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よるはこ
2024-03-04 11:58:29
2528文字
Public
mp100 徳神
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【徳神】雨の降る天国へ
徳神お題 「雨」 両片思い
僕は雨が嫌いだ。
幼い頃から雨が降ると空気がジメジメと湿って肌や髪がべたつくのがとても不愉快だった。
中学生から鞄がランドセルから手提げになり、一層荷物が雨に濡れやすくなった。教科書や参考書、ノートや単語帳をまとめてふやかしてしまうことも多々ある。どれだけ慎重に傘を差していたって足元はどうしても濡れてしまう。まるでロクな事がない。だから僕は雨が嫌いだ。その日もそうだった。
「あ、傘持ってきてなかったなぁ
…
」
放課後、昇降口前で音を立てて降る雨と分厚い灰色の雲を見上げながら、僕は途方に暮れた。今日の鞄の中身はいつもの教科書やノートに加えて塾の宿題でパンパンに膨れている。出来れば濡らしたくはないが、止むまで待っていては塾に間に合わない。
仕方がない、塾に遅刻するより多少濡れる方が断然いい。溜息を吐きつつ、鞄ができるだけ濡れないように抱きしめて駆け出そうとした時だった。
「神室」
ふいに背後から呼び止められた。雑音のような雨の中でもよく通る低い声だ。僕は胸が高鳴るのを抑えながら振り返る。
「徳川、奇遇だね。今帰りかい?」
「あぁ、お前傘忘れたのか?」
「そうなんだ。ツイてないねぇ、今日は塾だっていうのに」
「良かったら送っていこうか?」
「いいの?悪いね、助かるよ」
徳川の黒い傘に入れてもらって僕らは歩き出した。徳川の傘は中学生が持つにはとても大きな傘で僕と徳川の二人をすっぽりとその下に覆った。柄の部分が渋い色の竹で出来ている。入れさせてもらってこんなことを思うのは失礼だが、おじさんくさくて徳川らしい傘だなとクスリと笑ってしまった。
「どうした?」
「ううん、なんでもないよ」
そういえば今、好きな人と相合傘しているんだ。初めてかもしれない。徳川とはいつも生徒会で隣に並び立っているが今は断然、距離が近い。
歩いていると時折肩が触れ合う。
雨音の合間に呼吸の音すら聞こえる。
なんだかくすぐったいような恥ずかしいような気持ちだ。その気持ちを誤魔化したくて僕は徳川にどうでもいい話を投げかけた。
「徳川は雨のことどう思う?」
「どう、とはなんだ。別に天気の一つとしか思っていないが」
「うーん、なんていうかほら涼しいから好きとか濡れるから嫌いとか、そういうのだよ。ちなみに僕は後者ね」
徳川はそうか、と言いながら目線を遠くへ投げる。考え事をしている時の癖だ。
その視線の先を追おうとしたけれど、傘に弾かれて光る水滴と雨を垂らし続ける暗い空しか僕は見えなかった。
「
…
俺は雨は好きだ」
「へぇ、どうして?」
「どうして、か
…
」
徳川はまた無言で考え込む。僕にとって、他人の雨の好き嫌いなんてどうでもいいことだ。ちょっとした雑談のネタのつもりだったけれど、そんなことでも真摯に考えてくれる徳川が僕は好きだ。
「言葉にはし難いな」
「えー、この徳川ともあろうお方がそんな事言うんだ」
「うるさい。お前にだって言葉にし難いものの一つや二つあるだろう」
「そりゃあね、あるにはあるけど」
言葉にし難いこと。真っ先に思いつくのは僕の徳川への気持ちだ。
徳川のことは好きだ。けれど、その気持ちと同じくらい言葉にして表すことに恐怖を感じていた
嫌いなことは容易く言葉にできるのに、なんで好きなものほど言葉にしにくいのだろう。
言葉が邪魔だった。
ただただ側にいたい。ずっと、一生、隣にいたい。
この気持ちを言葉に、形にしてしまうことが怖かった。
僕が言葉にした途端に安っぽく、ありきたりで、独り善がりな物になり下がってしまうのではないか。上手に出来る自信がない。
それに上手く言葉にできたとして、徳川に受け取って貰えなかったら。
言葉という形にしてしまった気持ちは徳川の手から滑り落ちて粉々に砕けてしまうだろう。その破片で徳川も僕も傷つくかもしれない。
それが何よりも恐ろしかった。
けれど言葉に生かされている僕は言葉を使わなければならない。テレパシーを使えない僕なんか、言葉を使えなければ徳川の隣にすら居られないんだ。煩わしい。
そんなことを考えているうちに塾に着いた。徳川の大きな傘のおかげで全く濡れずに済んだ。塾の軒下から徳川へ手を振る。
「助かった。徳川のおかげで濡れずに済んだよ。ごめんね、遠回りだっただろ」
「謝らなくていい
…
その、神室」
「どうしたの?」
珍しく徳川の歯切れが悪かった。傘のせいで徳川の顔がよく見えない。
カーテンのような雨垂れが僕たちを隔てる。それでも徳川の声は真っ直ぐ僕の耳に届いた。
「今日、いつもより長く一緒に帰れて嬉しかった。これも雨のおかげだと、俺は思う」
徳川らしくない気障な言葉に僕は息を飲む。
傘の下から徳川の目線が僕を射抜いた。気持ちとか言葉とか、何もかも真っ白にしてしまう真っ直ぐな視線だった。
「だから俺は雨が好きだ」
思い掛けない徳川の言葉を僕は取り繕うように茶化すしかなかった。じゃないと勢いに任せて身勝手な告白してしまいそうだった。なんて僕は卑怯なんだ。
「流石この徳川。ちゃんと理由を述べてくれるなんて真面目だなぁ」
「それはどうも。帰りはどうする?」
「大丈夫だよ。すぐそこにコンビニがあるし、なんとかする。ありがとね」
照れるように、じゃあまた明日と帰路を歩き出した徳川の肩は片方だけびっしょりと濡れていた。
左肩、僕が傘の下に並び立った反対側の肩だ。
それを見た瞬間、怒りに似た感情で両目が一気に熱くなった。
やはり僕は雨が嫌いだ。徳川に好かれている癖に、徳川の肩を冷たく濡らす雨が大嫌いだ。徳川の気遣いを全く察せず、自分の事ばかり考えてた愚鈍な僕を責める、あの濡れた肩が大嫌いだ。
駄目だ、雨に嫉妬するなんて馬鹿げている。
熱を冷ますように、僕は目を閉じた。
僕の頭は雨音だけになる。
もし、もしこの雨が七日七夜降り続いたら。
家も学校も塾も街も人も何もかも雨に沈んでしまったら。
面倒な言葉もない水の底で徳川と僕と、境目が溶けて一つになれたら。
そんな愚かな空想をしている間だけ、僕は大嫌いな雨のことを少しだけ好きになれた。
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