よるはこ
2024-02-22 20:50:33
3180文字
Public mp100 徳神
 

【徳神】「葉桜の頃に返す」と魂をちぎり合う 卒業はできない

卒業した後の会う約束するの上手じゃない徳神っていいよねって話。自作短歌ss。

 祈るような気持ちで生徒会室の扉を開くと窓際に徳川が立っていた。振り返った彼と目が合うだけで僕は泣きそうになったが、ゆっくりと瞬きをして涙を目の奥に押し込んだ。
「なんだ、キミもここに来たのか」
 なんでもないような、さも徳川が居て驚いたみたいな感じで僕は笑った。
「あぁ、最後に来たかったんだ」
 最後。最後かぁ。徳川の言う『最後』はずっしりと重く僕の耳に染み込んだ。
 今日、僕たちはこの塩中学校から卒業する。明日からは、ここに足を踏み入れるにはそれなりの理由が必要になる。扉を閉めた僕は何を言うでもなく、そっと徳川の隣に立って窓の外に目をやる。徳川もそれが当たり前のように黙ったまま半歩ほど横にずれて、僕が外を眺めやすいようにしてくれる。こうやって、僕が徳川の隣に立つのにも、明日からはちゃんとした理由と前もって約束を取り付けないといけないんだ。それが妙に悲しくて、そして同じくらい腹が立っていた。
 三階の生徒会室から見る景色はムカつくほどにうららかだった。晴天の空の下にピンク色の桜と黄色の菜の花が咲き誇り、赤い花のコサージュを胸につけた卒業生がゾロゾロと薄ベージュ色の運動場を歩いている。まるで幼稚園児が描く絵みたいな色合いだと思っていると、徳川が口を開いた。
「お前もこの場所に別れを言いに来たのか」
 違う。最後に徳川に会えるかも、と思って賑やかな教室を抜けてここに来たのだ。ここは僕の人生の転機とも言える事柄が沢山あった感慨深い場所だけれど、ぜんぶ徳川が居なくちゃ意味なんてない。そう言ったら徳川はどんな顔するんだろう。
「ロマンティックな言い方をするとそうだね。ここでは色々なことがあったから
 結局、僕は嘘をついた。僕が感慨深いフリをして窓の外に目を向けていると、徳川は神妙な面持ちで黙った。学校も役員という立場も、それなりに愛着はあるがそれほど離れがたい訳ではない。取り巻く環境も自分自身も、変わっていくのが世の常だ。別れの寂しさは受け入れて生きていかねばなるまい。ただ、徳川だけは別だった。彼との関係を変化させてしまうのが怖かった。会う約束も出来ないまま離れ離れになるのが恐ろしかった。

 徳川は僕とまた会う約束をしてくれるだろうか。

 窓の外の美しい春の色彩に視線を泳がせながら考える。"当たり前だろう"と徳川を信頼し切っている頭の中の僕が言う。その後から"彼は僕と違う高校に通えるようになって内心清々しているかもしれない"と被害妄想に取り憑かれた僕が遮る。"会う約束をしようとすればはぐらかされてそのまま疎遠になってしまうかもしれない"とも言い出す始末だ。徳川に限ってそんなことはないと理解している。ただ、入学した3年前、いや徳川と友だちになった9年前からすっかり変わり果ててしまった僕だからこそ、徳川も変わってしまったのかも、なんて悪い方向へ想像力が邪魔をしてしまう。いつだったか、兄さんから「お前は被害妄想が激しい」と言われたことがある。僕の豊かな想像力が好き勝手にぐるぐるわーわー言って回って、一番外側にいる僕は結局何も行動出来ないでいる。怖がっているばかりで情けない。僕は小さくため息をつく。感傷的なフリをして黙ってばかりでいるのも飽きたので、当たり障りの無い雑談を口にする。
「さっきの影山くんの送辞、凄かったね。泣き出した生徒が何人もいてビックリしたよ」
「お前の答辞でさらに号泣してる生徒も増えただろ。文章もだが読む態度が本当に良かった」
「お褒めに預かり光栄だよ。今日キミを泣かすために気合い入れて書いたんだ。まぁ泣かせられなかったけど」
 壇上で原稿を読みながらチラチラと徳川を見ていた。ダメ押しでわざとらしく声を震わせてみたけれど、徳川以外の涙腺を刺激しただけで当の本人はケロッとした真面目な顔で僕を見つめ続けていた。
泣かせたかったのか、俺のこと」
 徳川は少し口角を上げて言った。その顔がなんだか得意げに見えてちょっと鼻についた。
「まぁね。そのために何時間もかけて書いたんだけどなぁ」
「ふ、俺を泣かせたいなら子犬放浪記のあらすじでも読むんだな」

「おい、何なるほどその手があったかって顔をしてるんだ。冗談だからな」
「あはは、分かってるよ。それに、」
 さっき徳川に"最後"と言われて悲しい気持ちになったから、ちょっとした八つ当たりで少し意地悪な言い方をしようかなと僕は思った。この先の人生で、会う約束のない徳川に向かって大袈裟な身振りでこう言った。
「それに徳川の前で答辞読むなんてもう二度とないだろ」
 そう言い終えた瞬間、徳川はえ?と言ってぽかんと口を開けて驚いていた。呆気にとられた顔をしたままスローモーションで口を動かす。
そうなのか?」
「は?いや、そうだろ。別々の高校に行くんだから」
「そうか。そうだな当たり前だ」
 徳川は緩慢な動きで指先を口に当てる。考え事をしている時にいつもやる仕草だ。そんなに考え込むほどショックを受けたのだろうか。徳川は逡巡した後にいつものキリッとした表情に戻って、
「俺を泣かせてくれ」
 とんでもないことを言い出した。僕は驚いてつい素っ頓狂な声を上げてしまった。
「えぇっ!?」
「いや!待ってくれ、違う。すまん、焦って言い間違えた。そうじゃなくて
 珍しくしどろもどろになっている徳川をただ見ていた。いつもなら余裕のない親友の様子を見て面白がっているはずなのに、なんなら指をさして笑っているところだろうに。心臓がうるさくてそれどころじゃなかった。
 徳川は何を焦っているのだろうと考える。
 もしかして、本当にもしかして、だけど。僕に会えるのは当たり前だと思ってたのに、そうじゃなさそうなのを残念に思ってるとか?そんな思い上がった都合の良い考えが頭の中でいっぱいになって弾け飛んでしまいそうだ。僕はただ、徳川のその先の言葉を固唾を飲んで待った。
「これからも、俺と会ってくれ。二度とないなんて、言うな」
 弾け飛んでしまった。僕は真剣な顔をしている徳川の目尻に、ほんの少しだけ赤みがさすのを見逃さなかった。
「徳川だって、さっき最後って言ってたじゃないか」
「あれは学校に対してでお前に言ったんじゃない」
「なぁんだ。僕に会えないと寂しいんだね、徳川も」
 その瞬間、生徒会室に入った時に無理やり目の奥に押し込んだ涙が堰を切ったようにあふれて、どうにも止まらなかった。隠すように袖で目を拭う。
「な、なんで泣いてるんだ」
「ぐすっ、はぁ〜?卒業式に、泣いちゃ、いけないんですか〜?」
 急にあふれた涙のおかげで"徳川も"といった恥ずかしい失言は聞き流されたようだ。泣いて声が震えて聞き取れなかったのかもしれないけど。そんなことよりも。

 徳川とまた"いつか"があることがとても嬉しかった。

 頭の中のいろんな僕が一つ残らず涙で流れ去って、実に晴れやかな心地がした。馬鹿みたいに浮かれてしまいそうだ。でも、いまこの瞬間くらいは心の底から喜んでもいいだろうか。徳川はそっとハンカチを差し出した。僕の学ランのポケットには自分のハンカチが入っていたけれど、あえてそれを受け取った。
「ハンカチ、ありがと。洗って返すね」
「別に貰ってくれてもいいぞ」
「いいや、返すよ。返したいんだ」
 徳川のハンカチを渡す仕草が、優しい顔が、春の真昼の日差しの中で、涙でうるむ視界の中で、一際美しく見えた。
「次はいつ会おうか。徳川」
 この美しい人をいつか絶対に泣かそう。僕は密かに心に誓ったのだった。