かみや
2024-12-29 21:22:08
5569文字
Public とーらぶ
 

喉元すぎても甘酸っぱい

なしさん(@nashi7447ihsan )の書きかけの続きを書かせていただきました!恋をしてご飯が食べられなくなる肥前くんの話です(ひぜ→さに)
なしさんありがとうー!楽しかったです!

ふわり、さらり、揺れる。

鈴が鳴るような笑い声が弾けるたびに、艶やかな髪も尻尾のように揺れている。
麗らかな午後の縁側、どこまでも高い青の中を鳶が輪を描いて飛んでいって、隣の南泉がふあーと大きな欠伸をした。
「随分と楽しそうだな」
反対隣で平野が入れた茶を啜り、鶯丸がのんびりと笑う。彼の視線の先、少し離れた中庭の片隅で談笑する審神者と男士の姿は、戦時下であることを忘れてしまいそうなほど平和に満ちている。
「肥前さんと南泉さんもどうぞ」
こちらにやってきた平野が、茶とともに大福を置いてくれたので「おう」「ありがとにゃ」と有り難く頂くことにする。早速手にしたところで、また笑い声が弾けて肥前は思わず視線を向けた。
幼さを残した輪郭が、瞳が、唇が、弧を描いて弾ける。まるで一斉に花が咲くように辺りが華やいだような気がして、肥前は目を見開いた。
……あいつらは何をあんなに盛り上がってんだ」
「さぁ。確か篭手切と堀川は今日厨当番だから、夕餉の話でもしてんじゃねーかにゃ」
「ふーん」
ぱくりと大福を頬張った南泉が「うまいにゃ!」と弾んだ声を出す。歌仙さんのお手製ですよと平野が教えてくれて、それならばと口元に運ぶと「ひぜーん!」と元気な声がした。
「今日の夕ごはん、唐揚げだよー!」
彼女がぶんぶんと手を振るたびに、ふわり、さらり、髪の毛が揺れる。こっちが反応するまで振り続けそうな勢いに仕方なく片手を上げて応えてやると、ますます輝きを増した笑顔の眩しさに、不意に胃のあたりがぎゅっと縮まり喉が詰まった。
まただ。
自身の変化に動きを止めた肥前の隣で、残りの大福を口に放り込んだ南泉がもぐもぐと咀嚼しながら何かを思い出そうと唸っている。
「んんん……主のあの髪型、なんて言ったかにゃあ」
「あ?」
「髪型?総髪のことか?」
「いや、それじゃなくて……なんかあのー、横文字のやつ」
「ポニーテールのことでしょうか」
「それにゃ!」
平野の答えにごくりと口内の大福を飲み込んでぱっと振り向いた南泉は、さらに茶で流し込んでスッキリとした顔をした。
「主のポニーテール見てると、なんかこう……うずうずする。にゃ」
たちまち猫の顔つきになった南泉の視線の先で、相変わらず審神者は談笑している。笑い、相槌を打つ度に揺れるそれが気になるらしい。揺れるものを目で追ってしまうのは本能だから仕方がない。けれど、目で追ったその先にあるあの笑顔を見てもどうしてそんなに平然としていられるのだろう。
視線の先でまた笑いが弾けた。また胃のあたりがぎゅっと縮まって喉が詰まる。今にも飛び出さんばかりにうずうずと身を丸くする南泉の空になった皿を見ながら、肥前は手にしたまま結局食べずじまいの大福をそっと自分の皿に戻した。



「あれ、肥前。もう食べないの?てか残してるの珍しすぎない?」
声のする方を向くと、こちらを覗き込むように首を傾げた清光と目が合った。肥前は何も言わずに静かに視線を目の前の皿に落とす。
カリッときつね色に揚がった唐揚げは、まだ皿の中に居座っていた。

大広間での食事はいつも賑やかだ。
ワイワイガヤガヤとした喧騒の中、隣で何かと賑やかに食事をする陸奥守と南海に小言を投げつつ、視界の端でどうしても彼女の姿を探してしまう。やがて考えるよりも先に視界に捉えた彼女は、短刀たちに囲まれて和やかに食事をしていた。今日の唐揚げはいつもより上手くできたんだよねー!と元気な声。そして大きな口で唐揚げを頬張って、んんー美味しい!と笑う。ポニーテールが揺れて、ぱっと辺りが華やぐ。
ああ、まただ。
胃のあたりがぎゅっと縮まる。丁度口に入れたばかりの唐揚げが急に重く感じた。。ゆっくり噛み締めると、カリッと薄い衣が弾けて広がった旨いはずの肉汁がとろりと口の中で滞留して、満腹時のように喉や胃が飲み込むことを拒否している。強引になんとか飲み込んで、肥前はそっと箸を下ろした。
確かに空腹を感じていたはずなのに胃のあたりはぎゅっと縮まったまま、喉も詰まってしまったようでこれ以上ものが入っていきそうにない。昼間の大福も、結局たまたま近くを通りかかった陸奥守の口に無理矢理押し込んでしまった。はあ、と小さくついたため息が、妙に熱っぽかった。
……いや、食いてえのに入っていかねえっつーか……
「え、どっかおかしいんじゃない?だいじょーぶ?」
「おお、肥前の。おまん昼も歌仙の大福食べとらんかったし、大丈夫なんか?」
「え。肥前、食欲ないの?めずらしー。明日雪かもね」
「ちょっとやめなよ安定」
清光とのやりとりに気づいた陸奥守や大和守が心配という名の茶々を入れてくるのを無視して、肥前はついにカタリと箸を置いた。
「多分大丈夫だ……悪いな」
食事を残したことに謝ると、「食べないならもらうよ」と横から伸びてきた安定の箸が綺麗に唐揚げを攫っていった。
「それは気にしなくていーけどさ。薬研に診てもらうか、手入れ部屋使ってもいいからね」
「ああ、そうする。ごちそーさん」
心配するような目線を感じて背中がちりちりとむず痒い。いたたまれなくなって逃げるように広間を後にする。



ふとした瞬間にちらつくのだ。

生憎、薬研は夜戦に出ていて不在だった。自室の窓脇に凭れ、厨からくすねてきた酒をちびりと舐める。食べ物は入っていかないくせに酒は入っていくのだから我ながら呆れたものだ。
特命調査を終えて、この本丸に配属された時のことを思い出す。
名前を呼ぶ方に手を伸ばすと、真っ白な光が桜吹雪になって視界が晴れたかと思うと審神者に出迎えられていた。
「肥前忠広さん!ようこそ本丸へ!」
ポニーテールを揺らして天真爛漫な彼女の笑顔に、満開の桜を見た気がした。
そうしてそのすぐ後に顕現した南海とともに本丸での生活に慣れるようにと審神者はあれこれ構い、世話を焼いた。とにかく彼女はよく笑い、その笑顔がやたらと目について、目を閉じた時でさえ瞼の裏に焼きついたかのように鮮明に思い出してしまう。誰かと話していても視界の端で彼女の姿を探してしまう。
ふとした瞬間にちらつくのだ、あの笑顔が。あの時からずっと。
「おや肥前くん、晩酌かい?夕飯は食べていないようだったけれど」
襖の開く音がして、同室である南海ののんびりとした声が頭上から降ってきた。その問いには答えずさして興味もない窓の外を眺めていると、静かに横へ腰を落ち着けた南海が「肥前くん」と、彼にしては珍しく諭すような声色で呼んだ。
「ここ最近の君は明らかに変だ。陸奥守くんや他の皆も心配しているよ。どこか具合でも悪いのかい?」
目線だけを向けると、いつものようにうっすらと笑みを浮かべた南海の目にこちらを案ずるような色が滲んでいて、ぐっと胸が痛んだ。
南海も陸奥守も能天気なように見えて、しっかりと相手の本質を見抜いている。小さくため息を落として肥前は内心白旗を上げた。
……別に。大したことじゃねぇ。ただ、なんつーか……
隠すつもりはないが伝えるための言葉がうまく見つからないのと、湧き上がってくる妙な羞恥心に肥前は薄く口を開けたまましばし沈黙した。
……チラつくんだよ。満開の桜みてえな、あの顔が。姿が見えりゃ目で追っちまうし、見えなきゃ無意識に探しちまう……あの顔を思い出すたびに、胃の辺りがギュッて縮まって喉が詰まんだよ。だから、飯が入っていかねえ」
畳に視線を落としてぽつりぽつりと言葉を探しながら話す肥前の話を、顎を親指と人差し指で摘むようにして聞いていた南海は束の間考え込むように口をつぐみ、「それはもしかすると」と閃いたようにふっと顔を上げた。
「『恋煩い』、ではないかな?」
あまりにも真剣な眼差しの南海と、その顔をじっと見つめ返し言葉の意味を咀嚼する肥前の間に沈黙が流れていった。
……は?恋煩いだぁ?おれが?」
「うん。肥前くんの症状を聞いていると、この間乱くんが貸してくれた漫画の『恋煩い』という症状と合致する気がしてね」
「それで飯が食えねえってのかよ……くだらねえ」
はっと吐き捨てるようにして鼻を鳴らすと、肥前は猪口の中の酒を一気に煽った。恋。恋煩い。飲み込んだそれらが酒とともに胃の中でカッと燃える。
「それで?」
「あ?」
「肥前くんは誰に恋をしてるのかね」
天真爛漫な満開の桜が、脳裏を掠める。
「してねーよ、恋なんて。大体、おれぁ人斬りの刀だぞ」
「けれど今は人の身がある。心もある。恋をすることだっておかしくないよ」
穏やかな語り口とは裏腹に、自分をみつめる純真無垢なきらめきを宿した視線に嫌なものを感じて眉を顰める。
……先生、その今にもおれのこと解剖したいみたいな顔するのやめてくれねえか」
「おや、そんな顔してたかね」
「かなりな。外でやったら政府にしょっぴかれるぞ」
「気をつけるよ」
そう言って南海はにっこりと笑い、「それにしても」と右上を見て考えるような仕草をした。
「とにかく肥前くんは恋に心当たりがないということだね」
……ああ」
「なるほど。けれど、病気ではないとはいえこのまま食欲がないようじゃ心配だ。早急に肥前くんの恋している相手を見つけなければ」
「いやなるほどじゃねえよ全然話聞いてねーじゃねーか。おれぁ恋なんざしてねえんだって」
噛み合わない会話にますます眉の皺を増やす肥前へ南海はまたにっこりと笑いかけ、すらりと立ち上がると「書庫に行ってくるよ」と部屋を出て行ってしまった。夕飯後にそのまま書庫へ行けばいいのにわざわざ部屋へ戻ってきたのは、もしかして自分の様子を見に来てくれたのだろうか。そう思うと情けないような、背中がむず痒くなるような変な気持ちになって思わず舌打ちすると、肥前はガシガシと頭を掻き回した。
恋が何か知らないほど野暮ではない。刀だった頃も政府にいた頃も嫌というほど見てきた恋とやらは、惚れた腫れたの馬鹿騒ぎに盗った盗られた騙されたの駆け引きのことであり、笑顔ひとつで食欲が失せるようなそんな可愛いものじゃない。
きっと気の迷いだろう。ふとした瞬間にチラつく笑顔も、無意識に姿を探してしまうのも、最初の出会いが印象的でずっと残っているというだけで。食欲についてはやはり薬研に一度相談してみても良いかもしれない。
「いや、病気じゃねえならそのうち飯も食えるだろ。おれの気持ちひとつってことだ」
ひとりごちて小さくため息をつく。酒を注ごうと床に置いていた徳利を持ち上げるとすっかり軽くなっていてまたため息が出た。
ふと、よく知った気配が部屋に近づいてくるのを察知して、どきりと心臓が跳ね上がった。
なんでこのタイミングで、と硬直していると、やがて控えめに襖を叩く音がした。開いてんぞ、と声をかけるとそろそろと襖を開けて隙間から審神者が顔を出した。
「肥前」
「ああ、あんたか。どうした」
努めて冷静にそう聞くと、彼女が眉をハの字に下げて「入ってもいい?」と尋ねるので頷くしかない。静かに入ってきた彼女は持っていた何かを乗せた盆を脇に置いて肥前の横にそっと座る。
「食欲がないって清光から聞いたよ。どうしたの?大丈夫?」
もう知ってんのかよと内心白目を剥く。清光は初期刀だし、その内審神者の耳にも入るだろうとは思っていたがこんなにも早いとは思っていなかった。
「いや、大したことじゃねえ、っつーか……

「恋煩い」、ではないかな?

南海の言葉が蘇って、またどきりと心臓が跳ね上がる。
「ねえ、本当に大丈夫?」
歯切れの悪い返事に審神者はますます心配そうに肥前の顔を覗き込んでくる。透き通るように丸い瞳は心配そうに揺れていて、薄く開いた唇は瑞々しい桜色をしていて、首を傾けた弾みにポニーテールが肩からさらりと流れ落ちた。その瞬間、心臓がどくどくと音が聞こえそうなほど激しく動き出し、顔に熱が集まってくるのが分かった。
「あんま、顔見るな……
ぎこちない動きで肥前は審神者から顔を背ける。
「肥前、熱あるんじゃない?顔赤いよ?」
「ねえから、大丈夫だから、ちょっと離れてくれ」
「でも、」
さらに顔を良く見ようと距離を縮めてくる審神者から逃れるようにほとんど真後ろを向いて、肥前は口元を押さえた。心臓はどくどくと激しく動き、変な汗まで滲んできた。顔も耳も熱い。
「そうだ、あのね。食欲ないって聞いたからりんごすりおろしたやつ持ってきたんだけど、これなら食べられそう?」
かちゃりとかすかに食器の当たる音とともにふわりと甘酸っぱい香りが鼻を掠めていって思わず振り向くと、椀に入ったすりおろしりんごをを匙で掬って審神者がこちらに差し出している。
「はい、あーん」
ぼん!と音が出そうなほど肥前の体は沸騰した。さっきまでの心配そうな顔から一変して彼女はいつもの笑顔で、無邪気に匙を差し出している。その無防備さと笑顔に、腹の底から何かが迫り上がってくるような今まで感じたことのない衝動に肥前は歯を食いしばって耐えた。
やっぱりその満開の桜みたいな笑顔が一番、良い。心がそう叫んでいるような気がした。
全く可愛いものではない。惚れた腫れたの馬鹿騒ぎでも、盗った盗られた騙されたの駆け引きでもないのに、笑顔一つで身も心もこんなに揺さぶられてかき乱されるこれは、もしかして、本当に。
……………………あとで食うからそこ置いといてくれ…………
すりおろしたりんごから香る甘酸っぱさにくらくらする。喉元まで迫り上がってきた衝動すらも、甘酸っぱいような気がして、肥前は食いしばった歯の隙間から絞り出すようにそう言うので精一杯だった。