アイリス
2025-01-02 19:23:48
8773文字
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三文芝居

新橋さんがタイムリープ、ループする話。
タイトル通りです。

 目を覚ますと見慣れない天井だった。見慣れないという言葉には少し語弊がある、正しくは数回ほど見たことのある天井だ。
 いよいよ寿命が尽き、大崎の待つ地獄へ逝こうかと目を瞑って数秒。あれほど息苦しかった肺が二十代に戻ったように機能する。息がしやすい。目が霞まない。しわもシミも無い瑞々しい手先を見つめ思ったことは走馬灯だ。しかし、抓った頬の痛みからここは現実なのだと突き付けられる。
 ここへ来るために購入した黒革のトランクも、中身もあの時のまま。時間が巻き戻った、もしくは意識だけがこの時間に戻ったのだろう。

「カッカッカッ。三文芝居もいいところではございませんか。このような時間に戻されたのですから」

 神を信じなかった報いなのか、想定とは全く違うが文字通り地獄へ落とされた。
 亡くした命を拾うわけでもなく、また命を散らすだけの時間に戻すなど何の意味があるのだろうか。この時間へ戻した神とやらが居るのであれば、余程酔狂な神なのだろう。

「大崎様」

 口をついて出たのは愛する者の名前だった。養父である新木場との仲も良好で、彼の最期の看取りにまで呼んでもらえたのだから家族と呼んでも相違ないだろう。生涯を誓いあい、身内にも恵まれ、犯罪者であるはずの新橋の人生は幸せで満ち溢れていた。どこかで大きなしっぺ返しが来るとは思っていたが、まさか死後だとは誰が想像するだろう。

「あなたもこちらにいらっしゃるのでしょうか?」

 大崎の最期はあっけないもので、肺炎をこじらせて新橋より数年早く逝ってしまった。もし彼もこちらに来ているならば新橋よりも早い段階で思い出しているのかもしれない。
 期待を胸に大崎と出会った藪椿の下へ向かう。大崎も居るのならここは地獄とは限らない。地獄は地獄でも大崎と共に在るのなら、そう悪くないところだとそう思えるのだ。



 以前よりは少ない数の煙草を吸い終えた頃、大崎が水を汲みにやって来た。ただ歩いている姿ですら涙が溢れるほど愛おしい。それほどまでに新橋は大崎を愛してしまった。溢れた涙をぬぐい、同じように声をかける。

「もし、そこの方——

 驚いているはずなのに表情に出さない大崎に口角が上がった。何十年目かの秋に大江島でのことを話す機会があり、ぽろぽろと話し出す大崎の感情に一喜一憂したことが懐かしい。なので、同じ言葉を繋ぐ。

「この島からの賜り物は口にしない方が良いですよ」

 大崎との出会いはそこまでよいものではなかった。何より大崎自身がこの時の新橋を変わった男だと考えていたと教えてきたのだ。第一印象など早々に変えられるものではない。ならば、その後のやり取りで見極めればいい。大崎にも記憶があるのかどうか。

「俺は新橋と申します。お聞き覚えはございますか?——台場静馬様」

 びくりと肩を震わせた様子から大崎が記憶を持たないことが分かった。新橋が台場と呼んだ時、すぐさま否定をしないのは新橋と生涯を誓いあった大崎ではない。一度だけ、台場様と揶揄うように呼んだことがあった。あの時の事は忘れることができない。激しくなることは普段からあったが、あの行為は暴力だった。両手首をベッドに固定され、顔を逸らすことを極端に嫌い、何度も名前を呼ぶことを強要され一日中ベッドの上で過ごしたのだから忘れることなどできるはずもない。大崎は縋り付くように新橋の青紫に染まった手首を握りしめ“二度とその名を呼ばないでください”と懇願した。顔が似ていることで新橋が台場に抱かれるかもしれないと、嫉妬したと伝えられた時は心が飛び跳ねるようだった。

「申し訳ございません。失礼なのは承知ですが、覚えておらず——

 大崎は内心焦っているのだろう。台場静馬の事を知っている者はいないと聞かされていたのだから当然だ。この時点で新橋が台場静馬の事を口に出すのは想像しなかっただろう。想像できるのは同じ時間を過ごした大崎だけ。

「いえ、俺も名前だけ存じているだけで……初対面であっておられますよ。初めまして、台場様」

新橋の心を埋め尽くすのは悲しみだった。神とやらに余程嫌われたらしい。新橋の愛した大崎であるはずなのに、そうではない。これを地獄と呼ばず、なんと呼べばいいのか。

「初めまして、新橋さん」

 地獄が始まる挨拶だった。



 同じように話し、同じように港へ着く。新橋は大崎が描くところを眺めるのが好きだった。あの大きな手が生み出す作品を生涯こよなく愛したのだ。前回は後ろから眺めて居たが大崎の顔を見て居たくて、描くのに邪魔にならないほどの位置にタオルを置き座り込む。

「絵を描くことは、楽しいですか?」

 この時点での大崎が、楽しいとなど思っていない事はわかっている。それでも聞いてみたくなるのだ。大崎の瞳を眺める理由を得るために。

「特に感慨はありません。無心になりたくてやっているんです」
「では、俺はお邪魔です?」
「いえ、話し相手になっていただけて助かります」

 表情が柔らかくなったように見えるのは錯覚だろう。大崎と居ると調子がくるってしまう。どうしても長年連れ添った癖が出てしまうのだ。

「そうですか。俺もあなたと話すことが楽しいので嬉しい限りです」
……やはりどこかで会ったことが?」
「お、台場様とは初対面ですよ」

 新橋は表情の分からない大崎の視線から逃れるように膝に顔を埋める。思わず名を呼んでしまいそうになった。今の彼は台場を演じているのではなく、本人として話しているので思わず漏れ出てしまったのだ。

「お、なんですか」
「聞き間違いでございましょう。そのようなこと口にしておりません」

 苦しい言い訳だということはわかっていた。しかし、ここで大崎の名前を知っていることを伝えるのは時期尚早だろう。

「自分はあなたに興味があります」

 じっと見つめる大崎に新橋は絆されそうになる。大崎はいつだってまっすぐなのだ。真っ直ぐすぎるがゆえにあのようなことが起きてしまったのだが。
 ——ならば、そこを正せばよいのではないだろうか。大崎が船野を誘うことをしなければとりあえずは、あの発狂事件が起きることはないだろう。
 何よりあの事を知っている新橋が居るのだ。レコードを盗ってしまえばあの悲劇は起きないだろう。そうと分かればすることは決まった。

「台場様。一つ忠告がございます」
「何でしょう」
「正直に伝えるだけが、正しいことを伝えることが、正しい行いをすることが必ず良いことだとは限りません。特に船野さんに対してあまり出過ぎたことは伝えない方がよいでしょう」
「なんのことですか?」
「使用人は客人と共に食事をすることを恐れます。立場が違いすぎるのですよ。無理やり誘うのは暴力と同じだとお考え下さいませ」
……
「では、俺はそろそろ戻ります。御機嫌よう、台場様」

 新橋はわざと台場の名前を口にする。口にすることで今誰を演じているのか大崎に刻み付ける。もう二度とあのような惨劇を起こさないために。



 結果だけを伝えよう。失敗だ。
 船野がレコードを聴くことはなかったが、背後から何者かに刺されて視界が真っ暗になって今朝に戻ってきた。
 そう——戻ってきたのだ。これを何度も繰り返すのかと心臓が鳴り響くのを感じる。まず背後から刺した犯人、おそらく汐留だろう。船野を殺害できなかった原因が新橋だと気づくと行動は早かった。きっとあの時間では新橋が死に、送り火で焼かれたのも新橋の遺体だろう。それともあの時空はなかったことになるのか。わからないことが多すぎる。
 頭を抱え、蹲っていると夕方になっていた。仕方がないので、船野の作った料理をあの二人と共に食べることにした。どうせ繰り返されるのならこの料理を食べて身体に異変がないか調べるのに使おうと考えたのだ。ただ美味しい料理を味わって終わってしまった。
 なぜか大崎と有明と三人で行動することになってしまった。共に温泉などごめんこうむりたいがそういう訳にもいかなくなり共に入り、竹芝と出会って世間話をした。こうやって話してみると誰しも悪くない人柄だと改めて感じる。新橋が七十を過ぎる年齢を刻んだこともあるが、人と関わる事を教えたのは大崎だった。このまま交友を深めればなんとかなるのではないか、そう考え始めていた。
 失敗だ。竹芝が新橋を認識したのが裏目に出たのか今度は竹芝に滅多刺しにされて朝に戻ってきたのだ。
 次は極力人と関わらないように過ごす。
 失敗だ。船野の信頼を勝ち取れず殴り殺された。
 次は船野の信頼を得ようと、靴を拭いてあがったり、パニックを起こした時に対処を申し出た。
 失敗だ。なぜか日出に刺し殺された。一体なぜ。見当もつかない。
 次は死なないように気を付けていると知らぬ間に朝に戻った。
 訳も分からずそのまま進めると、船野が死んだ段階でまた朝に戻っていた。
 なるほど、このくそったれの神とやらはここに居る人間全員を生きて帰すことを望んでいるのか。そうと決まれば原稿用紙に今までの時系列、事件を書きだし何処から対処をするべきか順序だてる。
 失敗した。原稿用紙を見られこの通りに殺人を犯すと汐留に糾弾された。汐留は最初から人を殺めるつもりでここへやってきている。それを表明して縛り付ければ。
 何度目かのやり直しでやっと汐留を止める法則を生み出した。
 長かったと煽った酒に睡眠薬が淹れられていて、竹芝に滅多刺しにされ戻ってきた。

「あ゛~~っ!またあなたですか!?もう勘弁してくださいませ!」

 あまりにも理不尽。あまりにも進まない現状に心が限界を迎えた。一通り頭を掻きむしった後時計を見る。この時間はもう大崎がスケッチに行っている時間だ。勢いよくドアを開け転びそうになりながら大崎のいる港に走り出す。どこの時代でもいい、ただ大崎に会いたかった。



「大崎様!」
「っ⁉」

 いきなり正体を見破られた上に、鬼の形相で迫ってくる初対面の人物に大崎は成すすべもなく固まってしまっていた。大崎の目の前まで迫ると座ってる大崎の膝に顔を埋め泣き崩れる。

「今ここで俺を抱いてくださいませ!気が狂ってしまいます!」
「もう狂ってますよ」

 平坦に言われた言葉なのに大崎として話してくれることが嬉しくてたまらなかった。新橋は今まで繰り返したことを泣き叫びながら伝える。大崎は新橋が落ち着くまで何度も頭を撫でた。幼子にするような手つきではあるが、それでも新橋にとって大崎の大きな手がもう一度自身に触れていることが胸が張り裂けるほど嬉しかったのだ。



「それはあなたの妄想ではなく、何度も今を繰り返している。そうおっしゃるのですね」
——はい」

 泣き叫び幾分か落ち着いた新橋は顔を青ざめながら大崎の視線から逃れるように俯く。新橋自身は経験をしているから理解できるが、果たして経験のない大崎にこの事を伝えてどれほど理解しようとしてくれているのか。気狂いだと罵られても可笑しくないことをしている。そう自覚した途端大崎の顔を見ることができなくなった。

「新橋さん」
「な、何でございましょう」
「自分はあなたの事を信じたいと思います」
「はぁ?」
「何ですか。信じてほしいのでは」
「そうですが。あなた今の話を本当に信じるのですか?クソ馬鹿であらせられる?」
「あなたと自分は生涯を誓いあったと言っていましたが、本当ですか?」
「こんな事で嘘をつくことがありましょうか?俺の大崎様は、それはそれは俺を愛してくださっていました。それこそ今際まで」

 病室で大崎の手を握りしめたことが、遠い昔に感じるほど何度も繰り返してしまっている。大崎の最期の声を思い出そうとするが、目の前の大崎の声の方が鮮明で記憶を巡れないことに涙が溢れてしまった。等々、新橋と生涯を誓いあった大崎を思い出すことができなくなってきていることに絶望を感じる。
 もうやめてしまおうか。
 繰り返すたびに死に続ければ、いつか繰り返さなくなるのではないかと考えが巡る。ここに新橋を愛した大崎はいないのだ。新橋が愛した大崎もいないのだ。

「もう——やめにいたします」
「新橋さん?」
「俺を愛した大崎様の声が思い出せないのです。あなたが言うようにこれは俺が見た妄想なのかもしれません。思い出せないということは、存在しないのと同じでございます」

 ぽろぽろと流れる涙が港のコンクリートにしみ込んでいく。しみ込んで消えていく涙を見てまた溢れる。この涙のように大崎への気持ちも思い出も無くなっていくのだと心が崩れていくのを感じた。
 目の前の大崎が新橋の頬を両手で包み、上を向かせる。流れ出る涙が手袋を濡らすと思ったが、添えられた体温から手袋が外されていることが分かった。何度も見た大崎の顔。新橋が愛おしいと溢れる感情を浴びせてくるあの顔だ。

「新橋さん」
……
「自分に教えてください。あなたと“あなたの大崎”の事を。それから自分にあなたの事を愛させてください」
「何も知らない癖にっ!何も覚えていない癖にっ!わかったようなふりをして
「けど、あなたは自分を愛してくださっているのでしょう?」
「だったらなんだというのです!?俺の、俺の大崎様はっ大崎様はっ!当の昔に亡くなっているのです、俺の手を握りながらっ!遺骨だって俺のネックレスの中に……ぁ」

 手に触れたのは祖母の形見のロケットネックレスで、新橋が大崎に渡したはずの物だった。大崎の遺骨を入れたネックレスはなくなっていた。当たり前だ、この時間で大崎は生きているのだから。

——ここに、ここに確かにあったのです。無くなって、しまい、ましたっ」

 ぼろぼろと涙が落ちていく。限界だ。この時間の大崎をただ無事に帰したい。そう願っていたのに、大崎が新橋以外と愛し合っている場面を何度も見た。新橋はただ皆を生かすことだけを優先し、見ないふりをしていたにすぎない。新橋の大崎は存在しないのだ。

「カッカッカッ本当に俺は、時間を戻っていたのでしょうか?ただの妄想だったのでは?クソ馬鹿は俺自身だったのでは?大崎様を愛したことも妄想で——
「新橋さん」
「んっ⁉」

 大崎は新橋に口付ける。新橋は驚いて逃げようと藻掻くが待ちわびた大崎の体温に唇に抵抗できなくなってしまう。舌を入れる激しいものではなく、唇を合わせるだけの口付け。皆の前で生涯を誓いあったあの時のように柔らかな口付けだった。

……ぁ」

 新橋はゆっくりと離れていく唇が名残惜しくて小さく声を漏らしてしまった。薄っすらと開いた唇の間を大崎の舌が割り開き、口付けを深めると新橋は縋りつくように首に腕を回す。経験の差から新橋の方がリードするが徐々に大崎が優勢になる。新橋の腰が砕け、大崎が新橋を支えた。ゆっくりと離れる二人の間に透明な筋ができ、新橋はそれだけで自身の奥が疼くのを感じた。

「は、はしたない!」
「新橋さん。自分ではいけませんか?」
「あなたを、大崎様の代わりにしろと」
「いいえ、自分も大崎です」
……では、記憶を取り戻してくださいませ」

 新橋は眼帯を外し、ゆっくりと瞬きをする。大崎は何のことかわからず首をかしげるが後頭部にズキンと痛みが走った。走馬灯のように駆け巡る新橋の腕を縛り上げた映像。この瞬きには従わなければならないと脳の奥底から浮かび出るようだった。

「新橋さん」

 大崎が次に感じたのは背中に突き付けられた硬い何かが激しい熱を持ち、胸を貫く痛みと銃声だった。大崎と新橋は港で抱き合いながら心中した。



「なるほど、こういうことですか」

 大崎はスケッチのために井戸から水を汲んでいる最中に新橋との記憶が駆け巡った。取り戻せと言われたがここまで力技だとは思わなかった。まさか心中すると誰が想像できるだろう。

「もし、そこの方——
「新橋さん」
「~~~っ」
「大崎です」

 大崎は腕を広げ、新橋が飛び込んでくるのを待つ。新橋は涙を溢れさせながら大崎の腕の中に飛び込み掻き抱く。大崎もそれに応えるようにきつく新橋を抱き締めた。二人が再会する、これは奇跡と言ってもいいだろう。

「遅いのですよ!」
「申し訳ありません」
「グズ、のろま、唐変木っ!」
「すいません」
「愛しております。もう、もうっ、俺を一人にしないでくださいませ」
「はい、もう二度と一人にしません。これからは自分がずっと傍に居ます。愛してます、新橋さん」

 何度繰り返すことになろうと新橋が諦めることはなくなった。隣に大崎が居るのであればそこは地獄ではなくなるのだから。




 そこで上手くいけばいいのだが、簡単にいくのであれば新橋がここまで繰り返すことはないだろう。大崎の一度目の繰り返しでは有明が新橋を追い詰めることとなった。二人が抱きしめあう所を陰から覗く気配はあったが、まさかここまで新橋と折り合いが悪いと思わなかった。有明の誘導で新橋が皆から糾弾され、庇った大崎と共に命を落とした。正確に言えば新橋がどうにもならないと判断して大崎と心中したのだ。
 二人が親しいところを見せればどこかに歪が生じる。なので、最初にすり合わせるのはあの港になった。何度も繰り返すと、新橋が思考を放棄することが何度か出てくるようになる。

「もう、無理です。全員生還などできるはずがございません。もう、もう終わりにいたしましょう」
「新橋さん」
「死なねばよいのなら!救助を呼ぶ日まで、皆様に睡眠薬を盛りに盛って起こさなければよいのです!カッカッカッ!」

 新橋はそういうと港から駆け出し船野の所からラボナを奪い、雨水をろ過する場所に投げ入れようとした。大崎は新橋を後ろから羽交い締めにし阻止するが、揉みあっているところを船野に見られてしまう。

「やめてください。新橋さん」
「お離しなさい!これ以上我慢なりません!何度死ねば満足いくのです!」
「堪えてください」
「もう二十回を超えているのですよ!特にあなた!あなたに言っているのですよ、船野さん!」
「ひぃっ申し訳ございませんっ申し訳ございませんっ」
「もっとご自身を大事になさいませ!何度死ねば分かるのですか!」

 羽交い締めにしているとはいえ皆に声が届くのは防げなかった。八重垣まで響いた声のせいで新橋は拘束され、大崎の部屋の布団に転がされている。市場前の診断結果は疲労による被害妄想。かなり辛辣に伝えられて、新橋も大人しく拘束されることを受け入れた。暴れても押さえつけられる大崎が監視役に選ばれたのは不幸中の幸いだ。もしこれが竹芝だったのなら何かしら理由をつけて、新橋は殺されていたかもしれない。

「どうして俺がこんな目にっ」
「あなたが暴れるからですよ」
「反省、しております」

 布団の上でいじける仕草が可愛らしく、思わず頭を撫でていた。

「馬鹿にしておいでで?」
「いいえ。可愛らしいと思って」

 猫の耳をウニ状に生やした髪はさぞ柔らかいのだろう想像していたが、意外にもナマコと同じ感触がする。しっとりとして、ひんやりして、柔らかい。そこでズキリと後頭部に痛みが走り、新橋と絡み合う映像が流れる。これを伝えればさぞ激怒するだろう。気取られぬよう、何事もなかったかのように頭を撫で続ける。

「お、台場様。俺の胸ポケットを探ってください」
「はい。ネックレスですか?」
「ええ。開けてくださいませ」

 大崎がネックレスを開くと、よく見たことのある青海波の着物を着た女性が微笑んでいた。ドクリと心臓が脈打つ。後頭部に痛みが走り、また走馬灯のように映像が流れだす。これは新橋が大崎にくれた祖母の肖像だ。

新橋さん」
「気に入ってくださいましたか?あなたに差し上げます。俺にはもう、別の大切なものがございますので」

 外れた眼帯から覗く左目と目が合った。右目は大崎の視線から逃げるように下を向き、絡み合う左目が美しく、鎌倉での再会を彷彿とさせた。

「冥さん」
「ぉ……お、大崎様?」
——冥さん。お待たせしました」

 転がっている新橋を抱き起し、骨が折れそうなほど強く抱きしめる。ぼろぼろと新橋の瞳から涙が溢れ、大崎の肩口を濡らす。

「本当に、本当に俺の大崎様ですか?俺を哀れに思うあまり、嘘をついているのではっ」
「冥さん、親父を一緒に見送ってくださってありがとうございました。肺炎などこじらせて先に逝ったこと、許してください」
「おおさきさまぁっ」

 新橋は大崎に抱きしめられながら泣き噎ぶ。大崎の結んだすぐ解ける拘束を外し、縋りつく姿はまるではぐれた親と再会した子供のように感じた。

「遅くなってしまってすいません。帰りましょう。たかなわさんもおおさきさんも、新木場さん達も待っています」
「はいはいっ」
「では、実力行使と行きましょうか。自分が全員を縛り上げるので新橋さんはその間に軽油を撒いて建物を燃やしてください。それと新木場さんに連絡をお願いします」
「クックックッあなた、覚悟決まりすぎではございませんか?これではただの放火魔でございます」
「あなたより大切なものなどありません」
「カッカッカッ!最後に愛が勝つ、でしょうか?三文芝居もいい所でございます」
「お嫌いですか?」
「まさか、俺はハッピーエンド主義なのですよ」