アキ
2025-01-04 00:18:10
1433文字
Public
 

からたち


 蝶屋敷の隅に埋まっている樹が好きだった。
 柱になってから初めて怪我を追って蝶屋敷で数日療養することになった。
柱用の療養部屋は隊士とは分けられており、蝶屋敷の角に作られていた。
その部屋から見えたのがその樹だった。ちょうどその樹に花が咲いた頃に療養部屋にいたのだが、雪のように美しく息を呑んだ。
身体を動かす事も最初はできなかったため、ぼんやりとその樹を眺めていた。
 診察に来た胡蝶にふとその樹のことを聞いてみた。
「あれは、からたちの樹よ」
「知らねぇ樹だな」
「綺麗よね。若い実が生薬になるの」
「あんなに綺麗なのに、どうして屋敷の隅にあるんだ?」
「からたちには棘があるから。隊士や屋敷の子達が怪我をしてはいけないでしょう」
少し距離があるから棘には気づいていなかった。
なるほどなぁと納得していると、胡蝶は立ち上がった。診察を終えたらしい。
俺の寝台の横に椅子を置いて、そこに腰を下ろした。
「不死川くんは、からたちのようね」
「は?」
「棘々がいっぱいだもの」
心配だわと呟きながら胡蝶は俺に両手を伸ばす。
頬から首筋に掛けて両手で触れて、優しく撫ぜる。
うっすら香る白粉と紅と香の匂いに心音が早くなる。
……やめろ。くだらねぇ」
「白いお花も咲いてるわ」
そう言って髪を撫ぜるから、眉根を寄せて溜め息を吐くしかない。
「貴方の棘は、誰かを守る為のものだから、仕方ないのだろうけれど。
 ……『貴方の白いお花』は誰なのかしら」
……そんなものいねぇよ」
胡蝶は、俺の視線の先にあるからたちに視線をやる。
「からたちの花には、『貞節』の花言葉があるの。
 棘で守られてるから、ってことなんでしょうけれど」
「じゃあ、俺よりお前の方があってるだろうが」
「あら? 私は棘なんてないつもりだけれど」
「花柱がよく言うなァ」
嗚呼、それならばちょうどいい。花から視線を逸らし、胡蝶を見つめた。
胡蝶も気づいてこちらを向いた。
「なら、棘役は俺で、花役はお前でいいんじゃねぇか。
 俺には白い花なんて似合わねぇし、お前には棘なんて似合わねぇだろ」
胡蝶はほんのりと頬を赤らめて呟いた。
「つまり不死川くんが私の操を守ってくれるの?」
「はァ!?」
そんなつもりはないが、確かにここまでの話の流れだとそのように勘違いされても仕方ない。
こちらまで顔が熱くなる。
「俺に、そんな役目は、できねぇだろ」
胡蝶の指先が、そっと俺の手に触れた。
「ねぇ」
「なんだよ」
「不死川くんの『棘』は、『花』の私も傷つけるのかしら」
指の間に胡蝶の指が入り込み、ぎゅうと握りしめられる。
堪らず、俺もその手を握り、引っ張った。
胡蝶の身体が俺の寝台に乗り上げる。
その腰を左手で支えて近づけた。
至近距離で赤い顔した胡蝶と向かう合う。
「あのなァ!男をからかうのも大概にしておけ。
 俺だって、……男だ」
……うん、知ってるわ」
なのにどうして、触れ合ったまま手放せない。
お互い離れることを拒むように触れ合ったまま、俯いてしまう。
「からたちの花の花言葉はもう一つあるの。『貞節』と、『相思相愛』なのよ」
胡蝶は顔を上げず、耳を赤くしたまま、俺の鎖骨の辺りに顔を埋めた。
「『花』を守る『棘』にだけ、『操』を捧げたいの」
だめかしら。
消えそうな声でそう呟かれてしまったら、もう逃げられない。

この白い美しい『花』を、『棘』をまとう腕から、もう逃がしてやれない。