よるはこ
2024-02-22 19:40:15
2722文字
Public mp100 徳神
 

【徳神】あいまみえた話

ハロウィン徳神2017
前半の徳川は徳川じゃないです。

 忘れ物を取りに生徒会室の扉を開くと窓辺に一人、徳川が佇んでいた。
「あれ、徳川まだ残ってたの?」
 僕は机上に忘れていたノートと筆記用具を鞄に収めつつ声をかけるが、親友はぴくりとも動かず背を向けたままだ。
 夕陽の逆光でよく見えないがピンと張った背中と後頭部からうなじにかけての綺麗な曲線は徳川に間違いない。
 なぜ振り向いてくれないのか、とくに何も考えないまま僕は彼の背に話し続けた。
「今日はハロウィンだねって話さっきしたよね、もう部室棟の方はすごい賑わいだったよ。まるで文化祭みたいでさ、徳川も見てきたら?」
 キミはそんなガラじゃないかと言いながらくすくす笑っていると微動だにしなかった徳川がふいに振り向いた。
 その顔を見て僕は思わず息を飲んだ。
 四角四面を形にしたような七三分けの前髪から二本の白い角が生えている。にやりと笑う薄い唇から鋭く伸びた八重歯が覗いた。
 鬼だ。あの生真面目な徳川が鬼のコスプレをしている。驚くと同時に、なんて似合っているんだろうと心の底から感心した。
「びっくりしたぁキミもハロウィンの日に仮装するタイプだったんだ
「お菓子かいたずらか」
「えぇ?」
「お菓子かいたずらか」
「お菓子かぁ。うーん、生憎いまは何も持ち合わせてないんだよねぇ。どうする?いたずらしちゃう?」
 本当はポケットにのど飴があったけれど、あえて嘘を吐くことにした。
 あの徳川が浮かれたイベントに参加しているだけでも物珍しかったし、一体どんないたずらをしてくれるのか見てみたかった。内心わくわくしながら、にやける表情もそのままに徳川を見つめた。
 鬼の姿をした徳川は足音もなく近づく。徳川の角は間近で見ると思わず触りたくなるようなやわらかい乳白色をしていて本当に生えているみたいだ。駅前の店で売ってるような粗末な物ではない。どこで買ったのだろう。
 鬼は穏やかに微笑んでいる。滅多に見られない顔だけれど僕はその表情に少し恐怖を覚えた。細められた双眸が墨のように真っ黒で穴が空いているように見える所為かもしれない。
 呼吸の音すら聞こえてしまいそうな距離まで歩み寄った彼は僕の頬にそっと手を当てたその手は氷みたいに冷たくて、首の皮膚がぞくりと粟立った。
「あ」
 妙に顔が近いなと思った時にはもう遅かった。
 端麗な眉目が視界いっぱいに広がって、肉と粘膜のぬるりとした触感が唇を覆った。口づけられた部分からどんどん体温が奪われるほど、徳川の唇は冷たかった。まるで人間じゃないみたいだ。
 これは、本当に徳川なのだろうか。
 そう思った瞬間、ぶちりという音と共に唇から鈍い痛みが走った。
「痛っ
 口に血の味が広がる。かなり深く噛み切られたようでたらたらと温かな血が下顎を伝っているのが分かった。
 いたずらにしては度が過ぎている。なにするんだと突き飛ばそうとしたが僕の腕は呆気なく掴まれ、骨が軋むほどに握りしめられた。
 両手を拘束されたまま、滴る血を美味しそうに舐め上げられる。舌もなんて冷たさだろう。
 徳川は口をにたりと歪ませて笑った。卑しく広がる唇もそこから覗く歯も舌も僕の血でぬらぬらと赤く光っている。
「ひっ」
 悲鳴をあげたつもりだった。だけど喉は凍りついたように動かない。情けない小さな息を吸う音しか出なかった。
 あぁ、これは、徳川じゃ、ない。
 本物の鬼だ。
 一刻も早くここから逃げ出さなければ。
 けれど手も足も震えて、棒切れにでもなったように動かない。
 喉が凍えて声が出ない。
 息すらできない。
 徳川の姿をした鬼は、僕の首に指を這わせる。
 首筋に冷たい吐息が掛かる。


 逃げられない。
 助けて。
 徳川。


 祈る様に目蓋をきつく閉じたその時、音を立てて扉が開いた。

「チッ」
 舌打ちと同時に僕に抱きついていた鬼は霧のように消え去り、入れ替わるように何かを抱えた徳川が勢いよく教室へ入ってきた。
 こっちの徳川は角も牙も生えていなかったが、なにやらとても怒っているようで鬼のような顔をしている。僕と目が合うといくらか顔を緩ませたが、それでも眉間の皺はそのままだった。
「なんだ、神室。まだ残ってたのか」
 未だに身体中が強張っていた僕は返事もままならず、徳川を見つめ返すことしかできなかった。
 徳川は僕に構わず抱えていた物を机上にどさどさと広げた。厳格たる生徒会室の中には似つかわしくない、色とりどりの高級そうな小箱やらショッキングピンクのヒラヒラした布やら目がチカチカしそうな玩具が散らばる。
「今日はハロウィンだという話をさきほどしただろう。いやな予感がして部室棟へ行ってみれば案の定、文化祭のような騒ぎだ。駄菓子くらいなら見逃してやったが、何人か過激な仮装や物々交換をしていてな。片っ端から没収して指導室へ送ってきた。全く呆れたものだ」
 溜息を吐きながら指先で唇を押さえる、徳川がよくする癖だ。
 紛れもない、本物の徳川だ。今度こそ間違いなかった。
 僕は息をついて安堵すると同時に体中の力が抜けてその場にへたり込んだ。
「神室?」
「はぁ〜ありがとう徳川
「生徒会の仕事として当然のことをしたまでだ」
「あーいや、そっちのことじゃないけどまぁいっか」
 怪訝な顔をしつつも徳川は歩み寄り僕へ手を差し出した。その優しい手を握りなんとか立ち上がる。
 暖かい。ちゃんと人間の温度だ。
「お前、怪我してるじゃないか。どうしたんだ」
「あぁ、これ?ハロウィンだからさ、いたずらされちゃったんだよね」
「なんだと!?こんな傷をつけるような行為はいたずらとは言わん!そいつも指導室送りにしなければ」
「いや、いいよ。これは、嘘ついたバチが当たったんだ」
「はぁ?」
「徳川も気をつけなよ。いつおばけに出会っちゃうか分からないし、仮装するかお菓子持ってた方が良い」
「さっきから何を言ってるんだお前は」
 首をひねる徳川を尻目に窓の外を見る。
 眩いばかりだった夕陽はもう消えかけ真っ暗な夜が始まっている。
 空に大きな穴が空いているようで、そこにお祭り騒ぎの歓声が響き渡っている。
 その声の中にあの鬼みたいな化け物も混じっているのだろうと思うと、僕は怖くて仕方がなかった。
 少し震え始めた僕の手に徳川は何かを察したみたいで、今日は送っていこうと言って手を引いた。
 ズキズキと痛む唇の傷を、鬼に出遭ってしまった恐ろしさを忘れたくて、僕は縋り付くようにいつまでも徳川の手を握りしめていた。


 こうしてハロウィンの逢魔が時は過ぎていったのだった。