tonami
2024-12-29 20:34:41
1698文字
Public ホラー
 

不寝番の夜

⚔️単体。二年前軸。対怪異Sの男。



 アラバスタへ向かう航路、いつものようにその日の不審番はゾロだった。元より昼夜逆転しているとはいえ、最年長であるゾロとサンジでさえまだ十九という若い集団だ。もっぱら不審番はゾロが務めることが多く、時々サンジやウソップと交代したり、起きてきたルフィと二人で夜の海を眺めたりしていた。
 船内はしんと静まり返っている。今夜は誰も起きてこないようだ。最近ではチョッパーが慣れない海で眠れず、ゾロの膝の上で眠れるまで話していることが多かったので、一人でいるのが珍しく感じる。
 きゅぽんと酒瓶のコルクを抜く。なんだかんだ文句を言いつつも、サンジは一晩中起きているゾロのために酒を用意しておいてくれる。ありがたく食え、と渡された夜食はおにぎりで、中身は食べる場所によって異なる。拳大のおにぎりは二つ。山と海が一つずつらしいので、それぞれ具は肉と魚のようだ。カタカタ主張する三代鬼徹を抑えながら、片方を手に取ってかぶりつく。具は焼鮭。塩加減が良い具合に効いている。
「うまそうだな」
 真横から聞こえた声に、ちらりとゾロは視線でそちらを見やった。赤いリボンの麦わら帽子が目に入る。
「おれにもくれよ」
 にしし、と笑う姿に何も応えず、ばくばくとおにぎりを食べてしまう。あっ、と驚く声に気にせず、もう一つのおにぎりに手を伸ばした。やはり具は肉だった。一口目に生姜焼きに当たる。
「なあ、一口でいいからくれよー」
 隣でねだられようがごねられようが、ゾロには関係のないことだ。早々とおにぎりを腹の中に納めて、酒瓶を煽る。魚のほうに入っていたサーモンの塩麹漬けが美味かった。酒のつまみに欲しい。人に料理を食べさせることが好きなあのコックのことだ。言えば作るだろう。
「少しくらい分けてくれてもよかったじゃねェか」
 真横でしゃがんだまま、拗ねた表情で唇を尖らせる。ゾロはようやっと、声のするほうへ顔を向けた。ーーそれから前触れなく、抜刀する。石をもたやすく刻む刃が、空を薙いだ。
「ちょ、なんのつもりだよ!」
「そりゃァこっちの台詞だ。何者だ、てめェ」
 見張り台の下に着地した見知った姿を追い、ゾロも甲板に下りる。麦わら帽子をかぶった姿は一瞬きょとんと呆けたあと、怒ったように眉を上げた。
「何者って、おれがわかんねェのか。一緒に冒険してきたろ?」
「あいにく覚えがねェな」
「なんでだよ……!」
 刀が首筋ぎりぎりを通っていく。間一髪で避けるも、薄皮が斬れたのか血が滲んだ。
「へェ、お前らみたいなのでも血は出るのか」
「あ、当たり前だろ!? 人間なんだから」
「人間、ね」
 研ぎ澄まされた刃が、首に引っ掛けた麦わら帽子を貫く。ゴムに引っ張られて首がしまったようで慌てて帽子を外し、距離を取る。その姿にゾロは眉をひそめた。ーーあまりに違いすぎる。
「正気に戻ってくれよ、ゾロ!」
 瞬間、刃が閃いた。鋒が月明かりを弾いて鈍く光る。しゃら、と三連並んだピアスが澄んだ音を立てた。刀身そのものを落とし込んだような鈍色の両眼が、見据えて射抜く。
「てめェごときが気安くおれの名を呼ぶな」
 キン、と三代鬼徹が空気を斬り裂く。ちくしょう、と憎々しげにゾロを睨みつけて、それはあっという間に瓦解した。黒い靄が空中に霧散して、夜の海へ落ちていく。
「あいつがいくら馬鹿とはいえ、てめェらに代われるわけがねェだろ」
 まだ二十歳に満たない集団で、ちょうどいい成り代わり相手だと思ったのだろうけれど。ただの烏合の衆にはルフィは荷が重すぎる。なにより、ゾロがいるのだからそんなことが起きるはずもない。起こさせるつもりもない。
 これだけ騒いでも誰かが起きた気配はなかった。それに少し安堵する。起こして面倒なことになるのは避けたい。
 刀身を払って、三代鬼徹を鞘に納める。良い刀だ。妖刀らしくじゃじゃ馬ではあるが、むしろそれくらいのほうが応え甲斐があるというもの。
「今夜はありがとうな。お前がいてくれてよかった」
 あやすように手のひらで鞘を撫でる。応えるように妖刀はカタリと鳴って、それきり静かになった。