辺り一面が海に囲まれた黒楽園の中心部にはかつて、巨大な像が建てられていた。
手を繋ぎ帰宅する途中のリボンで胸元を彩る少女らが首を九十度真下に伸ばし、更にバレリーナさながらのポアントでぽっかり空いた大穴を見つめても体重を受け取る爪先がキリンの身長を超えるよりも早く悲鳴をあげて、欠けた石像の代わりに自身の姿ばかりを水面に照らし出すばかり。海中に沈む像の残り香は2.0の視力でも見つけるには困難を極めた。
かつてこの国を造ったとされる女神を模る石の像。姿形は曖昧でただ一つ断言できる確かな事は、岩肌が漆黒である点、それだけ。
曰く人は、見えないものを想像する力に長けているのだと言葉を遺したのは誰だったか。少女達も生物としての有り様に倣い、完成された女神の姿をボコついた凹凸のある画用紙の上で空想を広げ、くふくふと友だちと顔を見合わせては笑いあう。
そんな誰もが一度は通る空想遊びが国中に蔓延する程度には、像に由来する何もかもは曖昧で、その実本当のことを知っている人間は少なくともこの国には何処にもいない。勿論黒聖の国が誕生した当時にでも遡ればわかる事もあるのだろう。だが、今を生きる者達にとってそれは御伽噺と違わない、遠い昔の歴史の断片。
能天気で細かいことを気にしない性格の住民が多くを占めているこの国はいつだって今に夢中で真相は真っ暗な夜の奥深くに放っておかれたままだ。
不思議なことに少女達は、魔法少女として覚醒した瞬間からそんな不確かな断片を追い求め、多少の意識の違いはあれど突き動かされるように国中に散らばった像の破片を集める。
それが時に命を落とすほど危険な役目だとわかっていたとしても、本能とでも言うのだろうか、そうする事がさも当然だと言わんばかりに組み込まれたシステムは随分前から変わることなく少女を歯車として正常に機能していた。
鉄の輪たる彼女らを正常に動かす為に学校はいつからか魔法少女たちの活動を支援する体制を取るようになり、警備を任されている少女には午後からの登校を許可したり、保健室を常時解放していたりと学舎以外にも魔法少女の基地としての在り方を確立させていった。
少女達の存在はそれが許される程度には重要であったし、また、少女達にとってもそれくらい融通が効かなければ放課後にたっぷり遊んだ後の投げ出したくなる宿題のように憂鬱な夜が訪れていた事間違い無いだろう。
・ ・ ・
「おっはようございます〜!」
「うん?
………カスミだ、おはよう。もうお昼だけどね」
「えへへ
…でもでも、私の1日は始まったばかりですから!」
昨夜の警備を何事も無く無事に完了させた後(ほんのちょっぴりだけ危なかったけど
…)家路につき、泥に沈むように睡魔に身を任せていたら1日はとっくにスタートを迎えていた。
正直に行きたくない気持ちが湧き上がってくる重量二倍の身体と、学校で待っているあの子との遊びの約束、何よりも自己の大部分を占めるスクープを逃したくない三つの気持ちが織り混ざって、もやもやした霧みたいな、白く霞がかった選択肢が布団の内側で私と一緒に悶えている。
目を閉じながら手元に置かれた選択肢を天秤にかけた末、重力に従い落ちたのは『今日頑張って学校に行って、明日は沢山寝よう』の重石だった。
そう、なんといっても今日は金曜日。つまり明日は学校も警備もなんにもない完全お休みデー。もしかしたらお出かけの用事に変わるかもしれないけれど、睡眠時間は確保できるはず。そう意気込んで次の試練である温もりが心地いい布団の中からどうやって抜け出そうかと悩み、すでに15分が過ぎようとしていた
……ええい悩むよりも行動だ!
自ら剥ぎ取った掛け布団が宙を舞い、地上に落ちるまでの間に素早く身を起こして眠気覚ましに目を擦る。掛け布団の上で丸くなっていた相棒をついでに振り落としたのに気づいたのは、軽やかな着地を知らせる足音が背後から聞こえた後だった。
滅多に鳴き声を上げない相棒から声以上に重たくのしかかる抗議の圧力に屈してお風呂上がりのブラッシングを一段と丁寧に行なう約束を交わしてなんとか機嫌を取り戻せて一安心。開口から大きな試練をいくつも突破していき、学校へたどり着いた頃には時計は既にてっぺんを過ぎていた。1日に2回訪れる針が太陽の方向を指し示す時、つまり12時を回ったらお昼ご飯の時間だ。時計の家から小鳥の鳴き声が聞こえたらそれが合図。
夜の12時にも起きていたから警備の日は普段は怒られる夜更かしを堂々と達成できた気がして、疲れなんて忘れるくらい誇らしい気持ちになる、気がする。
るんるん、るん_________
身体が弾む衝撃に合わせてカバンが音を立てている。胸元にかけられたカメラは揺れて壊れないように手で固定する事は忘れずに。お小遣いを叩いて買ったマイク付きのデジタルカメラは実のところ2代目で1代目はバキバキに壊れてしまいそれはもう長い時間落ち込んでいた。
今度こそ壊してしまったら立ち直れない、そうカメラに意識を向けていたら背後からやってきた学生に気づかずにぶつかってしまった。その瞬間、相手の手元から滑り落ちた水筒。
興奮冷めやらぬ中で冷や水を浴びて正気が時速40kmの勢いをつけて帰ってきた。
思わず口を開き「デジカメがぁ!!」と声を荒げてしまった。急に発せられた声に学生達から視線を集めているのにも気付かないまま慌て確認する為に食堂へと駆け込んだ。
とにかく近場の荷物置き場にカバンを置いて中身を確認する。筆箱、教科書にノートが何冊かと相棒用のブラシ。その隙間を埋めるようにして収納されたハンカチを見つけ出すとそれはそれは丁寧に水分を拭き取った。
デジタルカメラを手に取り隅々まで確認する。買い替えてからは表面に欠けたところもなく、少し大きくて重たいのも一周回って手によく馴染んだ。スクープを激写する時とはまた違った焦燥感に包まれつつ電源を入れてみた。とく、とく、鳴る脈の鼓動が手に伝わってちょっぴり震えてる。
…暗転した画面はお決まりのロゴマークを映し出した後、全く問題なく、レンズが向けられている石造りの床を写し出した。
何枚か試し撮りをしてみたけれど変わらない精度の写真を見て先ほどの鼓動は何処へやら、安心で脱力しきった身体は頃合いを見計ったように腹の音を盛大に奏でた。それを区切りにするかのように集中のあまり途絶えていた周囲の様子が目に入るようになってきた。
今日も食事中の生徒から、食事が終わって話し込んでいる生徒まで色んな人でごちゃ混ぜになっていて賑やかな繁盛時の食堂。人が沢山集まっているところにはスクープの予感も沢山散らばっているから、とあちらこちらに聞き耳を立てるついでに自分が座れる席も探していると、明らかに異様な雰囲気を纏った席が。
あれはもしかしなくとも
……と近寄ってみるとその異形さは輪郭を色濃くしていった。宴会でも開いているのかと見まごう、机丸々一つを占領する料理の数々はもはや『山』と形容しなければ不敬にも思えてくる。
背中越しでの対面で、表情が見えないながらもあの人だったらテンションの一つも変えずにペロリと平らげてしまうのだろうし、現に、定番野菜がごろごろと入ったカツカレーをスプーンで掬う手は発見した当初からスピードを落とす事なく口元に運ばれ続けている。
デミグラスのソースがかかった大人の握り拳大もあるハンバーグ、綺麗な卵の膜に包まれたオムライスは視覚でも、嗅覚でも食欲を掻き立てる。綺麗に完食されているラーメンの空になったどんぶりを隅に寄せて大盛りの焼き魚定食に手を付けようとおぼんを引き寄せる先輩の食事は止まることを知らない。
食事風景見かけるのは初めてでは無いにしろ、机上に並べられた膨大な量の食事を口に含んでは咀嚼を繰り返す少女の決して大きくはない口の一体どこに料理が消えていくのだろうか、今は背中に大きな口を持つ2匹の魚の影も形もないというのに、何度見ても不思議な光景だ。
先輩のお腹の中には何か秘密があるのかもしれない、例えばウシみたいに胃袋が沢山あったり、もしかして
…ブラックホールと繋がってるのかも?なんて、良い記事になりそうなネタ集めは勉強なんかよりも余念なく行われる。
「お隣、いいですか
…?」
「うん、どうぞ。
…次の授業には参加するの?ボクはまだ時間に余裕があるから大丈夫だけど」
腹拵えもしたし、絶対寝ちゃうな〜と呟く少女は食事姿と同じくらいに良く眠る姿を目撃される事で有名だ。私の情報網にも道端で眠っていたり、校内の片隅で生えている草を食べてはノートに何かを書いているいるらしい
…という情報がたびたび流れてくるくらいには。
「次は体育だからちゃんと出席しますよ!こんな事もあろうかとちゃんと中に着てきてます」
特別好きというわけでは無いけれど、運動能力には自信がある。それに頭から抜け落ちる座学に比べたら何千倍も有意義な授業だ。
だからと言って油断していては、食事の時間も無くなってしまう。小学生に上がりたてで律儀に更衣室まで行っていたあの頃が懐かしい。4年生にもなると手慣れた思考でブラウスの下に体操服を仕込んで登校できる狡賢さを身に付け始めて、皆がそれぞれ楽をできる生活の小技を披露するようになっていく。
「いいね、着替えに時間をとられて食事を疎かにしたら意味無いもの」
「でも
……食べてすぐに運動するのもねむくなっちゃうなぁ
…水泳は得意だからまだマシだけど、走ったりするのはね」
「水泳ですか、むむむ
…………変身さえしてなければ
…」
エメリー先輩は水の魔法少女で水中はなんのそのだけれど、私は地の魔法少女だからか、毛並みが重くなってしまって変身した姿では上手く動けない。その逆もまた然りで、カメラとノート片手にそこら中を探索する私とは異なって、マラソンや歩くだけでも面倒くさくなって、エネルギー切れで寝てしまうらしい。
先輩が食べていた量よりは少ないけれども通常サイズより多く盛られたカツカレーを頬張りながら、続けて授業の話をしたり、この前食べて美味しかったものだったり、おすすめのお店を紹介してもらったり会話を弾ませているとエメリー先輩は「そういえば、この前聞いた噂話があるんだけど」と切り替えた。
「噂
……ですか?どんな噂でしょう
……?有名な話だったら覚えているかもしれないです!」
「確か
……学校の敷地にある桜の樹の噂だったかな」
桜の樹、その単語を聞いて最近学校で流行り始めた一つの話題が思い浮かんだ。
「死体が埋まっているって」
「恋が叶うって」
「あれ」「えっ」
両者が同時に放った言葉は全く反対のネガポジアンサーを導き出した。
「私が知っているのは学校からちょっと離れて森林公園側に植えられてる樹の下で告白すると必ず成功するって話で
……」
誰が言い始めたのか分からないけれどもよくあるおまじないだ。平坦な地の続く公園でほっぺをつねられたように少しだけ盛り上がった丘に一本だけ植えられた樹。それは公園内唯一の桜で、小さいながらも薄桃色の可愛らしい花をつけて強く風が吹けば暖かい雪に早変わりする。薄桃の雪が舞い踊る中で告白したら、どんな人でも受け入れてしまう、ムード作りにぴったりな場所だと前々から有名な場所だった。
誰が誰に告白しただとか、呼び出したい人の話だとか内緒には欠かせない場所の一つだったから、私の記憶にも残っている。
「そう、あの丘がなんで不自然に盛り上がった位置にあるのか話になったのがきっかけで、あの下に何か埋まっているんじゃないかって噂がちょっとずつ広まり始めてるんだって」
「恋は食べられないからあんまり興味がないけど
……あの花びらは結構おいしいからね」
最後の一皿を綺麗に食べきった先輩は今度は塩漬けで食べてみたいなぁとのんびりとした口調を崩さずに告げる。
「死体じゃなくって宝が埋まってるって、いう子もいるけど
……」
「ボクの予想では桜の樹の下に埋められたのは魔法少女だと思うよ」
「そう、十字を切る前に忘れられちゃった、ガリガリでお肉が硬そうな番犬も見つけられなかった少女、とかね」
手を合わせて、ご馳走様
胃袋に収まったあらゆる命に賛辞をなげかけ席を立つ先輩。私も残りのルーを飲み込んで、眼前に積み上げられた食器を返却口へ持って行くのを手伝う為に追いかけた
・ ・ ・
本日の学校のカリキュラムも終わり、放課後の夕暮れが硝子窓から目を焼く様に差し迫る。太陽はいつだって頂上から照らすのに、月に変わる寸前まで灯火を燃やし切る。だから、夕日はこんなにも赤いのかな。
赤は緋、
バッテリー切れ寸前の色、それに蠍の心臓。
それとも、悪魔の色?
カメラを取り出し小さな相棒の首にかけ、自らはメモ帳と鉛筆を持って教室から走り出る。待ちに待った秘密を探す時間だ。今日の情報収集で得た桜の樹の噂。死体とか、もしも本当に埋まっていたら
…私が第一発見者になってしまったらどうしよう、突如訪れる非日常についていけず思考停止に陥るかもしれない。
それでも見た事もないような新しい秘密を私だけが知れる可能性があるなら直感まかせで何処までも突き進める。だって、誰にも言えなくて仕舞い込んだものがそこにあるのだから、出来ることなら私にだけこっそり打ち明けてくれれば良かったのに。
体育では男子討伐に向けたドッジボールで少々体力を使い過ぎてしまった気もするけど、そんな事では秘密を目の前にぶら下げられた少女は止まる事を知らない。この秘密に満ち溢れた世界を探索には1秒たりとも時間を無駄にすることは勿体なくてできなかった。
「噂?、知らない 知らない! カスミ 楽しい? 楽しい?」
「ユララはモグラの巣があると聞きました、聞き耳はあまり良くないので、それ以上のことは
……」
「ヒメちゃん的にはもっとキラキラしたものがいいんですけど〜ガラスでできたテディベアのボトルとか」
手始めに友達や先輩、学年も性別も問わずに何人も聞き込み調査を実施してみたけれど成果は得られず、尾鰭が付きすぎてついには好きなものを埋め始めていた。これでは号外を執筆するにしても埒が開かない。こうなったら最終手段に踏み切るしかないか
……
決心を決めて訪れたのは噂の大元。丘の上に佇む桜の樹の下
人差し指を口元に当てる
これから行う悪いことを桜には黙っててもらわなくっちゃ
目を開く
私は世界中の秘密をこの目で見つめたいから。
二つにまとめた髪は四つの房に分かれて頭には髪の色と同じ大きなおみみ。5本の指先は伸びて鋭い爪を備える、尾てい骨の名残が還るようにわたくしたちもよみがえりましょう。秘密で花束を包み隠して。
変身した少女の頭部にキツネがちょこんと座り込む。気合いを入れて意気込んだカスミは地面に伏せて繊細に音を聞きとる耳をぴたりとくっつけた。
ごおぉおぉ_____ごぉぉぉ_____________________
聞き取れたのは大地が鳴動する音、その奥に、なにか聞き慣れない音が混じっている。大きな釜でスープを煮込む音、に似ているように思ったけれど洞窟もなければ地中でそんなことをする人はいないし、それに近しい何かの音なのだろう
「相棒は聞こえた?」
尻尾を振って合図を返す、相棒にもちゃんと聞こえていたらしい。やっぱり何かこの下にあるんだ!、期待が確信に変わって衝動のコントロールがどんどんとアクセルを踏んで加速してゆく
手のひらを最大限まで大きくして音の方向を目指して土を掘り返す。魔法の力で強化された肉体は体育の疲れも吹き飛ばして、どんどんと思うままに掻き分けることができた。平行だった体が前屈みに沈み始めて樹の根っこが姿を現した頃、土が崩れていく音が聞こえた。おそらく、根が成長したことで地中に空洞が生まれたのだろう。一息に空洞へ辿り着くように力一杯掘り起こした。
「ピャァ!!」

空洞を地上へと繋げた瞬間穴の中から溢れ出る黒い影、空間一杯に押し込まれていた何千、何万匹もの羽虫の形をした敵が溢れ出した。散り散りに散らばっていく敵は相棒の半分にも満たないほどに小さくて、飛び出した瞬間にチリになって跡形もなく消えてゆく。脆弱な力しか持たない敵から受けるダメージは無いに等しかったが、目眩しのように顔にチリを振り撒いていくものだから肺にまで侵入して、咳が止まらない。
やっと治ってきたかと顔をブンブン振って粉を落とすと敵がいなくなった空洞の中から光るものが目に入った
「よいしょっと
……」
巻きつけられた包帯が解けないように取り出すと眩く輝いていた光は次第に鳴りを潜めていった。
_________私が掘り出したそれは乾燥して、カラカラに乾ききっている。よくよく観察してみるとトリの鉤爪のような形をしていた。