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スサ
2025-01-03 11:20:18
3880文字
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【鬼水】シネコン軸/プロポーズの話
※画像の投稿だけだった気がするので一応
シネコン軸で、レッスンの送迎などなどで待ち合わせをしているお父さんの友達のおじさん・水木さんと小学生の鬼太郎くんの話です。背景程度にモブカップルが出てきます。
──「しゅらば」だ。
全国チェーンのコーヒーショップは水木との待ち合わせに度々使われる。明るく、外からも店内が見え、分煙がなされているという安心や使い勝手良さがその理由だった。よく使うので、店員達も鬼太郎のことを何となく認知しているようだし。
リンゴジュースを飲みながら、鬼太郎は思わず声の出本を見てしまった。いや、店内の視線が大体集中していたと思う。店員も顔を見合わせ、今にもカウンターから出てきそうだ。
男女のカップル。年齢は、そこまで若くはない。ただ、といってそこまで年をとっているわけでもない。三十代の前半か、半ばくらい。ついつい人間観察をしてしまう鬼太郎は、そんな風にカップルの年齢に見当をつける。
概ね女性の方がばーっとまくし立て、怒り、そして最後は突っ伏して泣き出した。
男の方は仏頂面で、むすっと黙り込んでしまっている。
鬼太郎の両親はとても仲が良く、喧嘩をしているのを見たことがない。何かすれ違いがあっても、たぶん父が折れる気がする。いや、どうだろう。母が許してしまうかも。母は父にとても甘いのだ。そして父は、そもそも怒ることが苦手だ。
好き合って付き合ってたんだろうにな、と鬼太郎は大人びたことを考えた。小学校も三年生ともなれば、多少は世の中の人々のことも見えてくる。
大変そうだなあ、と思っていた鬼太郎の耳に、しかし女性のすすり泣きと共に投げかけられた恨み節が届くと、そんな余裕ぶってもいられなくなった。
女性はこう言った。
あたしの若くて、一番いい時期、返してよ!──と。
鬼太郎は思わず動揺してジュースのコップをがたん、とテーブルに置いた。静まり返っていた店の中(皆カップルの様子に声を発せられないでいた)、視線が鬼太郎の方に集まる。カップルの男性の方も含めて。
なんだ、子どもか
…
、と男の視線は外されそうになったのだが、動揺していた鬼太郎は声に出してしまっていた。
「
……
ひどいです」
男の剣呑な視線が突き刺さる。女性がのろのろと顔を上げ、子どもを見る。知らない子だった。茶色いつやつやした髪をして、なんだか身なりが良い子だった。
鬼太郎の脳裏にはその時水木の貌が思い浮かんでいた。自分が物心つく前から、自分のことを可愛がってくれた父の親友。父よりもいくらか年若い彼に妻子はいない。その分といっていいのかわからないが、鬼太郎のことを随分可愛がってくれている。今日だってこれから迎えに来てくれて、お泊まりを許してくれているのだ。
今まで考えたこともなかったが、水木本人の時間はあるのだろうか。鬼太郎が、それを奪ってしまっている
…
?
蒼白になって、鬼太郎はぐすりと鼻をすすった。
もちろん、カップルの女性に同情したのではなくて、水木に申し訳ないと思ったからだ。だが、居合わせた客達にそんなことはわからない。彼らにわかるのは、どうも知り合いでもないのに、カップルの、女性の話に心を痛めた子どもが悲しんでいる──らしい、というそれだけだ。
そこからは、何というか早かった。
今まで尽くした分ふんだくってやりなさい、とまずいきり立ったのは三人でお茶をしていたマダム達だ。男に反論の隙間も与えない。かと思えば、これでうまいもんでも食いに行って忘れちまいな、とどうみても定年過ぎの男性が女性の横に札を置いて店を出て行く。店員もひとりカウンターから出てきて、鬼太郎の前に立ち、お客さん、困ります、と正論を。カウンター内に残った店員も事態を注視している。
平日の昼下がり、そう混み合うような時間帯でもなく、新しく入ってくる客もない瞬間だったのが事態に拍車をかけた。もはや収集がつかない。男の方も、周りを取り囲まれ(特にマダム達の圧がすごかった)無言で周りを見回すくらいしかできない。
そんな膠着状態を破ったのは、やっと現れた新しい客。
その客は黒い髪に青みがかった瞳、整った甘い顔立ちをした
…
、
「き、
…
」
まず鬼太郎に気づき、それから店内の異様な雰囲気に眉をひそめ、水木は足を止めた。なんだこれは。思うも、答えがない。
登場人物の増加に、店内から視線が集まる。状況が状況なので仕方がない。
「みずきさん!」
はっ、と鬼太郎が気づき、それまでの暗い顔が嘘のようにぱっと花咲くような笑みを浮かべると、たたたっと水木に駆け寄った。雰囲気にのまれつつも水木は両手を広げ、走ってきた鬼太郎を受け止める。
「ごめんな、待たせたか」
鬼太郎はぶんぶんと首を振る。そうしてぎゅうっと抱きつき、はっとした。先ほどまでのやりとりを思い出したのだ。
みずきさん、と真剣な声で呼びかけ、袖をくん、と引けば、どうした? と彼は膝を折ってくれる。優しい。水木は昔から鬼太郎に甘すぎるくらい優しくしてくれる。どうして、と聞いたことがあったが、鬼太郎が大事だからかなあ、とだけ返ってきたものだ。
「
……
ぼく、責任、とります」
「え?」
何の話だ、と水木は瞬きする。責任
…
?
首を傾げる男に、先ほどまでカップルに注目していた視線がちらほらと向けられた。無理もない。そういう容貌をしている。
「みずきさんの、わかくて、いちばん楽しくて、いい時間
…
ぼくが、とっちゃったでしょ」
あぁ~
…
、という声がどこから聞こえた。幻聴かも知れない。
ここで、どうやらこの子どもがカップルの別れ話に心を痛めていたわけでもなさそうだ、ということがふんわり伝わった。だが、子どものかわいらしい恋というのは大人からしたらいくらでも食べられる小さな甘い砂糖菓子のようなものだ。何となく耳目が集まる。だが、いきなり別れ話に乱入されたカップルの方、特に急に見知らぬ人々に攻められた男の方はたまったものではない。
「人のところに首突っ込んだあげく、なんだあのクソガキ」
思わずそれくらいこぼしたとして、全く人間的な話ではあるのだ。あるのだけれど
…
。
「あ?」
それまできょとんとした顔で鬼太郎の話を聞いていた水木の面相が、アウトローそのものを思わせる凶悪なものに変化する。なまじ顔が整っているだけに、恐ろしい迫力があった。
「クソガキつったか、今」
声の低さも明らかに変わっている。本職の方? という困惑に満ちた空気が店内を染め上げる中、ぺち、という小さな音が緊張を壊した。それは鬼太郎の手が水木の頬を軽く叩いた音だった。
「ほかの人はほっといて。ぼくとお話してください」
「
………
」
はあ、と水木はため息をつき、へなへなとしゃがみこんだ。
鬼太郎は真剣な顔だ。
「
………
わかった。それで、俺は何を
…
」
「さっき聞きました。一番良い時期をもらっておいて、放り出すのはひどいって。ぼくもそう思います」
「
…………
」
なんだかわからないが、詳しくは後で聞くしかないか、と水木は続きを待った。鬼太郎は実に真剣な顔でこちらを見つめている。
「ぼく、次の誕生日で十歳になります。ぼくが赤ちゃんの頃から、水木さんはぼくといてくれたでしょ」
「まあ、そりゃ」
困惑しながら頷いた水木に、鬼太郎は重々しく頷き、そして、大変厳かな様子で宣言した。
「ぼく、水木さんとけっこんする」
「
…………………
、
…………
?」
水木は
…
、あまりのことに呆然とし、間が抜けた顔で鬼太郎を見返した。今、この子はなんと言ったのか
…
。
「
……
けっこん
…
?」
まさか、と恐る恐る聞き返した水木に、こくりと鬼太郎が頷く。まったく真剣な顔をしていて、おいそれと茶化せる空気ではなかった。
その時水木の頭の中に様々な単語が浮かんだのは言うまでもない。不名誉な性的呼称とか。
「だめ?」
きりっとしていた顔が、そこで不安げにふにゃっと崩れる。
さっきまでカップルを取り囲んでいたマダム達が、固唾を呑んで見守っている。何ならさっきまで愁嘆場を繰り広げていたはずのカップルの女の方まで、目を皿のようにして見守っている。
普通に小学生にしか見えない鬼太郎が言うことに、なんと答えても水木には課題が大きい。いつかな、と返すのは誠実といえるかとか、いつかな、とだったとしても子どもと大人で絵面が犯罪だな、とか
…
。
「ぼく、いっぱい働いて、お金を稼いで、水木さんにくろう、させません!」
戸惑いから絶句する水木の手をぎゅっと握り、鬼太郎は真剣に言い募った。きゃあ、という悲鳴は女性客の誰かが上げた。たしかに、鬼太郎の振る舞いは可愛らしい騎士のていで、これはもう人の胸を掴まずにいられない。
「
…
だめですか?」
「
……
ええと、
…
」
水木はうろうろ視線をさまよわせ、はたと気づいた。これが外だということに。
ばっ、と周りを見回しても、皆あからさまに視線を外してくるだけで、全身を耳にして聞いている、という風情だ。はああ、と水木は大きなため息をつく。それから、鬼太郎をひょいと抱き上げた。
「まあ、おまえが大きくなったら、考えてやる」
「本当ですか!」
ある意味模範解答というか、逃げて先送りにしたというか。
「やくそく!」
もっと小さな、それこそ赤ちゃんの時のような顔をして笑い、鬼太郎が指を指しだしてくる。かわいいなと思いながら水木は応じたけれど、鬼太郎の並々ならぬ覚悟はそこまで伝わっていなかった。無理もないが。
「ああ、約束」
苦笑しながら指切りに応じた後、水木は場の雰囲気を考え、自分のコーヒーはテイクアウトにして店舗を出た。だからその後のカップルのことは知らない。
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