水入らずの境界

MHRウ教×ハ♀。相思相愛/夫婦。
年越しと初詣の話。
今年は夫婦2人きりで、夜の初詣へ。

普段よりも一際ひときわ、特別に澄んでいるように感じられる年の瀬の夜空。

星たちと、糸のように細い白月に見守られながら、青藍色せいらんいろをした厚いカムラノ外套がいとうを羽織った二つの人影が、並び寄り添いながら、さく、さく、とゆっくりと地面を鳴らし進んでいた。

……寒くないかい? 愛弟子……我が妻よ」

白息しらいきを吐き出しながら尋ねるのは、冬でも外套姿の方が珍しい里の教官ウツシ。

彼の隣には、彼が『愛弟子』と、そして『妻』とも呼んだ、彼とお揃いの外套姿に身を包んだ里の英雄たる娘。

彼女は夫からの穏やかな眼差しに、無垢に微笑みながら「大丈夫です!」と頷いて見せた。

「さっき家で年越しそばを食べてる時くらいから、ずーっとわくわくしてて。寒さなんてちっとも感じないんです」
「ふふっ、本当に? 無理はしないでね?」
「大丈夫ですってば。あなたは? あなたこそ寒くないですか?」
「んん? 俺かい?」

愛しげに妻を見つめつつ歩きながら、ウツシは妻側にある片腕を歩く勢いにも溶け込ませつつ、少し大きめに振り始める。

その直後、不意に、外套からちょこんと覗いている彼女の片手を握った。

「! あ……

大きく、まるで灯火のような温もりに溢れたウツシの片手の感触に、娘は思わず小さく目を見開く。

夫を見上げたまま、すぐにその瞳にきらきらと星のような驚きの光をたたえた。

「わあ……凄い、あったかい……!」
「ふふふ、この通りだから寒くないよ。キミは少し手が冷えてるじゃないか。人もいないし……このまま行っちゃおうか?」
「えへへ……はいっ」

寒さか、照れか。

本人しか知り得ない色にほんのり頬を赤らめた娘は、とろりと目尻を下げて嬉しそうに頷いた。

ハンターとして全ての武器を扱う、武芸に秀でたウツシの屈強な手が夫の手となって、妻である自分の手を繊細に、優しく包み込んでくれる感覚には、いつも胸がきゅんと甘く高鳴る。

彼と夫婦になって数年経つが、娘はこの感覚を何度味わっても飽きなかった。

飽きるどころか『それ』に対して、貪欲になってしまうほどで。

(ウツシ教官の、手……ずーっと、あったかくて……大きくて、優しい……!)

歩きながら、娘は器用に彼の手に包まれた手の指を動かし、握り返して見せた。

撃たれたように改めて妻を見つめ直したウツシの耳と顔も、じんわりと赤く染まる。

まるで炭が火にかけられ、その熱を溜め込み赤光しゃっこうを放つように。

ゆったりとした大きめの外套姿で寄り添いながら、初々ういういしい恋人同士のように手を繋ぎ、夜の道を進み続け、竹林の中へ入った。

夫婦水入らずの、深夜の小さな冒険時間に心がくすぐられる道中。

その目的地は里の奥、竹林に囲まれた小さな丘を登ったところにある火の神を祀った神社。

目指す理由は他ならぬ、初詣。

朝になれば里の家族たちと集まって毎年一緒に行っているのだが、今年は例年に比べて夜の寒さが和らぐそうなので、夜のうちに二人きりでもお参りをしたい、それができそうな日だ、という話になった。

例年通り夫婦で仲良く年越しそばを食べて、除夜の鐘がな鳴る前に家を出て、今に至る。

普段は早寝の里の人々だが、年の瀬の最後、31日の今夜は話が別だ。

初詣目的の人とすれ違ったりしそうだと予想していた二人だったのだが、驚くほど誰とも会わない。

例年より和らいでいるとはいえ、北風が突き刺さる厳寒なことに変わりないからだろうか。

夜空からの幽光を通さない、墨を流し込んだように暗い竹林の暗闇。

一般人ならば足下さえ見えないので恐怖を覚えかけそうな道。

だが、この夫婦は闇などものともせず、手を繋いで、互いの温もりを感じつつ、臆せず歩を進め続ける。

……そろそろかな? おっ、やっぱりだ、見えてきたね」

日頃から偵察、哨戒しょうかい任務もこなすウツシの目は、妻だが弟子たる娘よりも先を見据え、闇夜を暴く力に優れていた。

夫であり師の「見えてきた」の言葉に誘われるように、彼の隣の娘が集中して前を見やる。

二人の視線の先には、闇がぽっかりとひらけている空間があった。

二人にとって、それは見慣れた景色。

朱色の大きな鳥居と、鳥居の向こうに鎮座している、長年里を見守り続けている大きな神社は、二人が夫婦の契りを交わした場所でもある。

まるで舞台の上のように夜空の光が射し込む鳥居の手前、道の左端に寄りながら、夫婦はゆっくりと歩みを止めた。

「もう少しで除夜の鐘が聞こえるはずだから。ちょっとだけ、ここで待ってようか」
「はい! ふふっ、長時間でも待てますよ、寒くありませんし」

夫の手を握り返す手に少しだけ力を込めながら、娘が得意げに鼻を鳴らす。

在りし日の頃のような、幼ささえ垣間見える彼女の様子に「さすがだねぇ」とウツシがほっこり笑った。

握り返してくる手に微弱な震えもなく、寒くない、と豪語する彼女の中に強がりがないことを確信した、安堵も含めた笑顔。

直後に、ひゅうう、と甲高い音と共に、鳥居から北風が吹き抜けた。

囁き声が渦巻くように、ざわざわと竹の葉が擦れ、しなやかに身を揺らす。

ひんやりと澄み渡り、清爽とした透明の空気が、神社の奥から、鳥居を通って流れ出て来るような風。

人の中から邪心を祓い、浄化してくれそうな神々しささえ感じられる澄風だった。

(……何か……すごく、綺麗な風……)

何となく『隣に居てくれている最愛の人』の存在を確かめたくなって、娘がほんの 少しだけ強く、きゅっとウツシの手を握り込む。

すると彼も、応えるように、微かに力を込めて握り返してくれた。

娘とウツシの視線は鳥居の奥に向けられたままで、不思議と目が離せない。

その刹那、ごーん……と、竹林の外から、重厚な低音が夜空に、大地に、夫婦の中に響いた。

慣れ親しんだ年の去った音であり、新たな年の訪れを告げる、除夜の鐘の音。

鐘の音が響いてすぐ、ウツシは隣の妻の方に顔を向けることができた。

「あけましておめでとう、愛弟子」
「あけましておめでとうございます、ウツシ教官」
「ふふふ……最初にキミとこの挨拶が出来るの、何年経ってもホント嬉しくて、夢みたいだ。今年もよろしくね? 俺の愛しい奥さん、大切な愛弟子よ」
「こちらこそ! 今年もよろしくお願いします、私の大切な、素敵な旦那さま」

手を繋いだまま、月光と星彩の下で、娘とウツシが穏やかに微笑み合う。

新年最初に見たお互いの顔が今年も笑顔であることに、胸が、心が、全身がお陽様を浴びているようにぽかぽかと暖まった。

鐘の音と共に、最愛の人へ笑顔と挨拶を交わせるのは、夫婦の特権。

常に危険と隣合わせ、命を賭す日々故に、日常を日常として当たり前に過ごせる尊さを知る娘とウツシは、改めて手を繋ぎ合い、顔を見合わせて、また幸せそうに微笑んで。

そのまま夫婦で前に向き直ると、深く一礼し、左足から、新年最初の鳥居をくぐった。

現実から切り離された世界のような、まだ無人の境内を通り、拝殿前にて賽銭を投げ入れてから、本殿に向けて手を合わせる二人の胸には、今年も夫婦で共に居られる、海よりも深い感謝が。

そしてこれからも、どうか末永く共にと、空より果てしない同じ願いが満ちていた。

ひゅうう、と風が音を立てて、静かに無言で手を合わせる夫婦を優しく吹き撫でる。

まるで、年の最初の願いを聞き届けんとする、天からの応答のような。

とてもひんやりとした澄風だったが、娘もウツシも不思議と寒さは感じなかった。

「少し境内を歩いてから、帰ろうか」
「そうですね! ねえ、ところでウツシ教官は何をお願いなさったんですか?」
「俺かい? 俺はね──」

月明かりを背負い、瞳に夫婦星めおとぼしを煌めかせ、ウツシがたおやかに微笑む。

「──きっと、キミと同じこと」

風よりも静かに、優しく、ウツシの声が境内に澄み響いて。

娘が「もう!」と照れたように、愛しげに笑って頷いた直後。

先ほどよりも寒さの和らいだ柔らかな澄風が、夫婦とその願いを改めて歓迎するように、優しく包み込んでいった。



@acadine