買い物に出かけた帰り、公園で一休みすることにした伊織とセイバーは三人掛けのベンチに買い物袋を置いて腰を下ろした。黄色く色付いた葉が公園の芝生を染め、葉の落ちた木が並ぶ公園は寒さのせいか、日曜の昼下がりにも関わらず人が少ない。時折吹く風の冷たさに伊織とセイバーは肩を縮こまらせた。
「うぅ……さすがに寒いな」
「そうだな。このまま帰るか?」
先日買った白いポンチョを寄せるセイバーの鼻先が赤くなっている。風邪をひかぬうちに帰ろうと買い物袋を手にした伊織にセイバーが首を左右に振った。
「いいや。せっかくのきみとの外出だ。もう少しここにいる」
そう言って微笑まれてしまえば、伊織は何も言えなくなる。ただ短く「そうか」とだけ返して買い物袋から手を離した。ぐるりと、周囲を見渡した伊織の視線の先に自販機が二台並んでいる。
「なら、セイバー。温かい飲み物でもどうだ?」
「うむ!」
自販機を指した伊織の提案に鼻先を赤くしたままのセイバーが顔を綻ばせた。
買い物袋が置かれた公園のベンチに腰掛け、息を吐きだし両手をさするセイバーの横顔を伊織が缶コーヒーとココアを手にしたまま見つめる。偶然だろうか、ふいにセイバーが伊織の方を見た。夕陽を切り取ったような琥珀色の瞳が真っ直ぐ伊織を捉えて、すぐに笑みを見せるセイバーに誘われるように伊織の足は相手の方へと向く。
「少し冷えてしまったが」
自販機から出てきたときには熱かった缶も、外気温の冷たさに熱が少し引いている。伊織からココアの缶を受け取ったセイバーが両手で缶を包んで見上げた。
「まだ温かいぞ」
缶を頬に当てて目元を緩めるセイバーに柔らかく微笑んで伊織は隣に腰掛けた。
プルタブを開ければ、セイバーの方から甘い香りが漂う。隣で缶を傾けるセイバーを見てから伊織はコーヒーを飲んだ。
しばらく地面をつつくスズメと、犬の散歩をしている人を眺めていた二人だったが、セイバーが急に立ち上がった。伊織が視線だけで相手を追う。
「セイバー?」
「見ろ、イオリ! 雪だ!」
灰色の空を見上げたセイバーが手を空へ伸ばした。伊織も同じく顔を上げると雪が舞い降りてきて伊織の黒いダウンに乗る。雪など珍しくもないはずなのに、セイバーは空を見上げながら雪を捕まえようと手を伸ばしていた。動きに合わせて長い三つ編みと白いポンチョがヒラヒラと舞う。その姿がまるで美しい白鳥が羽を広げて羽ばたいているように伊織の瞳に映った。
「……」
言葉もなく、ただ伊織はセイバーを見つめる。
(美しい、とはお前のことを言うのだろうな)
他に形容しようがなく、目の前で無邪気に笑う相手に抱いた美しいという感情は初めて出会った時から抱いていたものではあるが、改めて自覚すると面映い。
鼓動が跳ね、耳に熱が集中して熱い。今振り返られると困る、と思っているときに限ってセイバーはこちらを振り返った。
「っ、……」
息を呑んだのを悟られないように伊織はコーヒーを仰ぐ。すっかり冷えてしまったコーヒーが熱を冷ましてくれればと願うも、冷たさが喉を通り過ぎただけだった。そうしている間にもセイバーが近づいて来る。
「イオリ?」
「なんでもないよ」
首を傾けるセイバーに伊織は緩く首を左右に振る。おまえに見惚れていたなどと口が裂けても言えるわけがない。視線を感じて見上げると、セイバーがじっとこちらを凝視している。
「セイバー、どうしっ!?」
眉を寄せたセイバーが手を伸ばして伊織の耳に触れた。冷えた手に伊織の肩がびくりと揺れる。
「急に何をするんだ」
「ん? きみが寒そうにしていたからな。温めてみようと思っただけだ。いつも触れているのだ、今さらそんなに驚くことでもないだろう」
きょとん、と首を傾けたセイバーがなんでもないことのように言う。確かにそうだ。相手は純粋に心配していただけで、見惚れていたことを悟られたのではないかと勝手に驚いたのは自分だ。
「そうだったか。すまん」
謝罪を口にして伊織はふと、セイバーを見た。ニヤケ顔を向けている。この表情はイタズラ心が疼いた時に見せるものだ、と出会って数ヶ月の間に知ったセイバーの表情の一つ。自分に心を許して見せるようになったコロコロと変わる表情の変化は見ていて飽きないが、これはと伊織は嫌な予感に頬を引きつらせた。
「セイバー」
「うん」
「うん、ではない。なぜベンチに足をかけている?」
耳に触れてきた時には身をかがめるだけだったセイバーは、右膝をベンチに乗せている。空になった缶を側に置いて伊織は自分の両肩に手を添えて距離が近くなったセイバーの腕を軽く掴んだ。
「きみの耳が熱かったからな。熱でもあるのかと思いこうして測ってやろうとしているのだ!」
問いに得意げな顔で返すセイバーは伊織の抵抗にも構わず顔を近づける。
「熱はない。それに測るなら手でもいいだろう」
「今の私の手は冷たいからな。この方が確実だ。観念して私に身を任せるがいい」
両頬を固定されてさらには逃げ場まで塞がれている状態では抵抗も無駄だと悟っている伊織はセイバーの腕を掴んでいる手の力を緩めた。せめて端正な顔が至近距離で迫るのを見ないように目を閉じることしかできない。視界の閉ざされた中、セイバーの動く気配を追う。そっと、セイバーの額が自分の額に当てられた。
「うむ、本当に熱はないな」
「だから言っただろう?」
額が離れて伊織は目を開けた。そして後悔した。まだ、セイバーの顔が目の前にある。ベンチに膝を乗せているからか、目線が同じだ。少し身体をずらせば唇が触れ合いそうな距離に伊織は喉を鳴らした。すぐにセイバーの目が細められる。
「なあ、イオリ」
まだ両頬を固定したままのセイバーが名を呼んだ。手をずらして親指の腹で伊織の唇を撫でるセイバーが反応をうかがうように見つめてくる。
「セイバー、ここは外で公園だ。自重しろ」
「なら家の中では良いのか?」
「……っ、」
伊織は言葉を詰まらせた。今の言い方ではそう捉えられても仕方ない。否、あえてそう言ったという方が正しい。自分とてさきほどからセイバーに何も感じてないわけではないのだから。
「イオリ?」
愛らしく首を傾けてくるセイバーを真っ直ぐ見据えた伊織は素直に告げた。
「そうだ」
セイバーの顔が一瞬、赤く染まりすぐに笑みに変わる。
「なら疾く帰るぞ、イオリ!」
ベンチから降りたセイバーは自分の荷物を手に取ると、空いている方の手を伊織へと差し出した。その手を取って歩き出した二人の頭上から再び雪が降り始める。
「今夜は冷えるな」
「なら温まれば良い!」
含みがあるような、ないような。セイバーの言動に伊織は「そうだな」とだけ返してセイバーの手を強く握った。繋いだ手から少しだけ相手の熱が移るのを感じて伊織はセイバーに気付かれないように小さく笑った。
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