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溶けかけ。
2024-12-30 18:57:50
2238文字
Public
ほぼ日刊
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弱さの裏返し
大怪我したフリーナと納得がいかないヌヴィレットのお話
「あ、ははは
……
」
「ヌヴィレット。シグウィンを呼んでくれる?」
ある日の昼下がり、旅人がフリーナを背負ってやってきた。
「はい。治療はおしまい。しばらくは安静にしてるのよ」
シグウィンは往診鞄に道具を仕舞うとフリーナに薬を手渡す。受け取るフリーナの手には包帯が巻かれていて、痛々しい。
「じゃあ、うちはこれで。お大事に、フリーナさん」
「オイラたちはシグウィンを送っていくな! じゃあな、ヌヴィレット、フリーナ!」
パイモンの声に他の二人も小さく手を振って退出していく。扉が閉じれば、先ほどの賑やかさが嘘のように静まりかえる。
フリーナは上げていた左手をそっと下ろすと、膝の上で手を組んだ。耳が痛くなるほどの静寂にフリーナは知らずに背筋を正して正面の存在を盗み見る。
フリーナの視線の先ではこの国の最高審判官、ヌヴィレットが足を組んでソファで寛いでいた。
フリーナの治療中、終始無言を貫いていた彼の表情は長い前髪に遮られ、窺い知ることが出来ない。それが、より恐怖を駆り立てる。
そもそもとして、ヌヴィレットはフリーナが傷つくことを良しとしない。不老不死であった時代でさえ、護衛をつけるくらいには過保護な彼のことだ。
────何を言われることか。
フリーナは膝に置いた手に力を込める。小言であるなら反論の余地もまだある。だが、彼から齎されるものが叱責や失望であるならば────。
フリーナの脳裏に、裁判の記憶が蘇る。
ヌヴィレットにすら、背を向けられた。
あの時のことは予定調和であった以上、彼に対して裏切られたという感情はない。どちらかと言えば、最初から偽りで塗り固めていたフリーナの方が罪としては重いだろうし、裏切られたというのはヌヴィレットの方だろう。
フリーナは冷たくなった紅茶の水面を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えた。感覚としては親に怒られる子どもの心境に似ているかもしれない。────僕とヌヴィレットは親子ではないけれど。
「
…………
君の傍に行ってもいいだろうか?」
思いの外、穏やかな声がフリーナの耳を撫でた。
フリーナに拒否権などなく、即座に頷く。彼はゆっくりと立ち上がるとフリーナの隣に腰掛けた。スプリングの軋む音がして、フリーナの身体が僅かにヌヴィレットの方へと傾いた。
「
…………
触れても?」
初めは何を聞かれているのか分からなかった。フリーナは彼の瞳に映った自身の姿を見て、傷のことだと理解した。
「あ、ああ
……
。いいとも」
フリーナの頬をヌヴィレットの指が撫でる。冷たい指が炎症で火照った傷口に気持ちがいい。
ヌヴィレットの指がフリーナの首筋に下りる。そちらにも包帯が巻かれていた。
「なぜ、このような無茶を
……
?」
ヌヴィレットの疑問は最もだった。フリーナは神の目を持っているとはいえ、戦闘が得意とは言えない。本業ではないとはいえ、ナヴィアや千織の方がよほど、上手く立ち回れるだろう。
「僕には戦える力があった。────ただ、それだけだよ。これもある意味、ノブレス・オブリージュと言えるかもしれないね」
ヌヴィレットの手が止まる。
彼はフリーナの言葉を考えあぐねているようだった。
「
…………
だが、君が戦わずとも警察隊や
……
旅人を呼んでくるだけでも良かったのではないのかね?」
ヌヴィレットの言葉にフリーナが苦笑する。
きっと、理解してもらえないと思ってはいたけれど。
「それは結果論だよ、ヌヴィレット。あの時はそれが取れる最善策だった。僕はこうして怪我をしたけれど、命に関わるものではないし、助けた商団の人たちも無事、商売にありつけた。これは
……
良いことなんじゃないかな?」
ヌヴィレットの眉間の皺が深くなる。まるで、自己犠牲はやめろとでも言っているかのようだ。
……
恐らく、当たらずも遠からずといったところなのだろうけど。
「君が怪我をする必要はなかった」
ヌヴィレットの止まっていた手が再び動き出す。
彼の言っていることは、駄々をこねる子どもと変わらない。きっと、彼自身もそのことは分かっているのだろう。
「そうだね。でも、キミたちと違って、僕は弱いんだ」
首筋を撫でるヌヴィレットの手に手を重ねる。
もし、戦っていたのがリネ君やリネット、旅人やクロリンデだったのなら、こんな怪我はしなかっただろう。
「弱くても、あの商人たちよりは強かったんだ。神の目の分だけね」
武装をして、神の目を持っている僕と、武装もなく、逃げ惑うだけの商人たち。どちらのほうが強いかなんて火を見るより明らかだ。
「ふふっ
……
」
ヌヴィレットは理解できないというようにフリーナを見つめていた。いつもは険しい顔をした彼のそんな様子がおかしくて、彼女は思わず笑みをこぼす。
きっと、ヌヴィレットには分からない。彼にとっては商人もフリーナも、クロリンデやナヴィアでさえ、守るべき対象なのだから。そこに何の違いもない。弱いのならば隠れていればいい、逃げればいい、きっと、彼ならばそんなふうに思うのだろう。
「人を理解するにはまだまだ時間がかかるね」
強い力を持って生まれたヌヴィレットと何の力も持たなかった弱い僕。僕らの間には埋められない溝がある。
「いつか、キミにも分かる日が来るよ」
怖くとも、逃げ出したくとも、「怖くない」と笑って、武器を手に戦わなければならない時があることを。
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