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よるはこ
2024-02-22 16:38:16
6176文字
Public
mp100 徳神
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【徳神】短編集二
徳神お題「お花見」 モブサイ百物語「フリーテーマ」
メタネタ、心中ネタあり。
徳神お題「お花見」
【桜に攫われた話】
約束の時間十分前に待ち合わせ場所へ行くと、もうすでに神室が待っていたので思わず小走りで駆け寄った。
「待たせてしまってすまない」
「いや、僕もいま来たとこだから、気にしないで」
デート前の常套句中の常套句を言い合うと目的の場所へ行くために、坂道をのぼる。
互いに受験も無事に終わり、後は卒業を待つだけだ。それまでにお花見がしてみたいと言い出したのは神室の方だった。
「さっきのはさ、本当は嘘なんだ。お花見なんて学校の行事以外で初めてだから楽しみすぎて、つい早起きしちゃって、いつの間にかだいぶ早い時間に着いてたんだ」
神室はコンビニの袋を大げさに振り回して、文字通り浮足立ちながら言った。
「まだ午前中は寒いだろう、大丈夫か?」
「もー気にしないでって言ったでしょ。これは嘘じゃないよ。ところで徳川は何もって来たの?」
「あぁ、昨日の夕飯がから揚げと筑前煮だったからその残りと、あと適当におにぎりを作ってきた」
「へぇー!すごいじゃないか!」
「いや、俺は米を握っただけだが」
「僕はコンビニで適当にお菓子を買ってきただけだからそれだけでも十分すごいよ。えへへ、徳川のおにぎり楽しみだなぁ」
目的の場所は雑木林を抜けた先にあった。どんぐりやらクルミやらの木々に囲まれて小さい桜がぽつんと咲いている。人気のない静かな場所だった。
「うーん、二
…
一分咲きって感じだね」
「ここのところ寒かったから去年より遅いのかもしれんな」
「そうだねぇ。とりあえず、ここにシート敷くよー」
神室が広げたビニールシートに腰を下して、改めて桜を見上げる。
ぽつぽつと開いた花はあるものの、まだ固い蕾と枝が寂しく揺れている。まるで枯れ木のようだった。
隣に神室が座って息をつく。
「はぁー、なんかはしゃぎ過ぎて喉渇いちゃった。徳川の水筒ちょっと頂戴」
「お前、自分で買わなかったのか?」
「えー、ペットボトル買うと荷物が重くなるだろ。嫌だよそんなの」
「
…
ほら、緑茶だ」
「わーい!徳川ありがとー」
神室は屈託のない笑みで水筒を受け取り、コップへ傾ける。茶は出なかった。
「あれ?出てこないな」
「なに?今朝ちゃんと淹れてきたんだが」
「
…
なんか詰まってるみたい、ちょっと開けるよ
………
へっ!?」
蓋を開けて中身を覗いた神室は素っ頓狂な声を上げ、おもむろに水筒をひっくり返す。本来なら緑茶が零れるはずが、なにやらピンク色の塊がどさりと音を立てて落ちた。
「嘘!?なにこれ!?」
「
…
桜の花びらだな」
塊の中の一つを摘まんで目の前に持っていく。それは小指の爪程に小さいながらも、濃い紅色からやわらかな白色のグラデーションが美しい、桜の花びらに違いなかった。
「もしかしてあれも?これも!うわー、ぜんぶ桜になっちゃってる」
神室が菓子袋を片っ端から開封していく。未開封だったはずの袋の切り口からもはらはら桜が零れていった。
もしやと思い、鞄から弁当箱を取り出して蓋を開ける。
から揚げも筑前煮もラップに包まれていたおにぎりも母がおまけで入れてくれた卵焼きも、食べ物という食べ物全て桜の花びらにすり替わっていた。
神室と呆然とした顔で見つめ合っていると突然、巻き上げるような強風が吹き抜けた。
「うわっ!」
「くっ!」
強い風が吹いたはずが神室の菓子袋も弁当箱の中のラップもそのままに桜の花びらだけ、一枚残らず綺麗に吹き攫われていく。
「徳川、あれ」
神室が花びらが風に流された先、桜の木を指差した。
先ほどまで寂しい枯れ木だった桜の木は、一瞬のうちに花の盛りを迎え咲き誇っていた。枝まで桜の色に染まって、淡く光の粉を散らすような満開の桜だ。
しばらく言葉を失って目を奪われていると、先に我に返った神室がぽつりと言った。
「お昼ご飯食べれれちゃったね
…
」
「
…
そう言えばそうだったな」
「普通ここは怒るとこなんだろうけれど、綺麗だね
…
」
「あぁ、綺麗だ
…
」
やがて昼食を食べ損ねた俺たちの腹が鳴り響くまで、その花を眺め続けていた。
「徳川、来年もここに来よう」
「いいのかここで」
「うん、静かだし桜は綺麗だし、来年はこの桜の分も持ってきてあげよう。約束」
「あぁ、約束する」
「あ、あと来年こそは徳川のおにぎり食べたい」
「それは今からでも作ってやる。俺の家に来るか」
「え!?やったー!もちろん行くよ!もうお腹ぺこぺこだもの」
神室と手を繋いで坂道を下る。
昼食を全て桜に横取りされて空腹で仕方がなかったが、神室との新しい約束が胸の中を心地よく満たしていくのが分かった。
※ ※ ※
【聞こえない話】
ある日の朝、徳川を見かけたのでいつもの様に「おはよう」と声をかけた。
徳川の口は確かに「おはよう」と動いたはずなのに言葉に聞こえない。
硝子のコップを爪で弾いた様な澄んだ音にしか聞こえなかった。それはとても綺麗で、声の代わりに出たその音を僕はもっと聞きたくなって徳川へ矢継ぎ早に話しかけた。
困った顔の徳川が綺麗な音を口から漏らしている。きっと会話がまるで成立していないのだろう。それでも構わず僕は徳川に喋らせ続け、ついには「歌って」とねだった。
だいぶ渋ったが「一生のお願い」を使ってなんとか歌わせることができた。
徳川の歌声はこの世のものではないほどに美しく天にも昇りそうだった。夢見心地で聞き入っていると突然歌うのをやめた。
もうお終いなのかと抗議しようとしたが、徳川は僕の頬に触れて何かを言った。やはり何を言っているのか全く分からなかった。ひどく悲しげな音だったので手を離し背を向けて歩く徳川を無言で見送ることしか出来なかった。
それから僕たちは二度と会うことはなかった。
【見えない話】
ある日の朝、黒くてドロドロとした塊が此方へ這ってきた。「おはよう」と声をかけられる。その声は神室の声に間違いなかった。
ヘドロにしか見えないがどうやらこれは神室のようだ。
ずいぶん溶けてしまったなと思いつつ、いつもの様に「おはよう」と返事をした。
神室は溶けたせいなのかやたらと俺に話しかけてきた。表情は見えなかったが声のトーンから俺と話すのが楽しいらしい。少し気分が良かった。
しかし、急に「歌って」とねだってきたのは驚いた。一度は断ったが「一生のお願い」を使われ仕方なく歌った。
神室が黙る。無言でいると本当にただの泥の塊だ。
そう思っていると黒い表面がさざ波立ち、キラキラとした煙を上げ始めた。蒸発していると気付いた時にはすでに神室の質量は三分の一ほど減ってしまっていた。
このままでは神室の一生を終わらせてしまう。咄嗟に歌うのをやめる。同時に煙もぴたりとおさまった。
わざとではなかったが神室を殺しかけてしまった。なんてことをしてしまったんだろう。
俺は少し小さくなってしまった神室に触れる。手のひらにべっとりと黒い何かが付いた。
「本当にすまない。もう俺たちは会わない方が良いのかもしれないな」
神室は黙ったままだ。当然だ、怒っているのだろう。
俺は別れの言葉を言うと神室に背を向けて立ち去った。
それから俺たちは二度と会うことはなかった。
※ ※ ※
【沈める話】
神さまの雨が七日と七夜降り注いで調味市のほとんどが雨の底に沈んだ。僕と徳川は流されていた二段ベットの下でなんとか雨をしのいでいたが所詮寝具だ。箱舟の様にはいかなかった。
「あ、ねぇ見て見て!ここ調味文化タワーの丁度真上だよ」
「あんなに高い建物も沈んだのか」
「調味市も海になっちゃったし、もうすぐ僕たちもみんなと一緒に沈んでしまうね」
「あぁ」
「怖い?」
「怖くない、と言えば嘘になるな。だが、この大災害の中でもお前と過ごせて楽しかった」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるね。徳川は」
「俺はわりとそれだけで死んでもいいと思えるほど幸せだった。お前はどうだ?」
「僕?んー、ごめん、僕は欲張りだからやっぱりもっともっとキミと一緒にいたいなって思ってしまうよ。沈むのは怖いなぁ」
「そうか
…
すまない、俺に出来ることはもうなにもない」
「あるよ」
「まだ、あるのか?」
「賢い徳川なら分かってるでしょ」
「
…
」
「あ、もう枕の方が浸水してきた。お願いできるかな」
「
…
目を閉じていろ」
「うん」
「神室」
「なに?」
「お前も幸せだったか?」
「当たり前だよ、だから沈むのが怖いんだ」
「そうか、同じ幸せでも違うものなんだな」
「ごめんね、好きだよ徳川」
「あぁ、俺もだ」
暫くして、頭に響くざあざあとした音が雨音なのか耳鳴りなのか区別がつかなくなっていった。
それでも首に伝わる徳川の両手の暖かさは幸せそのもので、僕は満たされた気持ちで徳川に殺されたのだった。
※ ※ ※
【閉じ込められた話】
図書館の前で神室を見掛けた。
直接伝えたい大切なことがあった俺はその背を追う形で中へ入る。図書館と言っても分館で、公民館の中に両手で数える程の本棚があるだけだ。自習用の机も椅子も古い。
しかしその分、利用者はほとんどいない為とても静かだ。俺と神室のお気に入りの場所の一つだった。
ドアを開けて辺りを見渡す。
神室の姿はどこにも居なかった。
神室どころか司書さえ居ない。狭い分館の中だ。気付かずにすれ違うなどあり得ない。
ふと、本棚の中に一冊、不自然に飛び出した本があった。夕陽を浴びて長い影を垂らしている。
それは神室が好きな本だ。読んでいた時に少し表情が綻んでいたこと、めくる時の手が白くてとても綺麗だったことをよく覚えている。
誰もいない、薄暗い夕暮れの図書館の中を歩いてその本を手に取り、ページを開いた。
その瞬間、ぐらりと傾いたような、ひっくり返ったような、指でなぞられるような、ぞわりとする目眩がした。
思わず本を落としてしまう。
「駄目じゃないか、本は大切にしないと」
隣には神室が居た。誰も居なかったはずの部屋に一瞬にして現れ、本を拾っている。それに驚くより、俺は目眩が尾を引いてまともに声も出せずにいた。
「ここはね、読まれる側の世界だよ。本の中なんだ」
「もう僕は、文字を読むのにうんざりしたんだ」
「だからいっそ読まれる側になろうと思って」
「キミもこっちに来てくれて嬉しいよ。やっぱり一人じゃ寂しいから」
「それじゃあ、一緒に帰ろうか」
喋ることもままならない俺の手を引いて神室は歩き出す。神室の言っていることの殆ど理解ができなかった。
ここが本の中の世界?そんな馬鹿な。
目眩は中々治らなかった。神室に手を引かれて歩く帰り道はいつもの道のはずだ。それなのに、この頭がふらつく程の違和感は、なんなのだろう。知っているはずなのに知らないような、疎外感で出来た街だった。
「明日
…
明日になれば、じきに慣れるよ。キミも僕も必要のないことは全部忘れて、本の中の住人になるんだ」
「また明日ね、徳川」
そう言って手を離した瞬間、神室の手も俺の手もまるで紙のように温かさがないことに、俺は気がついた。
それから夜が明けて、神室の言った通りのいつもの日常だった。あのひどい目眩も治ってしまった。
時々、誰かにじぃっと見られている。突き刺さるような視線を感じることがある。けれど決してそのことを口に出してはならない、そんな気がする。
ここが本当に本の中の世界なのか。確かめる術はない。
ただ、俺はあの日。
神室に何を伝えたかったのか。
神室の好きな本の題名はなんだったのか。
それすらも思い出せなくなってしまった。
そうして俺たちはもう二度と、元には戻れなかった。
※ ※ ※
モブサイ百物語「フリーテーマ」
【八月三十二日おばけ】
八月、夏休みの丁度真ん中、白すぎる日差しが降り注ぐ今日は塩中の登校日だ。
僕と徳川は生徒会役員と言うこともあって、先生から雑用を頼まれていた。
日の光が眩しいので、埃っぽいカーテンを閉じたままの教室の中で作業を進める。
「久しぶりだね徳川。夏は満喫しているかい?」
「あぁ、宿題に塾に高校受験対策の夏期講習に目白押しだな」
「はは、キミも似たようなものだねぇ」
隣に座っている徳川の横顔はなんだかひどく疲れているように見えた。
薄暗い教室の所為か、いつも以上に能面のような顔は、江戸時代の幽霊画でも眺めている気分だった。
ただでさえ暑い日が続く上に勉強に根を詰めているようだ。僕は息抜きに世間話をすることにした。
「そういえばクラスで下らない噂が流行っててね」
ペンを持った徳川の手が止まる。
「夏休みの最終日、宿題の終わらない生徒のもとにおばけがやってきて夏休みをやり直させてあげるっていう噂さ。信じられないよね。もう中学生なのにこんな子どもみたいな話が流行るなんて」
ふと隣を見て、僕は驚いた。
徳川の顔は唇まで真っ青に染まって、呼吸も不自然に乱れていた。
「どうしたの徳川!?」
「
…
すまない、神室
…
本当にすまない
…
」
俯いたまま身体をガタガタと震えさせて、徳川は壊れた機械のように喋り出した。
「お前にあんなことをしてしまって、幸せだったのはほんの数日だけだった。日に日にどうしようもないほど焦燥感に苛まれた時、そうだ、あれは八月三十一日の深夜だった」
「夏をやり直させてやろうと持ちかけられた。始めは幻覚でも見ているのかと思った。だが、あいつは本物だった。本当にやり直せた。お前のいる夏休みがもう一度来たんだ。けれど、それでも」
「もう何回も何回も何回もやり直しても駄目なんだ。やはり、どうしても、どうしても、今日の、今になると、感情が抑えられないんだ。すまない神室、俺は、俺は、俺は」
「何を、言ってるの
…
?」
意味の分からないことをぶつぶつ言い続ける彼がとても恐ろしいものに見えてきた。
逃げようと立ち上がる前に、徳川の白い手がぬぅっと伸びてくる。
その行き先が僕の首だと気づいた時にはもう遅かった。
「がっ
………
は
…………
ぁ
………
」
やめてくれ。離して。どうして。
そう言いたかったのに、きつく絞められた僕の喉からは濁った音しか漏れなかった。
首から徳川の指を剥がそうと爪を立てて掻き毟る。
皮膚の裂ける手応えと血のぬるりとした感触。
これがどちらの血なのか、もう自分の首の痛みさえよく分からない。
徳川は、笑っていた。幸せそうな顔だった。
「好きだ、神室、好きだ。あぁ、今とても満たされている気分だ。好きだ、神室、好きだ」
徳川の口から好きと呟かれる度、首にこめられる力がぎりぎりと増していく。
手の感覚がなくなる。視界が端から黒くぼやけていく。
殺される間際だというのに、黒い視界が寂しくて、カーテンの向こうの白い日差しがひどく恋しくなった。真っ暗な世界の中で徳川の声だけが聞こえる。
「また会おう」
徳川の狂った行動もその言葉の意味もなにひとつ分からないまま、僕の意識はそこで途絶えた。
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