めやぬら
2024-12-28 11:26:41
10595文字
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風早先輩の懺悔室! 〜公開収録編〜

 風早先輩の懺悔室が始まって幾年、待望の公開収録を行います!ゲストはなんと、ALKALOID全員!
超豪華な出張版、皆様も奮ってご参加ください!

※観覧席は番組公式ホームページからご応募ください。席数以上の応募があった場合は抽選とします。

 広いスタジオ内では観覧席が設けられ、人々が静かに座っている。その視線が向く先はラジオブースのセット。小さいながら温かみのある書き割りと4本のマイクにテーブル、そして、『風早先輩の懺悔室!』の文字が書かれた小さい垂れ幕。マイクの前にはすでにパーソナリティたちが準備している。スタッフとのアイコンタクトのあと、無言で始まるファイブカウント。それがゼロになるのに合わせて、彼らのうちの一人が声を吹き込んだ。
 
「皆さんこんにちは。風早先輩の懺悔室の公開収録へ。今回はいつもお送りしているスタジオではなく、公開収録という形で、いつもより広いスタジオからお送りしています」

 ひらひらと観覧席に手を振り落ち着いて番組を進めるのは、メインパーソナリティの巽だ。観覧席に向けたスタート前の挨拶はすでにしてある。もうすでに着席しているゲストには触れられないまま、オープニングトークが進んでいく。

……さて、今回はスタジオで公開収録しているのですが、ふふ、こうして見るとなかなか緊張しますね。ですがお聞きくださる方の顔を見ながら話せるのは少し楽しみです。実はこのラジオ番組、かなり長くやらせていただいてまして。そして、もうすぐ俺の誕生日ということで、今回はそのお祝いだそうです。ふふふ、嬉しいですね、ここまで続けられたのも皆様のおかげ……と言うのはまだ早いですかね。もっと番組の終盤で言いましょうか」

 苦笑いしながらも嬉しさをほのめかせ、巽は目元を緩ませる。懺悔室と言いながらお悩み相談のようなラジオ番組を持たせてもらって、もうそんなに長くなるとは実感が湧かない。ユニットを組む前から今までずっとさせてもらっているという事実には感謝が尽きないが、それはもっと番組後半で言うことだろう。今はまだゲスト紹介もしていない。もう待ちきれないとそわそわしている可愛い後輩もいることだ、そろそろ次に進めよう。

「さて、今回のゲストさんを紹介しましょう。出ていただくのは何回目ですかね……皆さん大方予想はついているかも、というか事前に告知もしていましたが、今回はとっても豪華ですよ」

 そして巽は台本から目線を上げ、一人目のゲストに合図を送る。彼はそれを正しく受け取り、軽く頷いた。

「ウム!皆こんにちは!ALKALOIDの天城一彩だよ!何回かお呼びしてくれているよね、今回もよろしくお願いするよ!」
「ふふ、よろしくお願いします。そして今回はなんと他にも来てくださってますよ」
「同じくALKALOIDの白鳥藍良だよォ。おれも何回か出させてもらってるね」
「わ、私も……あ、ALKALOIDの礼瀬マヨイですぅ……

 次々にマイクへ声を乗せるメンバーたちに、巽は満足げに頷いた。

「というわけで。今回はこの四人でお送りいたします」
「あ、あのぅ、こんなに大人数で参加するのは初めてですが、押しかけて大丈夫でしたか?」

 マヨイが心配そうに聞く。声だけ聞けば落ち着いているようだが、自身の胸の前で手を握ったり開いたり振ったりして、傍目から見れば緊張と不安がかなりのものだと分かってしまう。静かにおたおたするマヨイに笑いかけて、巽は落ち着き払って穏やかに答えた。

「ええ!今回は、ゲストの方を俺がお呼びできたので、ぜひにと名前をあげさせてもらったんです。出来たらいいと思っていましたが、まさか三人ともの参加が実現するなんて……スタッフさんに感謝ですね」
「ウム!アーメンだね!」
「ちょっと違う気がする……いや、合ってる?」
「合ってると思いますが、こんなに堂々と言えませんね……

 小声でこそこそと言い合う藍良とマヨイの内緒話も音に乗せ、ALKALOIDの面々が揃った。巽と同じユニットということもあり何度かゲストとして招いているが、三人が一気に集まったのは初めてだ。
 番組の聴取率的には、本当はもっと普段絡みの無い人や中々話せない人などを呼べば良かったのだろう。もちろんその辺は巽としても慎重に考えたポイントで、お世話になっている放送作家やスタッフにも意見を言った。普段呼べることが多いALKALOIDより、例えば以前から付き合いのあるHiMERUや、サークルでは同じだが多忙故になかなか出演が叶わない日和などとの会話の方が、巽としても無理がない人選かつリスナーからしても楽しいのではないか。
 その大人びた提言を番組始まって以来殆ど同じメンバーで進めてきた製作陣は頷きながら聴いて、そしてこう言った。
『今回は風早くんのお祝いでもあるんだから、本当に呼びたい人を呼んでいいんだよ』
 日和やHiMERUはきちんと通常のラジオの回で呼んでもいいし、今回の晴れの回で呼んでもいい。オファーをかけて断られたらそのときはそのときだ、と企画の段階で巽の意思を汲もうとしてくれた。
 そんな経緯の末にやっぱりと名前をあげたのは何人かの未出演のアイドルとユニットの面々で、その中からどういういきさつかこの三人に落ち着いたわけである。

 閑話休題。

 一応の収録予定時間はあるものの常より余裕があり、いつもゆっくり穏やかに(ゲストによっては殺伐とするが)進行するため、こんなにわいわいと賑やかな番組は初めてで、巽としても少し浮かれそうになってしまう。良くない良くない、と気を引き締めて、台本に添って話を展開する。

「そろそろ本題に参りましょうか」
「いつものアレだねェ?ね、誰から?」
「そうですな。始めましょうか、『風早先輩の懺悔室——公開収録編——』。さて、では一彩さんから行きましょう」
「ウム!ちゃんと考えてきたよ!皆の期待に応えられる懺悔だと思う!」
「自信満々にそれ言うのおかしくない……?」
「まあ咄嗟に言うのも難しいですし……

 懺悔があることはそう明け透けに胸を張って言うものでもないが、自身ありげに胸を叩く一彩に頷いて、巽はお決まりのセリフを告げる。

「さあ一彩さん?貴方の懺悔はなんですか?」
「実は……僕、椎名さんが取っていたお菓子を食べてしまったんだ」
「おや」
「えっ!ヒロくんが?!」
「それ大丈夫なんですかっ?!」
 
 他人との線引きは割合きちんとする一彩の四角四面なところを知っている藍良と、ニキの食に対する執着を知るマヨイの驚きが巽の凪いだ相槌をかき消す。

「すぐに気づいて誠心誠意謝ったら許してくれたよ、『めっちゃ悔しいけど仕方ないっす』って」
「ほ、ほんとですか?あとで法外な詫びを求められたり……追いかけ回されたりしませんでした?」

 ニキの、食べ物にだけ発揮される執念深さを舐めてはいけない。その恐ろしさを身をもって知るマヨイは、自分のことではないのに恐れを成してそろそろと一彩を窺い見る。不安を溢れさせる緑青の視線はラジオでは映らないものの、気遣わしげな声音で十分伝わってくる。それを払拭するように、一彩は晴れやかに否定した。
 
「椎名さんはそんなことしないよ!でも、そのあともしばらく落ち込んでしまって……元気が無いんだ。悪気はなかったにせよ、傷つけてしまったことに変わりはない。これが僕の懺悔したいことだよ」
「そうだったんですねぇ……
「案外ちゃんと懺悔だった……
「なるほど、そうでしたか。椎名さんはすでに許しているにも関わらず罪として告白した一彩さんの懺悔、しかと聞き届けました」

 巽は牧師然として大らかに一彩の懺悔を聞き、柔らかく受け止めた。本来懺悔室とは斯くあるべきで、そう言う意味では一彩を最初にしたのは間違っていなかっただろう。

「大丈夫、悔い改める者には許しがもたらされます。きちんと反省しているようですし、心配することはありませんよ」
「そうか!それじゃあ、あーめん?」
「ふふ、アーメンですな。気になるようでしたらお詫びの品などをお渡ししてはどうでしょう?俺も選ぶのをお手伝いしますよ」
「それは良いことを聞いたよ。代わりにはならないけど、何か用意してみようかな」
「あぁぁ……!清浄な輝きに消えてしまいそう……!」
「おれは真っ当な懺悔と真っ当なタッツン先輩の雰囲気に恥ずかしくて消えたいよ……!」

 清らかな告解と許し、番組始まってから数えるほどしか無い正当な懺悔が繰り広げられ、マヨイは目が潰れると限界まで目を細めて、藍良も巽達を手で遮るような真似をする。一彩が持ってきた話題はなんともらしく ・・・、開幕を飾るにふさわしかった。一番危惧していた人物の懺悔が丸くおさまり、藍良たちやスタッフを始め、観客もほっと胸を撫で下ろす。

「でもさぁ、ヒロくんがそんなことするなんて珍しいよね。人のものって分かってたら、いつもだったら食べたりしないじゃん」

 緊張が解けていち早く立ち直り話題を広げた藍良に、一彩はひとつ頷いてマイクに声が入りすぎないよういつもより声量を少し落として答えた。

「僕も椎名さんのものだって知っていたら食べなかったよ。でも、えっと、部屋の冷蔵庫には各人用の箱を入れていて、そこから溢れそうな時は名前を書いているんだけど、そのお菓子は共用のところに置かれていて無記名だったんだ」
「それで食べていいかって思っちゃったのォ?」
「思ってしまったよ……

 分かりやすい他人の領域には基本無遠慮に踏み込まない一彩がそんなことをするなんて珍しく、しょげる本人とは対照的に他の三人は微笑ましく笑った。

「ふふふ、一彩さんがそんなふうに思ってしまうなんて、どんなお菓子だったのか気になりますねぇ」
「それがね、その日のお昼休みに桃李くんが教えてくれたものだったんだ。タイミングが良いなと思って」
「えっっ、はっ、え?!それめっちゃ良いやつじゃない?!」
「うっかり……
「それは……椎名さんかなり落ち込んだのでは
「姫宮さんのお墨付きならかなり人気のものではないですか?手に入れるの、大変だったでしょうに……
「そうらしかったよ、本当に申し訳ないことをした……
「あぁ!お気を落とさないでください、私もお詫びの品探しお手伝いしますから!」
「よく許してくれたよね、椎名先輩」
「一彩さんも反省していることですし、半分事故みたいなものですし……といえど、ご寛大な心に感謝ですな」
「む……

 許してくれたのは許してくれたが、ニキは半泣きだったし、初めて見る悔しそうな顔で恨みがましく一彩を見つめながら「別に良いっす……名前書いてなかった僕が悪いんす……」と言われては、気にするなと言われても無理な話だと思う。そんなことを思い出して一彩は曖昧に笑って誤魔化し、次の話題を促した。
 
「椎名さんには何かお詫びを用意するよ。さぁ僕の懺悔は終わったよ、次は誰にするんだい?」
「そうですな、では次は……藍良さんで」
「おれか〜」
「よ、よかった……

 指されなくてマヨイはほっと息をつく。もはや指名制になってしまったが、時間内に全員のやることはしなければならないのなら、この方式がいいのかもしれない。

「では藍良さん。貴方の懺悔はなんでしょう」
「はい……おれの懺悔は、今月ピンチなのにライブチケットのためにCD積んだことです」
……
 
 その懺悔を聞き、巽たちは怪訝な無言に包まれた。観客の中には深く頷く者もおり、ファンにとっては身近な悩みなのだろう。だが。

……ええと、いつものことでは?」 

 マヨイはその懺悔、もとい後悔ならびに反省へ軽く尋ね返した。藍良が金欠だの落選しただのと騒いでいるのは何も今に始まったことじゃない。一彩なんて何がおかしいのかと首を傾げ、巽まで苦笑いしているくらいだ。

「いっ、いつものことだけど!それを反省したいって思ってるの!マヨさんも知ってるでしょ!」
「あうぅすみませぇん!」
「ま、まあまあ。節制を心がけるのは良いことです。ただまあ、藍良さんの場合は手遅れな感もありますが……
「よく分からないけど、藍良は何回も同じことを言っているし、これまでも反省はしていたよね?」
「そうだよォ……
「それでも繰り返すから、本気で治す気じゃないんだと僕は思ってたんだけど違うの?」
「がっ……!」
「本当に治す気があるの?それならもっと現実的な策を講じるべきだよ」
「うぐっ」
「一彩さん!一彩さんもう少しお慈悲を!」
「もうすこし手心を加えてあげてくださいね」

 正論に次ぐ正論。言い返す隙なくボコボコにされ、藍良はすっかり項垂れてしまった。これはファンにも深く刺さったことだろう。瀕死のダメージを喰らいながらも、藍良は開き直って言い返す。

「分かってる、分かってるよォ……おれが自分に甘いのが悪いんだって分かってるけど!でも!欲しいんだもん行きたいんだもん、仕方ないじゃん!」
「当落は確率ですからねぇ……観客席は確実に手に入れられるものでもないですし、当選確率を上げるなら積むしかないですよね……
「うん……

 マヨイの慰めに黙って頷く藍良。懺悔というより最早ただの愚痴になりつつある告白を巽は一先ず聞き入れ、不思議そうな一彩がこれ以上リスナーの傷も抉らないよう、メインパーソナリティとして口を開く。

「藍良さんのお気持ちは十分分かります。俺たちのライブも含めて行きたい人が全員参加できるわけでもないですし、先行抽選という制度もありますからね。藍良さんの行動も理にかなっています」
「タッツン先輩……!」
「ですが、一彩さんの言うことにも一理あります。浪費はあまり良いとは言えませんな。藍良さんも自覚があるからここで懺悔なさったのでは?」
「そうなの?」
「そうだよ……

 一彩の悪気ない透明な問いは低く唸る声に封じられた。
 無駄遣いしないよう心がけようと促すのは簡単だが、だったらと現実的な案を提示したら「そうじゃないの!」と言われそうだ。身にならないものを言ったって仕方がない。

「わ、私は好きなことにお金を使うのは賛成ですよ。グッズを手に入れてうきうきしている藍良さんはかわいいですし、ライブ抽選に全て落ちて泣きついてくる藍良さんも愛らし」
「マヨイさん、それ以上は」
「ハッ、あっ、あぁぁ!すみませんすみません!」

 本格的に味方がいなくなったようだ。マヨイの悪気はないが邪気はあるフォローに、藍良は若干引いている。ここらで締めなければならないが、どうしたものか。

……おれも、好きなことにお金を使うのは悪いことではないと思います。藍良さんの心が健やかであるためには、アイドルのライブもグッズも不可欠なものでしょう?」
「タッツン先輩……
「ですが浪費もいけません……なので、ご自身で工夫してみて、それでも浪費がある一定回数を超えたら強引にやめてみましょうか」
「タッツン先輩?!」
「ほら、一彩さんに止めてもらうとか。自分で制限するわけではないので確実ですし、一彩さんなら手段を選びませんし」
「任せてほしいよ!」
「い、嫌だ!ヒロくんほんとに手段選ばないじゃん!」
「ふふ、ですからまずはご自分でやってみて、それでもダメなら頼ってみましょう。厳しくされるのを避けたいのでしたら、いやでも気をつけるでしょう?」
……巽さんって結構厳しいですよね」

 ぼそりとマイクに乗るマヨイの呟きに、曖昧な笑みを返す。時に厳しいくらいでなければ人は成長しない。それにこれはラジオだし、今回は特別な回だ。いつもは公に見せない姿も見せていいだろう。

「ふふ、どうです藍良さん。少し気をつけようと思えるのではないですか?」
「めっちゃ気をつける!頑張るからぜっったいヒロくんけしかけないでね!」
「何もしないうちから手出しはしないよ」
「手を出されたら全面的に禁止されそうですねぇ……
「では当面はこれで様子を見るということで、次に行きましょうか」
「へ、あっ、ヒィッ!」

 視線を向けた先のマヨイはそれまでの落ち着いた態度から一変して短い悲鳴をあげる。それでもまだ外面は保とうとしているので、全然大丈夫だろう。ユニット活動も二年目に入りそのあたりのボーダーラインが分かってきた巽は、マヨイに対して割とぐいぐい押すようになってきた。にっこり笑いかければ、恐れおののき椅子の背にしがみつくようにして半身を逸らす。まだ余裕があるとみた。

「さぁ、マヨイさんの懺悔はなんでしょう」
「あっ、あぅ」
「ほらマヨさん、大丈夫だって」

 あわあわしている姿を微笑ましく見守る観客と共にしばらく待っていると、無意味に指を絡ませ合いながらあのそのと口を開く。

「わ、私なんか懺悔することまみれなんですけど……全部言ったらそれはそれで問題なので」
「それは収録外でお聞きましょう」
「ひっ、嫌……とかいってる場合では無いですねぇ……。ええっと、その、懺悔とかじゃなくて悩み事みたいな、あの、いつものラジオの、お悩み相談みたいな感じになってしまうかもしれないんですけど」
「構いませんよ。といいますか、お悩み相談の番組ですし」
「おれのも結局お悩み相談だったし」
「僕もアドバイスをもらったし」

 観客も何を今更、と言うように大きく頷いている。懺悔室を銘打っていても実際には懺悔より悩み相談に近いことをしているのだ、マヨイが心配することは正に杞憂である。

「あ、あの……実は、最近寒くなってきたので、寝る前に温かい飲み物を飲んでいるのですが」
「それは良いですね、風邪を引いてもいけませんし」
「ええ……でもこう、やっぱり紅茶などは眠れなくなるので避けていて」
「カフェイン?とやらが眠れなくなる成分なんだったよね」
「コーヒーとかもダメって言うよねェ」
「そ、そうなんです。そうしたら飲める飲料がほとんど無くなって、今白湯を飲んでるんです……
……それは、体に良さそうですが」

 白湯は体に良いと言う話はよく聞く。体を温めるだけならぬるめのお湯で事足りると思うが、と皆して首を傾げているとマヨイは首を振った。

「違うんですぅ……お湯を飲みたいわけではないんです……でもお湯以外飲むものが無いんです……
「あー……なるほどね」
「マヨイさんは、代わりになる嗜好品のものが欲しいということですな」
「その通りで……我儘ですみません……
「ふふ、そんなことはありませんよ。ではカフェインが入っていないものはどうでしょうか。ホットミルクや温かいレモネードとか、最近ではカフェインレスな紅茶などもあると聞きますよ」
「そ、それも考えたんですけど……あの、ここから本題なんですけど、私、普段買わないものを買うのが苦手で……
「ほう」

 曰く、いつも買わないものは調べても良し悪しが分からず、店舗に行って店員に聞くなんてこともできず、失敗するのも怖くてなかなか手を出せないらしい。巽にはあまり馴染みのない感覚だが、藍良などはうんうんと頷いていて、分かるよォなんて言っている。
 
「分からないなら人に聞けばいいんじゃないかな」
「それが気軽に出来る性格なら今私はこの場にいません……

 屈託の無い一彩とは正反対な発言。本人が落ち込んでいるのに不謹慎だと思うが、マヨイらしい悩みはささやかなもので、これなら巽も力になりやすい。

「ふふ、いつもの懺悔室らしくなってきましたね。大丈夫ですよマヨイさん」
「ぅえ?」
「よく分からないから不安に思うんですよね?なら、調べるところからおれも一緒にお手伝いします!買い物まで付き合いますよ」
「ヒェッ、いや、巽さんにそこまでさせてしまうほどでは」
「いいじゃん。マヨさん、店員さんに一人で話しかけるよりタッツン先輩と一緒ならまだ安心できるでしょ?」
「それはそうかもしれませんが……
「僕も行きたいよ、参加しても良いかな」
「あっ、おれも行きたい!」
「では皆さんで行きましょうか」
「あっ、えっ、」

 やった、と年下二人は無邪気に喜び、マヨイは頭を抱えた。

「思ったより大ごとになってしまいました……
「マヨイ先輩、楽しみだね!」
「どこ行くかおれも調べとくよォ」
「はぅっ!この笑顔を裏切ることなんてできない……!」
「でしたら、マヨイさんのお悩みは後日解決するということで」

 つつがなく導きもといお悩み相談のケリをつけたところで、これから終盤に向けていこうと台本をめくった。このあといつもならお便りを読むのだが、今回はその前にそれぞれの悩みに関する話、つまり半分雑談のようなフリートークとなっている。その隙を見計らってほかの三人は目配せ合い、藍良が口火を切った。

「ねぇ、タッツン先輩はお悩み無いの?」
「え?俺ですか?」
「いつも聞く側ですし、たまには巽さんの番もあって良いのではないでしょうか」
「巽先輩にはお世話になっているから、僕たちも力になりたいよ」

 そう言われて、巽はふむ、と考えた。今のところ差し迫った悩みはない。あるとすれば今日の晩ご飯くらいだろうか。

「特にはありませんね。皆さんとこうしてラジオの公開収録ができて、嬉しさはあれど悩みなんて……強いて言うなら、今日の夕飯をどうするかくらいですかね」
「だったら最近寒いから、あったかいものがいいんじゃないかな。僕はこの間おでんを食べたよ」
「でしたら、おでんとかにしてみましょうかね」
「ウム!」
「解決しちゃった」
「早い……

 悩みがないなんてめでたいやつだと思われそうだが、実際誕生日は近いしめでたいことに変わりはない。それに長く続けさせてもらっている自分の番組へユニットの面々を招くことができ、本当に嬉しいのだ。

「何か困ったことがあれば都度相談させてもらってますし、皆さんのおかげですぐに解消できていますよ」
「う、うぅ〜ん……それは良いことなんだけどォ……

 困ったような顔をして藍良が眉を下げて笑う。マヨイも仕方ないかな、といったような表情で頬を緩め、ラジオのスタッフをちらっと見た。不思議に思いその視線の先を辿ろうとすると、隣に座った一彩が肩を叩いてくる。そちらを振り向けばいつもと同じくにこにこしていた。

「じゃあいつも僕たちや皆の悩みを聞いてくれる巽先輩に、今日はご褒美があるよ!」
「えっ?」
「そ、そうそう!ね、マヨさん!」
「え、えぇ!」

 一彩の強引さやマヨイたちの不自然な態度に戸惑っていると、背後の観覧席が少しざわつくのが聞こえる。
 そのさざめきの中に一体何があるのだろう。なんとなく見てはいけないような気がして三人の顔を変わるがわる見つめていれば、巽の身体越しに何かを確認した一彩があっち見て、と巽の後ろを指差した。

「これは……ケーキ?」

 そこにあったのは、小さなホールケーキ。シンプルなショートケーキの真ん中には「風早巽くん お誕生日おめでとう」のチョコレートプレートまである。

「巽先輩、お誕生日おめでとう!」
「おめでとう、タッツン先輩!」
「おめでとうございます……ふふ、驚かれました?」

 誰がどう見たってバースデーケーキのそれをきょとんと見つめる巽を、スタッフも含めて皆が微笑ましく見守っている。

「本当はさ、タッツン先輩のお悩み解決と同時にってことだったんだけどね」
「ちょっと想定外でしたけど、一彩さんのおかげできちんとお披露目できて良かったです」
「綺麗なケーキをせっかく番組で用意してもらったものだからね、失敗するわけにはいかなかったよ」

 なるほど、サプライズだったらしい。確かに少し様子がおかしいところはあったから何か隠しているのだろうな、とは思っていたが、いやはや。

……ふふふ、ありがとうございます。一応確認ですが、これはどなたからのものですか?」
「番組のスタッフさん一同から、だよ!僕たちは便乗させてもらっただけなんだ」
「提案はさせてもらいましたが、お祝いの言葉を言うだけに留めようと思っていたんです。ですが、スタッフさんがご用意してくださって……大役でしたが、きちんと務められたでしょうか?」
「あ、丸ってしてる……オッケーかな。いやぁ、人徳だよねェ……

 スタッフの合図を見た藍良のしみじみとした呟き。
 人徳なんてとんでもない、巽はいつも、スタッフも含めて自分と関わってくれる方々の優しさに助けられていると実感している。自分の為すべきことをしてそれを返そうと、その期待や思いに応えようとしているだけなのだ。ひとえに彼らの厚意によるもの。

……
「巽先輩?どうしたの?」
「あ、いえ、その、なんといいますか感慨深くて……言葉が出ませんでした」

 ぼうっと放心している場合ではない。まだちゃんとお礼も言ってないのだ。
 巽は息を吸って、胸に広がるあたたかい喜びを言葉に落とし込み、マイクに吹き込む。

「皆さん、ありがとうございます。この番組を続けさせてもらえてるのも聴いてくださる皆さんのおかげですし、向き合って下さるスタッフの皆さんのお力あってこそです。お礼を言うのは俺の方、心からの感謝を」

 ありがとうございますと何度目にもなる感謝を伝えて、ぐるりと会場を見回す。ALKALOIDのメンバー、監督しているスタッフ、そして観覧席で見守る観客達。
 あぁ、本当に。自分は幸せものだ。

「皆さんのお気持ちに応えられるよう、これからも力を尽くしていきます。まだまだ未熟ですが、今後もよろしくお願いしますね」

 ラジオじゃ見えないが、深々と頭を下げる。

「ふふふ、なんだか演説みたいだ」
「嬉しそうだねェ」
「また後ほど、写真など撮りましょうね」
「ええ!」
 
 ここまでしてくれることに嬉しさを感じつつも、これに甘んじてはいけない。これまでも、これからも、身の程の精一杯を尽くして、精進していくつもりだ。
 巽は気を引き締め直して、マイクと向き合う。そして、ラジオの締めに移り、場の空気もそれに従ってまとまっていった。