米田
2024-12-31 00:04:30
5401文字
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第10回歌会カーケンメテオルの読み

2024年12月30日に開催された、第10回歌会カーケンメテオルの詠草への、私の読みです。

①生きのこるため吐いた毒の遅効性 だれかの前で泣いたっていい(カヌレさん)

5周年のシノっぽいなと思いました。
彼が幼い頃、周囲から吐かれていた毒を同じように自分でも吐くようになって、そうしてその言葉は今になって彼の居場所を脅かそうとしている。
言葉の毒って怖いもので、誰か他人に向けて言った言葉でも、いずれ自分に返ってくるような気がしています。
でも、今のシノはその頃の自分の言葉を後悔している。恥ずべきことで、誰かに明かすべきではない時代だったと思っている。
そのことを知ったとして、ヒースクリフがシノに愛想を尽かすということはないと思っていますが、シノが伝えられない気持ちもわかる。
それで現状シノはヒースクリフの前では泣けない、泣きたくないと思っている。
アーサーの前で見せたような顔や、吐いた弱音を、いつかヒースクリフの前でも見せてあげられるようになればいいと思います。



②髪、瞳、外殻、骨子、細胞と天秤にのる紫紺の魂(米田)

自作でした。
ムルの魂が砕けた時のことを詠みました。
月ってすごく残酷なやつというか、性格の悪いやつだと思っているんですよね。
ムルにとって、腕や足などの体のパーツの喪失よりも、魂の喪失の方がダメージになると思って、魂を砕くという選択をした、と思っているんですけど。それってすごく残酷で、同時にすごく頭が切れるやつで、そして性格が悪いなと思う。
作中では「月に近づきすぎて魂が砕けた」と言われているんですけど、なんで月に近づくと魂が砕けるのかとか、その日に一体何があったのかとか、詳しいことは何もわかっていなくて、多分これから物語が進んでいく中で開示されていく情報なのかなと思うんですけど、月に関することなので、結構重要なことなんじゃないかと思うんですよね。
月がなんであの世界に近づいてくるのかとかも何もわかっていない。
月に意思があるのなら、その意思とコミュニケーションを取ってみたいと一番に考えるのがムルじゃないかと思うので、ムルがそうした欲の元に近づいて、月がそれを拒絶したのだとしたら、なるほど月にも意思があるのではないかと思う。
ムルの肢体をバラバラにして、それを魂と天秤にかけて、どっちにしようかなって傾きを見ている月のことを想像したら、結構グロテスクで悪趣味だな(想像している私も)と思って、詠んでみたいなと思って作ってみた歌でした。
皆さまから前半の語句についての読みをたくさんいただいたので補足すると、「髪、瞳、外殻、骨子、細胞」の部分は、人体のパーツを、一部人体っぽくない言葉で表現したくてこういう語のチョイスになっています。
外殻は、肌というか皮膚、外界から人体を隔てる膜や意識のこととして読みました。
骨子は、骨のことではあるんですけど、イメージとしては解体している途中の、鉄骨が剥き出しで見えている状態の建物のイメージで、はりぼてというか、内臓の詰まっていない骨だけの状態の人体、というイメージです。
全体的なイメージとしては錬金術とか、そういうイメージだったかもしれないです。
全ての読みが嬉しかったです!ありがとうございます!



③完璧なミルククラウンそののちの波紋が消えるまでを見ている(あいださん)

何かをじっと見入っている時の精神って結構危ういというか、その人の中で何か考え込むようなことがある時とか、疲れている時に起こりやすいのかなと思っているんですけど。
思考の沈澱というんでしょうか、思考と思考の間の、何も考えていない空白地帯みたいなものの瞬間を捉えた歌なのかなと思いました。
ミルクが落ちてクラウンを作ってその波紋が消えるまで、その一部始終を、何か重ねるようなことがありつつ、けれど何か思考をしているでもなくぼうっと見ている。
何か建設的なことを考えているわけではないけれど、でも主体にとってこの時間というのは多分すごく重要なもので。
白い王冠ができて、でもそれは波紋共々消えてしまう。
波打った水面は次第に静かになり、何事もなかったかのような凪がやってくる。
スノウとホワイトのことを考えているオズ様の歌かな、と思いました。
ミルクの湖面をじっと見て、彼らの時代の終わりというか、崩壊した時のことを思い出しているのかもしれないな、と思います。



④寂しさは踊れるかしらはらはらと奏でるたびに欠けゆくぴあの(廊下さん)

「寂しさは踊れるかしら」で女性が主体であるということ、楽器を「奏でる」という点で演奏をしているラスティカのことを思い浮かべて、主体はザラ様なのではないかと思いました。
もしかしたらラスティカメインのイベストとかで出てきた女性のキャラクターかも、と思ったのですが、私がめちゃくちゃイベストを溜めているため、ひとまずザラ様読みをしました。
寂しさというのはザラ様の境遇のこと、2部で判明したラスティカを巡るザラ様とアリアの顛末のこと、そしてラスティカが二人についての記憶を失くしたことなど、様々なことを含めることができる感情だと思います。
でも「寂しさは踊れるかしら」なのですよね。寂しいという感情を持ちながらも私は踊れるかしら、と思っているようにも、寂しさという感情自体に主体性があって「寂しさ」という存在は踊れるかしら、と疑問に思っているのか、疑問符ではないけれど心配しているのか、といったニュアンスでも読めるような気がします。
そしてこの「寂しさ」というのは下の句の「欠けゆくぴあの」にもかかっていると読んでもいいかなと思っています。
「ぴあの」がひらがなであるところに、「はらはらと欠け」ていっているという説得力があり、ひらがなの「ぴあの」には解けていってしまう、崩れていってしまう、こぼれ落ちていってしまうラスティカの記憶への寂寞といった感情を抱いている主体の気持ちが伝わってくるようで、なんとも切ないです。
私はザラ様のことがすごく好きなんですけど、個人的には、踊ってやってください!という気持ちです。あなたは地獄で、ラスティカの伴奏で踊れる女です!という。
あと一点だけ言うと、ピアノを弾いている人がピアノを弾いている限り、主体はピアノを弾いている人とは踊ることはできないんだよなあ、そして主体がピアノを弾いている人と踊ろうと思ったら、ピアノを弾いている人はピアノを弾いている人ではなくなってしまうんだよなあ、という寂しさもありますね。ということを思いました。



⑤寒いほど紅茶の熱に手が痺れ生きているって甘いと思う(葉子さん)

主体が誰かというのを絞れなかったんですが、若い魔法使いなのかなと感じました。
でも「生きているって甘いと思う」という、きっと今までは生きているということを甘さと重ねて考えることがなかった人、と考えると、リケあたりがそれらしいのかなあとも思います。
「紅茶の熱に手が痺れる」ことと「甘い」ことが結びつくということは、主体が淹れてもらった紅茶は甘いシュガーの入った紅茶、もしくはミルクティーなのかな、ということがわかって、こちらもほっこりするような気持ちになりました。
ジャンルは違うのですが、呪術廻戦という漫画の主人公の虎杖悠仁くんという人がいるのですが、彼の幼少期のエピソードに、冬の朝に雪かきをして、悴んだ手で飲む甘いミルクティーが好き、というものがあったのですが、そのことを思い出しました。
寒い朝に悴む手で飲む甘くてあったかい飲み物って本当に美味しく感じられると私も思うので、すごく気持ちがわかるなあと思って、なんだかじんわりして、すごく好きな歌です。



⑥生も死もひとしく白く透かしつつただ生きてゐる冬の心臓(いちはなさん)

北の歌だなあと思って、北の誰の歌かなと考えたのですが、ミスラさんかオズ様かなと思いました。
他の北メンバーだとあまり「ただ生きてゐる」という感じがしないのですが、ミスラさんやオズ様だと、「ただ生きてゐる」ことが許されるというか……なんて言ったらいいんでしょうね、強いから他の何をしなくてもただ生きていることができる、というか……
でもミスラさんは手に職を持っているので、一番この歌っぽいのはオズ様でしょうか。
雪が吹く中で何もなくとも、魔法を使うことで「ただ生きてゐる」ことのできる強さ、というものが、純粋な強さのことを表す表現としてすごくいいな、と思いました。



⑦たったひとつは無数のひとつかみさまのいない水辺に夜を灯して(ミクニさん)

フィガロのハロウィンイベストのことを思い出しました。
あのイベストのゲストキャラであるイライジャには信じられる神様がいたけど、フィガロにはそういう存在はいなかったわけで。
誰かにとっての唯一は、誰かにとっては無数にあるもののうちの一つ、というのは、フィガロも持っている思考なのかなと思います。
でもフィガロは、誰かにとっての唯一になりたいんですよね。
たったひとつになりたくて、でも自分は誰かにとって無数にあるもののうちのひとつにすぎないのかもしれなくて。自分は神様じゃないし、自分にとっての神様もいない。
そんな水辺に、「夜を灯して」というのは、人工的な灯りではなく、月明かりなのだと解釈しました。フィガロのハロウィンカドストに出てきた、ムーンロードのような。
「夜を灯して」が月明かりなのだとすると、途端におしゃれさとフィガロにとっての切なさみたいなものが溢れてきて、つらい!と身悶えてしまうような歌で、好きです。



⑧なくすのは一瞬のこと 歩き続けているうちに果てなき荒野(もじほこりさん)

「なくすのは一瞬のこと」というきっぱりとした響きの初句二句がすごく好きです。
喪失の経験があるキャラクターというのは様々いますが、その中でも喪失のことをずっと噛み続けている人、というので、ネロの歌っぽいなと思いました。
一瞬スノウとホワイトのことも頭をよぎりましたが、彼らは「歩き続け」たのではなくて歩みを止めてしまうことで生きながらえているキャラクターだと思っているので、ネロの方が相応しいかなと思いました。
ネロは北を去って東の国に来て、それからも自分の持つ店を数年おきにたたんでまた店を出して、というのを繰り返しながら生きていて、なんだかそういうことを繰り返しているのって果てしない気持ちになりそう、と思ったので……
東の国での生活は、ある意味安全ではあったでしょうけれど、安寧とか、そういうものではなかったんだろうな、と思います。
心乱されることもあまりなく、安全に暮らしながら、心はどこかいつも荒んで荒野を歩いているようで、渇いていて、満たされない。
何かを渇望しているけれど、それが満たされることはもうないとわかっている。
そんなもどかしさというか、どうしようもなさみたいなものを思って、く〜、好きだ、と思った歌です。



⑨バターナイフ 朝のひかりを切り分けて子どもらのパンにひろげる祈り(温水さん)

初句の「バターナイフ」のあとの一字空けがすごく効いているなと思います。
これだけでネロの歌だ、ということがわかって嬉しくなってしまいました。
バターを塗る、という行為を「朝のひかりを切り分けて」「パンにひろげる」という表現で表しているのも素敵です。しかもそれが祈りであると。すごく優しくて、愛があって、あたたかい気持ちになる歌だなと思います。
ネロの、あまり口には出さないけどこういった行為や、料理を通して伝わってくる愛情というものが確実にあり、それを子供たちも受け取っていて、ネロに返ってくるものがあり……という、いい循環をしているなと思います。
眩い明るさに溢れている歌で、すごく爽やかな気持ちになれていいなと思いました。



⑩夜の次に夜が来たことはないらしい 若人よ、さあ、おまえの番だ(谷さん)

「夜の次に夜が来たことはない」って「明けない夜はない」よりももっと直接的なというか、物理的にわかりやすい、夜と夜を並べて、こことここはくっつかないんだよ、夜の次には朝というものが来るんだよ、と言っている、すごい希望の言葉ですよね。
すごい希望の言葉なんですけど、これを言っている主体が誰なんだろうということはわからなくて。
若人よ、と誰かに呼びかけるようなキャラクターは主要なところだといない気がするし、イベストのキャラクターなどにはいるかもしれないですが私は思いつかなくて、誰なんだろう〜と悩んだんですが、今は、あの世界全体の概念であってもいいのかなと思っています。
あの世界には月が近づいてきて世界を壊そうとするけど、夜の次には必ず朝がやってくるから、月が支配する時間にはいつか終わりがやってくる。そういうことを言っているとして読んでも面白いんじゃないかと思います。
夜の次には夜はやってこないから、今度はおまえの番が、おまえの生きる時間がやってくるよ、と言っているのかなと。
キャラクターに当てはめて読むとしたら誰が当てはまるだろう、というのは、是非他の人の読みを聞いてみたいと思います。


皆さまの素敵な歌と読みと解題を聞けてすごく嬉しかったですし楽しかったです!
ありがとうございました!