【カブミス】ずっと側にいて

年末から年始にかけての城の祝いに招かれたミスルンと、そんなミスルンを待たせて仕事をしているカブルーの話。

 カブルーは、よく約束をねだる。俺が死ぬまででいいから一緒にいてくださいって、そんなふうに、どこか卑屈に。私はそうねだられるたびに、その約束を反故にしてしまいたくなる。お前より先に死にたいって、お前を置いてゆきたいって、そんなふうに思ってしまう。
 カブルー、お前はきっと私を置いてゆくことだろう。私はお前を恨むだろうが、きっと、いや絶対に離れられやしないんだろう。どれだけの苦しみが待っていたとしても、それよりもずっと、お前がくれる愛は私にとって根源的なものだから。
 
 
 年が明けるその時にあなたといたい、そうカブルーは言った。言ったのだが、彼は年が明けそうな今もなお仕事に忙殺されている。
 私は今、メリニの王城の客室にいる。カブルーが用意してくれた部屋だ。ここには豪華なベッドがあり、それに私は寝転んでいたのだ。ベッドから眺める窓からは、春は花が咲き乱れる庭園にいる楽団が奏でる聞き慣れない音楽が流れ込み、やはりこちらも同じ庭園に灯された、ランプの明かりも差し込んで天井に輝いていた。誰かが談笑する声も耳に入って来る。あたりには宴の雰囲気が漂っている。私は勝手にそれに取り残された気分になり、愛しい男の不在をさびしがった。
 呼びつけておいて、呼びつけられておいて、私たちはすれ違っていた。別に軽んじられているわけではないのは分かっていたが、カブルーが忙しいことは分かりきっていたことだったが、それでも一人寝をするのはさびしかった。誰かの不在にこんなにさみしくなるとは思わなかったので、私も戸惑っていたのだが。
 今夜、この王城では年始を祝う宴が催されている。本当は私もそれに呼ばれていて、きっとカブルーは恋人がそちらで楽しんでいると思っていることだろう。こんな形で、自分がさみしさを与えているとも思わずに。
 私は寝返りをうつ。カブルーが今朝手入れをしてくれた灰色がかった髪は、窓から差し込むランプの明かりを受けて、銀色にきらきらと輝いている。つい最近まで一緒にいたはずなのに、髪に櫛を通されたのは遠い昔だった気がするのは、きっと彼の存在が大きすぎたせいだろう。
 そんな時、ドアがノックされた。私はカブルーかととっさに身体を起こしたが、入って来たのはワインのボトルとグラスを銀のトレイに載せ、うやうやしく礼をする侍女だった。
「ケレンシル家のミスルン様、宴は楽しんでいただけましたか?」
 侍女はベッドサイドにワインの載ったトレイを置き、私を見つめてそう尋ねた。その瞳はカブルーと同じ真っ青な色をしていて、私はあの男がさらに恋しくなった。
……あぁ、もちろん。ここにいても賑やかさは伝わってくる。王や宰相たちにはくれぐれも礼を伝えてくれ」
 冷静さをよそおってそう言うと、侍女は華やかに笑って去って行く。ひらひらと揺れるスカートをひるがえしながら、まるで花びらが散るみたいに。
 今も、窓からは楽団が奏でる、聞き慣れない、多分どこかの国の民族音楽が聞こえてくる。あれはライオス王の故郷の歌だろうか?
 冬は雪に閉ざされる、北の故郷。彼はそれを捨ててこの国の王になり、同じく第二の故郷である西方大陸を捨てたカブルーはライオスの側近となった。そんな彼らに惹かれてさまざま種族の者たちがこの新しい国の住人となり、今やここは肥沃な土地を有する一大交易地だった。そしてそんな国を盛り立てるのが自分の恋人であることに、私は誇りを持っている。
 それにしても、カブルーと会えないのはさびしい。自分にそんな欲が生まれたことが不思議でしょうがないけれど、これは多分、あの男のせいだ。枯れた私の欲望に丁寧に水をそそいで、育て上げたのはあの男だ、カブルーのせいだ。
 私はまた、ベッドの上で寝返りをうつ。カブルーはまだ来ない。もしかしたら、宴で私を探しているのかもしれない。いや、カブルーは私が人混みを好まないことを知っているだろうから、仕事が終われば、きっとここを訪ねて来るはずだ。だからあと少しだけ、我慢しなくては。
 私はベッドサイドに置かれているワインを眺めながら、もう一度寝返りをうつ。こんなふうにすれ違うことは事前から分かりきっていたことだから、女王への書簡でもしたためようかと思って紙とインクを持ってきたのだが、心がせいて上手く言葉が出てこないのだから笑ってしまった。書くことはたくさんあるはずなのに、気ばかりがせいて、あの男がいつやって来るかとそればかりが気になって、私は何も出来ないのだ。
「カブルー」
 声に出してみると、愛おしい男の名はやはり愛おしかった。ただのカブルー、自分の本当の名を覚えていない男。この国で宰相補佐にまでなった彼が望めば、きっと自分の生家を突き止めることは簡単だったろうに、私の男は自分がただのカブルーでいることを望んだ。きっとそこには複雑な感情があったのだろうけれど、私には伝えられなかった。私はそれを少しさびしく思ったけれど、でも彼が望んだことなのだった。それに相手が秘密を抱えていても、その秘密ごと愛することは出来る。秘密ごと、抱きしめることは出来る。そういうのが、私たちの愛だった。 
 それからしばらくして、またドアがノックされた。私は期待しないでそれに返事をして、入ってくれと言った。するとそこにいたのは指先をインクで汚したカブルーで、彼はゆったりとこちらに近づきながら、「待たせてすみません、でも間に合ってよかった」と言った。
「間に合ったとは?」
 私はおうむ返しに尋ねる。するとカブルーはベッドサイドに置かれたワインを開けて、それを二つのグラスに注ぎ、そのうちの一つを身体を起こした私に差し出した。
「いやだな、年始に間に合ったってことですよ」
「あぁ、そうか、もうそろそろ……
 ベッドから眺める窓からは、春は花が咲き乱れる庭園にいる楽団が奏でる聞き慣れない音楽が流れ込み、やはりこちらも同じ庭園に灯された、ランプの明かりも差し込んで天井に輝いている。相変わらず、誰かが談笑する声も耳に入って来る。あたりには宴の雰囲気が漂っている。私は勝手にそれに取り残された気分になっていたが、愛しい男はもうここにいたのだった。
「明けましておめでとうございます、ミスルンさん。今年も、どうぞよろしく」
 カブルーが言ったのと同時に、窓の外に大きな花火が上がる。年始を喜ぶ歓声も聞こえる。悪食王万歳、ライオス王万歳、メリニ国に栄光あれ!
 私はワインに口をつける前に、それを聞きながら、じっと青い目の男を眺める。その目に、自分の不格好な姿が映っていることを確認して、そしてとてつもなく嬉しくなる。
「なぁ、カブルー、乾杯は後にしよう。それよりももっと楽しいことをしよう」
「楽しいことって?」
「分かっているくせに。さぁ、グラスを寄越すんだ」
 私はそう言って、カブルーからワインを奪って、彼をベッドに引きずり込む。窓の外では、つい最近ヤアドが楽師に作らせた、ライオスを讃える歌が流れている。朗々と歌う歌手の声はおごそかだったが、でも、この部屋からはどこか遠いもののように思えた。だって王が主催する宴に、宰相補佐がいないとなっては格好がつかないのに、カブルーはそれを捨てて私のところにやって来たのだから。宰相補佐のカブルーではなく、ただの私の男としてのカブルーとなって。
「どうして笑ってるんです?」
「さぁ? 気になるんならお前が確かめるといい」
 私は笑って、彼の唇を噛む。するとカブルーは仕方ないなと口元をほころばせて、私の身体に手を這わせ始めた。熱っぽい手のひらは、私を簡単に追い詰める。まるで酔っ払っているみたいだ。すごく身体の芯が熱くて、火照っていて、どうしようもなくなっている。
「ミスルンさん……
 青い瞳が細められ、彼は唇を重ねてくる。そして言葉にはしないで、熱っぽく私に愛を注ぐ。
 こういう時、カブルーはよく約束をねだった。俺が死ぬまででいいから一緒にいてくださいって、そんなふうに、どこか卑屈になって、私に愛を求めた。確かにカブルーはきっと私を置いてゆく。そして私は彼を恨むだろうが、きっと、いや絶対に離れられやしないんだろう。どれだけの苦しみが待っていたとしても、私はそれよりもずっと、この熱病みたいな愛にうなされていたいから。
「今年も側にいてくださいね。来年も、再来年も、ずっとずっと」
「さぁ、私も忙しいからな」
「意地悪言わないでったら」
 私たちはくすくす笑い合いながら、庭園の楽団の音楽に身を任せつつ唇を重ねる。ずっと側にいてくれか。そんなふうに望まれて、嬉しいなんて私も大概だな。いつか終わることが分かっていて、それでもずっと年下のこの男に求められることが嬉しいだなんて、私も甘い男だな。甘ったるくて、歯が溶けてしまいそうだ。
 でも、カブルーの口付けは言葉より甘く、私をとろけさせていった。彼の言葉一つで、私は動けなくなってしまった。
 なぁ、カブルー。私はお前が望まなくなっても、お前の側にいたいと思うよ。お前が他の誰かに奪われることがあっても、見守っていたい。この世界の全てから、お前を守ってやりたい。お前はそんなものを望まないだろうが、私にだって、故郷を捨てる覚悟はあるんだ。
 私は愛しい男の唇を求めて、彼を受け入れる。年が明けて、一番に見たのがこの男であることを、一番にキスをしたのがこの男であることを、私は心から喜ぶ。カブルー、カブルーと名前を呼びながら、ミスルンさんとささやく、追い詰められて熱っぽい声を聞きながら、身体を重ねていることを喜び、ずっとお前の側にいるよと、私は彼の耳元につぶやく。カブルーはそれに笑い、私を抱きしめる。私はそれに、彼にしがみつく。
 ずっと一緒にいたい。そう心から思いながら、私はカブルーの背中に手をやって、口付けを続ける。年明け早々馬鹿げているとは思うけれど、今日はお祭り騒ぎだ。ちょっとくらい宰相補佐が姿を消したって、きっと皆は大目に見てくれるだろう。この国にとって大切な男が私だけのものになったって、きっと。