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よるはこ
2024-02-22 16:32:53
1888文字
Public
mp100 神徳
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【神徳】短編集
徳川がよく死ぬ。
【空に帰っていった話】
徳川の前髪はいつもきっちりと七三に撫でつけられている。一糸乱れぬ髪型だ。
出会った時から今まで、会う度に全く同じ髪型なのでたまには違う髪型なんてどうなの?と聞くと、
「それだけは絶対に駄目だ!!」
普段は冷静な徳川が声を荒げて慌てている様子はなんだかとても珍しかった。
なのでほんのいたずらに、机に向かって書類を読んでいる徳川の後ろから抱きついて前髪を手櫛で梳いてみた。
「あ」
僕の指によって前髪がさらりと解ける音と、徳川の声と、何かがしゅわっと溶ける音が聞こえたのはほぼ同時だった。一瞬にして僕の腕の中にいたはずの徳川は消え去った。後にはきらきらと青く光る砂粒だけが残った。
ふと窓の外の空には一筋の箒星が西の方へ流れていくのが見えた。
帰っていってしまったんだなと僕は思った。
※ ※ ※
【飲み干した話】
雨がざぁざぁと降り続ける夜、傘を差して信号待ちをしていると誰かが隣に並び立った。
ちらりと横を見る。暗い上に顔は傘に隠れていたがその男が徳川であることはすぐに分かった。
「徳川じゃないか、今帰りなの?」
返事はない。
雨音で聞こえないのか。それとも無視しているのか。
「徳川?」
また返事はない。
傘越しではそのどちらなのかうかがい知れなかった。
視線を徳川から正面に戻す。
横断歩道は真っ黒な夜の水たまりに満たされて、赤信号の光がなみなみと映り込んでいた。降り注ぐ雨がそれらを攪拌し、波打っている。
「ねぇ、見てよ徳川。トマトジュースの海だ」
また返事はない。
それでいい。どうせ返事に困るような心底どうでもいい、くだらない話題だ。
湿った空気を吸って、僕は意味もない話をし続けた。
「青になったら僕たちはメロンソーダの海を渡るんだ」
また返事はない。
「キミはトマトジュースとメロンソーダどっちが好き?」
また返事はない。
「僕はトマトジュースかな。健康になった気がするし」
また返事は、
「本当にそう思うか」
「え?」
予想していなかった徳川の返事に僕は思わず隣を見た。
相変わらず顔は傘で見えない。けれど首から下全てがびっしょりと濡れているのが分かった。
傘を差しているのに濡れ滴った学ランが赤信号に照らされてぬらぬらと光っている。
「お前にはこれが、トマトジュースに見えるのか」
徳川が傘を手放す。 その瞬間、信号機は青に変わった。変わったはずだった。
それなのに、辺り一面真っ赤な海のままだ。
横断歩道も、転がる傘も、欠けた徳川の頭も、全て真っ赤だった。
徳川の足元に白い花束が落ちている。
僕は先日、この横断歩道の赤信号の中へ、徳川を突き飛ばして殺したことを思い出した。
※ ※ ※
【月が割れた話】
塾帰りの夜道、無性に苛々していた僕は空に向かって石を投げた。
石は夜空に浮かぶ月に当たり、パリンと音がしてひびが入ってしまった。
ひび割れた月はすぐさま僕の目の前へ降りて、説教をしはじめる。
「感情のままに行動するな」
責めるわけでもないその正論と声に既視感を覚えつつも、苛ついた気持ちを胸に残したまま帰宅した。
次の日、学校へ行くと徳川の様子がおかしい。
なんだかよそよそしい感じだ。人目がなければ手を繋いだりキスをしたりする仲だと言うのに避けられている。ひどく嫌な気持ちになった。
それをぶつけるように僕は徳川の腕を掴む。硬いものが軋む音が聞こえた。
「今日は放っておいてくれないか」
「なんで?」
「理由は言えない。ただ
…
」
「僕の事嫌いになったの?」
「それは違う!」
「じゃあ理由ぐらい言ってよ!」
「
…
神室、昨晩のことを覚えているか」
「
……
昨晩
…
」
息を飲んで思い出す。昨晩、石を握る前の事を。
塾のテスト結果が酷い有様で、講師からも生徒からも嘲笑された事を。
ただただ胸が苦しい程寂しくなって、誰かに縋りつきたくなった。
僕は月から忠告されたことも忘れて、自分勝手な感情のままに徳川をきつく抱き締めた。
陶器の皿が割れる様な音がして、僕の腕の中で徳川は粉々に砕けてしまった。
床に落ちた徳川の破片を拾う。宝石の様な乳白色に淡い虹色の硬いもの。そして何かぶつけられたようなひび割れた跡。
それは昨晩、僕が割ってしまった月そのものだった。
「理由は、僕だったのか
…
ごめんね徳川
…
ごめん
…
」
泣いて何度も謝りながら、砕け散った徳川を掻き集める。
破片が刺さり手が血まみれになっても徳川が元に戻ることはなかった。
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