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7℃
2025-01-02 17:51:12
2059文字
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嫉妬されるべき人生
戦略コンサルタントとして、中嶋は己の才能を誇っている。
緻密な分析、大胆ながら「これしかない」と思わせるアイディア。決まれば、何百億の資金が動き、何千もの人生が変わる。
――
シニアの先輩が手がける中東の開発プロジェクトでは、砂漠の真ん中に道路が引かれ、やがて都市が誕生するそうだ
――
資金と人が世界から集まり、国境を越えていく。まさしく社会を変えるという感覚は、時に神にでもなったような陶酔をもたらしてくれる。天職だと思った。
そんな中嶋が次に任されたのは、地方に拠点を置く大手部品メーカーの事業再生だ。地方経済そのものと言える企業の再生は、周囲の産業、住民の暮らしにも波及する。腰を据えて取り組むべく、中嶋は東京を離れてウィークリーマンションで暮らすことになった。
『10/8 8:00 オリジン 名刺交換』
出張初日。スーツケースもそのままに、部屋でWi-Fiのパスワードを探していた中嶋が目にしたのは、明日の日時の書かれた小さな紙切れだった。掌サイズの無愛想な白に、細い神経質そうな筆跡。前住人の忘れ物だろうと丸めかけた所で妙に引っかかる。オリジンと言うのは駅前の弁当屋だろうか。いや、そんな場所で名刺交換?
翌朝、好奇心を抑えられない中嶋が弁当屋の白い看板を目指していると、年配の男性と派手にぶつかった。
「すみません! 大丈夫ですか?」
尻餅をついた男性に慌てて駆け寄れば「ああ、大丈夫。私もぼうっとしていたから」上品なバリトンが応える。
何かあれば連絡をと名刺を差し出すと、男性も「ちょっとした縁だな」と言いながら名刺を返してくれた。
プリントされていたのはよく知る企業のロゴ。事業規模はさほど大きくないが、特殊な特許技術を多数有しており、中嶋の担当するプロジェクトにおいてもぜひ技術協力を乞いたい相手だった。
偶然に得た縁はすぐに実を結び、プロジェクトは大きく前進する。見事な巡り合わせに、中嶋は首を傾げる。偶然とは言え、結果オリジンで名刺交換したのは中嶋だった。
数日後、客先の会議室を借りて紙資料を広げていた中嶋が休憩から戻ると、モニタに小さな黄色が貼り付いているのが見える。
『本日16時 グランドホテル1階ラウンジ』
誰がいつ貼ったのか皆目見当もつかないが、前回の成功を思い出さずにはいられない。勢いのままラウンジへ足を運べば、またしてもキーマンとなる人物が居合わせており、あっという間に次のアポイントが決まった。
こうして、週に一回程度、簡潔な指示が届く。指示は様々で、留守電、ショートメッセージ、クライアントからの伝言なんていうのもあった
――
どれもが中嶋に「次の行動」を示すもので、従えば結果的に望外の成果がもたらされる。果たしてプロジェクトは当初想定を超えるスピードで完遂され、中嶋は大きな手柄と共に東京本社へ呼び戻された。
休む間もなく大型の買収支援案件にアサインされる。東京に帰っても、メモは変わらずコンスタントに届き続けていた。不気味ではあるが、忙殺されるうちにそれも忘れた。
やがて中嶋はシニアに昇進し、海外の大型プロジェクトにも部分的に参加できるようになっていた。かつて憧れた先輩を追い抜き、業界誌にも小さく名前が載る、クライアントからの指名が続く躍進。自身の一声で世界が動くという快感は違和感を覆い隠し、今や中嶋はメモの存在を当然のように受け入れていた。
そうして昇進を繰り返し、部下を抱えるようになると、彼に届くメモの内容は変化し始める。今度は「磯野にベンダー某氏にコンタクトを取らせる」といった、部下への指示内容だった。
戸惑いつつもその通りに指示を与えると、部下は見事に結果を出す。周囲は中嶋の采配を讃え、上司も期待通りだと笑顔を向ける。社会を動かす全能感に加え「部下を動かす」という新たな快感を覚えた中嶋は、指示の届くままに従い続ける。
気がつけば、自分の頭で考えるより先に指示が届いている。中嶋はそれをそのまま実行するだけになっていた。
自身の発想と行動が世界を塗り替えるという万能感は、「指示どおりに進めれば成功する」という安心感に塗り替えられつつある。成功が続くほど周囲の評価は上がり、後戻りする理由が見つからない。もし指示を無視して失敗したら
―
ーそう考えると、もう怖くて手放せなくなっていた。
そうして今日も中嶋はメモの指示に従って、部下に次のアクションをDMする。
『明日 15時 法務確認』
双方忙しい。指示は簡潔を極めていた。
「俺が社会を動かしているのだ」
それが中嶋の口癖だった。
上司からの「ちょっと相談があるんだけど」、部下からの「少しお時間いいでしょうか」
――
そのどれもが、いまの中嶋にはただの指示に聞こえる。
新たな指示が届くたびに、彼はそれを破り捨てることなく、忠実に遂行する。いつの間にか中嶋の一日は、誰かの指示に従う事で埋め尽くされていた。
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