Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
よるはこ
2024-02-22 16:30:41
2826文字
Public
mp100 徳神
Clear cache
【徳→神】片思いと甘露飴
神室の目が取れる、グロくない眼球摘出。
僕としたことが迂闊だった。
今日が提出期限の塾の課題をすっかり忘れてしまっていたのだ。
それに気が付いたのが今朝で、僕はその日の学校の休み時間を全て返上して課題に取り掛かった。
そうしてやっと終わる目途が付いたのは放課後の生徒会会議の後だった。
良かった、この後家に帰らずに直接塾へ向かえば間に合う、そう安堵した時だ。
「少しは休んだらどうだ、神室生徒会長」
そう横槍を入れてきたのは副生徒会長で親友の徳川だ。
僕の体に気を使って出た言葉だと分かっていても、今はとても耳障りだった。
「僕は今すぐこれを終わらせなければならないんだ、徳川副生徒会長。キミこそ、会議は終わったんだからさっさと帰ったらどうだい?」
我ながらひどい言い草だ。心配してくれる親友に対してこんな口しか聞けない程、今は余裕がない。
ただ課題を解くだけでは駄目だ。全ての解答が大人の満足する正解でなければならない。
書き間違えの無いように答えを書き込んでいく。
一方の徳川は僕の拒絶などお構いなしに休憩を提言し続けた。
「あまり数字と文字ばかり見ているとそれしか見えなくなるぞ。夕陽でも眺めて一息入れろ」
「それでいいよ。大人たちが求めているのは数字と文字しか見えない僕だ」
徳川が短く息を吸う音が聞こえる。怒っているのだろう。
長い付き合いだ。息遣いから今どんな感情かくらいは、問題を解きながらでも分かった。
ならもっと怒らせてやろう。そうして僕を諦めてくれればいい。
「前に告白を断った時言ったじゃないか。僕が愛して欲しいのは評価をくれる大人なんだ。だからキミに好かれたって何にもならないんだよ」
徳川は副会長の席から立ち上がった。そうだ、そのまま帰ってしまえ。
しかし、僕の意に反して彼はこちらへ歩み寄ってきた。
「神室」
名前を呼ぶ声に圧がこもっている。さっきよりずっと怒っていた。
課題も残り一問だ。シャープペンを動かす手を止めて、顔を上げた。声の怒気に反して、いつも通りの冷静な顔の徳川が僕へ右手を伸ばす。
「それなら、左目だけ借りるぞ」
そう言って優しく僕の頬を撫でた。そして目蓋をそっと押し退けて、左目を引き抜く。
別に片目を引き抜かれようが残る右目で課題ができるから特に問題はなかった。
「いいけど、早めに返してよね」
徳川の手のひらに乗る自分の眼球と目が合う。
虹彩と白目の境が灰色に滲んで濁っている。なんて汚い眼だろう。安価なプラスチックで出来てると言われても疑いようもない粗末さだ。
そんな物が徳川の真っ白な手に乗っていて、なんだか徳川を汚しているような嫌な気分になる。
何故、こんな気持ちになるのだろう。そんな疑問が浮かぶが、頭を振って余計な考えを沈める。徳川が好きでしている事なんだからどうだっていい。無駄なことを考える時間なんてない。
僕は視線を落として、右目を最後の問いに集中させる。
問題文を読み解きながら、用紙がオレンジ色に照らされて綺麗だなと頭の片隅で思った。
この元となる夕陽はそれはもう美しいんだろう。今頃、僕の左目は徳川と共に眺めている。そう思うとなぜだか無性に苛々して、八つ当たりのように最後の答えを書き殴った。
書き終わる頃には、夕陽はもう美しさのピークを終えて街の向こうへ沈んでいった。
入れ替わるように下校チャイムが学校中に鳴り響き始める。
徳川は名残惜しそうに僕の左目を返却した。
「無理を言ってすまなかった、ありがとう」
差し出された手のひらには、さきほどとは打って変わってつやつやと健康そうな僕の左目があった。
僕の虹彩が夕陽のようにすきとおって輝いている。まるで飴玉の様だ。
この短い間に、徳川の手は粗末なプラスチックをすきとおる飴玉へ変えてしまった。まるで手品みたいだ。
感心すると同時にいつまでも徳川の手のひらの上を気持ち良さげに転がる左目にまた苛々してしまう。雑に摘まみ上げ、乱暴に目蓋の中へ仕舞った。その所為に徳川はため息まじりに言う。
「もう少し自分を大事にしてくれ」
懇願に似た徳川の言葉を無視して、眼窩に馴染ませるように何度もまばたきをする。
左目越しの風景はやけに澄んでいて、ファイルの背表紙も、整然とした机と椅子も、窓の外の薄暗い景色でさえ新鮮で、特別なもののように感じた。
眺めていたらしい夕陽の光がまだ目の中に残っているようだ。
「神室」
また名前を呼ばれる。今度はあまりにも優しく穏やかな声で、思わず僕は徳川を見据えた。
左目越しの徳川はなんだかきらきらしていた。暗い教室の中で唯一発光している。
代わり映えのしない髪も、三年弱着古した制服も、硬い印象の一重も光っていた。夕陽を粉にしてまぶしたらきっとこんな感じなんだろうな、と僕らしくないことを思った。
「好きだ」
独り言かってくらいの告白だけど僕にもハッキリ聞こえた。徳川がすぐ傍まで歩み寄ってきたからだ。
光る手で、さきほど眼球を抉った時と同じように頬と目尻と目蓋を撫でられる。
左目が期待するように熱を帯びる。
このまま拒まなければ抱き締めてきそうな甘い雰囲気だ。
僕は早く塾へ行きたかったので徳川の袖を摘んで、ゆっくりと下ろした。
もう何度目かも分からない僕の拒絶に、徳川の顔色はほぼ変わらなかった。けれど眉尻が1ミリだけ下がる。とても残念そうだ、さっさと僕のことを見限れば良いのに。本当に可哀想だと思った。
「諦めが悪いんだね、キミも」
「当然だ、神室が相手なら俺は諦めない」
その言葉に左目だけが涙で勝手に潤んだ。せっかくのクリアな視界が醜く歪む。どうやら持ち主の許可なく徳川を好きになってしまったらしい。
「あっそ、せいぜい頑張りなよ。僕だって諦めないよ」
「お互い様だな」
「ほら、早く戸締りして鍵返さなくちゃ」
発光していた徳川の姿がどんどんくすんでいく。
涙のせいで左目から夕陽が流れ出たようだ。
徳川と別れて塾へ向かいながら考える。
もし、僕の身も心も全て徳川を好きになったらどう変わってしまうんだろうか。
いくら考えても答えは出ない。
こうしている間も僕の脚は塾へと進む。その後に僕の手は筆記用具を握り問題を書くのに必死になる。家でも、学校でも、その繰り返しをしろと脳が命令する。背けば胸や胃が罪悪感でしくしくと痛み出す。それら全ては神室家として認めてもらう為だ。
物心ついた時からこんな生き方だ。徳川の為に脚や手や脳を使うだなんて想像すらつかなかった。
ただ左目だけが徳川のことを思う時だけ、熱を持ってじわりと視界が歪むのみだ。
もし、徳川の思いに答えられる日が来るとしても、それは相当先のことになるだろう。もしかしたら一生来ないかもしれない。
とうとう堪え切れずに左目からぽろっと涙が落ちた。
頬を伝う妙な生温かさに嫌悪感を感じつつ、僕は塾へ急いだ。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color