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みすず
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創作
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冬人と水樹さん
大晦日。
除夜の鐘が重たく殷々と響く。
常よりも人の気配は多いのに不思議と際立つ静けさのなかを、冬人は水樹と手を繋ぎながら歩いていた。
「いやあ、冬人さんには今年も大変お世話になりましたねえ」
まるで取引先のような口調でしみじみと言う水樹に軽く笑い、冬人は「こちらこそ」と返す。
「水樹くんには俺のほうがお世話になったよ」
「ええ? そんなに頼もしい活躍しちゃったかな」
「
……
今年もあちこち行ったけど、目的を決めてくれるのはいつも水樹くんだろ。俺は一人じゃなにがしたいって思いつかないし、そこでトラブルがあっても咄嗟に対応できない。でも、水樹くんは違う。率先して行動して機転も利いて
……
何度も助けられたよ。ありがとう」
思い浮かぶ出来事が多過ぎて具体的に挙げることのできない自分がもどかしく、冬人は唇を一瞬真っ直ぐにさせる。けれども、言葉そのものに嘘はひとつもない。
尊くも暇を持て余していた日々は水樹の提案によって色とりどりに輝き、冬人は履歴書にも書けそうな経験を幾つも経た。水樹がいなければ淡々と消費されていた日々、時間は水樹が手を引いてくれるおかげで充実を知ったのだ。
「そうかな。僕も冬人さんの提案でいろんなことしたと思うけど。ふふ、今年もほんとうに色々したよね! そういえば、トマソンの写真撮るのとか楽しかったな。CGじゃなくて実在してるんだもん。直接見るからこその驚きって沢山あるよね。冬人さんと見て回れるから尚更なんだろうな」
冬空も笑い飛ばすような調子で言われ、ぶらりと大きく揺らされた腕。頬に感じる風は冷たく、平素であれば部屋から出たくなくなっていただろう。いま寒い夜道を平気で歩いているのも水樹とともに初詣に行きたいと思ったからだった。
初詣。正確には二年参りだ。時刻は丁度二十三時半。寺に着いて除夜の鐘を鳴らす列に並んでいれば、きっとその間に年越しを迎えるだろう。
「水樹くんと年越し一緒にできて嬉しいな。お母さんには申し訳ないけど」
「大丈夫! 冬人さんと行くって言ったら笑って送り出してくれたから」
「そっか。新年になったらちゃんとご挨拶に伺うよ」
「そのときは日永家特製のお雑煮をご馳走いたしますよ」
「嬉しいな。どんなの?」
「えっとね」
寺までの道中は雑煮の話題になった。地方差が顕著になる雑煮は家庭ごとでも作り方や味が異なる。独り暮らしを始めてからの冬人は貰い物の餅をかき玉汁にぶち込んでいたが、水樹が家庭の味をご馳走してくれるというのなら自分がその構えでいてはいけない、と頭を回転させてレシピを考える。澄まし汁が妥当だろうか。和食も以前よりは作り慣れてきた。
「あ、人の声してきたね」
「ほんとうだ」
寺が目前に近づいたからか、流石に人が集まる場所は賑やかな気配だ。
「行こ!」
一歩前に出て冬人の腕を引くが水樹は走り出さない。寒い時期になると冬人の脚が痛みやすいのを知る水樹は、大仰な言葉にすることなく行動で労ってくれる。聡く、優しい青年なのだと冬人は数え切れないほど感じた為人を改めて実感する。水樹自身のことなのに誇らしさすら覚えてしまった。
寺の境内へ続く石段を上れば何回目かになるのか分からない鐘の音が響いた。
「大きい音なのに煩いって感じしないね」
「うん
……
あ、甘酒配ってるみたい。いる?」
「いります。僕貰ってくるから冬人さんは並んでて」
言い出したときには既に歩き始めた水樹が人に当たらないようにしつつも大きく手を振るので、冬人は苦笑しながらも手を振り返して厚意に甘えることにした。
鐘へ続く列に並びながら水樹のほうを見ていると、甘酒を配る老婆からコートのポケットに蜜柑を詰め込まれていて冬人は思わず吹き出す。慌てることもなく満面の笑みで礼を言っている姿に水樹らしい親しみやすさが感じられ、彼が両手に甘酒を持って戻ってくるのを迎える冬人の表情は微笑ましいものになっていた。
「どうしたの? なんだか楽しそうだけど」
「ううん、なんでもない。ありがとう、熱かっただろ」
「手袋してるから平気。猫舌には注意が必要な熱さみたいだけど、冬人さんは平気だったよね?」
うん、と頷けば「よかった」と返した水樹が、甘酒の入った紙コップに口をつけようとしてはっとした様子で手を止める。
「失敬。乾杯を忘れるところでした」
「あはは、大事だね。なにに乾杯する?」
「無事に年越せそうなこと
……
ううん、まだ越してないから油断しちゃだめかな?」
「じゃあ
……
今日、きみと来れたことに乾杯しようかな」
先のことは分からないけど、喜ぶべきいまがある。
「うん! じゃあ、冬人さん
……
」
掲げられた水樹の紙コップに合わせ、冬人も紙コップを持ち上げる。
「乾杯」
重なった声、そっと合わさった紙コップ。一気に飲むには熱い甘酒をちびりと舐める。
優しい甘さに目を細めれば、紙コップが立ち上る湯気の向こうに水樹の寒さに赤くなった顔が見えた。楽しそうで無邪気な笑顔。
「ん? なあに?」
「んー
……
後でね」
「そう
……
? あ、さっき蜜柑貰ったんだ。後で一緒に食べようね。今度は僕が筋取りを担当します」
「ふふ。うん、お任せします」
片手でぽんと膨らんだポケットを叩く水樹に、冬人は目を伏せる仕草に紛れて視線を逸らす。
人目がなければキスしたかったな、なんていまは言えない。ふたりきりのときにならなければ言えない、できない。
(早く帰りたいな)
そんなことを思ってしまうのは罰当たりだろうか。
ごおん、と重たい鐘が鳴る。
煩悩はまだまだ消えそうにない。
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