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よるはこ
2024-02-22 15:54:04
5172文字
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mp100 徳神
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【徳神】微熱不足
徳神お題「風邪」王道BL、両片思い。
目蓋を閉じていても眩しい日の光にたまらず身体を起こした。
見るとカーテンからもれた光が机の上の時計に反射して枕辺りを照らしていた。
暑い筈だ。
俺は汗を吸った寝巻を着替えるため、額から剥がれかけたぬるい冷却シートを剥がしつつベッドから這い出た。
カーテンと窓を開けて部屋の換気をしている間に汗を拭き、新しい寝巻に着替え台所へ行く。誰も居ない。
テーブルに置いてある母の書置きを読む。仕事へ行ってくること、お昼は冷蔵庫の中にスープとうどんがあること、受験生だからと言って絶対に無理して勉強するな寝ていろ等が書かれていた。
電子レンジでスープとうどんを温めて食べる。
食べつつ、今朝、一目で熱がある顔をしているにも関わらず、こっそり解熱剤を飲もうとしたところを母に見つかり雷を落とされ気が付くとベッドに寝かされ脇に体温計をねじ込まれ額には冷却シートが貼られていたことを思い出した。
その時の母の顔を思い出して、なんだかひどく申し訳ないような有り難いようなむずがゆい気持ちになり、とりあえず用意されていた昼食を残さず食べた。
今朝の体温はよく憶えていないが確か八度過ぎくらいだったと思い、もう一度熱を計る。七度八分だった。
良かった、下がっている。今日一日寝ていれば明日には平熱に戻るだろう。
インフルエンザでもないただの風邪なら解熱剤で無理に熱を下げるより一日寝て休む方が回復が早い。
頭では分かっていても今日だけはどうしても、どうしても登校したかった。
後片付けもほどほどに綺麗な空気に換気された部屋へ戻る。閉める窓の外は天気の良い昼下がりでひどく眩しく今度はカーテンを隙間の無いように閉じ直し、またベッドに横たわり目を閉じる。
今頃、学校で神室は何をしているだろうか。熱で霞がかる頭で取り留めもなく神室の事を考えたが、腹の中から身体が温まったことと新しく貼りなおした冷却シートの心地よい冷たさですんなりと眠りに落ちてしまった。
夢を見た。夢と言うより、もう何回も反芻した数週間前の過去である。
いつものように生徒会室へ行くと神室が一人、常時濁っている眼が更に濁りきりその下の頬の色も更紙の様な有様で呆けたように座っていた。
声をかけるも反応が無い。紙の様な頬は触れれば穴が開きそうで空恐ろしく肩を叩くことも出来なかった。
何度も呼びかけるとようやく神室はこちらに気が付いた。
―
やぁ、とくがわ。はやいじゃないか
いつも通りの挨拶、いつも通りの笑み、神室はそのつもりなのだろう。
だがどこか舌足らずな発音とぐしゃりと潰された様な顔は明らかに無理をしているようだった。
―
神室、お前今日は殊更に顔色が悪いぞ。どうしたんだ
いつもいつも限界まで我慢しているのにこれ以上何かあったら死んでしまうかもしれない。
出来得る限りそっと、神室の肩に手を置き、ギョッとした。
神室の身体は学ランごしでも分かるほど熱かった。
膝をついて腰を下し椅子に座っている神室と目の高さをを合わせる。濁る目は熱で潤んでいて今にもどろりと溶けだしそうだ。
手の甲で神室の頬やこめかみや額に触れる。いつもは大げさに嫌がったり恥ずかしかったりするが、今はまるで無抵抗に触れられるがままだった。むしろ冷えた俺の手が心地いいのか目を細めてさらに頬をすりつけてきた。
やはり熱い。
―
熱があるな。保健室に行こう。立てるか?
神室は俺の言っていることがよく分かっていない様子で手の甲から頬を離し眉をひそめた。
―
ねつ?そんなものはない。かいぎのあとはじゅくなんだぞ。ばかじゃないか?
唐突に馬鹿にされ多少面食らったものの、筋の通っていない発言にだいぶ参っていることを確信し、神室を背負った。
椅子に座っていた上に神室の軽い身体は楽に背負えた。
わっと驚いた後におろせ、ばか、と抵抗していたが大したことはなく熱の上がった身体はすぐに静かになった。
―
馬鹿なのはお前の方だ。保健室へ行くぞ
そのまま保健室へ向かおうとしたがふと思い立ち、黒板に二人で会議に遅れる旨を走り書いて生徒会室を後にした。
生徒会室から保健室へ行くには階段を下りなければならない。
思えば人を背負って階段を下りるのは初めてのことだった。まして背中にいるのは神室だ。
慎重に一段一段下りる。神室と触れている背中全体が熱い。汗ばんできた。
幸い校舎に残っている生徒も少ないのか誰ともすれ違うこともなかった。
踊り場に足をつけ一息ついた頃、
―
とくがわ
熱い吐息が耳のすぐ下の首筋に当たり、ぞくりとする。
学ランでよかった。もしこの吐息が首筋を下り鎖骨にまで届いていたらどうなっていただろう。
想像して喉を鳴らす。そしてなるべく普段通りの返事をした。
―
なんだ、神室
―
……
ありがとう
そう言って照れているのか肩に額を押し付けて俯いた。
神室からこんなに素直な言葉を聞くのは久しぶりかもしれない。
だいぶ弱っているようだ。
―
これくらい当たり前だ、親友だからな
自分で言って疑問が残る。親友とはなんだ?心から打ち解けあった親しい友人のことだ。
親友なら触れたいと思うことも首に吐息が当たって動悸がすることもあるのだろうか。
一段一段ゆっくり階段を踏みしめるように考える。
手の甲で頬に触れた時拒絶されず安堵したこと。
背中で身を委ねきっている重さが心地いいこと。
ありがとうと言われた時嬉しさのあまり有頂天になりそうだったこと。
一つ一つの感情が親友だからでは説明できない。この気持ちはどこからくるのだろうか。
答えは出ないまま保健室の前まで辿り着いた。
その扉を開けようと手を掛けた時、
―
とくがわ
神室がその問の答えをすんなりと呈してくれた。
―
すきだ
その声はあまりにも小さくかすれていてうっかりしていたら聞き逃していたかもしれない。
思わず息を飲み、逡巡した。
反射的に俺も好きだと口走りそうになる。しかしそれは出来なかった。
待て、男同士だ、受験生だ、もっと保守的になれ、という考えが飲んだ息を捕まえて放さない。
神室が好きだという気持ちと神室も俺の事が好きだという事実と守りに入りたい臆病な考えがぐるぐると混ざり合い、ついに頭の中は真っ白になった。
そして、返事もしないまま手に掛けたその扉を思い切り開けてしまった。
振り返った養護教諭と目が合った瞬間、しまったと思った。
背中から伸びて首にしがみついていた神室の腕の力が少しだけ、ほんの少しだけぎゅっと強くなった。
それがまるで責めているように感じて、養護教諭に神室を任せると早足で生徒会室へ戻った。
逃げてしまった。罪悪感で胸が痛い。言葉もなく締めた神室の腕がまだ首と肩に残っているようだった。
生徒会会議を即行で終わらせ保健室へ行くと神室はもう居なかった。養護教諭の話だと解熱剤を飲んでしばらく休んだ後そのまま帰ったらしい。
きっと塾へ行ったのだろう。
自分が思いのほか臆病者だと知ったその日の夜はなかなか寝付けなかった。
次の日の神室はこれと言って変わったこともなく、昨日ほどではない顔色の悪さで保健室へ連れて行ってくれたこと、会議に出られなかったことを二言三言礼と詫びを言っただけでそれっきりだった。
告白とは本来、打ち明けてしまった以上、大小良し悪しかかわらず二人の関係が変化してしまうものだ。
しかし俺は逃げてしまった。あんなに小さくかすれてそれでも潔く神室と俺の気持ちを形にしてくれたあの告白を無かったことにしてしまった。
悔やんでも悔やみきれない。
なぜあの時、聞こえなかったふりをしてしまったんだろう。
なぜ一言「俺も好きだ」と言えなかったんだろう。
こうして苦しんでいる反面、どこか親友のままで安心している自分もいる。
男同士の恋だ。きっと中学生の身空では想像もできないような苦難もあるかもしれない。
受験勉強の片手間に同性愛者についても調べたりもした。
神室と学校で二人きりになる機会があれば告白しようとも画策した。
しかし、いざその瞬間になると頭の中が保守的な考えでいっぱいになり結局何も言えないままでいた。
日に日に増していくばかりで一向に伝えられない神室への思いと迫る受験勉強の板挟みにとうとう自分の中の許容量を超え、体調を崩した。
情けなさの極みだ。よりにもよって今日、神室との勉強の約束をした日に限って発熱するとは。
いつもいつも逃げてしまっている自分への罰だろう。
夢のなかでさえもこうやって後悔に苦しめられている。
神室はどんな気持ちで俺にすきだと言ってくれたのだろう。
それからは夢特有の無秩序で神室の様々な表情や声が浮かんでは消え浮かんでは消えていった。
そして最後に後ろから抱きしめられるような首を絞められるような感覚で夢は終わった。
「オハヨー、徳川」
神室の夢から覚めると目の前に神室が居た。ベッドに肘をついてこちらをニヤニヤしながら見下ろしていた。
寝起きの頭は驚くより、あぁ、神室が居るなとただただ認識するだけだった。
「この僕との約束を破るなんてひどいじゃないか」
ぼんやりとしたまま特に反応のない俺に学校帰りであろう神室は立ち上がりつつ、かまわず話しかける。
「はいこれ、今日用意してた徳川の第一第二志望校の過去問と小論文対策と面接質問集。明日の朝から目を通すぐらいしといてね」
どさりと紙の束や冊子を机の上に置く。重そうだ。
わざわざ少しでも早く届けるために来てくれたのか。
「今日一日の遅れは明日二日分頑張れば十分間に合う。最近キミ調子悪いけど、まぁ僕がいれば造作もないことだ」
そう言って不敵に笑う。元気づけているのだろう。
「しかし、キミの家は不用心だね。キミが留守番しているといっても風邪で寝込んでいるなら鍵をかけるべきだ。まぁ勝手に上がり込んだ僕が言うことじゃないけどね」
そこでようやく身体を起こす。また額のシートが剥がれるのが分かったが気にせず神室の方へ身体を向けた。
「ちょ、ちょっと徳川。無理して起きるな寝ていろ。おでこのシート、剥がれてるよ」
発熱のせいだろう。神室に対して一番言いたい言葉しか頭に浮かんでこなかった。
それをそのまま口にする。声にして形にして伝えた。
「神室、今日はわざわざ来てくれてありがとう」
「そんな大したことじゃない。いいから寝てろって」
「好きだ」
「へっ!?」
「結婚を前提に付き合ってほしい」
「えぇーーーー!?」
言ってしまった。生まれて初めての告白を寝巻のまま、剥がれたシートに前髪が絡まったまま、熱で頭がろくに働かないまま、勢いのままに言ってしまった。
神室は口元を手で押さえ、固まったまま動かない。ただ眼ばかりがぱちぱちとまばたいてまるでツチノコでも発見したかのようにこちらを見ている。
返事を促した。
「神室」
「ひっ!」
びくりと身体を震わせた。呼吸が荒くなり肩が激しく上下している。
「えっ、えと、えーと?徳川、僕
…
僕は
………
」
目線があちこちを泳ぐ。たまに目が合うがすぐに目を逸らされる。
多分、今の俺の顔がものすごく圧が強くなっているからだと思う。
神室はとうとう真っ赤になって俯いてしまった。
「お、お、お」
おもむろに顔を上げた。目をぎゅっとつぶり耳まで真っ赤な顔で叫んだ。
「おだいじにっ!!」
そう叫ぶと部屋のドアも開け放ったままものすごい音を立てながら走って帰っていった。
神室もあんなに早く動けるんだなと思ったままベッドへ倒れ込む。
あの日からずっと伝えたかった思いを伝えた。なんともあっけなくそして晴れやかな気分だ。
だが神室はきっと、さきほどの告白を熱に浮かされた戯言だと勝手に解釈して明日もいつも通りに接してくるだろう。
神室も逃げた。返事は保留どころか告白自体が無効になった。無かったことになった。
このまま互いの気持ちを分かっていても気付かない振りをして高校受験まで親友同士の中学生として過ごす。
今はそれで良いと思う。
忙しないことも煩わしいことも一通り片付いた頃にまた俺の方から告白しよう。
それから先の事は二人で話し合って考えて決めていけばいい。神室とならどうとでもなるような気がする。
先に逃げてしまった者としてきちんと責任をとらなければ。
それにはまず、寝て風邪を治さなければならない。
『明日もいつも通り』に神室と受験勉強なのだから。
自然と頬がゆるむ。こんなにも勉強が楽しみになるとは思いもよらなかった。
もうあの日の夢を見ないで済むだろう。安堵して目を閉じ、神室のことを考える。さっきの真っ赤な顔の神室はだいぶ可愛かったと思いながら眠りについた。
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