らぎ
2024-12-31 18:54:29
495文字
Public モノノ怪
 

晦日月


常人のそれよりも鋭く伸びた犬歯が、ぱりぱりと軽い音と共に海老天の衣を噛み切ってゆく。海老の次は芋、次いで大葉と軽快に天麩羅を平らげ合間に蕎麦を食う坤の薬売りを横目に、離の薬売りは湯気のたつ茶をひとつ啜った。
坤の薬売りはその痩躯の何処に入るのかはよく分からないがともかく健啖家であり、それは食の細い離の薬売りが茶を飲みのみ半人前の蕎麦をようやく食べ切る間に、残った半人分と自分の天麩羅蕎麦ひと皿をぺろりと平らげる程であった。いっそ噛み合わないようにすら見える二人だったが、互いに好き合っている以上食の多寡は大した問題にはならなかった。そう云うものである。
「ところで坤の方、今日は」
そう離の薬売りが言いかけた刹那、ごぉんと鐘が鳴った。
「大晦日、ですね。」
坤の薬売りが言葉を継ぐ。何処ぞの寺で百八の鐘を撞きだしたものと見える。
「ええ。こんな日に八卦が二人でお勤めとは、難儀な事で」
難儀とは言いつつ、坤の薬売りの横顔を見遣る離の薬売りの顔は穏やかだ。
「あっしは満更でもありませんぜ。離の方と一緒ですから、ね」
「ハ違いない。」
雪の散らつく寒空の下、またひとつ鐘が鳴った。