もちこ
2023-12-09 01:44:58
3141文字
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みんなで焼き肉行く話 【犬飼】

最低限で良いと思ってたのに、いつの間にか大事にしたいものが増えてる。

エーデルワイス文庫本に収録。

 ジュウウ〜と食欲をそそる音、肉の焼ける香り。週末の焼肉屋はボーダー隊員たちでガヤガヤと賑わっていた。今回の食事会は人がたくさん集まったせいか、焼肉屋二階の大広間を貸し切って盛大に催された。開始から三十分ほど経った頃、私は部屋の隅っこのテーブルで、鈴鳴支部の別役隊員が焼いてくれたどう考えても赤い肉にタレをつけて食べていた。

「先輩、美味しいですか?」
「うん、美味しいよ。太一が焼くとお肉に高級感が出るね」
「マジですか!やったー!」

 子犬のような笑顔に惑わされてついつい褒めてしまうと、彼は焼き用のトングを掴んだまま、張り切って中央のテーブルに肉を焼きに行ってしまった。ややこしいことにならぬようにとあえて隅っこに隠していた秘蔵っ子太一を、私が解き放ってしまったため、今ちゃんからの視線が痛い。わ、私は高級感が出るって言っただけで嘘は言ってなくて。心の中で言い訳をしながら、もしゃもしゃとサラダと米を交互に食べていると、先ほど到着したばかりの犬飼がこちらにやってきた。

「みんなお疲れ〜おれの席空けて〜」

 彼がそう声をかけると、たちまち私の隣にスペースが出来る。もはやこうなることを見越して、私も犬飼の分の割り箸と紙コップをあらかじめ用意してしまっていた。隣に腰を下ろすと、彼は「ちゃんと食べてる?」とこちらの様子をうかがってくる。口の中にまだご飯が入っていたから頷いて答えると、ふっと解けるように微笑まれた。

「これって、おれのお箸とコップで合ってる?」
「そう」
「あははっ、やっさし〜ありがとね」

 そんな風にお礼を言われたら、見抜かれたくないものを見られてるみたいで居心地が悪い。でも、みんなの前で余計なことを言ってしまわないように黙っていた。犬飼はいつも通りのテンションで、周りの人と会話を交わしながら食事を始める。
 しばらくして、お腹もそこそこ満たされた頃。私がデザートのアイスを確保して席に戻ると、もともと太一が座っていた向かい側の席に香取が移動してきていた。

「香取〜ピノ食べる?向こうにパーティーパックいっぱいあった」
「どーも。アタシもうめっちゃ食べたからいい」

 可愛い後輩にアイスを配ろうとすれば、サッパリと断られる。この塩対応が最高なんだよなぁとかおっさんみたいなことを考えつつ、次は彼女の隣にいる若村くんに目を向ける。

「そっかー。若村くんは?」
「あ、貰います。ありがとうございます」

 良かった。流石に二連続塩対応されたら、嫌われてるのかと疑ってしまう。とりあえず全フレーバー与えておけば問題ないだろうと、五個取ってきたうち三個のピノを若村くんに手渡す。やり取りを終えて席に座ると、犬飼がこちらをじっと見つめて「おれには?」と聞いてきた。

「犬飼はまだ肉食べてるじゃん」
「一旦甘いの挟みたい。ひとつちょーだい」
「私は同期は甘やかさない主義なの」
「おれは例外でしょ?」
「その自信どこから来るの?」

 言い合いをしてるうちに手中のピノをひとつ奪われた。コイツ!ぎゅうと不満を込めて睨めば、ピノを食べながら余裕そうに笑われる。ゆ、許せぬ

「犬飼
「んー?」
「ちょっと、喧嘩なら他所でやってよね。どんだけ仲良いわけ?」

 バトル勃発の気配を察知した香取が呆れて口を挟むと、犬飼はあははっと声をあげて笑った。私は堪らず香取に言い返す。

「逆だよ、不仲なの」
「一日のうち三回喧嘩したことあるもんねー」
「ハァ?なにそれ、付き合ってんの?」
「おいっ!葉子!先輩に失礼だろっ」
「別にそんなつもりで言ったわけじゃないし。喧嘩するほど仲が良いって言うじゃない」
「だからってなぁ、」

 ま、マズイ。めちゃくちゃしょうもないことで後輩たちが争おうとしているていうか犬飼へのムカつきなんて今に始まったことじゃないしどうにかしてこの場の空気を和ませないとあ、でも一旦溶ける前にピノ食べちゃお。

「え今食べる?マジで?」
 おもむろにパッケージを開封してピノを食べ始めた私を見て、犬飼があからさまにドン引きする。

「だ、だって溶けそうだったから
「マイペースすぎるってあ、チョコついてる」
「ふ、触れるな!」
「なに、起爆装置なの?」

 少女漫画的展開は阻止せねばならんとの強い意志で、伸ばされた手を素早く振り払えば、彼はおかしそうに笑う。こちらのやり取りを見て、香取と若村くんは顔を見合わせ、お互いに口を閉じた。私は先輩としての尊厳を徐々に失いつつあるけど、平和に治ったならまぁ、結果オーライ。
 午後九時前に会がお開きになると、同じ方向に帰る人たちが自然と固まって、十人くらいでぞろぞろと帰路をなぞった。会話に花を咲かせるみんなより少し後ろで、私と犬飼は何も話さず歩いていた。

「今からみんなで土手の方で花火やろうっつーことになったけど、お前らも来るか?」

 前にいた当真が急に振り返って、私達にそう聞く。東さんは「寄り道せずに帰れよ」って言ってたけど、外の気温も心地良くて、真っ直ぐ家に帰るのは確かに惜しいような気がした。

「どうする?」
「私は行こうかな」
「じゃあおれも行く」

 結局その場にいた全員が参加を表明し、私たちはコンビニに寄って花火やジュースを買ってから土手へ向かった。
 夏休みにもみんなで集まって手持ち花火をしたことを、ふと思い出す。前回は私も犬飼も花火を振り回してはしゃぎまくっていたけど、今日は二人とも袋から出した花火を後輩たちに渡して、少し離れたところからパチパチと光る様子をぼうっと眺める。

「犬飼、今日楽しかった?」
 視線を遠くに投げたまま、私は犬飼に話しかけた。
「うん」
「そう。良かった」

 足りないものは無いけど、いつも手の届かない景色の中に居る。楽しすぎるのに、嬉しすぎるのに、幸せなのに、頭の中で勝手に時間を早送りして、勝手に悲しくなっていた。時間割通りに生きていたどうでもいい毎日は、かけがえの無い日々になって、いつの間にか私は、一人ではきっと辿り着けなかった場所に立っている。

「背負わなくていいんだよ。おれのことも、みんなのことも」

 視線は遠くに向けたまま、犬飼はこちらに寄り添うようにそっと、話してくれた。

「無理に答えを出さなくても、一緒に居て居心地が良いって思えるなら、それだけでもいいんじゃない?」

 同じ景色を見ていても、同じものは見えない。それでも彼は想像力の手を伸ばして、同じものを見ようとしてくれる。わかり合えるはずがないと最初から諦めていた私に、こんな風に思いやりを持って接してくれたのは犬飼が初めてだ。だから、私はその優しさに報いたい。

「ありがとう。でも、背負える人になりたいって思う」

 みんなの騒ぐ声と水の流れる音が聞こえて、涼しい秋の風が吹く夜。少し離れたこの距離が、今はちょうど良かった。

「そっか。ありがとう」

 犬飼がそう言ったのを聞いてから、先に立ち上がって彼に向き直る。手のひらを差し出せば、素直に手を重ねてくれた。一緒にみんなの所へ行こう。ぐっと力を込めて引き上げる。

「犬飼重い!」
「頑張って〜」
「もー!自立して!」

文句を口ずさみながらグイグイ引っ張っていると、急に彼が立ち上がるから、バランスを崩して視界回転。芝生の上に見事にずっ転けた。

「おいおい、何やってんだよ〜」
「も〜!あんたら何歳なわけ?」
「あははっ!ねぇ、大丈夫?」

 目を開けても閉じても、夜空が見える。この有り様を見て笑っているみんなは最悪で、最高の友達だった。