ニイナ
2024-12-31 23:42:14
6624文字
Public
 

君を暴くための作法 5

弱視若様と鰐さんの続き。ひとまずこれで一区切り!鰐ドフっぽくなりました。
※ずっと捏造120%です!!


君を暴くための作法 5


 二人だけではないとはいえ、食事をして気を遣う口調もなくなり、ドフラミンゴにあったかも知れない壁が薄れていく感覚にクロコダイルは笑みをこほすしかなかった。クロコダイルの記憶の中ではドフラミンゴといえば掴みどころがなく、行儀が悪く、躾のなっていないガキ、という印象だった。狡猾さや独自のやり口での取引を見ると頭の良い男だとも思うのだが、七武海で顔を合わせる時はたいてい子どものお遊びに参加しているガキ、というイメージでしかなかった。
 それが、今生で出会ってみると印象ががらりと変わってしまった。記憶が無いせいもあるだろうが、ドフラミンゴには良いところの子ども、という印象が上書きされる。そしてそれは何度か塗り直され、興味を引かれる存在、にまでなっていた。そのきっかけは素顔を目にしたことが最大の原因で、あとにつれ、ドフラミンゴが表情豊かに笑うのを見たり、あどけなさに触れたりするごと、クロコダイルの琴線はおおきく揺れたのだ。こんなふうに誰かに興味を傾けるなど久しぶりのことで、クロコダイルは日々を真新しい面白さを覚えながら過ごしていた。
「ボスばっかりドフラと仲良くなってずるい」
……なんだ、急に」
「わたしもドフラの連絡先知りたい」
 つい先日、作品展の開催が決まり、それに向けて黙々と制作を続けているマリアンヌからじっとりとした視線と共に告げられ、クロコダイルは目を細めた。マリアンヌの言葉はたいてい唐突なのでそう驚きはしないものの、また急なこと、と思うのも事実だった。
「聞けば良かったじゃねェか」
「だって、眠くなってて……
「あァ、そうだったな」
 食事をする場にマリアンヌもいたし、その機会はあっただろうと言えばマリアンヌが眉を寄せて口を曲げる。それから返されるものに、確かにあの時のマリアンヌは食事が終わる頃にはほとんど眠っているも同然だった。あの辺りは創作に熱が入りすぎていて、あまり寝ていなかったのがそもそもの原因である。
「独り占めは、だめ」
「クハハハ、そういうもんじゃねェだろう」
「ボス、笑うところじゃないわ」
「クハ、仕方ねェ、教えて良いのか聞いてやる」
 存外鋭く突いてくるマリアンヌの勘の良さについ笑ってしまえば、ロビンから冷ややかな声が刺すようにこぼれた。そのことに肩をすくめてクロコダイルはドフラミンゴへとメッセージを送る。返事の頻度はまちまちなのですぐ返ってくるとは思えなかったのだが、タイミングよくドフラミンゴからの返信はほとんど待つことがなかった。
「マリアンヌがお前の連絡先を知りたがってる。教えても構わねェか?」
『マリアンヌなら大歓迎だ』
 マリアンヌのことを拒むよりも喜んで受け入れるらしいドフラミンゴに、舌打ちがもれそうになりクロコダイルはそれをどうにか押さえ込んだ。芸術が好きだとわかっていてマリアンヌを切り札にしたのだが、こうも喜色を全面に出されるとすこし苛立ちが湧き、クロコダイルは息を吐いた。
……マリアンヌなら大歓迎、だそうだ」
「ほんとに?」
「ここで嘘を付く必要がどこにある」
「ボスが怖い顔するから」
…………
「独り占めは良くないんじゃないかしら」
「ニコ・ロビン」
 クロコダイルの答えを確かめるように問いかけるマリアンヌに、やや呆れぎみに返せば、これもまた鋭く突かれてクロコダイルはつい口を閉じる。マリアンヌは色彩を豊かに見ることに長けているのだが、それにともなって人の感情のオーラが見えている節があった。そのせいか、顔に出していないはずの感情を見つけることが多いのだ。黙ったクロコダイルに笑みを浮かべたロビンがさくりと切り込み、クロコダイルは眉を寄せた。マリアンヌとは違い、クロコダイルをよくわかった上で釘を刺してくるロビンに本当に聡い女だと舌を打ちたくなる。けれども今はひとまずマリアンヌへドフラミンゴの連絡先を教えなければならず、クロコダイルはマリアンヌのカバンからスマホを取り出すことにした。勝手をしているわけなのだが、これは制作で手が離せないマリアンヌにとっては日常のことである。
「ほら、入れておいたぞ」
「ありがとう、ボス。ドフラと話したりすると、筆が止まらなくなるの」
「エトワールだな」
「ミューズかも知れないわね」
「そうかな」
 クロコダイルがスマホをいじったことを咎めずにむしろ感謝して言うマリアンヌに、クロコダイルはぽつりと呟く。それにロビンが続けて、どちらも違いはないだろう、とクロコダイルは思った。当のマリアンヌに自覚はなくとも、芸術家に想像の影響を与える存在というのは星や女神に例えられていて、それがまさしくドフラミンゴだった。
「まァ、お前の筆が乗るなら、良いことだ」
「ふふ、そうね。マリアンヌの絵がもっと見られるなら嬉しいわ」
「わたしも、今がいちばん、楽しい」
 思ったままの事実を言うのにロビンがやわらかく笑みをこぼしておだやかに告げる。それを受けたマリアンヌが手を止めることなく、本当に楽しそうに筆をとった。クロコダイルにとってマリアンヌの絵はよくわからない。その絵が表すものなど、想像も出来はしない。けれども、マリアンヌが描くものが素晴らしいのだとは、よく理解しているつもりだった。黙々とカンバスに向かうマリアンヌの姿に目を細め、クロコダイルは作品展へドフラミンゴを招待してやろう、と決めていた。
 その話をするならメッセージのやりとりより、直接会っての方がいいな、と思いつつ、クロコダイルは開いたアプリを眺める。ドフラミンゴに次の機会を託しているので、こちらから今誘うのはすこし違うかも知れない、という気がしたのだ。ただそれも関係ないことか、とも思い直し、クロコダイルはメッセージを打とうとして手を止めた。
『今度の木曜は空いてるか?』
 そのメッセージが、ちかちかと画面の中で光っている、気がする。不意に訪れた次の機会に、勝手に顔がゆるんでいき、クロコダイルは口元を押さえた。
「悪い顔になってるわ、ボス」
…………
「良いことがあったのね」
 クロコダイルの様子を正しく言い当てるロビンを一瞥して、クロコダイルは沈黙する。返すものを咄嗟に思いつかず、つい口が閉じていた。そんなクロコダイルを気にもせず、ロビンがますます正しいところを突いてくるのでクロコダイルはゆるりと首を振り、ロビンへ答えることを止めてしまう。それよりもドフラミンゴへの返信だろう、と気持ちを切り替え、メッセージと向き合った。
「その日ならちょうど空いてる」
『良かった。じゃあ十三時に植物園で』
「わかった」
 ドフラミンゴから返させるものに首を傾げつつ、クロコダイルは大丈夫だという返事をする。ようやく巡ってきた機会に舌を舐めながら、さてどうやって距離を詰めようかと考えていた。

 そうしてすぐにその日はやってきて、ドフラミンゴと会う土曜日になっていた。予定を変えることなく、問題も何もなく、当日を迎えることにほっとしつつクロコダイルは腕時計へと視線を落とす。十二時を差す長針と短針を確かめ、着ている服を確かめ、これでいいかとクロコダイルは部屋を出た。
 待ち合わせている植物園には早めに着いておくべきだなと地下の駐車場まで降りて考える。ドフラミンゴがどういう手段で植物園に来るかはわからなかったものの、長く持たせるわけには行かないだろう。そうつらつらと考えを巡らせるうちに口元がゆるむのを自覚して、クロコダイルは自分のことながらやや呆れてしまった。ロビンに見られていたら余計な小言をもらいそうだなと思いつつ車に乗り込み、シートベルトを締めてエンジンをかけた。
 あまり通り慣れない道をナビに任せて進むと、季節柄どうしても混んでいるところに出くわした。クリスマスが過ぎたところで今度は年の瀬が近付き、イベントには事欠かない。そのせいでどこもかしこも人が多く辟易するばかりだった。その日に外に出ているクロコダイルも人のことを言えた義理ではないのだが、わざわざ外に出るなと言いたくなる。堪えきれないため息を吐き出し、クロコダイルはまたしばらく車を走らせた。
 植物園のパーキングに車を止めて外に出ると、思ったよりも人が多くいてクロコダイルは目を瞬かせた。何も寒い中、屋外に出なくてもいいだろうに、とは思ったものの、植物園の前にイルミネーションの告知が大々的に出されているのを見てしまえば納得するしかなかった。冬になるとどこもかしこも鮮やかな電飾で彩られていて、クロコダイルにはそれらが鬱陶しくて仕方がない。増えていく名所に眉を寄せても意味がないなと割り切り、植物園の入り口まで足を進めた。
 そこにドフラミンゴの姿はまだなく、クロコダイルは腕時計へ視線を落とす。待ち合わせの時間の十五分前だということを確認し、一安心した。早く着いたからと言ってこの場から動くのは得策ではないなと判断し、クロコダイルはコートのポケットへと手を突っ込んだ。冬の寒さがじんわりと体温を下げていき、雲の多い空は晴れているのにどこか仄暗い。人の多さで辺りはごちゃごちゃとしていてうるさく、クロコダイルはそっと息を吐いた。
「クロコダイル」
「ドフラミンゴ……
 ぱっ、とその声が飛び込んできた瞬間、クロコダイルの周りの温度がわずか、上がった気がする。華が降るようなドフラミンゴの声に顔を上げ、視線を向ければ、そこにはドフラミンゴがいたものの、隣にはヴェルゴも控えていた。ヴェルゴの腕に手を添えてそこにいるドフラミンゴがやわらかく微笑んでクロコダイルを見つめる。おそらくここまでの案内をヴェルゴにさせていたのだろう、と頭で理解はしても、ざわざわと胸が波立つのは止められなかった。
「ヴェルゴ、ありがとう。ここで大丈夫だ」
「わかった。何かあったらすぐに連絡をしてくれ、ドフィ」
「わかってる」
……ドフィを、よろしく頼む」
「あァ……
 苦々しく重たくどうにか言葉を絞り出したヴェルゴに、クロコダイルは相槌を打つにとどめた。それ以上の言葉を、必要とされていないとよくわかったからだ。ドフラミンゴをこうして送り出すことに腸が煮えくり返っていそうだなとぼんやり思い、クロコダイルは改めてドフラミンゴを見つめた。すらりと縦に長い体躯を、ベビーピンクのPコートが包み、上下はモノトーンでまとめられていた。落ち着いた色合いにやわらかく射し込むベビーピンクが、ドフラミンゴという男にはよく似合っていた。
「待たせて悪かったな」
「いや、今来たところだ」
「フフフッ、そうか」
「で?なんでここにした?」
「好きな場所だからな」
 そこには慣れたところだから、という意味合いも含まれているように聞こえた。入園券を買うために券売機へ向かおうとするドフラミンゴに並び、クロコダイルも歩き出す。今はひかりに慣れているのか、はたまた場所自体に慣れているのか、ドフラミンゴの足取りはかろやかだった。
 券売機で二人分のチケットを買ったドフラミンゴが一枚をクロコダイルへ手渡す。それをなんとも微妙な気持ちで受け取り、クロコダイルはドフラミンゴの隣を歩いた。
「ここにはよく来るのか?」
「あァ、落ち着くんだ。それによく見えなくても、音と匂いでいろいろ楽しめる」
 そう言ってドフラミンゴがおだやかに微笑んだ。そうやってドフラミンゴが笑みをこぼすたび、光も色も眩く鮮やかになっていく気がする。植物にもさほど興味がないのに、水を受けた葉の瑞々しさがやけに燦いて見えた。
 まるで自分の庭のような足取りでドフラミンゴが園内を歩く。クロコダイルには特に目的となるものはないので、ドフラミンゴの気の向くままに付き合うことになった。雲が多かった空は次第に青さが際立ち、晴天が広がっていく。降り注ぐ陽射しにもあたたかさが増して、寒さもすこしマシになったようだった。
「こっちは山茶花だな」
「椿とどう、違う」
 鼻をすんと鳴らしたドフラミンゴが行って咲く花に目を向けるのにならったクロコダイルは、そこにある花を見て首を傾げてしまった。山茶花、とドフラミンゴは確かに言ったのだが、クロコダイルにはその花が椿にしか見えなかった。
「フフフッ、見えててもわかりにくいもんだからなァ……そもそもにおいが違うんだが、時期も少しズレてる。後は、咲き方だな。ここにある花は平らに花が開いて咲いてるだろう」
「確かに、そうだな」
 笑いながらも説明するドフラミンゴの言葉に耳を傾けながらクロコダイルは咲いている花を改めて見つめた。言われてみると、その花はぺったりと平たく開いていて、花の高さというものがあまりなかった。それを思うと、確かに椿の花は筒型に似ていて、丸みがあり高さもあった気がする。目に見えていたところで注視することもなく漠然と咲いているのを見ると、知らないことばかりだった。
「だいたい白い花と、ピンクの花があって、白よりピンクの方が香りが甘くなる」
「へェ……
「その色の違いは、俺には分かり難いんだけどな」
 ドフラミンゴが静かに語るのを聞いていたクロコダイルは、その声がかすかに憂いを帯びたことにはっと顔を上げた。表情を隠すサングラスのせいでその向こう側をうかがうことはできなくとも、ドフラミンゴの赤い眸がさみしげだろうことは、どうしてかよくわかってしまった。
「花を見てにおいを嗅いでもわからねェやつもいるさ。実際、オレには違いがわからねェからな」
……フフ、フッフッフッ!確かに、そうかも知れねェ」
 真面目にそう言い放てば、ドフラミンゴが破顔して声を上げる。転がり落ちる笑い声も、明るくなる顔も、クロコダイルにやわらかく刺さって抜けなくなっていく。クロコダイルの言葉で表情を変えていくドフラミンゴを抱きしめたい、という思いが溢れそうになった。
「それに、わかりやすい色だってあるだろう」
「まァ、そうだな……
「ドフラミンゴ?」
「あんたの目は、よくわかる。カナリヤみたいな、そんな色だから」
 まるでその色が大切なのだとでも言うようにドフラミンゴの唇からこぼれる言葉に、胸を貫かれる。色にも光にも弱いドフラミンゴの眸が、クロコダイルの目を正しく見つけていることに、否応なく歓喜で震えた。それと同時に、目の前の男を逃がしてたまるか、という気持ちが強くなる。
「ドフラミンゴ」
「ん?」
 その名前をやわらかく丁寧に口に乗せ、軽く手を引いた。男にしては細く長くしなやかな指先を握り、ドフラミンゴの顔を見つめてサングラスの向こうにある一等星を模した赤い眸を覗き込む。
「来年のクリスマスは、空けておけよ」
「は……?」
「気があるってのは、そういう意味だ。お前のこの先が欲しい」
「え、は、……冗談、だろ」
 多少回りくどい言い方になった自覚はあれど、それがクロコダイルの本心だった。次の年も、その次も、ドフラミンゴの隣を約束されたいとクロコダイルは思っている。驚きを露わにするドフラミンゴが、かすかに震えてクロコダイルを見つめ返した。
「こんなつまらねェ冗談を言う趣味はねェよ」
…………
 掴んだ指先が、じわじわと熱を上げ、ドフラミンゴの頬には朱が差していく。呆然と言葉をなくしてクロコダイルの声を受けたドフラミンゴが、唇を震わせて引き結んだ。ドフラミンゴから返事が返らなくとも、動揺を見せて耳まで赤くする姿を見ればそれが答えだと、クロコダイルにはわかる。本人にその自覚があろうとなかろうと、ドフラミンゴの心が揺らいでいて、クロコダイルを拒んでいないことは事実なのだ。
「まァ、返事は次まで待ってやってもいい」
「っ、クロコダイル!」
「今度の行き先はこっちで考えておく」
「〜〜っ」
 握り込んだ指先を離してするりと指を絡め、クロコダイルはドフラミンゴへと言い募る。勝手に次の約束を取り付けることにして、さっさと答えを寄越せばいいとクロコダイルは思った。顔を真っ赤にしてはくりと口を開いたドフラミンゴがその顔を俯かせる。サングラスの向こう側が拝めないのは実にもったいないなと思いつつ、それもすぐに許されるだろうと決めつけて笑みを深めた。