がちゃんと届くのか。確認する術はないが、またすやすやと穏やかな寝息が規則正しく響き始める。
「おやすみ神室」
置いて行くものか。これから先、何十年経っても俺たちは一緒だ。絶対にお前を置いて行かない。
いつの間にか外の花火の音は止んでいた。時は待ってくれない。のんびりしてたらどんどん過ぎ去って置いて行かれてしまう。
彼が待ち望んだ瞬間を、眠っている間に逃してしまったように。
それでも俺は絶対に神室を置いて行ったりしない。
新しい年の初めらしい、まっさらな決意と一緒に彼の手を握り締めているうちに俺もことりと眠りについた。


翌朝、案の定俺は神室から「なんで起こしてくれなかったんだ」と理不尽に怒られた。なので、さっそく昨晩眠っている間に言った言葉を改めて全部伝えると、
「ひぇ年始からそんなはず
と言ったきり顔を真っ赤にして黙々と朝食を食べ始めた。
冬の朝の食卓、清々しい新年の空気を吸いながら初詣はいつ行こうかと神室に持ちかける。
「え?うーん、人混みは嫌だし、でもおみくじとお守りは買いたいよねぇ」
あーだこーだ言いつつも生き生きと輝き出す神室の顔を見て、また来年もこの顔を見られるだろうと、俺は密かに確信した。