2025-01-01 00:57:33
6086文字
Public スミイサ
 

セカンドニューイヤー

スミスにまたDEXで負けてホリデーを一緒に過ごす機会を失ったイサミと、欲張りなスミスのスミイサです。ハッピーニュイヤー! トンチキ時空だ!

 こたつに潜って裸の足を擦り合わせ、背を丸めながらみかんを剥く。テレビからは年末らしい特別編成のバラエティ番組が流れており、見るとはなしにそれを眺める。ときおり両親がおなかは空いていないかと声をかけてきて、もう何度目かになる腹一杯だの返事をする。
 例年通りの年末年始。実家に帰省しては今年が無事に終わったことを噛み締め、両親が健康でいてくれることに感謝し、寿命の近づいた家電の一つでも買い替えて親孝行をすることが、イサミの毎年のルーティンだった。
 今年も、全くいつもと変わらない年末。いつもと変わらない──そんなはずないのに!
どん、と湯呑みを置く手に思わず力が入り、母が心配そうにイサミを眺めた。
「勇、あんたさっきからちょっとおかしいよ。なにか気掛かりがあるなら解決してから帰ってきてよかったのに」
……なんともないんだ。驚かせてごめん」
 父母にあたるのは全くもって本意ではなく、イサミは自分の堪え性のなさを恥じた。けれど、けれどこればっかりはもやもやするのも仕方ないのではと思う。
 ことの始まりは、数週間前。スミスとルルとビデオチャットをしていた時の話だ。
 ルルはスパイの仕事(イサミはこれがどういうことなのかいまだによくわかっていないのだが、ルルがあまりにも自信満々なので諌めるのも憚られ、そのままになっている)がどうしても休めないといい、イサミはそれを残念に思った。代わりにホリデーからは少し外れた時期に長めの休暇が取れるというので、ボブに直談判するところだったスミスも電話を置いたのだ。
 対してスミスは、クリスマスに差し掛かる期間からホリデー休暇を取れるということだった。例年通り出勤しようとしたが、上司から休むように言われたという。イサミもまた、おおよそ同じような事情で年末年始は休暇になっていた。
 と、なれば。当然イサミには期待するものがあった。それはスミスと過ごすホリデーだ。クリスマスから年末年始のホリデー期間は、アメリカでは特に、家族と過ごすための期間であるらしい。ルルがいないのは残念だが、あの時豪華客船の部屋を見て、ホームだと呟いたスミスと一緒に過ごすことができたら。それはなんだかとても特別なことのような気がして、イサミは液晶越しにひっそりと胸を高鳴らせた。
「ルル、はんぼーきにりょこーする趣味ない! かんさんきにおトクにバケーションする。二人もおやすみとってね!」
「はは、ルルは俺たちなんかよりよっぽどしっかりしてるな。CIAじゃそんなことまで教えるのか?」
「アンクル・ボブ、頼りになる」
 スミスが冗談めかして尋ねると、ルルはふふんと胸を張った。なんだかんだ職場でも良好な人間関係を築いているようで、イサミは安心するとともにルルをひっそりと尊敬した。イサミは演習まで友人といえばヒビキくらいのものだったからだ。
「イサミはどうするんだ?」
 画面越し、スミスの碧の瞳がイサミを見つめた、ように感じられた。これはビデオチャットなのだからスミスが見たのはカメラだとわかっているのに、なんだかイサミは妙な気分になってしまう。
「あ、えっと……俺は、休み取れた、から……
 カメラに映らない机の下部で、イサミはもじと指先を擦り合わせた。
「その、」
「そいつは良かったな! それなら帰省するだろ? 今年は色々あったから、イサミもご家族に顔を見せてあげたほうがいい」
 スミスは満面の笑顔で、そういった。
 そこから先、どうやって会話を終わらせたか、イサミにはぼんやりとした記憶しかない。なんだか豪華客船を降りたあの時のことを思い出して、じんわりと泣きたい気分になったのを覚えている。それでもイサミは言い募ることだってできたのに、結局はそうしなかったのだ。できなかったといってもいい。だって、あんなふうに、イサミがイサミの実家に帰ることを──イサミのホリデーにスミスはいないのだということを当然であるかのように語られたら、イサミにはその前提を破ってまで誘いをかける勇気はない。
 それに、ご両親は亡くなっていると言っていたけれど、祖父母は健在だと聞いた。スミスだってスミスの実家でホリデーを過ごす予定くらいあるだろう。考えれば考えるほど口は重くなって、結局イサミは年末年始をいつも通りに過ごしている。
 実家のこたつの中は温かく、両親は優しい。イサミが世界を救った──とだけいうのはあまりにも簡潔にすぎる説明だが──と知っている両親は、イサミを暖かく迎え入れてくれた。地元の友人にも挨拶できて、有意義な年末であることに間違いはない、のだが。
 イサミはくさくさする気持ちで年末の番組を眺めた。あと数分で年は変わるが、イサミの気分は全く晴れない。日本のどこかの寺だか神社だかに集まる人々の中に手を繋ぐカップルを見つけて、余計にもやもやした。
 ごおん、と鐘が鳴り響いて、年が変わった。
「あけましておめでとう。今年もよろしくね」
 両親が挨拶を交わし合い、イサミもまた顔をあげて、この時ばかりは真剣に年明けの挨拶をした。
「あけましておめでとう。今年もよろしく」
 ぶん、と携帯が振動して、メッセージの受信を知らせる。チャットアプリをひらけば、ヒビキやアキラ、地元の友人からあけましておめでとうのメッセージが来ていた。両親たちがゆっくりと通常営業に戻って寝支度を始めるのを見計らって、イサミはそれらのメッセージに返信する。
 いくら更新をかけても、そこにスミスの名前はない。まあ、アメリカではまだ年は明けていないのだから当たり前、なのだが。
 イサミは一旦メッセージアプリを閉じて、時計アプリを開いた。世界各国の時計を入れているそこには、ルルやスミスとのビデオチャットのためにアメリカの東部標準時に合わせた時計も入れてある。日本との時差は14時間。アメリカではまだブランチの時間だ。
「はぁ〜……
 イサミはため息をつき、携帯を握りしめたまま机の上に突っ伏した。天板が額に当たってごちと音を立てたが、大した痛みではない。
「新年早々縁起が悪いな。本当に大丈夫なのか? 勇」
 すっかりパジャマに着替えて寝入る直前の父にそう眉を顰められた。
「大丈夫……
 物言いたげな沈黙。
……まあ、何かあれば相談しなさい」
 イサミに似て不器用な父は、様子のおかしい息子を放っておくことにしたらしい。イサミにとっても、そのほうがありがたかった。
「ごめん……
 そもそもこんなふうに落ち込むくらいなら、あの時勇気を出してスミスを誘えば良かったのだ。勇気爆発、スミスと一緒ならなんだってできる気がするのに、スミスと距離を詰めようとすることはどうしてこんなに難しいのだろう。
……電気、消すぞ」
「うん……
 父が部屋の電気を消して、寝床へと去っていった。イサミはこたつに項垂れたまま、普段は絶対にそんなことはしないが、このまま寝てしまおうかとさえ思えてくる。深夜の適当なバラエティを流しても笑える気分にはならない。
 ──ぴか、と。窓の外が緑色に光った。それをイサミは、閉じた瞼越しに知覚した。
「ん……?」
 顔をあげて、立ち上がる。カーテンを開いたが、窓の外に特に不審な様子はない。
 どく、と心臓が高鳴る。まさか、そんなはずはない。きっと近所の悪ガキ連中がバイクで爆走しているとか、それくらいの話だ。いくらあの光に、色に、見覚えがあったとしたって。ここにあいつがいるはずがない。冷静な脳みそがそういうのに、イサミは思わず駆け出していた。
 土間に放置されていたサンダルに慌ただしく足を突っ込んで、がちゃがちゃと鍵を開ける。扉を押し開くと、「Ouch!」と聞き慣れた声が耳に飛び込んできて、瞬間、手の中に握ったままになっていた携帯が着信を知らせた。
「すみ、す……なんで、」
 果たして、そこにはおでこと鼻の頭を赤くしたスミスがいた。いや、というか全裸のスミスだ。全裸?! イサミの手の中の携帯もスミスからの着信を示していて、イサミはスミスの顔と体と液晶とを交互に見た。
「Ah、突然ごめん。ご両親を起こしてないかな、俺」
「父さんと、母さんは……寝てる……
 呆然としたまま、問われたことに対する答えだけは口から出てきた。ぴゅうと風が吹いて、スミスが寒そうに肩をすくめる。それを見てイサミははっと我に帰った。
「バカ、お前、服! 冬! 外!」
 言うべきことはありすぎて言葉にならなかった。イサミは慌てて羽織っていた半纏を脱ぎ、スミスの裸の肩にかけてやる。
「Achoo! ありがとう、イサミ」
 くしゅんとくしゃみをした後、鼻を啜って、へらりとスミスが笑った。少しでも暖かくなったのなら良かったが──いや、まだ問題は解決していない。スミスは下半身を露出したままで、ここは田舎とはいえ年明け後の夜道なのだ。遠くでざわざわと人の声が聞こえるし、もし気づかれればスミスは大変不名誉な形で年明け早々日本のネットニュースを賑わせることになる。名誉勲章を授与された若き海兵隊員が猥褻物陳列罪で逮捕なんて冗談にもならない。
「いや、そうじゃなくて服、ズボン、なんか履くもん持ってくるから中に──」
「その必要はない」
 やたら堂々とした様子でスミスは答えた。玄関扉の中に踏み込んでくる代わりに、イサミに向かって一歩を近づき、イサミの肩にぽんと手を置いた。
「え、え」
「俺と来てくれるか、イサミ」
 スミスはまっすぐな瞳でイサミを見つめた。ずい、とさらに一歩、近づいてくる。
「い、行く。スミスと一緒に行く……!」
 半ば駆動を止めたイサミの脳みそは条件反射的に是を返し、スミスはそれを受けて満足げに微笑んだ。
「よし。じゃあイサミ、しっかり捕まっててくれ」
 イサミが戸惑ううち、スミスの手はイサミの腰にまわって、イサミの体をしっかりと抱き上げた。イサミは言われるがまま、スミスの首に腕を回す。これがいわゆるお姫様抱っことかブライダルキャリーとかいう運び方であることを気にするほどの脳の容量はもう残っていなかった。
 イサミの腕がしっかりとスミスの首に巻き付いているのを確認したスミスは、一方の手でイサミの腰のあたりを支え、もう一方の手を高く掲げた。
「スミス! ちょ、おま」
手のひらを上に向けて、こう叫ぶ。
「チェーンジ、ブレイバーン!」
 ぴか、と。碧の光が瞬いて、イサミは反射的に目を閉じた。結局、明日のニュースを賑わせてしまう事態は避けられなそうだ。
「イサミ、もう目を開けて構わない」
 聞き慣れた声が降ってきて、イサミはぼんやりと目を開いた。ぱちぱちと数度瞬くとやがて視界は明瞭さを取り戻す。
「す、……ブレイバーン。どうしたんだ、急に。ここはどこだ」
 イサミはパイロットスーツを着ていた。イサミが元々着ていた服はどこにも見当たらなかったから、もしかしたら弾け飛んだのかもしれない。着古した服でよかったとイサミは半ば現実逃避的に考えた。スミスにかけてやった半纏だけは、パイロットスーツの上からイサミに羽織らされている。
「今はブレイサンダー形態に変形して、太平洋の上空をマッハ9で航行中だ」
「太平洋……
 イサミはモニタを確認したが、眼下には確かに暗い海があった。
「何か急な任務でもあったのか?」
 それほど急ぎでアメリカに向かうということは、年明け早々急を要する事態でも発生したのかもしれない。イサミはにわかに心配になって、眉を顰めた。
「いいや! 全く任務などではないから安心して欲しい。これは極めてプライヴェートなミッション、そう、オペレーション:ニューイヤーズ・ライジングサンの一環で……
「ニューイヤー?」
 イサミがそう尋ねると、ブレイバーンの勇ましい声に合わせるようにちかちかと明滅と拡縮を繰り返していたコックピット内のグリッドが突然おとなしくなった。それからペラペラと続いていた台詞も止んでしまう。
……スミス。ちゃんと説明しろ」
「はい……
 ロールプレイを破棄する意図は正しく伝わったようで、素の声に戻ったスミスの返事が聞こえてくる。
……ホリデーは、家族と過ごす大事な時期だろ。だから、イサミにはイサミの家族と平和に過ごしてほしかった、この一年色々あったから」
「ああ」
 スミスの言うことはよくわかった。あの日に聞いたのと全く同じ論理だった。
「けど、ホリデーは大事な時期、だから……俺とも過ごしてほしかった、俺も、俺だってイサミと年越ししたかった! だから今はアメリカに向かってて、一時間後にはアメリカについて、アメリカはまだ昼過ぎくらいだから、向こうで腹ごしらえしてちょっと仮眠したらタイムズスクエアで俺とニューイヤーを祝ってほしい! イサミとニューイヤーを迎えたい! できればキスしながら!」
 やけくそ気味にスミスは叫んだ。ぜえはあと荒い息の音が聞こえる。ブレイバーンになってる時は呼吸なんてしてないくせに、やっぱり習慣というのは抜けないものなのだろう。
「スミス、お前……
 イサミはぎゅ、と操縦桿を握りしめた。計器が示すのは確かにマッハ9、時速一万キロほどで、一時間ほどすればアメリカに着くだろう。
……怒ってる? ごめん、ジャパンの年明けまでは待ったつもりだけど、まだやることもあっただろ」
 しょぼくれた犬のような声色。イサミはスミスのこの声に大変弱く、なんだか笑えてきた。──そもそも、全く怒ってなどいないので。
……怒ってない。俺は、お前とビデオチャットしたあの時から、本当は一緒に過ごしたいって思ってた。お前に言い出す勇気が、なかっただけで」
「イサミィ……!!」
 スミスとブレイバーンの声が奇妙に乱れて聞こえた。コックピット内のグリッドが淡い碧色に発光する。
「俺はニューヨークなんて詳しくないけど。お前が案内してくれるんだろ?」
「ああ、もちろんだ! 快適なベッドを備えたホテルから、ランチに最適なカジュアルなレストラン、大人の階段を上れそうなちょっとおしゃれなバーまで完璧にリサーチ済みだ! 君は何が食べたい? イサミ」
「ははっ、真面目なやつ……
 イサミは我知らず微笑んだ。スミスを抱きしめてやりたくなったが、あいにくやつはいまロボットなので、代わりに操縦桿にしなだれかかった。
「い、イサミィ?!」
「俺、お前のこと好きだ……お前が来てくれて、一緒にニューイヤーを祝えて、すごく嬉しい……
 ぽそぽそと呟いた言葉は確かに伝わったようで、動転したようにコックピットの中が光る。
「私も……私も、君と過ごせて嬉しい。十三時間後にまた、新しい年を君と共に祝わせてくれ」
 イサミは満足して頷いた。年が明けたらいくつか始末書を書く羽目になるかもしれないと思ったが、まあ、そんなことはどうでもよかった。それはきっと、スミスも同じなのだ。