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小椋
2024-12-30 12:35:30
6772文字
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【kiis】ワン・トゥ・ゼロ
BM所属未来if。両片想いなふたりが距離を縮めていくお話。
2期14話(38話)でkisの登場とボールの映りこみに沸いた勢いで書いたものです。
まっさきに視界へ飛びこんできたのは見慣れない天井だ。
勢いよく半身を起こした潔世一は、昨日の記憶を辿るなり溜息をついた。
カイザーの自宅に招かれたのは初めてのことではない。チーム練習のフィードバックや試合内容の分析を行う場所を、クラブのロッカールームではなくカイザーの家に切り替えてから今回で三度目になる。毎回のように遅くまで残っては飽きもせず互いの見解をぶつけあう様子を見かねたフロントスタッフから、さすがに居座りすぎだとロッカールームを追いだされたことをきっかけにして、クールダウンを終えるなりカイザーの運転する車に乗りこむのが恒例の流れとなりつつあった。
青い監獄
ブルーロック
での
新英雄大戦
ネオ・エゴイストリーグ
を経て、プロのサッカー選手としてバスタード・ミュンヘンに在籍してから早数年。現在の潔とカイザーは、大なり小なり諍いをくりかえしていたことが懐かしく思えるくらいには穏当な関係性を築いていた。もちろん互いにサッカーに注ぐ思いに妥協はないため、見解の衝突が完全に消え失せたわけではない。それでも感情的で不合理に満ちた口論に発展することはほとんどなくなり、建設的な意見交換ができるようになっていた。
あらためてチームメイトになってからというもの、潔とカイザーの接点は必然的に増していった。そろってチーム練習に取り組み、ともにスタメン起用されることで連携強化を図る。
結果
ゴール
を積み上げて、エースストライカーとしての
価値
ポジション
を確立していく。
サッカーから離れた部分においても関わりを持たずにはいられなくなった。行動をともにする時間が増えることで新たな一面を知ることに繋がり、意図せずともプライベートの過ごし方を垣間見ることになる。言語の壁や日常生活の困難を解消する助力を得たことも、レセプションパーティーにおける当たり障りのないあしらい方や、チャリティーイベントにおけるそつのないふるまいを学んだこともあった。
かつて敵意や殺意に等しい苛烈な激情を向けあい、さらなる能力と技術の向上を図ることで、互いに新たな武器を獲得するに至った。そうしてふたりは
新英雄大戦
ネオ・エゴイストリーグ
の最終局面において、
一点
ワンゴール
限りの契約を結んだのだ。
至上の結果を勝ち取るために、最初は反発しあいながらも最後には共闘に及んだ相手。現在ではチームの勝利という目的を果たすために尽力を重ねつつ、世界一を目指すエースストライカーとして貪欲にしのぎを削りあい、
機会
チャンス
と
得点
ゴール
を奪い合う
宿敵
ライバル
。
サッカーにおける苛烈で濃密な情動のやりとりは、
戦場
フィールド
を離れてもなお、両者の関係に少なくはない影響を及ぼしている。だから潔とカイザーの険悪な関係は、それが根差したサッカーに付随する応酬の変化に呼応するようにして、徐々に移ろいつつあった。
カイザーは存外に静かな男だ。口の悪さは健在だが、かつてほどのマウント癖が発動しなくなったいまは想定していた以上に理知的なふるまいを見せる。無駄の減ったコミュニケーションを築けるようになってからは、最短で連携を図れるようになった。
ロッカールームを追い出されたあとの潔は、てっきりこのまま解散となるか、よくてどこかの店で食事をしながら続きをするかの二択になると思いこんでいた。けれどもカイザーは、意外にも自宅に場所を移すことを提案してきたのだ。
まさか極めてプライベートな空間に、よりにもよって潔が立ち入ることを許容するだなんて。動揺しながらも了承の返事をした時点で、潔の内心にまったくの期待がなかったといえば嘘になる。その裏に忍ばせた邪念の存在だって、けっして否定はできない。
空腹を覚えた潔はベッドから降りた。ゲストルームを出て廊下を進み、サニタリールームに立ち入って、家主の許可を得ずとも行える範囲で朝のルーティンをこなす。
家を訪れたのは三回目でも、泊まったのは今回が初めてだ。
試合映像を観ながら戦術やプレー運びについて熱心に意見交換を重ねていると、瞬く間に多くの時間が過ぎ去っていた。終電に間に合うよう慌てて家を出ようとする潔を引き止めたのは、ほかならぬカイザーだ。戸惑いを隠しもしない潔に対し、泊まっていけ、と端的に告げた。もう遅いから、だなんて言い訳のように付け足して。前回だって潔は、似たような時間に帰路についたのだ。いまさらな理由づけだった。
リビングに足を踏み入れたもののカイザーの姿はない。いったんはキッチンに進もうとした潔は、ふと頭に浮かんだ思いつきに任せて目的地を切り替えた。
念のために玄関を経由したものの、普段使いしているだろうカイザーの靴はすべて定位置に置かれたままだ。ロードワークや買いものに出ている可能性もこれで潰えた。
ベッドルームの位置はおおよそ心得ている。家主の許可を得ずにキッチンの食料を漁るのは抵抗がある、だなんて言いわけをしながら廊下を進んだ。試合映像を流す間、自説を展開するカイザーをよそにソファを立って、ろくな確認もせずに新たな飲みものを取ろうと冷蔵庫を開けたことだってあるくせに。
カイザーの寝起きが悪いことは知っている。ただ、それを直接的に目の当たりにしたことはまだない。バスタード・ミュンヘンの下部組織に身を置いていたころはネスに世話を焼かれることもあったようだが、現時点では人前で隙を見せるような真似はしていないようだ。
見当をつけたドアの前で足を止める。コン、コン、コン、とゆっくりノックをしてみた。しばらく待ってみても返答はない。ポケットから取りだしたスマートフォンでメッセージを送っても既読はつかず、電話を掛けても応答がないどころか物音ひとつ届かなかった。
鍵がかかっていたら諦める。カイザーが起きる気配がしたらすぐに退室する。そう言い聞かせながらドアノブに触れた。あえてぞんざいな手つきで回してドアを開く。
壁を覆うようにして本棚が備えつけられた部屋には、室内の大部分を占める形で広々としたベッドが鎮座している。その中央には、こんもりとしたブランケットの山ができあがっていた。
かすかに穏やかな寝息を捉えれば、足音を忍ばせずにはいられない。慎重に歩み寄った先で捉えた光景に、潔は静かに息を呑んだ。
横向きに寝入っているカイザーが、腕の中に抱えこんでいるもの。潔もよくよく知っているそれは、一目で使いこまれていることがわかる代物だ。
土埃や泥汚れがこびりついて、あちこちがボロボロにほつれていても、ずっと大切に扱っていることが伝わってくるサッカーボール。
当初の目的も忘れてカイザーの寝姿を食い入るように見つめていた潔は、小さな唸り声に肩を大きく跳ねさせた。全身を硬直させて息を潜める。四肢が震えるほどに鼓動が存在感を増した。かつてない緊張を抱きながら視線を離さずにいれば、枕に頬を擦りつけるように身じろぎをしたカイザーがサッカーボールを抱えこむ。ぎゅっと身体を丸めたことで位置がずれたボールが、カイザーの唇に触れた。それがもっとも落ち着く格好なのか、深い眠りから戻ってくる様子は見受けられない。
はっと我に返った潔は、極力物音を立てないようにしてベッドルームを出た。
キッチンに飛びこんで勢い任せに冷蔵庫を開ける。もはや家主の許可など知ったことか。使ったものは勝手返せばいいと開き直って、思いだした空腹を満たすことに集中した。
*
「一緒に、寝るか?」
ベッドルームのドアを開けてそう訊ねたのは、まぎれもない賭けだ。
カイザーの問いかけに目を丸くした潔は、たっぷりと間を置いたあとで小さく頷いた。そうしてすぐさま踵を返す。引き止める隙もなくバスルームに直行する後ろ姿に、カイザーは密かに息をつく。そこには柄にもなく安堵の情が滲みでていた。
カイザーと潔とで練習や試合のフィードバックや対戦相手の分析を行うようになって久しい。場所をロッカールームからカイザーの自宅に移し、足がなくなる前に帰宅していた潔をゲストルームに泊まらせるようになった。そんな流れが当たり前になってからしばらくして、カイザーはさらに一歩だけ踏みこむことを決めたのだ。
一緒に眠ろう、すなわち同じベッドにふたりで入ろうという提案。潔の反応を窺って探りを入れる意図が大きいが、カイザー自身を試す意味合いも含んでいる。
誰かと密接な関係に至ったことのない己が、どこまで一緒にいることを、距離を縮めることを許容できるのか。血の繋がった家族とろくな関係を結べなかったのに、まったくの他人とどこまで深い交わりを保てるのか。
対面で会話するのは問題ない。ふたりきりでいることも、いくらかの緊張を抱いてぎこちなさを残しつつもこなせてはいる。自宅というプライベート空間に招き入れることにも慣れた。別室とはいえひとつ屋根の下で朝を迎えて、当たり前のように食事をともにしている。互いに他者へ容易にはさらさない隙を見せあいながら、日頃の癖や生活習慣を披露しあう。
そうして、ふたりの間に引かれた境界線を探りつづけてきたのだ。それがどこにあるべきなのか。あるいは、いずれはなくしてしまっても構わないものなのか。
関係性に変化が生じたことを知覚して、己が抱く想いの変遷を自覚した。ありふれた獲物を見下す不遜な侮蔑が、唯一と見定めた
宿敵
ライバル
への苛烈な敵意に転じて、いったんは手放した執着の残骸がこびりついた心の奥底に新たな情動が芽吹いたのだ。
ひとたび思い知ってしまえば、欲望には際限がなくなっていく。愛されたいという根源的な欲求を、永遠に飢えも乾きも抱かずに済むよう満たしてほしくてたまらない。
戻ってきた潔に対し先にベッドルームへ向かうよう言い残したカイザーは、入れ替わりにバスルームへとおもむいた。いつか仕切りのないシャワールームで汗を流すのとは異なる形で、一糸まとわぬ姿をさらけだしあう機会にも恵まれるのだろうか。魅惑的な可能性に一瞬だけ思いを馳せてから、いまは過ぎた想像だと即座に捨て置いた。
いつもより入念に身を清めたのち、必要なケアを済ませてベッドルームに向かう。一応はとノックをしてみたものの返答は得られなかった。それでも入室しないわけにはいかない。きちんと約束は取りつけたのだからと、返事を待たずに足を踏み入れた。
ゆとりのあるベッドの中央に、なだらかなブランケットの山ができあがっている。あらかじめ枕元からナイトテーブルへ移しておいた
蹴球
クソブツ
を横目に、努めて静かに歩み寄っていけば、寝顔を堪能する前に潔が目を開いた。たいした物音を立てていないのに、カイザーの気配を感じ取ったのか転寝から抜けだしたらしい。
「起こしたか?」
惜しい気持ちと嬉しい気持ちを半々に抱きながら問えば、んん、とむずかるような声を紡ぎながらかぶりを振ってみせた。
「ここ、きて」
寝ぼけ眼を重い瞬きで伏せながら、緩慢な仕草でシーツを叩いた潔に息を呑む。
誘われるままベッドに乗り上げて、ずり下がるように開けられた場所に身を横たえる。 初めて招き入れた場所で無防備にふるまうさまをからかってやることもできたはずなのに、まるでその気になれなかった。
「こっちじゃなくて、そっち」
要望に応えたはずなのに指示を付け足されて、潔に背を向ける形に寝直した。状況を呑みこめないでいるうちに、背後から寄り添うぬくもりに呼吸を止める。
「おやすみ」
カイザー、とほとんど眠気に溶けた声音にまともな反応を繕えない。世一、とどうにか呼び返せたころには、健やかな寝息しか聞こえなくなっていた。
それからというもの、ふたりそろって同じベッドで眠ることが習慣づいてはいる。けれども、体勢は初めに定めた格好から変わらないままだ。
中央に背を向けて横たわるカイザーの背中に、潔が寄り添って眠りに就く。向き合う体勢を取ろうとしても、間違っているとばかりに変えさせられてしまうのだ。
もしかしなくても牽制されているのか。これ以上は許さないと、暗に拒まれているのだろうか。
それならなぜ同じベッドで眠ることを許したのか。ゲストルームに泊まるのも、カイザーの家に足を踏み入れるのだって、そもそもふたりきりになることさえ、と経緯を辿りだせば果てが見えなくなる。
フットボールに関する事柄に限らず異様なまでの適応能力を発揮する潔の度量を、知らず知らずのうちに見誤っていたのかもしれない。もしくは、自分だけが特別なのだと勘違いしていただけなのかもしれない。
確かに距離が縮まっていると感じていたのは、身勝手な自惚れに過ぎなかったのか。関係性に新たな変化を生じさせるころあいだと踏んだのも、所詮は錯覚でしかなかったのだろうか。
ひとりで考えこんでみたところで正解は導きだせない。そんな文献を読み漁ろうとも解法は掴めないのだろう。答えを有しているのはミヒャエル・カイザーではない。ただひとり、潔世一から奪いとるようにしてでも手に入れるしかないのだから。
「世一」
ベッドに寝転がって早々に背後へと呼びかける。寝息はまだ聞こえない。
「寝たのか?」
辛抱強く待ってみれば、背中に触れたぬくもりが小さく身じろぎをした。
「起きてる、けど」
ひとまず会話に付き合う気はあるようだ。切りこみ方に悩んだ末、カイザーは愚直な正攻法を選ぶことにした。
「世一のほうを向いて寝たい」
「
……
え」
「嫌か?」
息を詰める気配ののちに、密やかな息遣いが届く。
「嫌、じゃない、けど」
けど、と濁されたことが気になるものの、ためらっていては埒が明かない。嫌悪と拒絶の色が窺えなかったのをいいことに、カイザーは寝返りを打つように体勢を変えた。
初めてベッドの上で向かい合う。宵闇に沈む潔の面差しは、いつにない緊張感に満ちている。
ここまで来たら試せるだけ試してしまおうと、カイザーは潔を抱き寄せた。息を呑んだ潔が全身を硬直させる。こわばりに支配された四肢から、それでもカイザーは離れずにおいた。
「いい、の?」
遠慮がちに突き飛ばされるか。瞬時に逃げられるか。ふたつにひとつだと踏んでいたのに、予想を裏切って控えめな問いかけを寄越される。呼気に溶けたような声音に誘われるがまま、カイザーはこちらを見上げる潔の頬に触れた。大きな瞳が戸惑いに揺れる。
「熱いな」
ぽつりと零れた言葉に虚飾はない。初めてまともに触れた潔の肌は、確かな火照りを帯びている。無意識のうちに指先を滑らせれば、なめらかな感触とほどよい弾力が伝わってきた。潔が緊張感を抱く意味を、肯定的に捉えてしまいたくなる。
「っ、はぐらかすなよ」
身をよじるようにして頬を包みこむ手から逃れようとする。初めての明確な抵抗。けれども、潔はそれきりカイザーから距離を取るそぶりを見せなかった。
正直なところ、カイザーはさきほど潔から投げかけられた質問の意味を掴みかねていた。いいも悪いも、決めるのは潔だ。最初に変化を持ちこんだのはカイザーなのだから。
「いいから、誘ったに決まってる」
拒まれないのをいいことに、カイザーは潔を腕の中に閉じこめた。もっと、ずっと、触れていたい。放したくないし、離れたくない。膨れあがっていくばかりの想いに突き動かされるがまま、カイザーは身体を丸めるようにして潔に顔を寄せた。前髪が持ち上がってむきだしになった額に唇が触れた瞬間、囲いこんだ身体がひくりと震えを纏う。
「俺
……
サッカーボール、じゃ、ねぇんだけど」
なにを当たり前のことを、と瞠目せずにはいられない。
「俺だって、フットボールじゃないんだが」
潔がサッカーボールでないように、カイザーもフットボールではない。出逢ったときから多少の姿形や色合いは変わっていたとしても、大きく転じることも他に逸れることもなく、愛着とも執着とも呼べる強く濃い情動を注ぐ対象ではないのだ。
拘束する腕の力をゆるめたカイザーは、あっけにとられて声も出せずにいるらしい潔のおとがいに指を添えた。いつかにしたときよりもずっと優しい手つきで顔を上向かせる。
あのときの潔は、唐突なカイザーの言動に対する動揺だけを浮かべていた。けれどもいまは、己の抱くものと似た期待を、そこに秘めた邪念を見出すことを許されたい。
「いいのか?」
「
…………
うん」
いいよ。
焦がれた答えを合図にして、カイザーと潔は互いの距離を
零
ゼロ
にしあった。
小椋
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