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よるはこ
2024-02-22 20:35:02
5458文字
Public
mp100 神徳
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【神→徳】箱の中の聲
神→徳、箪笥ホラー。徳川が死ぬ。神室が酷い奴。
"そこを通り抜ける時は必ず二人以上で歩くこと。
一人の時、なにかの声が聞こえても無視するように。
声が聞こえる箱は決して開けてはならない。"
塩中学校近くの雑木林には幽霊が出るらしい。
生徒会長の僕がその噂を知ったのは、つい先日のことだった。学校のおよそ北東あたりに位置する広い雑木林。立ち入り禁止の看板はとうに朽ち果てているほどに昔から放置されている土地だ。木々と低木と雑草、それらを縫い付けるように伸びる蔓。その中を突っ切ると五分はショートカットできると遅刻常習犯の生徒たちはへらへらと笑って言った。徳川から睨みつけられると彼らは途端に肩をすぼめて、口を揃えて次のように言った。
「箱の中から幽霊の声が聞こえた」
鬱蒼とした雑木林は悪い大人が粗大ゴミを不法投棄するのにも役立っているようで、中の獣道に沿って色々なゴミが捨てられているそうだ。その中の段ボール箱や古い冷蔵庫、箪笥みたいな、およそ人間が入る隙間がなさそうな箱の中から「たすけて」「あけて」と言う声が聞こえるらしい。全く馬鹿馬鹿しい話だ。きっと音の鳴るおもちゃが中に入ってるだけだろう。そんな怪談に怯えているなら近道などしなければいいのに、噂を口にする生徒たちの目にはどこか好奇心でギラギラと輝いていた。反省もそこそこに、どんな語り口でこの噂を広めようかと怪談を創作し始めた。この僕たちの目の前で。
その日の放課後、僕らはため息を吐きながら今後のことについて話し合った。
「早く手を打たないと、噂が広まったら今度は肝試しの生徒たちが不法侵入し始めそうだねぇ」
「そうだな。あいつらは俺からキッチリ注意したが、人の口に戸は立てられない。その区域の立ち入り禁止の看板や柵を新しく設置してもらえるように市へ嘆願書を書かなければいけないな」
その前に一度現場を見に行ってくると言って、徳川は帰り支度をしてその雑木林へ向かった。僕も一緒について行きたかったけれど塾があったので徳川とは校門前で別れた。
その日から徳川は消えてしまった。家にも帰らず、たくさんの大人達が方々を探したが結局見つかることはなかった。もちろんあの雑木林も徹底的に調べたらしいが、おびただしいほどのゴミと朽ち果てて潰れた家屋が一軒あるだけだったらしい。どこにも徳川の行方が分かる物は残っていなかった。
『幽霊のでる雑木林に行った副会長が失踪』なんて怪談に箔がつくじゃないかと思ったけれど、徳川は案外好かれていたらしい。みんな真面目で頼り甲斐のある副会長が居なくなったことに傷ついて肝試しどころじゃなさそうだ。噂の発端である生徒たちへの非難の目もあった。そのフォローに忙しくしている間、僕は徳川のことをあまり考えないで済んだ。みんな、なんだか徳川の喪中みたいな顔をしている。
馬鹿みたいだ。僕はまだ徳川の死体を見ていない。なら死んでいるとは限らない。じゃあ落ち込む必要なんてないじゃないか。僕は暗い顔をした生徒たちにも、僕に無断で勝手に居なくなった徳川にもなんだか腹が立って、いてもたってもいられず塾をサボってあの雑木林へ向かった。
※ ※ ※
風通しも日当たりも最悪だ、と雑木林の門口に立った僕は思った。ぐにゃぐにゃに曲がって錆びた有刺鉄線とボロボロの杭。立ち入り禁止の看板は茂みに逆さまになって刺さっている。ここは徳川を捜索する時に調べられただけで片付けはしていないようだった。僕は中へ足を踏み入れた。
じっとりと湿った土と草と錆の匂いがする。外からは木に隠れて分からなかったが、中は確かに粗大ゴミで溢れていた。
テレビ、洗濯機、掃除機、物干し竿。大小様々な段ボール、冷蔵庫、クローゼット。
まさかここまで捨てられているなんて想像していなかった。そんなに粗大ゴミをキチンと処分するのは面倒なことなのだろうか。
なぜか不意に、僕の部屋の光景が頭に思い浮かんだ。
机、自転車、クーラー、室外機、箪笥、扇風機、大量の本。
違う、僕の部屋の中にある物は全て必要な物だ。あの袋たちは僕の大切な努力の証拠で、こんな要らなくなって捨てられた物と一緒なはずない。僕は更に腹が立って、徳川の痕跡が残っていないか注意深く辺りを観察しながら、ずんずんと奥へ進む。
箪笥、クローゼット、たくさんの段ボール、チェスト、箪笥、小さい箪笥、階段箪笥、茶箪笥、和箪笥
…
。
そこで僕は違和感に気付く。奥に進むほどゴミに偏りがある気がする。妙に箪笥が多い。僕は奥へ奥へ進む。歩みは止めない。
箪笥、箪笥、箪笥、箪笥、箪笥。
どうやら雑木林の中心まで来たようだ。何故か箪笥だけがゴミとして捨てられているにしては丁寧に地面から垂直に置いてある。一定の間隔を開けて並べられ、まるで街灯か街路樹のように整然としていた。人が踏み入れないほどの雑草や低木が生い茂る中で地面から生えてきた様に無数の箪笥がぽつりぽつりと置いてある。その全てに苔が生え蔦が絡まっている。どう見ても入り口付近に捨てられたゴミとはあまりにも異質だ。ここが不法投棄場所になる前から、無人の土地になる前から、誰かがなんらかの目的を持って配置したのかも知れない。
しかし、僕にとってそんなことどうでもよかった。徳川の行方を探してここへ来たのだ。僕は更に歩みを進めようとして、
「あけて」
声が聞こえた。その声はかすかだが確かに僕の背後から聞こえた。あまりにも小さくて誰の声かも分からなかったのに、僕は彼の名前を呼んで振り返った。
「徳川っ!?どこにいるの?」
振り返っても今まで歩いた汚い獣道が続くだけだった。誰もいやしない。でも、間違いなく声が聞こえた。僕は高鳴る心臓もそのままに粗大ゴミの裏側や茂みの中を探そうと傍らの箪笥に近づいた。
「神室?」
すぐそばにある箪笥の扉がカタリと震えた。そして待ち焦がれていた徳川の声を聞いた。僕は呼吸も忘れてその箪笥を凝視する。
小ぶりの古い箪笥だった。小さな引き違い戸が一組と抽出しが五つ。
人の頭が丁度入りそうな引き違い戸が内側からカタリと震えた。
「たすけて」
僕はその場にへたり込んで声のする箪笥をただただ見上げていた。それは僕に構わずカタカタと喋り出した。隙間から吐息と声が漏れ出る。
「神室」「あけて」「ここをあけて」「たすけて」「だしてくれ」「くらい」「神室」「ここからだして」「神室」
うまく呼吸が出来なくなって、視野が狭くなりチカチカと光る。酸欠の頭の底へ徳川の声がぐるぐると染み込んでいって「あぁ、徳川はこの中の幽霊に食べられてしまったんだ」という考えが浮かんだ。何故かその時「箪笥の中に仕切りなんてなくて徳川が悪戯で隠れている」とか「音声再生機が中に入っている」とかいう理性的な思考には全くいたらなかった。それくらいに中から聞こえる声は生々しくて痛ましかった。まるで身体をバラバラにされて箪笥の中に詰め込まれてるみたいに。
僕はなんとか立ち上がると箪笥に歩み寄り震える扉に触れた。
「徳川、この中にいるのかい?」
「神室、あけて」
「あぁ
……
本当に
…
」
興奮で極まった脳を落ち着けようと、僕は瞼を閉じる。自分の深呼吸の音と徳川の助けを乞う声だけが耳に響いてとても心地よかった。僕は思わず口角を上げて安堵の笑みを浮かべた。
「
…
本当に良かった。ここで死んでたんだ、徳川」
何故か徳川の声がぴたりと止んだ。鼓動が規則正しくなって落ち着いた僕は瞼を開けて箪笥を見つめる。昔は上等な家具だったんだろう。金具のデザインが上品で造りも丈夫そうだ。けれど、何年も雨風に晒されて木の表面はザラザラとささくれ立っている。ひどい手触りだったけど、この向こう側に徳川がいるのだと思うと撫でるのをやめられなかった。彼はこの暗い箱の中でどんな顔をしているんだろう。
「やっとみつけた」
ここ数日、嫉妬でずっと気が狂いそうだった。徳川は僕の隣から逃げ出して、どこか別の楽しい場所にいるんじゃないか。僕の知らない誰かの隣で笑っているんじゃないか。僕の知らない話題を話してるんじゃないか。そんな想像をするだけで頭を掻きむしって叫び出したいのを必死に我慢し続ける日々だった。それも今終わる。徳川は僕を裏切って失踪した訳じゃなかった。ここで死んじゃったんだ。
「そうか。徳川は優しいからここを開けちゃったんだね、ふふ」
「かむろ」
「なぁに?徳川」
「あけてくれ」
「やだ」
「たすけて」
「僕が飽きるまで声を聞かせてよ。そしたらここを開けてあげる」
優しくない僕は箪笥の横に座り込んで側板に耳を当てる。そして抱き締めるみたいに四角い角に合わせて腕を添えた。頬や手のひらにちくちくと木の棘が刺さる痛みも愛おしかった。
「キミのこと、四角四面だといつも思ってたけど言葉通りの姿になっちゃったね」
「たすけてくれ」
「好きだよ」
「くらい」
「徳川のことずっと好きだった」
「あけて」
「僕、今すごく幸せ。もうキミの声を聞けるのは僕だけなんだね。嬉しいな」
「だしてくれ」
徳川の声が好きだった。歳のわりに低くて落ち着いたやわらかい声質も、生真面目で丁寧だけどたまに崩れる言葉遣いも良かったけれど、やっぱり一番は嘘がなくて清廉な心根がそのまま綺麗な音になっているところがたまらなく好きだった。常々、独り占めできないものだろうかと考えていたけれどまさかこんな形で願いが叶うなんて思ってもいなかった。美しくてずっと大切に保管しておきたいものを箱にしまうこと、それを俯瞰で鑑賞することはこんなにも幸福な安堵感に包まれるものなのか。
徳川はずっと僕に助けを求めている。飽きずに「あけて」と繰り返し言っている。肉体を介さない声は儚げで張りがなくて少し物足りなかったけれど、浴びるように声を聞けることはとても幸せだった。僕はうっとりと声に聴きいった。
木々に遮られたせまい空の下にも、夕暮れが過ぎ夜の帳も落ちてきた。僕はいつまでもいつまでも徳川の声を聴いていた。徳川はいつまでもいつまでも僕に助けを求めていた。
流石に可哀想だなと僕は思った。声に飽きたら開けるとは言ったけれど、徳川の声に飽きる時なんてこの先、一生訪れることなんてない。
明日、朝日の中で徳川の顔を見てみよう。あの戸を開けよう。きっと僕は徳川と同じ目に合うんだろうけれど、ここまで僕を満足させてくれたのだから道連れになってやろうと思った。僕はこれから永遠に入ることになる箪笥を、そして先に中に入っている徳川を、改めてぎゅっと抱き締めた。
※ ※ ※
声を聴き続けているうちに、いつの間にか眠ってしまったみたいだった。僕は夢を見た。獣道を歩く徳川。たくさんの箪笥の前で怪訝そうな顔をしている徳川。「たすけて」という声を聞いて迷わず扉を開けた徳川。見えない何かに首と四肢をバラバラにされて丁寧に箱の中にしまわれる徳川。それが現実にあったことなのか僕の妄想なのかは最後まで分からなかった。
※ ※ ※
「──ぃ─ぉぃ
…
おいっ!起きろ!!」
安らかなまどろみの中で雑音のような知らない大人の声で瞼を開ける。朝日の差し込まない雑木林で、たくさんの大人が怪訝な顔で僕のことを見下ろしていた。
「お前、大丈夫か?さっき救急車呼んだからちょっと待っててな」
彼らは工事用作業着を着てヘルメットを被っている。雑木林の外では大きなエンジン音が響いていた。
「立てるか?今からここらへん、おじさんたちがキレーにすっからな。危ねーから外のトラックの中で座ってろ」
寝ぼけていた僕はここでやっと重大なことに気がついた。徳川の声が聞こえない。色んな音がするせいだ。早く扉を開けてあげないと。徳川を助けないと。
僕が急いで立ちあがろうとしたその時、箪笥を物珍しげに眺めていた大人の一人が好奇心のままに引き違い戸に指をかけた。
「あ、待っ」
その扉は僕が開ける約束だったのに。
制止もむなしく、軽い音を立てて呆気なく扉は知らない大人の手によって開かれた。扉を開けてしまった大人は首を傾げてこういった。
「なんだ?なんも入ってねぇじゃねぇか」
徳川の声が聞こえたはずの箪笥の中は何も入っていなかった。
※ ※ ※
それからのことはよく覚えていない。
あの後、大人たちを押し退けて、徳川を呼びながら手当たり次第に箪笥を開けて探したこと。羽交締めにされて無理やり救急車に乗せられたことだけはぼんやり覚えている。
それから数ヶ月経った。僕は家に帰ってからも学校へ行っても箪笥や箱や抽出しを見たらすぐに開けて中に徳川が居ないか確認しないと暴れ出してしまうので入院することになった。こんな所に居られない。徳川が助けを求めているのに。どこかの暗い箱の中で僕を待っているのに。僕があの扉を開けなきゃいけないのに。
そう強く思う度に、僕のいる部屋は堅牢になっていった。今では白い真綿の様なクッションに囲まれた箱の様な病室にいる。扉には外側から鍵をかけられて外に出られない。
僕はただ徳川に会いたいだけなのに。
徳川の声が聞きたい。
ここをあけて。
ここからだして。
たすけて。
僕は今日も白い箱の中にいる。声は聞こえない。
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