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あさかわ
2025-01-03 21:17:28
2272文字
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殉じることはない
ゲタ水週ドロ企画に参加しました。
お題は「命日」です。
相続関係と書かれた箱の中を鬼太郎もといゲタ吉が確認している。目玉はテーブルの上を左右に歩き回り息子を見上げた。
「水木さんってば律儀ですねぇ。原戸籍取るのに宛名書いた封筒をちゃんと用意してくれるんですから。ま、水木さんの筆跡が恋しいので、こちらはボクが保存させて貰いますけど
……
何で必要になるか分からないから、十通くらい取っておきますか。遠方だし、郵送での請求だと時間かかりますしね。こっちの役所と社会保険事務所に手続きしに行かないと。あと準確定申告に銀行の口座解約に
……
いや、人が死ぬとやることって沢山あるなぁ
…
」
…
「鬼太郎、少し休んだらどうじゃ」
ゲタ吉は寝坊もせずきちんと起きた。後飾りの骨壺に挨拶をしてから、今まで書類やら水木の書付を確認したりと動き回っているのだ。
「父さん、心配してくれてありがとうございます。でもせめて明日持ってく書類はまとめておきます。そうだ、飲まず終いだった紅茶があるからお風呂にしましょうか。水木さんの秘蔵のお酒も二人で飲んでしまいましょう。大丈夫ですよォ、墓前にちょこっと供えておけば平気です」
「鬼太郎! 水木を看取ってから涙の一つも流さず、泣きごとの一つもこぼさず働きづめではないか」
目玉とて分かってはいるのだ。鬼太郎がゲタ吉と名前を変え、水木の養子となった。水木が亡くなった後の手続きはゲタ吉が担うしかない。人の世の手続きはまってはくれないのだ。
分かっているのだ。ゲタ吉は水木を看取るとすぐに、され忙しくなるなァと呟いて、死亡診断書だ、葬式だとせかせか動き回り、喪主だって立派に務めた。入院してから一回り小さくなった水木が更に小さな骨壺に収まると、家まで連れ帰り説明書を見ながら祭壇の準備もした。
ゲタ吉はけろりとした顔で言った。
「いや、案外大丈夫なんですよ。そりゃ辛いし悲しいんですけど、お別れが来るのは分かってましたからね。水木さんがボクのことを受け入れてくれて別に誰に認められる訳でもないけど、フウフになれたうれしさと天秤かけるまでもないと言いますか」
ゲタ吉が骨壺をじっと見つめる。
「
……
水木さん、ボクが恋愛的な意味で好きですって言ったら、この世の終わりみたいな顔してましたねえ。自分が何かよくない育て方したんじゃないかとか、人の世界に無理やり押し止めたせいとか考え過ぎて吐いてましたし。そこからちょっとずつ考えて傷ついて、うまいこと寄り添える距離を作るまで結構かかって、還暦の時に一人で泣いてましたね。もっと早く応えてやれば良かったって。ボクは水木さんを見送る役目が貰えれば、一緒にいられる時間なんて長短なんて気にしないのに。名実ともに水木の姓も貰ったし、死に水も喪主も全部貰ったし、骨壺だってこっそり抱いて寝てるし。大丈夫ですよ、ちゃんとお墓に入れます」
目玉に向かって弁明するゲタ吉は水木を失う前と変わらず、気が抜けたほんわかとした笑顔を浮かべた。
「愛する人が亡くなっても築いた愛は殉じないと教えたのは父さんじゃありませんか。沢山お母さんの話を聞かれてくれて、いつも幸せそうで、でも思い出して泣いて
……
そうやって失った人を愛して生きていけると教えてくれたじゃないですか。だからボクは大丈夫なんです」
「お前がいれば大丈夫だろ」
目玉はベッドのわきのテレビ台で仁王立ちをしていた。ゲタ吉は売店まで飲み物を買いに席を外している。もう退院は無理だもうじき死ぬ、と告げる水木の前で目玉は地団駄を踏んだ。簡単に諦めるな、鬼太郎はどうする、儂は寂しい。小さな体からあふれる感情を全部水木に投げつけたが、年を取りほっそりした指は更に細く、体も生気が失われたように縮んだ親友は取り合わなかった。寿命だから仕方がない、と動かしようのない事実を突きつけてくる。
「何を寝ぼけたことを言っておる! 大丈夫なものか
……
お主がいなくなったら鬼太郎がどれほど悲しむか分からんのか。あの子はきっと泣き暮らすぞ」
悲しい、悔しい、やるせない。湧き上がるあらゆる感情が涙に代わって落ちていく。水木は背丈が伸びた鬼太郎がするような、気の抜けた笑顔を浮かべた。
「その前にお前が大泣きするだろうなあ。今もしてるけど。
……
うん、マァ大丈夫だろ」
目玉には分からなかったが、水木は根拠があるようだった。
「あいつはお前の背中を見て育ったんだ。だから大丈夫なんだよ」
あれほどはっきりと言った理由はその時は分からなかった。
「父さん
……
?」
問いかける声に目玉は我に返った。親友が繋いでくれた、愛しい妻が最後に残していってくれた希望の子供と目が合う。水木が言った大丈夫の意味をようやく知った。
確かに体は失われ目玉一つとなったが、妻への愛が欠けたことは一度もなかった。その姿が息子と親友の背中を押したらしい。
「ああ、ほら。そんなに泣かないでくださいよ」
「うっううう、鬼太郎
……
儂は、儂は」
ゲタ吉が目玉にタオルを差し出した。書類を箱に戻すと頬杖をつく。
「ねえ、父さん。水木さんをお墓に入れたら、さすがに悲しくってしばらく泣いてると思うんです。そん時はそばにいてくださいね」
「も、勿論じゃ!」
ぽろり、ぽろりと零れた涙はタオルに落ちて小さなシミを作っていく。目玉は腰に手を当て反りかえり、体の中の威厳をかき集めた。
「愛した人の亡き後の生き方は誰よりも心得ておる! 心配いらんぞ、大丈夫じゃ!」
「さすが、父さん。そんじゃ、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますネ」
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