完璧な雑煮

2025年新年お祝いSSです
バベルの作者、メイナードのIF時空の話になります
新年に親子で雑煮を作る話です

新年の朝、リビングの扉を開けると異臭がした。
強烈な大豆臭さと磯臭さが混じり合った強烈な匂いがアール・ヌーヴォー調の落ち着いた部屋いっぱいに充満している。

「おはよう、坊や」
キッチンに居る義父がスネイルに声をかけてくる。
アーキバスのロゴがプリントされているロングTシャツにカーゴパンツを身につけて、お玉を片手に鍋に張り付いていた。
「何ですかこの臭いは?!酷い臭いだ!」
「酷い?美味しそうな匂いの間違いだろう?」
サーヴァンタスがこし器を大きなボウルにセットして、鍋の中身をこし器の中に注ぎ込む。
湯気がぶわっと広がって、部屋に充満していた臭いがいっそうに濃くなる。
どうやらこの臭いの原因はあの鍋のようだ。

「これは“出汁”だよ。日本料理に使うブイヨンみたいなものだ」
こっちに来なさい。と手招きされたのでスネイルはキッチンの中、義父の隣まで近づく。
「これから雑煮を作るのさ。今は雑煮のスープを作っている」
ザルの中には海藻と茶色いもじゃもじゃとしたものがへばりついていた。
茶色の木屑のようなものを手でつまむ。

「食べ物を素手で触るな」
「なんですこれは?」
「鰹節だ。極限まで乾燥させた鰹の切り身を削ったものさ。試しに食ってみたらいい」
義父がそう言うので、スネイルは摘んだ鰹節を口の中へ入れる。
仄かな塩味と磯の香り、そして上品な旨みを感じる。
「中々に美味しいですね」
「そうだろう。加熱して水分を飛ばすことで旨み成分を何倍にも増やしてるんだ」
「なるほど。しかし、この海藻は
スネイルは布のように大きい海藻を指差す。
「海藻を料理に使うなんて、美味しくなさそうですね」
「何を言うか。これこそ日本食の要だぞ。昆布の上品で淡い旨みが日本料理の繊細さを作るんだ 」
スネイルは海藻をつまんで、端の部分を齧る。
「あっ」
 サーヴァンタスが声を上げる。
確かに旨みは感じるが滑りがすごくて、美味いとは思えない。
スネイルの眉間に皺が寄る。
「食べ物を素手で掴むなと言っただろう」
スネイルと同じように義父の眉間の皺も寄った。
「それほど美味くないですね……
「出涸らしだからな。旨みはこのスープに凝縮されてる」

「ザルにあるものは捨てるから、昆布もよこしなさい」と言ってサーヴァンタスが口に含んだ昆布を取って、ザルの中身と共にゴミ箱へ捨てる。
 スネイルはボウルに残ったスープを見た。
 黄金色に澄んだ美しいスープがボウルいっぱいに入っている。
「それは食べるなよ」
「食べませんよ」
「どうだか」
と言って義父が笑う。
スネイルもつられて柔らかく笑う。
 そもそもこうやってつまみ食いするのも料理に使わないと確信しているからで、つまみ食いも義父であるサーヴァンタスの前でしかやらない。
義父の方もそれは知っているから、笑っている。
所謂親子の仲というものだ。

「スネイル、手伝ってくれ」
ザルのごみを捨てた彼が呼ぶ。
「これを切ってくれ」
まな板の上にピンク色のゼリーのようなムースのような得体も知れないものが一つ載っている。
怪訝な目でその物体を見ていたら、サーヴァンタスが「それはかまぼこと言って、魚のすり身を蒸して固めたものだよ」と教えてくれた。
「食べやすいように2、3ミリくらいの感覚で切ってくれ」
「良いでしょう」
義父に言われたスネイルはまな板の側に置かれた包丁の柄を掴んで言われたようにかまぼこを切った。
「包丁の使い方、上手くなったな」
隣でザルを洗うサーヴァンタスが、かまぼこを綺麗に等間隔で切っていくスネイルの包丁捌きを見て言う。
「貴方に散々鍛えられましたからね」
「それでも、私が教えた頃よりも上手くなった」

貴方が包丁の使い方を教えてくれた頃は、包丁の柄をバットを握るように持ってましたからね。
スネイルは随分と昔の、初めて包丁を握った時を思い出す。
自分の誕生日ケーキをカットする為に包丁を握ったが、あの時は包丁を引いて切る動作が分からず、ケーキを押し潰してしまった。
潰れたケーキを上手く切れたなと言って、義父は美味そうに食べてくれていた。
あの時と比べれば、それは確かに上手くなっただろう。
スネイルは難なくかまぼこを切っていった。

「これも頼む」
切れたかまぼこを皿に移して、次に茹でて水を切ったほうれんそうが置かれる。
「一口台に切ってくれ」と彼が言うので、言われたままに切っていく。
その間にサーヴァンタスはコンロの方へ移動して、何かを焼き始めた。
何を焼いているのかは見えない。
スープが入ったボウルも無くなっている。
サーヴァンタスもサーヴァンタスで料理を進めているのだろう。

「さあ、仕上げの時間だ」
 食材を切りきって、サーヴァンタスも準備が出来たようだった。
 日本風の漆を塗った朱色の器の中に黄金のスープがそそぎ込まれる。
 黄金のスープの中に切ったほうれん草、蒲鉾、そして焼き目がついた白いチーズのようなものが入れられる。
「これは?」
「餅というものだ。米を潰して丸めたものだよ、スープと絡んで美味いんだ」
「さあ、テーブルに運んで」と義父が言う。
美しい料理が入った器を持って、スネイルはダイニングテーブルへ運ぶ。

着物の帯のようなテーブルランナーが横切るテーブル。
そのテーブルに向かい合わせでお椀を並べる。
義父は華やかな袋に入った箸をお椀の前に添える。
「綺麗なテーブルランナーですね。まるで着物の帯の様だ」
黒色の布には錦糸で鶴の刺繍が施されている。
「まるでじゃない、本物の着物の帯だよ。西陣織の帯をそのままランナーとして使っている」
「本物の?それは贅沢ですね」
「贅沢というのは道具を使わずに仕舞うことを言うものだ。私は道具の美しさを余す事なく楽しんでいるに過ぎない」
「確かに、貴方はそういう方でしたね」
義父さんは素朴な美しさを見つけるのが得意な人間だ。
つまり、この雑煮もその一環ということに違いない。
「貴方が見つけた美しいものを、楽しんであげるのもたまには良いでしょう」
スネイルは椅子に座って、箸を持つ。
「付き合ってくれて嬉しいよ。スネイル」
義父も同じように座って、箸を持つ。
しかし、義父は箸を握り込んでいる。
グーの手で。
「サーヴァンタス、貴方箸持てないんですか?」
「難しいじゃないか、箸を持つの」
「あれだけ料理が出来るのに?」
日本料理をするのだから、箸くらい持てると思っていた。
何なら箸を使って料理していると思っていた。
「料理できるのと箸が持てるのは別問題じゃないか。料理は包丁やミキサーやトングがあれば出来る。それより出汁も鰹節も昆布も、餅も知らないお前は何故箸を使えるんだ」
「中華料理は食べますからね。あとは寿司とか天ぷらとか」
 サーヴァンタスが箸を握ったまま口をへの字にして不貞腐れる。
「雑煮を知らない若造に箸の持ち方でマウント取られるのは悔しい」
「悔しいなら箸の持ち方を覚えることですね」
ぐぬぬと言いながらサーヴァンタスがお椀を手に取って、雑煮に入った餅に箸を刺した。
完璧そうに見える彼であるが、義父は全然完璧じゃない。
完璧じゃないこの時間はスネイルにとっても幸せな時間だ。
スネイルは美しい箸使いで餅を挟み、口へと運んだ。
スープを纏った熱々の餅が口の中に入る。
その美味さは何も欠ける事がない、完璧なものだった。


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