もちこ
2023-04-10 17:13:44
6325文字
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極道王子の夢 【王子】

言及しないわけにはいかない。弓場組の舎弟になるしかない。極道パロ王子夢です。多少の暴力表現注意。薬も盛ります。

「ぅアい!?」

 ゴン!と一撃、頭蓋骨に直接響く音で目を覚ます。意識の覚醒と同時に飛び起きたせいで視界がぐらりと揺れ、身体を起こした瞬間、逆戻しされたビデオみたいに背中からソファーに倒れ込んでしまった。
 何が起こったのだろう頭の中が気持ち悪い。かろうじて目だけは開けたままでいると、視界の中に見知った顔がひょこっと入り込んできた。こちらを見下ろして、「起きた?」なんて呑気に問いかけてくる。やはり貴様の仕業か王子一彰!

 透明感のある白い肌、外国の海を思わせるターコイズブルーの瞳に、物憂げに被さる長い睫毛。一目で神様の力作とわかるこの男は、ガラス製の灰皿を手にしたまま笑顔を崩さない。くそう、寝込みを襲うなんて許せない……とりあえずあと十分寝るか……考えることを放棄して、瞼をゆっくりと下ろす。

「まだ寝るのかい?」
「あっづ!?」

 ジュッ!と首元の皮膚が焼ける感覚で意識が完全に覚醒する。今度こそ私が起きたのを確認すると、彼は首元に押さえつけていた煙草を灰皿に入れ、近くの机の上にゴトリと置いた。なんて非道な起こし方なんだろう悪すぎる目覚め。“ティファニーで朝食を”の対義語。心の中でディスりながら不快な気持ちを表情に浮かべると、眉間をぎゅっと摘まれた。

「間抜けな顔だね。事務所の応接間で寝るなってこの前も言ったはずだけど?」
「はぁい以後気をつけます。ところで、いま何時?」

 寝る前にシャッターを閉めたせいで外の光は入ってこず、時計のないこの部屋では時間を把握する術がない。ただ、眠った感じとして二時間くらいしか寝てないような嫌な予感がして時間を尋ねると、王子はわざとらしく首を傾げた。

「さぁ。三時くらいかな。ねぇ、それよりお腹空かない?」
「ちょっと聞き捨てならないな、三時って夜中の三時?」
「ぼくフレンチトースト食べたいなぁ。君、作れる?」

 目には目を。無視には無視を。彼の左腕をひっ掴んで腕時計を確認すると、夜中の三時半だった。ふざけるな。

「悪いけどまだ二時間しか寝てないんだよ出て行ってください」
「それならぼくは昨日の朝からずっと寝てないしご飯も食べてないよ。ほら立って」

 手首をぐっと掴んで無理矢理立たされ、抵抗しようとしてもグイグイしつこく引っ張られる。これは何がなんでもフレンチトーストを作るまで解放されない展開だ。さくっと作ってすぐ逃げるしか助かる手段はない。王子に従うしかない自分の不甲斐なさに奥歯を噛み締めながら、大人しくキッチンまで引っ張られた。

 事務所にある共用キッチンの冷蔵庫には、フレンチトーストを作るための材料は充分に揃っていた。これらは組長がお菓子作り用に常備してる食材だが、やむを得ない状況だ。ひとまず卵を二つ割り入れてかき混ぜるところから始める。

「手伝おうか?」
「座ってなよ
「あ。この白身のふにゃふにゃ、気持ち悪いから取って」

 いちいち細かいな、鬱陶しい奴め。調理中も背後に立って見張ってくる王子に若干イラッとしながら、言われた通りに手を動かす。ええい、牛乳と砂糖は目分量でぶち込んでしまえ。

「王子、あの上の戸棚開けて」
「ここ?」
「うん。その端っこの黒い瓶取って」
「これだね」

 受け取った黒い瓶の蓋を開けると、ふんわり優しいバニラの香りが鼻を掠める。これを入れたら大概のお菓子作りは成功する。

「隠し味は組長秘蔵の高級バニラエッセンスです」
「バレたら即破門の案件だね」
「そうなったら全部王子のせいにするよ。はい戻して」

 しっかり向きまで元通りにして、完全犯罪を完成させる。まぁちょっと使ったくらいで組長も怒ったりしないだろう。地球にあるものはみんなのもの。仲良く手を繋いで生きていかなくちゃ。
卵液を泡立て器で軽く混ぜてると、やる事が無くなった王子は背後から抱き付いて手元を覗き込んでくる。彼の狂った距離感については今まで何度も指摘してきたけど、治らないからもう諦めた。

「こうしてるとなんだか夫婦みたいじゃない?」

 気持ち悪いこと言うんじゃないよ。どう見ても夜中に起こされた奴隷と腹を空かせた暴君だろう。信じられん価値観だ。呆れながらも、言い返すのは面倒だからガシャガシャと無心になって手を動かす。

「ねぇ

 王子がまた何か言いかけた時、ふいに彼のスマホが音を立てる。ブーッブーッと内ポケットで響く低い音はしばらく経っても鳴り止まなくて、振り返ると王子はめちゃくちゃ怠そうな顔をしていた。

「チッ
「おぉこわ」
「冗談。少し向こうで話してくるよ。すぐ戻るから」

 するりと手が離れて、のしかかられていた重みから解放される。彼が出て行って、ドアが完全に閉まったのを確認すると私は混ぜる手をピタリと止めた。
 よし。今のうちに魔法のスパイスを入れよう。隠し持っていた睡眠薬の粉末を卵液にサッと投入し、素早く混ぜて馴染ませる。これは即効性がある強力な代物で、一度飲んだら八時間はぶっ通しで眠り続ける薬だ。これでもう王子は私の睡眠を邪魔できないふふふ、調理中に目を離した奴が悪いのさ。深い眠りにつくがいいわ。
 心の中で高笑いしながらパンを卵液に染み込ませて薬漬けにしていると、後ろで部屋の扉が開いた。結構早かったな振り返れば、入ってきたのは王子ではなく蔵内だった。

「わ〜蔵内だ。まだ起きてたの?」
「あぁ、今戻ったところだ。隣でお湯沸かしてもいいか」
「私がやるよ、そこ座ってて」
「悪いな、ありがとう」

 いつもカッチリとスーツを着こなす蔵内が、今日は珍しくネクタイを緩めてジャケットの前を開けている。くたびれた様子の彼に気を遣ってお湯係を引き受けた。
 やかんを火にかけて沸騰するのを待つ間、私も椅子に腰掛けて一休みする。

「なんか会うの久しぶりじゃない?」
「あぁ。関西の方で会合があって、俺と王子はしばらくそっちにいたんだ。昨日の朝に帰るはずだったんだが急に知り合いの葬式に出ることになって王子はずっとイライラしてたな」
「そうなんだ、お疲れ様。王子は相変わらず脇目も振らず我が道を突っ走ってるよね私なんか寝てるところ叩き起こしてフレンチトースト作れって命令されたよ」
「ははごめんな。一応止めたんだけど、車降りた瞬間走って行ってしまって

 蔵内は視線を遠くに逃しながら、頭が痛そうに苦笑する。王子めそんな必死になるくらいお腹空いてたんだと思うとちょっと同情してしまうけど、自分で作れよ。

「あ、そうだ。話変わるんだけど、ちょっと聞いてもいい?最近、新しく借りる部屋探してて。この辺りとかってどう思う?」

 色々あって前の家を追い出されてから、私はかれこれ半年ほど家無き子としてこの事務所に住み着いている。組長は事務所の家事雑用を担当する代わりに家賃と生活費を免除してくれて、かなりお金の節約になったし、強制早起きのおかげで健康体を手に入れた。しかし、夜中までゲームしてお昼に起きたり、カップラーメンを主食とするような自堕落な生活がそろそろ恋しくなってきたから、近いうちに一人暮らしを再開しようと考え始めていた。
 この辺りの土地に詳しい蔵内に意見を聞こうと、目をつけていた物件情報をスマホで見せる。彼は真剣な顔つきで相談に乗ってくれた。

「あーこの辺りのビルは確かほとんど二宮組が管理してたはずでもスーパーも近いし、ベランダが南向きなのは悪くない条件だ」

 意外と生活に寄り添ったアドバイスが返ってきた。まぁ、誰のシマだから住まないほうがいいとか、今の時代そんなこと気にしたら負けだよね。家賃が安くて駅近なら、二宮組の事務所の真横とかでも全然住むし。

「この部屋も一応候補なんだけど」
「なるほどたしかに他に比べて家賃は安いけど、この辺の通りは下水管がかなり古くなってるんだ。急に陥没するかもしれないし、夜は下水の臭いが昇ってきて気になると思う」
「そういうのもあるんだ!知らなかった!うわー、気をつけないと

 頼りになりすぎるやっぱり持つべきものは蔵内だなぁと感心していると、王子が電話を終えて戻ってきた。

「楽しそうだね。2人で秘密の話かい?」
「ははは勘弁してくれよ」

 タイミング良くお湯が沸くと、蔵内はそれをマグカップに注いで、王子と入れ替わりに部屋から去って行った。私もそろそろフレンチトーストを焼くとするか。気持ちを切り替え、腕まくりをしてキッチンに立つ。
 王子は先程まで蔵内が座ってた椅子に座り、彼にしては珍しく、大人しく待っていた。

「はい、出来たよ。どうぞ召し上がれ」

 ふんわり焼き上げたフレンチトーストにメープルシロップをたっぷりかけて、王子の前に並べる。よし。ようやく寝れるぞよく耐えた私

「じゃあ、後片付けはよろしく」
「待って」

 早速逃げようとすれば急に引き止められ、ドキッという音を立てて心臓が浮遊する。もしかして、勘付かれたか?まさか。まだ食べてもないのにバレるはずがない。

「食べ終わるまで、付き合ってくれない?」

 本当は今すぐ尻尾巻いて逃げたいところだけど、ここで断ったりすると逆に怪しまれてしまうかもしれない……
 大人しく従って向かいの席に着席すると、王子は「ありがとう」と妙に優しげに笑った。私は机に頬杖をついたりして興味が無い風を装ってみたけど、内心は心臓バクバクだった。

「いただきます」

 わざわざ行儀良く手を合わせてから、彼は右手にナイフ、左手にフォークを持つ。トーストにふわりとナイフの歯を入れると、染み込んだシロップがジュワッと溢れた。なんだこの少しも見逃せない緊張感は。切り分けられた一口分をフォークに刺して、口の中に運ばれる瞬間を視界の端でさりげなく確認する。

美味しい」

 よし、バレてない。まぁ当たり前か薬は無味無臭だし、わかるはずがない。怯えるな私。心配事の九割は現実にならないのだから。

「君はぼくのこと、どう思ってる?」
「はっ、はい?」

 これもしかしてバレてるのかな?尋問?いや拷問が始まるのかもしれない。思いもよらない質問をされて明らかに動揺してしまう。これはどんな意図があるのだろう。読み逃しがないように目の前の王子をじっくり観察してみると、彼は視線を下に落としながら、皿についたシロップをフォークでくるくる掻き乱し始めた。おい、行儀良く食え。

「いや別に、同じ年だなぁと思ってる」

 完全にひよって当たり障りのない返事をすれば、はぁ……と吐かれた大きなため息。せっかく作ったのに何だ貴様。シェフが目の前にいるんだから最後まで美味そうに食え。

「全然眼中にないじゃないか……どうすれば君に好かれるのか、いくら考えてもわからないよ」
「え夜中に無理矢理起こしたりしなければいいんじゃない?」
何でも良いから早く話がしたかった」
「はい?なんの?」

 全く話が読めない。そもそも彼の話には脈略がないし、電話から戻ってきてからずっと元気が無さそうだ。何か嫌な知らせでもあったのかな。それとも睡眠薬がもう効いてきたのかな?心当たりはあるけど自分が助かるためにとぼけていると、王子はスッと冴えた目で私を見つめた。

クラウチには相談するのに、ぼくには話してくれないんだね」
「ぁあ!家の話?え、興味あるの?」
うん」

 コクリと子供のように頷く彼に、私はほっっとして胸を十メートルくらい撫で下ろしたい気分になる。良かったぁやっぱり杞憂だったか。思ったよりどうでもいいことが引っかかっていたらしい。

「そっかそっか、別にハブったわけじゃないんだよ、でも配慮足りてなくてごめん。近いうちに一人暮らし再開しようと思ってるんだよ」

 ほらほらココ!と、机に身を乗り出して物件情報を見せると、王子は無表情で画面をスクロールしながら詳細を読み込む。

「あぁここは近所にすごくうるさいおばあさんが住んでることで有名なところだね」
「へぇ〜そうなんだ。でもまぁ、うるさいおばあさんの一人や二人、へっちゃらだよ」
「十五人いる」
「十五人!?そんなそこらの韓流アイドルより多いじゃん
「夜中にゴミを出すと村八分にされるらしい」
「ってことは早起きしないといけないのか

そんなの引っ越す意味がほとんど無くなってしまうじゃないか流石に十五人のおばあさんを全て攻略できる自信はないし、これは考え直す必要があるかも。

「ぼくの家の近くにもっといい物件があるよ。家賃もここよりずっと安い」
「まじ!?教えて!」

 お願い!と手を合わせると、彼はスマホをこちらに返して、ニッコリ笑顔を取り戻した。

「うん。詳しいことは後で話すよ」

 いやぁ何の話が始まるのかと思ったけど、王子もたまには役に立つなぁ。たまらず私もニコニコ顔で鼻歌を口ずさんだりしていると、ふいに唇にむぎゅっと甘みを感じた。

「最後のひと口あげる」
「んむ

 やばい。油断した。善意なのか故意なのか、押し付けられた薬漬けフレンチトースト。こんなの食べたら絶対朝起きれなくなる。朝起きれなかったら私は組長に叱られるだろう。それだけは何としても避けたい!とにかく口を一文字に固く閉ざして、フレンチトーストの侵入を拒む。

「いらないの?」
「ダイエット中だから

 の、“ら”を発音した瞬間、口の中に突っ込まれた。馬鹿野郎。あぁ……もう駄目だ。ヤケクソで出てきた涙と一緒にごくりと飲み込む。我ながらめちゃくちゃ美味しい。

「ごちそうさまでした」
「はい

 対戦ありがとうございました。人にしたことは自分に返ってくると学ばせていただきました。
 手を合わせる彼に向き合って頭を下げて、今度こそ退室を試みる。王子は皿洗いをしているのか、私が黙って部屋から出ても追いかけてこなかった。

 もう一度応接間のソファーに寝転んで、ブランケットを頭から被る。あぁなんかすごく眠いような気がしてきた。ひと口食べたくらいでこんなことにはならないと思うけど、多分気持ちの問題。明日、六時に起きられるかな
 自然に意識を手放すまで、目を閉じてぼんやりしていれば、静かに部屋の扉が開く音が聞こえた。もう誰だろうと無視してやる。そんな強い気持ちを持って、あえて確認はしない。寝転んだままじっとしていると足音が近付いてきて、傍でぴたりと止まる。

「ねぇ入れて」

 王子の声だ。それは薬のせいなのか、さっきよりも力の抜けた疲れた声で、こんな風に弱った彼は初めてだった。そういえばこの人も人間だったことを思い出す。
 ブランケットを少し捲ると、王子は素早く隣に潜り込んできた。背中に感じる彼の温かさに、眠気が倍増する。

「無理矢理起こして、ごめんね

 微睡の中で、彼がそっと囁く。謝られたことなんて今まで無かったから不思議な感覚だったけど、素直になってくれたのは嬉しかった。

「王子、」
「ん?」
「おやすみ〜」
うん」

 おやすみ、と優しく返ってくる声を聞いてから、暗闇の中に意識をぽっとり落とした。

 私と王子はそのままぐっすり昼まで眠り続け、翌日、事務所にやって来た組長の怒鳴り声に叩き起こされた。そして何故かバニラエッセンスを無断で使ったことがバレていて、私はその日限りで破門となった。