私にモノゴコロというものがついたのは幼稚園の年長さんあたりだったと思う。その頃にはすでに、お隣の松本さんちの稔くんはお目々ぱっちりでかわいい子だった。二歳年下の稔くんはちょっと人見知りの気があったけれど、隣人のよしみで私には心を開いてくれていた。幼稚園の入園式で見知らぬ子どもたちに囲まれて緊張の面持ちをしていた稔くんが、私を見つけた瞬間にぱっと花が咲くように笑顔になってくれたときのあの優越感! 私はすっかりお姉さん気取りで稔くんの世話を焼いた。卒園するときは、稔くんをひとり残して小学生になってしまうことに涙した。
それから二年後、小学校に入学してきた稔くんを見たときの私の気持ちがわかるか? あのかわいらしいバンビちゃんみたいだった稔くんが、新入生の中で一番大きく、むしろ三年生の私より大きくたくましくなっていたときの私の気持ちが! しかも稔くんはミニバスチームですでに多くの友達を作っていて、私が世話を焼く余地なんて残っていなかった。稔くんはあっという間に女子憧れの王子様になり、中学生になる頃には、私がちょっと話しかけられでもしたら周囲の女子からの視線が痛かったほどだ。
そんな稔くんが遠く離れた地のバスケ部に入り、坊主頭になり、そして日本一になっている。
こたつに入って缶ビールをあおりおせちを貪り食っている私と、胸に金メダルをかけて男泣きしているテレビの中の稔くん。どこでこんなに差がついてしまったのか。いやまあ、たまたま家が隣同士だというだけで、きっと最初から違う世界の住人だったのだ。
ぴんぽーんと玄関のチャイムが鳴る。たぶん近所に住む兄夫婦だろう。台所に立ってあれこれ忙しそうにしている母から目で『あんた出なさいよ』と命じられて、どっこらしょと腰を上げた。ビデオの一時停止ボタンを押す。画面は稔くんが一回り小柄なチームメイトと抱き合い喜び合っているところで止まった。
「はいはい、あけましておめでとー」
テキトーな挨拶とともに玄関ドアを開ける。そこにいたのは、ついさっきまでテレビの中でキラキラ輝いていた稔くんだった。
「あけましておめでとうございます!」
笑顔が眩しい。あのキラキラは体育館のライトじゃなくて稔くん自身が発光していたのかもしれない。
「あ、あ、ええと、おめでとう! あの、お正月も、あとウインターカップも!」
稔くんはくりくりの目をひときわ大きく見開いて、それから細めた。
「ありがとう。あの、これ、お土産」
稔くんが差し出したのは、見たことのない和菓子店の化粧箱だった。熨斗には『祝優勝・山王工業高校バスケットボール部』とある。
「おお……これ、うちがもらっちゃっていいの?」
「もちろん。いつも応援してくれてるって、母さん伝いに聞いてたし。インターハイのときは渡せなかったから、渡せて良かった」
晴れやかに笑う稔くんを見て、私の胸はじーんと熱くなった。インターハイの試合内容は月バスの記事でしか知り得なかったけれど、稔くんのファウルが試合の流れを変えてしまったこと、それが批判されていることは文章だけでも伝わってきた。
じわりとまぶたが熱くなって、私は目一杯のんきな声を出した。
「そっかあ、良かったねえ」
「うん。応援ありがとう」
稔くんはもう一度爽やかに笑って、じゃあおじさんとおばさんにもよろしく、と手を振った。私も手を振って、大きく育った稔くんの背中を見送る。その向こう、我が家の門柱のあたりで、稔くんを待つ人影があった。
「あ」
さっきテレビ画面の中で、稔くんと抱き合ってた人だ。稔くんと比べると小柄に見えるけれど、我が家の門柱と比べるとそれなりに背が高いとわかる。
稔くんは私の視線なんて意にも介さないみたいに、その彼の背中に腕を回した。
「……ははあ」
たとえ違う世界の住人だとしても、隣の家で十数年間をともにした私の目を誤魔化せると思うなよ。
稔くん、隣にいるその彼は、君の大切な人なんだね。
るんるんとこたつに戻って、一時停止したままのテレビ画面に向けて缶ビールを高々と掲げる。お正月と幼なじみの幸せに、乾杯!
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