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和綺
2024-12-27 12:42:53
3922文字
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ないよりまし(五歌)
五歌+虎
野生動物のようだな、と庵歌姫は思っている。多分毛並みとか図体とかそういうところが。
ぱらりと表紙をめくり、補助監督が作成してくれた任務一覧を眺める。生徒たちへの任務の振り分けだ。等級や相性、位置関係などを考えて、最適な場所へ宛がっていく。
「西宮と東堂
……
うーん、悪くないけど、東堂の暴走をスルーしがちなところがあるからなぁ
……
」
歳のせいだなんて思いたくないけれど、ふとしたときにひとり言がこぼれるようになった。思考の整理にはちょうどいいのだが、ひとに聞かれると少々恥ずかしい。
目を落とした先は、普段の騒々しさが嘘のような静けさが広がっていて、歌姫は思わずぽんぽんとその手を弾ませた。そうしてまた資料に目を戻し、思考に耽っていると、廊下の先の方に気配が現れた。だんだんと近づいてくる気配は、呪力がどうというより、物理的な足音の方が大きくて、歌姫はふふ、と笑ってしまった。
こんこんと扉が叩かれて、歌姫がどうぞ、と言い終わらないうちに開いたものだから、また笑いが増えた。
「しっつれーしまーす。五条先生いる?」
「いるわよ」
ソファーに座ったまま振り返った歌姫が答えると、虎杖が瞬いた。
「どこ?」
「そっちからも見えるでしょ、これ」
歌姫が指したのは、ソファーからこぼれている無駄に長い脚だ。
「あ、それ、五条先生?」
「虎杖、ノックはいいけど、開けるのは返事を聞き終わってからにしなさいね」
笑みを隠せないままではあるが、とりあえず諫めると、はーい、と素直な返事がある。近くに寄ってきた虎杖は、ソファーの背後から覗き込むようにすると、あ、寝てる、と呟いた。
「もしかして、俺、邪魔しちゃった
……
?」
「なにが? そろそろ起こそうと思ってたからちょうどよかったわ」
あ、うん、と妙に歯切れが悪い虎杖に首を傾げつつ、歌姫は高い位置にある時計を見上げた。五条の頭が歌姫の脚に落ち着いてから、小一時間ほどが経過していた。仮眠にしては短いが仕方がないだろうと、歌姫は額に置いたままだった手を、ぺちぺちと鳴らした。
「五条、時間よ。起きなさい」
「う~ん、むにゃむにゃ、もう食べられない
……
」
背後で、ぶっと虎杖が噴き出す声がしたが、歌姫はいらっと眉を寄せると、その無駄につやつやしている額にべちんと掌を落とした。
「あ、痛。もう歌姫もっと優しく起こしてよ~」
「いいから起きろ。虎杖が来たわよ」
「ごめんね、先生。もう時間なんよ」
「かわいい生徒に言われちゃ、起きるしかないな~」
うっうーん、とそれでもまだぐずぐずと歌姫の脚の上で伸びをしている姿を、上から眺める。五条の体躯ではただでさえ狭すぎるであろうソファーの、更にスペースが限定された歌姫の上でごろごろとひとしきり転がっている五条の髪を撫でつける。ふわふわとした手触りの毛並みが報酬のようだなと思って、唇が緩んだ。
視界の端に、五条と歌姫をきょろきょろと見比べている虎杖の姿が映り、どうしたのか尋ねようとしたところで、ぐあっと大きな重量が起き上がった。ふっと、脚が軽くなる。
「よし、行こうか、悠仁」
「え、あ、うん」
「頑張ってね」
虎杖に向けて手を振ると、隣で、僕には? とアイマスクを装着した大男がねだる。
「はいはい。あんたも周りに迷惑かけないように気をつけなさいね」
「なんか違くない?」
「違くない」
ぶーぶーと文句を続ける五条に、ひらひらと手を振った歌姫は姿勢を戻して、また資料に意識を傾ける。
「五条先生って寝起きいいね?」
「あ、そう?」
「うん。全然ぼーっとしたりしてないじゃん?」
「まぁ、ショートスリーパーではあるけど、今回はまた別かな~」
「どういうこと?」
遠ざかっていくふたりの会話を聞くともなしに聞きながら、スケジュールを組んでいく。歌姫の教え子たちは頼もしいが、やはり引率が必要な場面もある。大人の悪意には、大人が立ち塞がってやらなければならない。
「えっ!?」
突然の大声に、歌姫の体がびくりと弾む。
「びっくりした
……
なに、どうしたの」
再び振り返った歌姫の視界には、扉を開けている五条と、こちらを困惑気味に見ている虎杖がいる。
「どうかしたの?」
虎杖に問いかけると、何度か口をぱくぱくと開閉している。口に出すのが憚られるようなことだろうか。
「あんたまた変なこと吹き込んだんでしょ」
「おっとー、証拠もないのにそんなこと言っていいんですかぁ? 別に変なことじゃないよ。ね、悠仁」
へらへらとした笑みでえぇ
……
と困惑気味の虎杖を見下ろしている五条を睨む。
「任務前に動揺させるようなことするんじゃないわよ」
「これくらいで動揺するなんて、悠仁もまだまだだね~」
よしよし、と五条の手が虎杖の頭を撫でる。それを猫みたいな仕草で受けながら、虎杖が歌姫をちらりと見た。
「なぁに?」
「えっと
……
あ、脚!」
「うん?」
「脚、痺れてない
……
?」
「え
……
?」
「あ、と、その、結構長く、同じ体勢でいたんだったら、その、さ」
多分言いたいことは他にあるのだろうが、そちらはよほど言いにくいらしい。いつになくしどろもどろな虎杖の様子に、歌姫は思わず噴き出した。
「あはは! 大丈夫よ、ありがとうね」
「そうだよ、全然大丈夫だって」
「なんであんたが言うのよ」
「だって僕だし」
「その図体で何言ってんだか」
「五条先生の頭めっちゃ重そう」
「そりゃ、いっぱい詰まってるからね」
「時間いいの? 早く行きなさいよ」
しっしっ、と五条にのみ手を振った歌姫は、虎杖にはにこりと笑いかける。
「うわぁ、追い払われたぁ。ふーんだ、邪険にされてかわいそうな僕は、かわいい生徒と楽しく任務に行くもんね」
「はよ行け」
「はいはい、じゃあね~~」
ひらひらと振った手を残して廊下へ消えた五条を見送って、虎杖が歌姫を振り返った。首を傾げていると、と、と、ととステップを踏んで近づいてくる。
「どうしたの?」
「あのー、五条先生がさぁ」
潜められた声に、歌姫は苦笑いをこぼす。どうしても聞きたかったことなのだろう。
「うん。あいつなんて?」
「いや、その、寝てないよって」
「え?」
「あ、いや、たまたま! たまたまね! うまく寝付けなかったとかそういうことなのかなって思うけど」
もじもじと指を組み合わせて反応を窺っている様子の虎杖に、幼いかわいらしさを感じた歌姫の口からくすりと笑みがこぼれた。
「ふふ、ね、虎杖」
「うん?」
「知ってるわ」
「えっ!?」
「わ、びっくりした」
「あ、ご、ごめん
……
えっ、知ってたの?!」
「まぁね、昔からずっとそうよ」
「えっ昔?! っていつ!? え、待って今日が初めてじゃないの!?」
「じゃないの」
驚きすぎでしょ、とくくくと喉で笑った歌姫はソファーの背もたれに頬杖をつき、視線を天井に放り投げて、回想する。
「ひとのいるところで寝たりなんかしないでしょ、ああいうやつは」
「
……
そうなの?」
「知らないけど」
警戒でも油断でもなく、多分それはきっと一番あの男に似つかわしくないけれど、責任という言葉が近いのだろうと歌姫はぼんやり思っている。ひとりが一番強い男が自分に浸れる時間もきっとひとりきりのときなのだ。
「まぁ、でもたまにはああいう時間も必要なのよ、きっと」
「歌姫先生って、優しいんだね」
「そう?」
「うん。いつも喧嘩してるっぽいから仲悪いんだと思ってたし」
「げ。やめてよ。仲がいいわけじゃない」
歌姫が嫌そうに顔を歪めると、虎杖が笑った。
「だってただでしょ? 膝枕」
「あー、まぁ、そうなるかしらね」
「じゃあやっぱり優しいんじゃん」
言われて、はた、と歌姫は考えた。脚と時間を提供する代わりに、歌姫が何か得るものがあるだろうか。生意気でかわいくない後輩だけれど、たまにぱんぱんにガスが詰まったような顔をしているときがあって、それを見ているとこちらのストレスも増える。解消してやれば、少なくともとばっちりは受けないし、それに、と歌姫は自分の手のひらを見つめる。
「別にただってわけでもない、かな」
「え、なになに」
好奇心に目を輝かせた虎杖に苦笑いをして、その背後を指さす。
「待ちくたびれたやつが、そろそろ蒼でもぶっ放しそうよ」
「悠仁~~遅ーい! 早く行くよ~~!」
「あ、やべっ」
後ろを振り返った虎杖は、ごめん、ちょっと待って、と五条に返すと、すぐさま戻した顔を歌姫へと寄せた。
「ごめん、さっきの聞かれちゃったかな」
「さっきの
……
ああ、別にいいわよ」
「え、いいの?」
「ええ。私が知ってるってこと、あいつも知ってるし」
「
……
え」
「だから、あいつが狸寝入りしてるってことを私が知ってるってことをあいつも知ってるってこと」
「え、え、ちょ、ちょっと待って、わかんなくなった」
「更に言うなら、あいつの狸寝入りを私が知ってるってことを、あいつが知ってるってことを、私も知ってるってことかな」
「ちょ、ちょ、混乱させんで
……
! え? え?」
「ほら、早く行きなさい。任務は待ってくれないわよ」
ぐりぐりと虎杖の頭を乱雑に撫でると、ほら、と肩を押してやる。
「あー、歌姫が悠仁の髪ぐしゃぐしゃにしてる~」
「うるっさいわね。とっとと行きなさいよ」
よしよしと髪を五条が直してやっている手の下で、虎杖がまだ考え込んでいるような顔をしている。
「じゃあ、歌姫、またね」
「はいはい」
誰にも届かないようなあの柔らかい毛並みを撫でられるのは、まぁ悪くない見返りだと、歌姫は緩く笑って、その手を振ってやった。
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