スズ
2024-12-30 22:43:54
10374文字
Public あつおさ
 

恋するオマエがする顔も、恋して話すその声も

何度も恋して、失恋させられてるおさむが「そもそもこれ恋なん?」とゲシュタルト崩壊しかけたことで、攻めるタイミング逃さないあつむがタイムアップを宣告する話。

◆あつおさワンドロライ第105回「時間切れ」で投稿



 初めて知った。
 恋するオマエがする顔も、恋して話すその声も。
 
 俺の目線の先にいる人間は、親よりもまず侑だった。物心ついたときからずっと。当たり前だ。俺と侑は、双子の兄弟だから。
 いつでもどこでも一緒だった。小学校でクラスが分けられてるのに、お構い無しで紛れ込んだり、なんなら入れ替わって遊ぶまでしてた。本当に手のつけられない悪ガキだったし、先生たちはさぞ苦労したと思う。(いまの担任たちにも苦労はさせとるかもわからんけど、小学生のとき程じゃない。たぶん)
 入れ替われるのは、それだけお互いのことだけじゃなく、お互いの周りのことも自分のことみたいにわかってたから。友達との関係。先生との関係。誰とどんな話をして盛り上がって、いまクラスで何が流行ってんのか。そういうのも全部わかってた。だって一日が終わるとずっと自分の身の回りのこと、包み隠さず話してたし。
 でもそれが少しずつ、少しずつ難しくなっていったのは思春期に入りかける手前くらいからやと思う。
 男子と女子が、小学校でも上の学年になると好きな奴は誰だの、付き合うだのの話をしだして、俺や侑は女子たちのおそろしい一方的な格付けでいつだって三本指に入ってた。
 小学生男児のヒエラルキーなんて、まずとにもかくにも運動ができるかどうか。実にシンプルだ。特に足が速いかどうかはホンマにわかりやすい。俺たちは運動ならある程度なんだってうまくやれたし、体育の授業じゃ地元のプロサッカーチームの下部組織に入ってる奴より点を取ってやったし、ミニバスに入ってる奴よりもシュートを決めてた。運動会の最後の花形競技、全学年選抜のリレーなんて俺と侑はいつだってお呼ばれしたし、六年生のときの運動会のあとなんかは、侑や俺は何人かにそれぞれ呼びだされて、告白された。
 そうか。侑も俺も、ずっと一緒にはおらんのか。カノジョとかできて、そっちと一緒におる方が多くなるんやろか。
 侑が「なあ! アイスで当たり出たで!」て一番に報告するの、俺やなくなるんやろか。
 侑が「あの店、ポケカ売っとったで! 今日学校終わったら行こ!」て一番に教えてくれんのも。
 侑が「あそこの体育館、水曜日の午後だけ誰でも使えるって教えてもろた! 今度、ボール持っていこ!」て一番に誘ってくれんのも。
(ぜんぶぜんぶ、……俺やなくなるんかな)
 いや、たぶんバレーしに行こ! て一番に侑が誘うのは彼女いてもいなくても俺やろ。さすがに。て、高校生になった今は普通にツッコみのひとつやふたつ、できるけど小学生のときの俺は、得体のしれない未知の感情に自分がおそろしく振り回されそうになる気しかしなくて。それがこわくて。そこからはしばらくあんま考えないようにしてた。
 ほら、別にカノジョとかできたって、俺がアイツの双子の兄弟ってのは変わらんし。いやむしろ喧嘩するのとか減ってええんちゃうんか、なんて言い聞かせてみたりして。
 でも中学に上がって、実際に侑がカノジョ作るようになってからは、考えないようにするのに流石に無理があった。
 
「サム! おれ、カノジョできた!」
 
 そう一番に報告してくれるのが俺であることが、嬉しかった。
 そんで、これから隣におるのはお前やない、とついに突きつけられて、俺はずっと向き合わず逃げ続けたのをやめてしまった。
 あんなに普段、やかましくて憎たらしくてめんどくさくて。なんでモテんねんって思うのに。器用そうなくせして、でも実はなんでも上手にやんのは苦手だったり、それでまず頼る先はいつだって俺だったり。一緒になんとかどうにかしてやれば「天才や! さすが俺の片割れやんな!」と自分上げながらしか人のことを褒めない、人でなしポンコツだってわかってんのに。
 
 それでも俺は、何度もなんども、恋をした。
 カノジョと別れて。でもまた告白されて。付き合うことになった! と報告されるそのたびに、恋をして、失恋をした。
 
 ちなみに侑が告白されて、ええよって言うパターンは大体が次のふたつ。
 一つは、顔が好みで「お! かわええな!」て誰でも思わず言いたくなるような子のとき。面食いなんよな、ほんまアイツ。ちなみに化粧しててもしてなくても、どっちでも構わんらしい。曰く「そもそも化粧してるかどうか、あんまわからんもん俺」とこうだ。ほんまポンコツ。いまのクラスメイトの高2女子たちにこんな話しようもんなら、ボロカスに言われるんやろうな。
 二つめは、同学年や後輩ではなく先輩で、胸がでかかったりスタイルよかったり、ようするにやらしい意味でストライクゾーンだったとき。言葉にすると最悪な奴やなとなるけど、でもこのへんは俺も同じ男なもんで全否定はできない。そら、多感なお年頃やし。ちょっと上の色っぽいおねえちゃんに興味がないかと言われたら、いやそらあるに決まっとんねん。
 そんで、これがまたどれ一つ長続きしなくて、その理由も大体が次のふたつ。
 一つは、侑が連絡をまるでまめに返さないし、予定もぜんぜん合わせようとしないこと。放課後は部活で、休みの日も試合があったり部活があったりなかったりで、ちょっと気をつかわんと予定なんて合わせられへんのに、まったく侑に合わせようとする気遣いがゼロで、デートするにも一ヶ月先。放課後、健気に部活が終わるまで待ってるカノジョもおったけど、ほんま侑がボケカスで、待ってるって言ってくれた約束忘れて、平気でいつも通りに俺と帰ってしまったりして。それをまた平気で何度もやらかすもんやから、こっぴどく振られる。曰く「こんなんでへそ曲げるようなオンナ、こっちから願いさげや! どっかにもっとやさしい子がおるわ!」とこうだ。何度も許してる時点で、十分優しい子やったと思うけどななんて擁護しようもんなら、いきなり「なんなん? サム、あいつのこと気にいってたん? やめろやめろ。あんなオンナにお前はもったいないって」と不機嫌にとにかくアイツはやめとけと釘を刺した。俺はテメェみたいな人でなしやないから、そんなことはせんて。
 二つめは、しばらくすると侑の方が「こいつやない」と切ってしまうから。告られて頷いたくせして、どうやら「やっぱ違うたわ」とかデリカシーのカケラもない振り方をしてたらしい。中学三年生になる頃にはたぶんその噂も広まってて、侑に告ってくる人数は減ってったけどそれでもゼロにはならんかった。
 そんで高校生になってからも、侑は告ってくる子は当然何人もいた。でもなんでか首を縦に振らなくなり、入学してからはさっぱりと彼女を作らなくなった。
 理由を聞いてみたら一言目には「いまはバレーが恋人やし~」とふざけた言い方をされたので蹴り飛ばしたら「すぐ足出すんやめえや!!」と抗議の罵声があったあとで二言目に「中学んときに、テキトーにうんて言うて、なんとなくでも付き合うたら、相手のこと好きになるんかなぁって思っとったけど、違かった。俺、自分から好きにならんとあかんねん。……自分が、好きになったやつしか、いらん。それがわかっただけや」といきなり真面目なトーンになって、まっすぐに俺の目をみて、まるで言い聞かせるみたいな口調で返してきた。
 なんの意図もないってわかってんのに、俺はコイツのこと好きなもんだから、どうしたってドギマギして。
 でもそれを隠そうとして「なんや、ちょっとちゃんと考えてる風やん」と思わず口に出したら「なんやとクソサム!!」とまた取っ組み合いになった。だってそらオマエやし、しゃーないやん。俺、悪うないて。

 だから俺は、失恋をせずに済むようになった。
 でも失恋する機会を貰えなくなったせいで、ずっとアイツに恋をし続けることになった。
 それはたぶん、失恋するよりしんどくて。でも失恋するよりしんどいって、なんなん。

「そもそも恋ってなんなんやろ」
「どうしたの。どっか頭打ったの」
「え。辛辣」
「いまこの瞬間まで、めちゃくちゃ人殺しそうな集中力で、人の頭吹っ飛ばしそうなサーブ練してた奴の口から出てくるとは思わないじゃん。ねえ、銀」
「つーか珍しいなあ、治が恋バナ自分からすんの」
「せやった?」
「あはは。マイペース遺伝子、極」
「あんま褒めんといて~」
「褒めてないんだよなぁ、これが」
 金曜日の部活終了後、自主練で残ってひたすらサーブを練習してたら、気づくと残ってるのは自分と角名と銀だけになっていて。集中し過ぎてて、俺はそのことにまったく気づいてなかった。角名も銀も、たぶん俺が集中しすぎてるのわかってたから何も言わずに待っててくれたんだと思う。
「すまん、残ってくれてたん」
「まあ、俺も銀もやりたいことあったし。あと侑がそろそろ補習から駆けつけてくるっていうから、それまではいてあげようかなって」
「侑がそろそろ? なんでそれわかんの?」
「ん? さっき侑からLINEきたし」
ほーん。なら、そろそろ切り上げるか」
 俺やなくて、角名とやりとりしてんねんな。なんでやろとか。別に俺でも角名でも銀でもいいから、たまたま角名に連絡送っただけ。ほんまもうそんだけってわかってんのに、んなちっちゃいことまで最近は気になるときも出てきて、ほんま重症やなと思う。これならちゃんと失恋させてもらったほうがええのかも、とか考えなくもない。
(だって、……やっぱ、おかしいもんな。俺だけ、意識しまくって)
 アイツがこれぽっちだってそんな気ぃないってわかってんのに。そんなん、俺らの間じゃ普通で、当たり前にあることだったのに。
 それでも殴る蹴るの喧嘩をしたあとで、お互いに謝ったりせんままなのになんとなく雰囲気で仲直りして、俺の方がわりと手加減せずに顔だの腹だのを殴ったりしてんのに(流石に手足はやらんよ)俺の腫れた頬を撫でてきて「……強く、殴りすぎたわ。もう痛くないか?」なんて心配されたら、触れられてるところから熱が走るみたいに、俺の動悸だけが速まってしまう。
 もともとスキンシップは俺に対しては多いというか、それ以前の問題というか。たぶんアイツは俺のこと自分の一部くらいに思ってるせいで、とにかく遠慮がない。たとえば今みたいに秋になって気温が下がってくるとここぞとばかりに、ひっつき虫になって「はー、子供体温のサム、ぬくい~」とか失礼なことをぼやいて、後ろから抱きついてくると人の体温を本当に奪っていったりとか。
 そんでも、そんなのを一年の頃から見てきてるこの学校の人間は、二年目ともなるとなんも思わなくなって、今やもう誰もツッコミすらしない。そんで寒くなくたって隣におるし、むしろ暑いのに離れろやと思うくらいぴたりと距離あけずに座ったりするし、挨拶みたいに肩とか腕とかなんとか触れてきたりするけど、それも俺だけが意識してるってのは癪すぎるから、なんてことありませんってツラを貫いてるところ。
 どんだけ険悪な雰囲気引きずったりしても、侑は絶対に俺と一緒に下校することだけはすっぽかさないし、絶対に俺の外履きが置いてある下駄箱で待ち構えてる。どんだけ喧嘩したって、一緒やないのは嫌なんやなとか。これが双子とか兄弟やなかったら、めちゃくちゃ期待してええのになとか。
 今朝だって朝晩が寒くなるって言われてんのに、アイツはコートは辛うじて着てきててもマフラーとか手袋とかを忘れてきてて、人の手掴んで、自分のダッフルコートのポケットに突っ込んできて。
 散々打ったボールたちを全部拾い終えて、ボールカゴを倉庫の中に突っ込みながら、アイツにとっては双子のフツーかもしれんけど、俺はどうしてもドキドキするし、考えてしまうしとか内心でぼやいてたら、すぐ後ろからポールとネットをそれぞれ持ってきた角名と銀が、倉庫の片隅に片し終えた。角名の指が軽快に鍵の束を回し、チャリンと音を鳴らす。
「治、好きな人いるんだ」
「へ?」
「だって恋だのなんだのっていきなり言うから、そうなのかなって」
「え!? 治、そうなん!?」
「いや、それが……好きな人なんかなぁ、そもそもこれって、とかな。思うたりして」
「なにそれ。好きかわかんないってこと?」
「なんちゅーか。友情と恋愛の境目とか、どっから恋愛でどっから友情なんやろなぁみたいなやつ」
「はー、境目なあ」
 三人で倉庫を出て、角名が鍵を閉めても、腕を組む銀は真剣なツラして「考えたことなかったけど、改めて考えるとなんや、めっちゃ難しいな」と唸る。その隣を歩きながら角名が「いや、真面目に考えすぎだって」と手を左右にひらひらと振った。
「俺な。……ずっとずっと、同じ奴のこと好きでおるから、ほんまにこれ好きなんかなあって最近思ってて。なんか別のモンを勘違いし続けてるってことないんかなぁとか、最近思ってん」
「そんなのバレーみたいにちゃんとした決まりとかルールとかあるわけじゃないし、治がそうだって思えばそうだし、違うって思っちゃったらそうなりそうだけど」
「ちゅーか、治そんな昔っから好きな子おって、その子んこと好きなんか!」
「まあ、そうなんよなあ。不思議なことに」
「へえー! そっかそっかぁ。なんや、自分からあんまそういう話ノらんから、おらんのかと思ってたけど。逆にその子に一途やったからか」
 銀の言葉に、思わず「一途? 俺が? アイツに?」と思いっきり顔を顰めてしまい、銀は「ええ!? だってそうやんか!」とびっくりして、その奥を歩く角名はというとどっか呆れた目で俺と銀を交互に見やった。
「一途とか言われると、なんや腹立ってくるな……
「なんで!? 治、好きな子に腹立つん!?」
「え。むしろ好きでも腹くらい立つやろ、そら。人間だもの」
「いや、今みつをはええねん。治はその子のこと、いつから好きなん」
 いつから、と言われて、咄嗟に「小学生んとき……?」と答えてしまう。
 すると銀は体育館の端っこに置いてた自分のタオルを首にかけて、軽く汗を拭いながら「小学生!? そんときからずっとその子んことしか好きになっとらんのか!」と割とデカめの声で言われて、そんなに驚くとこ? と自分も自分のタオルを首にかけて首を傾げる。そしたら、銀とは反対隣で荷物をまとめてジャージの上も羽織って準備万端になってる角名が、座ったままこっちを見あげて。
「途中、他の子のこと好きになったり、他の子と付き合ったりしなかったの? 治、今もそうだけどモテたでしょ中学とか」
 と、尋ねてくる。
……せんかったなぁ。結局」
「たくさん告られてたんじゃないの」
「おん。でもぜんぶ断っとった」
「たくさん告られてたとこは否定も謙遜もしないとこ、ほんと宮兄弟」
「あいつと一緒にされんのはイヤやなあ」
「中学の頃から今みたいにとりつく島もなしにスパンと断ってきたんやったら、めっちゃ一途やん。それ以外に、逆になにがあるん」
「一途、……なんかもしれんけど。でもこんな腹立つの、銀は変みたいに言うってことは、やっぱ恋愛の好きとはちゃうってこともあるかもしれんやんか。なんや、よおわからん。アイツのことは好きやけどムカつくことのほうが多いし。人の心が育ってなさすぎるし。テキトーやし、平気でウソつくし、やかましいし」
「あはは、どっかで聞いた羅列」
「そんでも、中学んときに『誰々に告られて付き合うことになった!』て初めて教えてもらったときは、あまりに嫌でその日の夜だけ食いもん通らんかった。次の日の朝メシは食うたけど」
「「食べるんかーい」」
「でもあんときはほんま、ショックやったなぁ。自分の一番はお前やないって正面から突きつけられるの、ほんま、しんどいなあってなった。せやから俺、アイツのこと好きなんやなって認めるしかないって思った。思とったけど、もしかしたら独占欲とかを履き違えてるんちゃうかなとか思わんこともないねん。アイツの一番にしてもらえんのだけが気に食わんだけで」
 それも好きや嫌いや言う以前に、俺たちは双子の兄弟で、家族だ。
 ただ小さな頃から知ってる幼馴染とですら比較にならないほど一緒にいたもんだから、単に間に割って入られるのが嫌なだけとちゃうんか。
 間に割って入られるそのたびに、しっかり胸の辺りがしめつけられて、苦しくて堪らなかったけど。侑が女と付き合って、俺よりその子と一緒にいるようになって、手ぇ繋いで、デートして、好きだなんや言い合ってキスして、セックスすんのかと思ったら、ほんま虚しくなったけど。自分の知ってる侑じゃなくなってまうんやって。俺が知らん侑を、カノジョとやらたちが知っとるんやと思うと面白くなかったけど。
 でも、それだけや。面白くないなら、面白くないって。嫌やって言えばいいのに、言わんで黙っとるのは、結局は恋だのなんだのと騒いでみてるだけで、ほんまは違うのかもしれん。
「そもそも友達と恋人の境目ってあんのかな。銀はどう思う?」
「せやなあ。……キスできるか、できんか、とか?」
「性欲の対象かってことか。一理あるかも。どうなの、治……って。ありゃ」
 なんだ、聞くまでもなさそうじゃん? と角名が面白がって言ってくるくらい、俺は会話の流れにおもくそ顔を赤くしてしまっていた。いや、なにをまんまと言われたまま想像してんねん、俺は。
 だって侑とそういうことしたらって、これまで想像して来なかったわけがない。
 俺かて高校生の男なわけで。そらムラつくこともあるし、朝勃ちだってするし、スる夢も見る。中学まではオカズのジャンルは色々あったけど、最近はふつうにアイツはどういうセックスすんのかって想像して抜くことが多くなった。アイツ、どうやって女抱くんやろなって。
 いやでもな。そこまで考えてるくせして、じゃあ具体的に俺とアイツとでどうこう、みたいなことは実はぼんやりしか考えて来なかった。だってどっちかが入れて、どっちかは入れられんねんで。どっちかはちんこ突っ込まれるってことやんか。いやどっちが? でもあいつ絶対譲らんやん、こんなん。てことは俺が? ちんこ入れんのか? うそやん。勘弁してくれ。無理やって。……でも、万が一、いや億が一。ネコ? やらなあかんくなったとして、実際どんなんなん? 男同士って。検索してみ……あかん。軽い気持ちで見たらあかんやつやった。これはあかん。いや無理やんか、こんなん。やっぱアイツに入れさせてもらおう。そうしよ。うん。……でも俺から好きになっといて、ちんこ突っ込ませてくださいは流石に人道に反するか。ケツくらい差し出せって言われたらぐうの音もでんかも。惚れたほうが負けか? にしても演技やろうけど、ネコやっとる方えらい気持ちよさそうに啼いてたな。いやいやいや。知らん知らん。気持ちよさそうとか知らんし。
 とかいう葛藤は日々しているわけなので、不意打ちで話題を振られただけで、うっかり想像して慌ててんなら世話ない。案の定、角名も「世話ない」という表情で、これみよがしに肩を竦めた。
「そんな反応するんだったら、もう恋も込みってことでイイんじゃん?」
「込みってなんなん」
「だからさ。友情だの恋だの愛だの、きっちり分けろなんてルールだってないじゃんってこと。ぜんぶ込み込みで、恋も入っちゃってるかもしんないし、性欲も入ってるってことにしちゃえよ」
「あ~~~~! 部室おらんと思ってきてみたら、やっぱりこんなとこでダベっとるし!」
 ガラッと体育館の扉が開いて、俺たちを見つけた帰り支度ばっちりな侑が、外履き脱いでずかずかと体育館に入ってきた。ちなみに侑は補習に出なきゃあかんかったおかげで、今日の放課後の部活はぜんぜん出れてない。哀れでアホな片割れや。
「はよ着替えて、さっさと……
 帰ろうと続くと思った侑のセリフの尻が、不自然に途切れた。
 俺はまだ顔が火照ってるのを忘れてて、慌てて咄嗟に片手で鼻あたりから顔を隠す。でも侑はまっすぐ俺の前まで来たかと思えば、俺が顔を隠してた手をソッコーで剥がしやがった。
「おいっ、……何すんねん、いきなり」
 まだ火照ってた余熱があるままの顔で、それでもいつも通りを装って、ギッと睨みつけてみるけど。俺の手を顔からひっぺはがした侑は、今までになく真剣なツラで俺をじっと見つめる。
 どきりとして、次の言葉を捲し立てられずにいたら「角名、銀。すまん、サムの荷物と、部室の鍵くれ」と俺の手首を握り直しながら、俺と目を逸らさずにふたりに依頼する。
 いや、お前な。ノールックで人様に物頼むとかどういう神経してんねん。銀も角名もなんや叱ってやれ。と俺が言うより先にふたりは。
「ほら、治。受け取れ」
「はい、どうぞー」
 と侑に頼まれるがまま、銀は俺の荷物を適当にエナメルカバンに突っ込んで肩にかけてくるし、角名は部室と倉庫の鍵が一緒になってる束を、侑に向けて放った。角名の投げた鍵の束は、きれいに放物線を描いて、ちゃりんと音を立てて侑の手に収まる。
「ふたりとも悪い。サムと部室で10分だけ話させてや」
「「ごゆっくりー」」
「はぁ!?」
 理由も聞かず、ふたりがあっけなく俺たちを見送ろうとするから、思わず素っ頓狂な声を上げた俺の手を引いて、侑はそのまま体育館の外に向かって歩き出す。けどなんなん、この展開。
「おい、ツムなんやねん。急にどうした」
「どうしたもこうしたもないわ、そのツラ、なんなん」
「ツラ?」
「そんな物欲しそうなエロいツラして、アイツらと何話てたん?」
「はぁ!? そんなツラしてへんし! 大体、何話してたかなんてテメェに関係ないやろ!」
「あるわ、クソサム! そんなツラして俺以外にそんなボロだすんなら、俺はもう待つのやめるで。アホらし」
「あ? さっきからホンマなんの話なん。言いたいことあんならここで言えや」
「なら、いま聞くか?」
 さっき侑が入ってきて開けっぱなしのままの体育館の出入り口で、外履きをふたり並んで履きながら。その声色が半音くらい低くなって、反射で思わず自分の手首を掴んでる奴の目を見た。見てしまった。
「俺が高校に上がってから、一回もカノジョ作らんかった理由。覚えとるか?」
 もうとっくに日が落ちて、体育館の外に一歩出てしまえば暗く、何十年も取り替えられてない学校の敷地内を最低限照らす電灯の灯りだけだ。
 薄暗いその表情があまりに静かで、逆にゾッと背筋に何かが走る。こういうときのコイツはあかんってことは、俺が一番よお知っとる。
「っ、……自分から好きにならなあかんとか、そんなん言うてたな」
 思わず手を振り払って、侑から距離を取って先に体育館から部室の方に離れる。侑はムキになってまたすぐ捕まえにくるかと思ったけど、無理に距離を詰めてこようとはしなかった。
「それになんで気づいたかは、言うてへんよな。教えたるわ。俺、そんときにはもう好きな奴おってん。そばにおりたくて、一番でいたくて、他の奴のもんになんのは許したくなくて、触りたくて、キスしたなって、マスかくときにソイツのツラばっかり浮かぶようになった奴が。……それがどこのどいつか、今から部室で聞いてもらお思っててん。でも俺はやさしいからあと5秒、待ったるわ。5秒で角名や銀のとこに戻ったら、まだ言わんといてやってもええ」
 イラついた素振りも見せず、静かに。静かに俺を、見つめてる。
 それでもぐにゃりと歪んだその目つきに、またぞくりと身体が震えた。
 さっきから、俺はこの目が何を言おうとしてるのか。まさかって気持ちと、そうならいいのにって気持ちが、ぐっちゃぐちゃになっていた。
 ゆっくり近づいてくる、俺の双子の片割れ。
 俺と同じ顔して、俺と同じ背丈で、ほぼ同じ重さで、体力測定も大体似たりよったりで。ずっと何をやるにも一緒で、めちゃくちゃ喧嘩して、そういうよくいる兄弟のはずなのに。でもこの時の侑は、まるで知らない奴に見えてしかたなかった。

「あーあ。──時間切れや、治」
 
 やめろって言うてくれたら、お前がええでって言うまでは、待っててやってもよかったのに。

 そう囁くようにこぼす侑は、まるで目の前の食いもんが欲しくてたまらんて顔をしてる。
 こんなにずっと一緒におったのに、こんな侑は、一度だって見たことなかった。
 恋すると、お前はそんなツラと声すんのか。
 後ずさることも忘れて、初めて見る侑の表情に、俺はハッとしてまた自分の口元を片手で覆う。コイツもこんなツラしてるってことは。ようするに。

(俺も、おんなじようなツラ、してるってことや)
 
 あかんわ、そら。侑が、角名や銀の前から俺を無理やり引っ張り出したのもわかる。
 だっていまのツラした侑のこと、他の奴にはとてもじゃないけど見せられない。自分以外の誰にも、見せたくない。
「サム」
……なんや、ツム」
「聞いてくれんねんな?」
「嫌やって言うても、もうきかんのやろ」
「さすが話が早くて助かるわぁ」
「フツーに頭うごかななってるだけや」
「なら攻めるタイミングは外したらあかんな?」
 俺の前に辿り着いた侑が、俺の手をもう一度、掴む。今度は手首じゃなくて、手のひらを。しっかり指と指を、絡ませて。
 
 ああ、バレてる。もう俺が逃げようとしないこと。
 どうせ俺がいま考えてることも──この恋心を暴いて、食らって、いっそ丸呑みにして欲しいって思ってることも、きっと、全部。