よるはこ
2024-02-22 16:31:49
6349文字
Public mp100 徳神
 

【徳神】まどろむ明晰夢

付き合ってない徳神が付き合うまでの話。ゆっるいカニバリズム表現有り。

「徳川に渡したい物があるんだ」
放課後の生徒会室、飴色の夕陽を浴びた神室がそう言って差し出した物は、ころりとまるい形をして白い銀紙に包まれていた。
「なんだ、飴玉か?」
真っ白な包み紙には淡い灰色で雲の絵がいくつも描かれている。受け取った時にほんのりと砂糖を煮詰めたような焦がしたような、甘く懐かしい香りがした。
「ただの飴玉じゃないよ。僕の父さんが分けてくれたんだ。社名は失念したんだけど、こういった不思議な商品をどこからでも取り寄せてくれる商會があるんだって。なんでも『見たい夢を見せてくれる』お菓子らしいよ」
「見たい夢?」
「そう、これを舐めながら眠るだけで誰でも、どんな夢でも、望み通りに見せてくれるんだ。あ、甘いけど虫歯の心配はないんだ」
「ほぅ、画期的だな」
「ってことで親友の徳川にも特別にお裾分け」
「いいのか?こんな良い品を貰って」
「いいのいいの!徳川にはいつもお世話になってるからそのお返しだよ」
「いつも?」
俺は神室の、いつも、という言葉になにか違和感を覚えた。たしかに副会長という立場上さまざまな仕事の補助をしている。しかし、それは会長の神室だって同じことだ。特別に神室から『お返し』を貰うようなことをしただろうか。
俺の疑問の声に、神室は喉を詰まらせて視線を泳がせる。何を動揺しているんだ。
「あっいや、あの、生徒会とか!昨日も、ほら、いろいろ手伝ってくれただろ」
「あれは生徒会全体での仕事だったような
俺が妙に食い下がると、神室は急に顔を真っ赤にさせて声を荒げた。
「もう!細かいことはいいだろ!兎に角僕は先に帰るから!」
戸締よろしく!と神室は言うと鞄を掴んでそそくさと帰っていった。バタバタと無駄に音を立てながら慌てているおかしなやつの背中を呆然と見送った。
一人残された俺は手のひらのまるい菓子を見つめる。
「見たい夢夢か
神室もこの飴玉を食べたはずだ。あいつはどんな夢を願ったのだろう。
そんなことを考えながら飴玉を大事に胸ポケットへ入ると、俺は帰る支度をし始めた。





夢を見た。
白く、淡く、ふわふわとしていて、地面に足が付いているのか、いないのか。
夢特有の曖昧な重力の中を心地よく漂っていると聞き慣れた声が聞こえた。

とくがわ

神室の声だ。明るく楽しげに弾んだ声だ。

とくがわ

右腕に温かいものが触れる。見ると満面の笑みを浮かべた神室が俺の腕に抱きついていた。

とくがわ、だーいすき

俺の二の腕にやわらかな頬をすりつけながら、幸せそうに潤んだ目で見上げられる。
この時点で俺はもう二度と目覚めなくてもいいとさえ思った。

だから

俺の右腕はあっさりと神室にもぎ取られた。

たべてもいいよね

痛みはなかった。
わたあめでもちぎるように音もなく身体を離れた右腕が神室の腕の中に収まっている。

いただきます

俺の腕がみるみる内に神室の口の中へ咀嚼されていく。
現実の食の細さからは考えられない程、良い食べっぷりだ。
普段もこれだけ食べてくれればいいんだがと思いながら、神室が夢中で俺を頬張るさまを眺めていた。

ふふ、とくがわおいしいね

神室は、驚くほどの早さで俺の右腕を食べ尽くし、今度は左腕をちぎって食べ始める。屈託のない笑顔だ。そんな表情になってくれるのなら俺はどれだけ神室に食べられても構わなかった。めったに見られないその笑顔を俺は黙って見守った。
そうして次は両足を、その次は胴体を、神室の胃へ収められていき、残るは首だけになってしまった。

とくがわ

神室は首だけになった俺の頬を両手で包み、恭しく持ち上げる。しばらく見つめ合った。
頬が薄桃色に上気している。うっとり、という言葉そのままの顔だ。
最後に残しておいた、とっておきのショートケーキの苺を食べる子どものような顔をしていた。

だいすき

もう何度も甘い告白を発した唇を、何度も俺を噛み砕いた顎を、大きく開ける。
口の端から覗く犬歯、その向こう側にある薄い舌、粘膜色の喉奥。
間近で見る神室の内側はとても刺激が強かった。
胸があれば激しく動悸がしただろう。
腕があれば強く抱き潰していただろう。
だが首しかなかった俺は衝動に身を任せて、神室の舌を噛み千切った。
それしかできなかった。

あっ

俺と同様に痛みはないらしいが、かなり驚いたようで目を丸く見開いている。
神室の舌は夢のような味がしてとても美味かった。

俺もだ、神室。俺も、





そこで目が覚めた。けたたましい音と入れ替わりに、先ほどまで息がかかりそうなほど目の前にいた神室の顔は霧のように消え去った。見慣れた自室の天井が視界いっぱいに広がっている。
やかましい音の元である目覚まし時計のスイッチを押す。そこで俺の腕がちゃんとついていることに気が付いた。当たり前だ。さっきまでのは夢の中での出来事だ。
神室に、あんな、好意の赴くまま、身体を食べ尽くされる夢。
目覚まし時計の横にあの、『見たい夢を見せてくれる』飴玉の白い包み紙が置いてある。効能は確かだが、あまりにも刺激が強すぎた。まだ夢の感触が身体のあちこちで尾を引いている。
ふと下腹部にもぞりとした違和感を感じて視線を下げた。
毛布の一部分が不自然に膨らんでいる。
ソレが一体何なのか察した瞬間、顔に血と熱が昇り、汗が噴き出してくるのを感じた。
あまりの恥ずかしさにまた毛布を被って、顔を枕へ押し付ける。
「なんてとんでもない夢を見てしまったんだ
どんな顔をして神室に会えばいいのか。
それよりも自分の身体ではないようなコレをどうすればいいのか。
俺はさっぱり分からず、ベッドの中で文字通り頭を抱え朝の時間を無駄に浪費していた。





僕は朝から機嫌が良かった。
なにせ最近は夢見がすこぶる良い。朝が清々しい。以前の生活からは考えられない程、毎日の睡眠が楽しみで仕方がない。あの夢のようなお菓子のおかげだ。製造元には足を向けて眠れないなぁなんて考えながら廊下を歩いていると、たった今登校してきたであろう鞄を携えた徳川が目の前を通りかかった。
昨日、彼にあの貴重なお菓子をあげた理由。一番はきまぐれだが、自分がとても良いと思ったものを親友にも分けて共有したいという気持ちと、彼ならどんな夢を願うのかできれば知りたいという好奇心。
それからほんの少しの罪滅ぼしもあった。
徳川なら僕のように上手く使ってくれるだろうと思っていた。
しかし、予想に反して、当の徳川はなんだか沈んだ顔をしている。どうしたのだろうか。
「オハヨー徳川、」
なんだか元気ないねどうしたんだい?と続けようとする。が、声をかけた瞬間、彼は間の抜けた声を上げながら5センチほど飛び上った。あの徳川がテレビの中の人みたいなリアクションをとったことに、面食らって言葉を失う。
その隙に徳川は逃げるような早足で教室へ向かってしまった。
逃げられてしまった。その上無視もされた。少し、ほんの少しだけ、いや嘘だ、かなりムカついた。僕はその場で顎に指を当てて思案した。何故、徳川はあのような態度をとるのか。
そしてひとつの結論に達した。
はは~ん、さては、あれか。昨日の飴玉でやらしい夢でも見たのか。それでどんな夢を見たのと聞かれるのが恥ずかしいのか。なるほど。
ここはお互い様でもある。僕だって人に言えないような、特に徳川には口が裂けても言えないような夢を見ている。空気を読んで知らぬ顔をするのが正しいだろう。けれど朝の挨拶を無視されたことで僕は少々腹が立ってしまった。
「ふふん、根負けするまでとことん聞いてやろうじゃないか」
独り言を呟く僕の顔は以前のような悪人面で笑っているのだろう。僕は構わず彼の背中を追った。





徳川は中々に口が堅かった。そして立ち回りも上手い。
よそのクラスの僕がいくら時間と手間をかけて対話する場面を作っても、時には力任せに人気のない場所へ引き摺っても、昼休みには時間の許す限り追いかけまわしても、徳川が昨晩のことを口にすることはなかった。
そうして放課後の生徒会室、昨日と同じように夕陽が降り注ぐ中、またしても僕と徳川は二人っきりになった。問い詰める絶好のチャンスだ。
けれど、まるで要塞のように堅牢な彼の口を全く攻略できずにいた僕はすっかり思考を放棄して、瑪瑙色の夕陽を眺めながら飴みたいだなぁ等とどうでもいいことを考えていた。
子どもの様に意地をはることにも疲れていた。たった一度無視されたくらい許してしまおう。「しつこく聞いてすまなかった」と謝って、なぁなぁにして。
それでいつも通りだ。
そう僕が諦めようとした時、
「すまなかった!!」
「へっ?」
突然徳川が頭を下げて先に謝ってきた。
「な、なんだよ急に。ほら、顔上げて」
徳川は良心の呵責に耐えられなくなったという顔をしていた。そんな顔をするようなとんでもない夢でも見たのか。
僕は固唾を飲んで徳川の次の言葉を待つ。
「俺は、俺は、好奇心に負けてしまって本当に、うぅ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、落ち着いて徳川」
からかう気はあっても責める気はなかった。どんなにスケベでエッチな夢を見たって徳川を軽蔑するつもりなんてこれっぽっちも無かった。
ただお堅く真面目な親友の意外な一面を見たいという気持ちがこんなにも彼を追い詰めていたなんて、僕は今日の行動を顧みて少し反省した。
「昨日貰った飴玉を早速食べて眠った」
「うんうん」
「その、見たい夢をかなり悩んだんだがその……
「もー、もったいぶらずに教えてよ」
「お前の
「うんう、え?僕?」
「お前が見る、夢を見たいと願った」
「へっ!?……僕の?」
本当にすまない。正確には”お前が見たいと願った夢”に入ってしまったんだ」
………?」
僕の夢。昨日、見たいと願った夢。

とくがわ
だーいすき
ふふ
たべてもいいよね
とくがわおいしいね

昨日見た夢が走馬灯のように頭の中を流れ去ったと同時に、通っていた血も音を立てて引いていくのが分かった。あぁ、これが致死量の恥か、と思いながら僕は立ち上がった。
「神室?何故急に窓をおい!よせ早まるな!!」
「はなせー!!あんなやらしい夢見られたなんて!生きていけないよ!」
「やめっ、やめろ!!とりあえず足を降ろせ!落ちたら危ないだろ!」
「今この瞬間僕の尊厳より危ないものある!?ないだろ!ていうかキミ!どうせ僕のこと変態だと思ってるんだろ!!今日もそれで避けてたのか!!!!そうなのか!!!!うわー!もう!いやだー!」
「ちが!!落ち、落ち着け!ちがうんだ!!!!頼むから落ち着いてくれ!!降りてくれ!!」
しばらく叫び合いながら揉みあったが、先に体力のない僕の方が力尽きた。後ろから羽交い絞めにしていた徳川と一緒に尻もちを着く形で床に座り込んだ。
乱れた呼吸を整え、頭を冷やそうとする。けれど、徳川に後ろから抱きしめられている格好だと気づいて、直ぐに顔に血が昇るのが分かった。
「離せよ」
「神室」
「離せったら」
「黙って続きを聞いてくれ」
圧の強い声に思わず言葉を失う。
徳川の腕が肩をきつく抱きしめて少し痛い。
徳川の呼吸が耳の裏をかすめてくすぐったい。
嫌ではない。全然嫌ではなかった。
「すまなかった」
もう何度目の謝罪だろうか。
「そんなの僕だってキミの変な夢見てごめ」
「謝らなくていい」
謝らなくていい。その言葉の意味を考えようとしても、熱のこもった今の頭ではうまく思考がまとまらなかった。
「夢で言いかけていたことがある。憶えているか?」
憶えている。それはもうハッキリと。
いつもの夢の中の徳川は人形みたいで、僕がして欲しいと望まない限り動くことなんてなかった。それなのに、急に舌を噛みつかれ、初めて勝手に喋った。あの時は本当に驚いた。
まさか中身が本物だったなんて夢にも思わなかった。
「俺もだ、神室。俺も」
僕の胸が言葉の続きを期待して異常なほど脈打って苦しい。
僕の手は震えっぱなしで仕方がない。
これも全然嫌じゃなかった。
なぜなら夢じゃない。
あのお菓子に縋ってさえ想い焦がれていたことが、紛れもなく、今、現実に起こっているからだ。
本物の徳川の声が、確かな声が脳みその奥まで届く。
「好きだ」
その言葉をどれだけ望んでいただろう。僕からはとても、伝える勇気なんてなかった。
夢だけで我慢するつもりだった。
けれど、夢の中といっても好きな人を我が儘にあれこれすることに少し罪悪感を感じていた。
だからあの時、自分勝手な罪滅ぼしとして徳川に飴玉を渡したのだった。
それがまさか、こんな結果になるなんて。
徳川のたった三文字の言葉が染み込むように響いて、うっかりすると涙が出てしまいそうだ。
「神室」
なるべく声が震えないように返事をする。
「なに」
「返事を聞かせて欲しい」
分かってるくせに」
「夢だけじゃいやだ。お前だってそうだろう」
それもそうだ。
夢の中ではあんなにたくさん言えたのに現実では思う様にいかない。かなり長い時間、金魚のように口をぱくぱく開閉して、やっとのことで僕は伝えた。
………僕も好き、徳川の事好きだよ………
衣擦れの音でも掻き消えそうなほどの情けない声だったと思う。それでも彼に届いたようだ。恐る恐る振り返ると耳まで真っ赤に染めて目のふちに涙を溜めている徳川がいた。あまりにも可愛い顔に思わず笑ってしまう。
僕だってたぶん、同じような顔をしているというのに。
「僕たち両想いだったのかぁ」
「あぁ」
「もっと早く告白しとけばよかったなぁ」
「同感だ」
「えへへ、嬉しいな。今までの人生で一番嬉しいかも」
僕はちゃんと徳川と向き合うと、どちらからともなく腕を伸ばして抱き締めあった。
頬を寄せた徳川の首元はなんだか甘い砂糖のような匂いがして、あまりの心地よさに僕はそっと目を閉じた。





もう飴色の時間も終わり、真っ暗な帰り道を神室と歩いていた。
「え?それって僕の夢を覗き見した挙句、勃起しちゃって恥ずかしかったから避けてたってこと?」
「声が大きいぞ神室ォ!!!!」
「うわっ、キミの方が声大きいよ。大丈夫だって、誰もいないよ」
あの後、結局どうして朝から避けていたのか激しく追求され、とうとう今朝のことを打ち明けてしまった。顔から火が出そうだ。
神室はにやにやとした意地の悪い顔で俺を覗き込む。
「徳川って初心なんだねぇ~可愛い~」
さきほどの、告白に顔を赤らめた可愛い神室はどこへ行ってしまったのだろう。
この小憎たらしい表情も好きだが、俺だってからかわれるのは癪に触る。
「そういうお前はどうなんだ」
神室は一瞬、キョトンとした顔をして見せてから、笑った。
さっきの意地の悪い顔とは違う。その笑みは今までに見たことのないほど、甘やかで柔和で艶っぽくてとんでもなく煽り立てられる笑みだった。
心臓を掴まれた心地がして、目が離せない。
「知りたい?」
思わず喉がなる。
無言を肯定ととったのか、神室は俺の手にそっと、まるいものを握らせる。
「それじゃあ、今夜、夢の中で教えてあげるよ。今まで、徳川とどんなことしたのか、全部」
確認せずとも分かる。手の中には昨日と同じ飴玉がある筈だ。
「おやすみ、夢で逢おうね」
神室の背が遠のく。
残った甘い砂糖菓子の香りと予感を胸いっぱいに吸い込んで、俺は帰路を急いだ。