よるはこ
2024-02-22 16:26:03
7166文字
Public mp100 徳神
 

【徳神】星のような初恋

徳神お題「初恋」、小学校低学年の徳川と神室の出会いと親友になった経緯捏造。

その日、とくがわ君は学校に通うようになって初めて寄り道をしてみました。

寄り道と言っても駄菓子屋さんや本屋さんや公園へ遊びに行くのではありません。

ただいつもと違う道を歩いて、遠回りをして帰るだけでした。

とくがわ君は真面目な子どもだったので寄り道の仕方がよく分からなかったのです。





その日の朝、とくがわ君はささいなことでお母さんとケンカをして「いってきます」も言わないまま家を飛び出しました。

自分が悪いということ、帰ったら「ごめんなさい」を言わないといけないこと。

頭では分かっていても胸の中にあるもやもやした苛立ちをどうしても消化できずにいました。

それが家から足を遠ざけている原因です。




夕焼けでなにもかもがオレンジ色に染まっています。

初めて歩く川沿いの道は知らない街のようです。

さみしい気持ちになったとくがわ君はうつむいて歩きました。

小石をけって、小石を追いかけて、草むらに消えたらまた新しい小石をけって、ゆっくりゆっくり歩きました。

もう数えきれないほどの小石を草むらの中へ葬ったころでした。

水と風の音だけの道に、聞きなれない楽器の音が響きました。

思わずとくがわ君は顔を上げました。

あいかわらず辺りは知らない街でした。

けれども、川の水面が、遠くの建物の窓ガラスが、風になびく木の葉が、オレンジの光でキラキラと輝いていることをその時初めて知りました。

夕日でさまざまなものがきれいに瞬いている中に、響き渡るその音はとくがわ君の身近な楽器のどれにも思い当りませんでした。

リコーダーよりもすきとおって、ピアノよりものびやかな、とても美しい音でした。

うつむくことに飽きたとくがわ君は、その音がどこから鳴っているのか探しに行こうと思いました。

眩しい水面に目を細めながら草むらの坂を小石のように駆け下りました。





その音は少し歩いた先の橋の下のから聞こえてきました。

橋の下とは暗くてじめじめと苔むしているところだと、とくがわ君は思っていました。

けれども、奏でられる音楽と差し込むスポットライトのような夕日が陰気な橋の下を特別な演奏会場にしていました。

その会場にはとくがわ君と同い年くらいの男の子が一人、バイオリンを弾いていました。

まわりには誰も居ません。

とくがわ君が居なければ他にその演奏を聴いているのは虫か魚だけでした。

近くで聴くバイオリンの音はより一層美しかったのですが、どこかたどたどしく、たまに引きつったような音が出てしまっています。

それでもとくがわ君は目を輝かせてその音に聴き入りました。

つたない演奏よりも、男の子のひたむきな気持ちがバイオリンの音を通してひしひしと伝わってきたからです。

やがて曲が終わり、すぐに次の曲へ移りました。

それはとくがわ君がよく知っている曲だったので、思わずその曲名を口走りました。


「きらきら星だ」


男の子はひどくおどろいたようで演奏を止めてとくがわ君の方を見ました。

その顔を見てやっと、とくがわ君はその男の子が誰だかわかりました。

同じクラスのかむろ君です。

かむろ君は授業で黒板にすらすらと答えを書いたり、テストでいつも100点をとっている、とても頭の良い子でした。

けれども親しい友だちと話していたり、笑っているところをとくがわ君は見たことがありません。

今だってとくがわ君を見て、一人で難しい本を読んでいる時のようなしかめっ面になりました。


「あ、じゃましてごめん、かむろ君。もうしゃべらないから」


とくがわ君の声を遮るようにかむろ君は言います。


「いいよ、とくがわ君。もう今から帰るところだから」


そう言ってバイオリンを足元の黒いケースに仕舞いました。


「そうなの?もったいない

それ、どういう意味」

え?」

「どういう意味かって聞いてるんだけど」

せっかくきれいな音楽が聞けたのになって意味だよ」


とくがわ君は戸惑いました。

かむろ君の目線や言葉になにか刺々しいものを感じたからです。

怒らせてしまったのだろうか、いきなり声をかけて悪かったかなと、とくがわ君は少し後悔しました。

かむろ君は小学生らしくない卑屈な笑顔を浮かべて、鼻でとくがわ君のことを笑いました。


「お世辞とか言わなくていいよ」

「えおせじ?」

「ぼくの家がお金持ちだからゴマ擦ってるんだろ?」

ごま?」

「そういうの、いいから。バイオリンだって下手なの自分でよく分かってるし」

「そんなことない!」


とくがわ君は思わず大声で否定しました。


「かむろ君!おせじって何?」

「へっ?」

「おせじって言葉まだ習ってないから分からない!」


自分の無知を恥じず、堂々としているとくがわ君にかむろ君は呆気にとられてしまいました。

かむろ君は、頭の悪い子や、それをまだ子どもだからと言う理由で努力しない子が大嫌いでした。

けれど、目の前の真っ直ぐすぎる真摯な表情は今までの大嫌いな子たちとは何か違うような気がして、得意な嫌味すら言えなくなったのです。


「だけど!かむろ君のバイオリンが上手できれいなのはおれでも分かる!!!」


真っ直ぐなとくがわ君の言葉はかむろ君の胸へ矢のように突き刺さりました。

撃ち抜かれた衝撃がかむろ君の胸の中でいっぱいに広がって、喉から頭へ上っていき、やがて目から涙として溢れてしまいました。


「え……なんで?」


戸惑うかむろ君の両目からコップをひっくり返したような涙が流れて、頬を伝って夕日にきらきらと光ります。

とくがわ君のその言葉は、かむろ君がどれだけ頑張ってもどれだけ欲しがっても得られなかった言葉でした。

本当に言って欲しかった相手は家族からだったのに、何故ただのクラスメイトのとくがわ君から言われてこんなにも涙が溢れて仕方がないのか。

かむろ君はその理由も分からず、どうしていいかも分からないまま、止まらない涙を拭うしかありませんでした。

一方のとくがわ君は自分の言葉でかむろ君を泣かせてしまったことよりも、そのきらきらと光る涙にただ目を奪われていました。

かむろ君の大きな瞳に溜まる水。

まばたきする度に睫に乗る小さな水玉。

薄い頬を伝って落ちる水滴。

かむろ君の涙全てが夕日色の宝石のように輝いていることに、とくがわ君はただ口をポカンと開けて見惚れるしかありませんでした。

何故、褒めたのにかむろ君は泣いているのか。

理由は何も分かりませんでしたが、川の水面や窓ガラスや木の葉よりずっとずっと綺麗だなと、ぼんやりととくがわ君は思いました。

お互いに訳も分からないまま、かむろ君の泣き声だけが響きます。

とりあえずとくがわ君はかむろ君が泣き止むまで余計なことは言わずに待っていようと思いました。

けれど、かむろ君はその沈黙のせいで泣けば泣くほどいたたまれない気持ちになりました。

遂に耐えられずにとくがわ君から走って逃げ出してしまいました。

バイオリンのケースを抱えて走り去る背にとくがわ君は別れの言葉を投げました。


「かむろ君!!またあした!!!」






かむろ君の背中が見えなくなったころ、知らない道を歩くさみしさもお母さんへの苛立ちもすべて消え去っていることにとくがわ君は気が付きました。

代わりにとても綺麗な光景を見た後の晴れやかな気持ちに満たされつつ暗い家路を急ぎました。

家に帰ったとくがわ君は素直にごめんなさいとお母さんへ謝ることができました。

お小言を言われている間、とくがわ君はずっと上の空でした。

ご飯を食べていても、宿題をしていても、お風呂に浸かっていても、お布団に入って目蓋を閉じても。

あのかむろ君の綺麗な涙が頭から離れないのでした。

眠れないとくがわ君は部屋のカーテンを開けて夜空を見上げました。

淡い棘をゆらして光る星を見ても、やっぱりかむろ君の涙を思い出してしまって仕方がありません。

あの時聞いたバイオリンの旋律を口ずさみながら、かむろ君の涙に似た星をしばらく眺めていました。





次の日、とくがわ君は学校でかむろ君と話をしようと何度も呼びかけました。

けれども、かむろ君は怒っているような悲しいような顔をしていつもどこかへ逃げてしまいます。

仕方がないのでとくがわ君は手紙を書いてかむろ君の靴箱へ入れておきました。

かむろ君がその手紙に気が付いたのは放課後のことです。


『はしの下でまってる。 とくがわ』


ノートの切れ端と鉛筆で書かれたその手紙をかむろ君はぐしゃぐしゃに丸めて投げ捨てようとしました。

振り上げた握りこぶしは震えるばかりで手の中の物を中々捨てられません。

結局そのままポケットへ入れて急ぎ足で家へ帰りました。

バイオリンの才能がなかったかむろ君は、新しく絵画のおけいこが始まったからです。





放課後、とくがわ君は橋の下で門限ぎりぎりまで待っていましたが、かむろ君はとうとう来ませんでした。

その次の日も、その次の次の日も、その次の次の次の日も。

とくがわ君はかむろ君を待ち続けました。

時折、なんでこんなに待っているんだろう、無視されているのだから諦めればいいのにと思う時もありました。

けれど、そう思う度に、かむろ君のひたむきな演奏と綺麗な涙が思い出されて、橋の下から離れがたくなるのでした。





そうして待ち続けていたある日のことです。

その日のとくがわ君は本を読みながら待っていました。


「まだ待ってたのかキミは」


後ろから声が聞こえました。

ずっとずっと待っていたかむろ君の声です。

けれども、あまりにも待ちわびたことと呆れられたようなセリフに、少しムッとした表情で振り返りました。


「学校じゃ話してくれないからだろ。なんでむしするんだ」

「別に、ぼくなんかと話さなくたっていいだろ。とくがわ君は他に友だちがいるじゃない」

「おれはかむろ君と話がしたいんだ。ほかの友だちはかんけいない」


その言葉に思わずはにかんでしまうのを必死に我慢した無表情のかむろ君はとくがわ君の隣に座ります。

とくがわ君はお礼を言いました。

どんなに待たされても、呼び出したのは自分で、かむろ君は来てくれたからです。


「来てくれてありがとう」

……気が向いただけだよ、それで話ってなに?」

「この前のことだけどなんで泣いたんだ?おれはちゃんとほめたつもりだったけど」

「それはなんでだろう、あの時は急に涙が出て今でもよく分かんないな」


かむろ君は嘘を吐きました。

本当は褒められて嬉しかったからですが、それをそのまま言うのはなんだか格好悪い気がしたのです。


「そうかかむろ君にひどいこと言ってしまったわけじゃないなら良かった。それだけどうしても気になったんだ」

一応聞くけど、もしかしてそれだけ聞くために何日も待ってたの?」

「そうだよ」

へぇ」


かむろ君は嘘偽りのないとくがわ君の目を見て、綺麗だなと思いました。

ただ幼いだけの純粋さだけでなく芯の通った強さがあるのです。

それに比べてすぐにつまらない嘘を吐いてしまう自分を少し恥じました。


「今日はバイオリンひかないの?」

「弾かないよ。これは絵の具ケース。これから先、一生弾くことはない。ぼくはバイオリン辞めたんだから」

「え?そんな、なんでやめたんだ。あんなに上手なのに」

「上手じゃないよ。だって一番になれなかったんだから」

「一番?」

「大人が決めた一番だよ。ぼくは才能がなかったから選ばれなかったんだ」


かむろ君は立ち上がって、あの日、一心にバイオリンを弾いていた場所に立ちました。

あの日と同じように夕日がスポットライトのように差し込んでいるのに、かむろ君にだけバイオリンが足りません。


「あの日が、最後のレッスンの日だったんだ。発表会に出る子を先生が決める日で僕は選ばれなかった。5才の時から始めたのに結局一回も名前を呼ばれなかったよ。才能がないって、諦めなさいって言われたんだ」

「でもかむろ君はがんばってるじゃないか」

「そんなの一番じゃなきゃ意味がない」

「おれはかむろ君が一番だと思う」

「それはキミがバイオリンをあまり聞かないからだろ。キミだって他の上手な人の演奏を聞けばぼくの演奏なんてとても聞けたものじゃないって気づくはずさ」

「ちがう!バイオリンはかんけいない!」


思わずとくがわ君はかむろ君に駆け寄ってその顔を正面から見つめました。

かむろ君の小学生にしては疲弊している顔を見据えたその時、とくがわ君は気が付きました。

とくがわ君がかむろ君を一番だと思う理由、あの時かむろ君が泣いた理由。

それはかむろ君が本当に一生懸命に頑張っていて、そしてそれが正当に評価されていないからでした。

どれだけひたむきでも、一番の結果を出さなければ報われない状況にいるということはとても辛く悲しいことです。

とくがわ君はかむろ君のそのひたむきさに応えたいと思いました。

けれど、子どものとくがわ君はそれを上手く言葉に表現できませんでした。

もどかしさを感じながらも、ただ真っ直ぐに自分の言える限りの気持ちをかむろ君にぶつけました。


「バイオリンは、かんけいなくて、かむろ君はがんばってるから、おれの中で一番だ!かむろ君にとって意味ないかもしれないけど、それでもおれはこれから一生かむろ君が一番だって思う!ぜったいにだ!」


かむろ君はたじろぎました。

いつもだったら同い年の子どもの言うことなんてどれも戯言で、鼻で笑って一蹴できるものでした。

今のとくがわ君の言葉だってなんだかあやふやで年相応の勢いだけの言葉だと思いました。
けれど、とくがわ君の目はいつだって真っ直ぐにかむろ君を刺して、その真摯さにまた泣きたくなるのでした。


「なんでなんで十年も生きてない子どものキミがそんなこと言えるんだキミやぼくの何倍も生きているおとなが、強くて聡明なおとなが、ぼくのこと一番じゃないって言うんだ。キミのそれはかんちがいだ。おとなの言うことが正しいに決まってる」

わかった、じゃあ」


正直なところ、とくがわ君はよく分かっていませんでした。

なんで気持ちは本物なのに勘違いなどと言うのか、上手く伝えられなくて歯痒くなるばかりでした。

かむろ君が欲しいものは、大人からの評価で、子どものとくがわ君にはかむろ君の頑張りに対して差し出すものが何もないのでした。

それでもひたむきなかむろ君の傍に居たい、応援したいと思ったのです。

かむろ君は一番だと、それを証明する方法をとくがわ君はひとつしか思い浮かびませんでした。


「親友になろう!」

「えっ!?……親友?」

「一番の友だちってことだ!これから先、ずっと、おれの一番がかむろ君だ。大きくなって、かむろ君の言うおとなの何倍も強いおとなになって、それでかむろ君のこと一番だって言ったらかんちがいじゃない、本当のことになる。だから、おれの親友になってほしい」

「そんなそんな、急に親友なんて言われても

「いやならいいんだ、むりしなくていい」

「いっ


かむろ君は混乱しました。

いきなり何を言い出すのだろうこいつは、と内心毒づきました。

それは、一番だと言われたことも親友になろうと言われたことも初めてのことで、あまりの嬉しさに舞い上がってしまいそうなのを、毒づくことで抑えようと必死なのでした。

またあの、真っ直ぐな目がかむろ君を見つめています。

目をそらせないまま、真摯な目線に刺されたまま、かむろ君は安堵していました。

かむろ君はいつだって、こうやって誰かに真剣に見てもらうことを求めていたのでした。

根拠なんて全くないのに、それだけでとくがわ君なら大丈夫、心配ないという安心感が湧いてきて仕方がないのでした。


「やじゃない

「そうかよかった。じゃあ、今日からおれたちは親友どうしだ」


よろしくと、とくがわ君は手を差し出しました。

かむろ君もおずおずと手を出してぎゅっと手を握り合いました。

一番も親友も握手も初めてづくしで、それなのに胸の中をあたたかい感情が広がるのを感じて、思わずかむろ君は顔が綻んでしまいました。

初めてかむろ君のゆるんだ顔を見たとくがわ君は、年相応の幼さを感じて、また見惚れてしまうのでした。


「かむろ君、もっと笑ったほうがいいと思う」

「え?今ぼく笑ってた?なんかこういうの初めてだからえへへ


かむろ君のその笑顔に、とくがわ君は何故か心臓が締め付けられるように苦しくなるのを感じました。

あまり見ていると息がし辛くてたまらないので、目をそらして、照れ隠しのように話を変えました。


「そうだ、親友なんだから今から君づけはなしにしよう、神室」

「え?う、分かった、と、徳川」

「いっしょに帰ろうか」

「うん」


もう夕日は沈み切って空の半分は星がきらめいています。

星空の下の二人が、その日の出来事を、安堵や苦しみの理由を『初恋』だということに気づくのは、あと何年も後のことでした。