集会を途中で抜けてそのまま終了時刻を一時間回り、直帰している折に、教会の前で煙草を吸っているソウと鉢合わせた。挨拶だけと言うのも味気なく、オレが抜けた後の話を聞いていた。ニアとハチは結局情報を落とさなかった事、他所から来た面子はマリィの調査が済むまで滞在する手配がされているらしい事、後はソウとケントの議論の行く末。
その流れで。
「ケントって、良い人ではある、よな。理屈っぽい所が出過ぎると、アレだが」
と言えば、ソウは苦い顔をした。
眉間に皺を思い切り寄せて、丁度咥えた煙草を深く吸っていた。何かしら言いたい事を上手く捻出できず考え込む時の癖だった。
十秒程沈黙を守って漸く煙を吐き出して、携帯用の灰皿に灰を落とした。
「あれは、善人ではないでしょ。寧ろそう思った根拠は?」
はて、と首を傾げて考える。
「コーヒーとか温度の状態まで態々言って、くれたりとか。怪我してるとき肩貸してくれたりとか、誤魔化すのに助け舟出してくれたり、とか」
オレのまだ少しばかり鈍い感覚を悟られてからは、何かと助けられている。だから、善人でないと言われてもしっくりと来ない。
「色々と周りを見ているし、良くして貰っているんだが」
指折り数えるオレに、ソウはふうっと深く息を吐く。それからまだ少し長い煙草を灰皿に押し込んだ。
「まあ、確かに周りは見てるだろうね。……足元以外もちゃんと見てはいるし。でも一番良く見ているのは足元なのが問題なんだよね」
「足元?」
「つけ込める所をちゃんと把握する癖があるって言うべきなんだけど。だから……良くして貰っただけで信頼するのはちょっと、早計ではあるよ。大概、悪魔みたいな奴だし」
最後は吐き捨てるようにして、それからまだ吸い足りなかったのか、ポケットに入っていたらしい煙草の箱からもう一本摘み上げ、火をつけた。
「レノだって、ほら、都度警戒はしてるみたいだし」
「ああ。大体顔が良いのが悪いって良く言ってるしな。意味は、ちょっと……」
「それは彼の陰謀論だからアテにならないよ」
「そうなのか」
「そうだよ」
ソウのため息と共に煙がもくもくと上がる。それから手持ち無沙汰だった右手で頭を掻いて、「あ」と小さく声を漏らした。
「夕飯は? 食べた?」
「いいや、まだ」
「丁度良いや。義父が何か話あるって言ってたし、ついでだから食べてけば?」
「良いのか?」
つい尋ねれば、ソウは頷いて、寄りかかっていた扉を開けてくれた。片手に煙草も携帯用灰皿も持っていて中々器用だ。
無関係な事を考えながら、燭台で照らされた廊下に通され、背後で扉が閉まる。
その時「気に掛ける事が多いな」と呟くのが聞こえた。
ソウもソウで、面倒見が良いよな、と思った。
***
数日後。丁度休日で街をアテもなく散策していた、昼下がり。図書館の前を通りがかったら、カキを見つけた。丁度真横であればまだしも、人が二、三人分入る距離はあったし、人通りもそこそこあった。丁度図書館に入るようだったからそのまま立ち去ろうとしたら、袖を引っ張られる。
反射でぐい、と引かれた方向に顔を向けるとカキと目が合ったので驚いた。足が速いなとか、気がついていたのだな、とか。色々思考が渦巻きつつ、嬉しくはあり、でも言葉は上手く出てこない。下手なりに笑みでも浮かべるべきとは思うのだが、どうにも上手く行かない自覚だけ積もっていくので困る。
取り敢えず視線を外さずにいたら、カキから口を開いた。
「マコトか。奇遇で、嬉しく思う。声の一つでも掛けてくれれば良かったのだが」
「ああ、ええと。人、思ったより多いし、距離も少しはあったし。あと、珍しく図書館に行くようだったから。その、急ぎの用でもあるのかと、思って」
言葉が絡まっている中で訥々と、オレが取り留めもなく話している内に腕を引かれて図書館の入り口前のベンチに横並びで座っていた。
「成る程。急ぎの用事ではないから心配には及ばない」
「そうか。うん、良かった。で、今日は何しにここに?」
「む。……魔法、魔術関連の書籍を借りてきて、公園で読み上げるよう、ケントに頼まれた」
「ケントが?」
この間、ソウとの会話で主題になった名前が出てきた事、次に魔法とか魔術とか、ケントとは到底結び付かないような単語が出た事に頭をひねる。
「ケントが魔法……魔術? に詳しいイメージがないんだが」
そう言うと、カキはゆっくりと二、三回瞬いた。それから顎に手をやり、何か考えているようだった。
「……そこそこ詳しい。オカルトの方面にも詳しいように、こういったものも恐らく好きなのだろう」
「オカルトと一緒くたにするのは、ちょっとどうかと思うが。でも、科学に頼らないという意味では同じ分類、か?」
「ケントの感性なら同じになる」
「そうなのか」
ケントについて知らない事が増えていくので、戸惑う。気がついたら手を揉んでいて、俯いていた。だからだろう、カキが俺の事を見て首を傾げる。
「何か聞きたい事があるのではないか」
心中を言い当てられて、目を見開く。カキの黒い目に自分の変な顔が映っていた。
「……ああ。ちょっと、この前ソウと話したとき、ケントについて話して」
「具体的には」
「ケントが良い人かどうか」
「ふむ。難しい議題だ」
「そうなのか」
あっさりと難しいと切っていくので、苦笑する。親友と互いに公言しているし、実態もかなり距離は近いようだから、嘘ではない、と思う。
寧ろ、距離が近いからこそ見えるものがあるのか。
「マコトはケントの事をどう思っている」
「面倒見が良いし、良い人だと、思う。ソウに言ったら反論されたが」
「ほう」
カキは口元に当てた手をそのままに黙る。そしてオレたちの前を何人も通り過ぎた時、不意に首を横に振り、話し始めた。いつも突然話し出すので、そこは未だ慣れない所である。
「おれ個人としては、今回はソウに同意したい」
「……なぜ?」
「面倒見が良いのは嘘ではない。ケントは嘘を吐かない、とは言わないが。性質に関しては嘘を吐かないし吐けない宿命でもあるのだろう」
カキは前置き部分が終わったようで口元に置いていた手を退かした。
「少なくとも、大手を振って善人である、とは言えない」
「……どういう所が?」
「獰猛な部分がある」
実に端的に、簡潔に述べた。獰猛。魔物との戦闘が妙に上手かった事、そのやり口を挙げるなら、獰猛と呼んでも致し方ない。が、普段の生活からそうであっただろうか。
いまいち掴めずに腕を組んで記憶を手繰り寄せる。その折。
「具体的には目を、何時ものように閉じるのではなく、細めて笑うとき、感じやすいと思う。ミカには見せない顔と言えば分かりやすいだろうか」
「……ミカに見せないったって、ケントの方が避けてるだろ。オレも同じ様な感じだし、人の事は言えないが」
「言い換えると、ミカには第一印象、第二印象等、対外的な印象から逸れた事はしていないという事になる。要はギャップを感じた事があるかどうか、その問題になる」
「……成る程」
ミカには見せない、変わった表情。普段とのギャップが強いそれ。漸く心当たりを掴む。
正午を知らせる鐘が鳴って、何となく会話が終わった。それからカキに手伝いを申し出るも断られて、別れるときの挨拶に四苦八苦しつつ、図書館の白い壁の前を去った。最後、「何かあれば連絡するように」と念押ししてくれたカキが目的の施設に入っていくのを見届けて、オレは公園の方へと向かっていた。
***
「と、言う事があったんだが」
「それを本人に言うって大層な事してるんだぞ」
ケントがケタケタ笑う。平日の街中は存外混んでいるのに対し、真昼間の公園のベンチ周辺はそうでもないようだった。ケントは堂々と足を組んで座ってカキを待っていて、時折通り掛かる人の注目を掻っ攫っていた。ケントの正面に立っているので、自然と自分も見られている気がして少し気まずい。
「どうしても、気になったから。それに、魔術……に詳しいのは初めて知った」
「ああ、地元にそう言うのが好きな子がいて。それの影響だな」
「他人の影響を受ける事もあるのか」
意外だった事を隠さずに言えば、ケントはぱちりぱちりと瞬きをして何も言わなかった。気を悪くしたかと少し焦り始めた手前、彼は眉を下げて、はは、と笑い声を上げた。苦笑、と言うには呆れよりも、何か別の感傷のような、そんな別の何かがあるような、気がした。根拠らしい根拠は、ないのだが。困った様な顔が珍しかったせいだろうか。
でもケントはそれ以上は何も言わず、「それはそれで」と話を切り替える。同時に表情もいつも通りに切り替わる。
「事実、ぼくが善き人間であるかは別として」
笑い声を引っ込めたかと思えば、指を立てた。それに、声で笑わずとも、口元では弧を描いているので抜け目ないし、器用だった。
「そう判断した理由は、ソウの所で言ったような事、経験以外にはないのか?」
はて、経験以外に何があるのか。検討もつかなかったが、聞くのは何となく躊躇われて、それに事実、経験以外の事は恐らく含まれていなかった。……でも、恐らくとは何なのか。多少の疑義はあったのも事実で、なら十分考えなくてはならないと思ったので。
ベンチの前に突っ立って。ケントの紫色の目を眺めながら、考えに考えて。
そうして出した結論は、どうにも漠然としていた。
「…………勘?」
「疑問形なんだな」
「漠然としてて良く分かんねえから。しっくりは来てないし」
「はは、直観も馬鹿にはできないからな。理屈より正しい事も多いぞ」
となると、と彼は言葉を転がした。口元を手で覆う。こんな演技がかった仕草も様になるから、レノがいれば、かなり、凄く、元気になっていただろう。
「人を見る目が本当にないな、きみは」
ケントはオレの顔を凝視したまま、目を細めた。限りなく、細く。決して閉じ切っていなくて、指と指の隙間から覗く口も薄く、本当に微かに開いていた。
実に楽しげな声音のそれと、薄目も薄く開いた口も合わせて見るに、成る程確かに悪魔や獰猛といった印象はある。……別に、今までそれを感じていなかった訳ではないが。
でも、何となく、漠然と。嘘とは言わないが。でも、本題に入る前の困ったような顔も、きっと嘘ではない。何となく、逆ではないか、と思う。どちらを隠したいのか、そういう部分。上手く言えないからもどかしいのだが。
きっとミカが見れば一発で答えが分かるのだろう。隠し事に対する勘が鋭いから。
だから、ミカには見せないのか、と思い至る。漸く合点がいく。ちゃんと相手は選んでいるようだった。足元というより、相手の基準を見ている、のかもしれない。本人にしか分からない事だから一人で言っていても意味はないかもしれないが。
「オレはオレの見たいように見るから、別に良い」
「絶対痛い目を見る、と言ったら?」
「もう見てる」
それで生き永らえた結果が今のオレであるのだし。胸を張って言える。
ケントは少しつまらなさそうに口を尖らせた。かと思えば、急に脇見をして立ち上がる。思わず一歩後退ると、彼は公園の入り口の方を見て手を振り始めた。
その先を見てみれば、カキが本を四、五冊積んで持ってきている。カキもこちらに気が付いたようで、スタスタと早足で真っ直ぐこちらに向かってきていた。
この後はどうしようかと考える。やる事もないし、ケントとカキに混ざっても良いのかもしれない。魔法の事は疎いが、魔法と魔術が同じ存在であるとする説がメジャーだった事までは知っている。だが、最近その二つが分離しそうな事。関連して、この頃魔法か魔術かで揉めたのが要因の事案も増えてきている、と裁判所や警察の職員が頭を抱えていた事。この近辺、魔術と違う魔法に関してはてんで知らないので、ここは今一度知っておいた方が役に立つ事もあるかもしれない。信憑性については、後で図書館で裏取りするとして。
何はともあれ、二人の許可がなくては駄目な話だ。
そういう訳で、カキが隣に着いた今、どう話を切り出すべきか、悩んでいた。
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