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南篠
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ブツメツフツマ
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冬
/ ブツメツフツマ
/ 新先輩と瀬尾
先輩の手は大きい。
それが一般的な男子生徒と比較して大きいのかとか、そういうことは全然知らない。他の人の手なんて特に見ていないし、触ったこともないので、覚えてなんかない。けれど、手を繋いだときに、自分の手なんてすっぽり覆い隠してしまう彼の手の大きさだけは、なにもせずとも思い出せてしまうほど、身近なものになっていた。
本格的な冬も始まり、外の空気は冷え込んでいく一方だ。耳が凍ってしまいそうなほどに冷たい風を一身に受けるのは、やはり堪える。
歩けば運動によって多少は温まるとはいえ、それでも寒い。そんな中、よりにもよって突っ立ったまま来ないかもしれない誰かを待ち続けるなんていうのは
――
ちょっと、信じられなかった。
「
…………
おるやん
……
」
やっぱり、という言葉は頭の中だけに取っておいた。この角を曲がれば校門だ。日に日に大きくなっていくこの門は、一体どこまで派手になれば気が済むのか。大方、ブカツ道の誰かが違法な増築を繰り返しているのだろう。
ともかく、その門もどきの前では、思った通りに先輩が立っていた。
新先輩。何を面白がっているのかはわからないが、なんだかんだとこちらを構い倒してくる変な人。構い倒してくるだけなら、まだいい。構われて笑われるだけならまだ行動原理もわかる。
事もあろうに、この人は、自分のことが好きだと言う。
それを信じきれているわけではない。なんというか、明るくて、洒落ていて、いわゆる陽キャな先輩だ。やっぱり、なにを好き好んでこんな女に入れ込んでいるのか、未だにわからない。罰ゲームやろと笑い飛ばすには、いささか初対面からずいぶんと時間が経ってしまった。
先輩は門にもたれたまま、ぼんやりと空を見上げている。手に持ったスマホに視線を落とす素振りはなく、あ、今ポケットにスマホ入れた。先輩からは見えないように、曲がり角にそっと身を隠す。不思議なものだが、先輩は自分が近づくと驚くほどすぐに気づくのだ。愛の力だよなんてふざけて言われた記憶がよみがえる。
(
……
変な人やわ、ほんまに)
嫌な、わけではないのだと思う。嫌なら自分はこの道を通っていないし、わざわざ校門にも寄らない。もちろん寄らない日もあるのだけど、それは先輩に会いたくないからでもないし。なんというか。嫌いだと突っぱねてきってしまうには、やはり、あまりに長い時間を過ごしてしまった。同様に、好きだと言葉にしてしまうのも、まだなんとなくしっくりこない。
妙な関係なのに、先輩は未だに、約束すらしていない自分を毎日待ってくれて、一緒に帰ってくれて、ついでに遊んでくれる。
「
……
先輩、明日から先帰っといてええから」
結局、今日も根負けして一緒に帰ることになってしまった。曲がり角から顔を出すと、先輩は嬉しそうに笑う。このあいだ一緒に食べたおでんのこと、もうすぐ放映する音楽番組のこと、そんなとりとめのない話の中で、不意に切り出してみた。
先輩はきょとんとして、こちらを見下ろしている。
「え、なんで?」
想定内の反応に、あからさまに溜め息を吐いた。
「天気予報も見てへんの?
……
明日からめっちゃ冷え込むんやって。あんなとこ立っとったら風邪引くやろ」
「なんだ、心配してくれてんの? 俺、これでも丈夫だから平気だよ。体温高いし」
「あほか。体温と風邪はまた別やろ」
しまった。悪態が口をついて出てしまった。恐る恐る、隣を歩く先輩を見上げてみたが、「厳しいなあ」と全く気にもしていない素振りのままだった。
「でもさ、マジで気にしないでいいって。好きで待ってるだけって、前も言っただろ」
「
……
せやけど
……
」
もごもごと口を動かしたが、言葉にはならなかった。結果黙りこんだことになってしまったが、先輩は少し待ってくれた。先輩の方を見上げることもできず、足元に視線を落とす。二人分の爪先。先輩の歩幅は、自分に合わせてすこし狭い。
「
……
さすがに、先輩が風邪引いて気にならへんほど、うちも薄情やないもん」
「
……
やっぱり心配してくれてるんだ?」
「やかましいわ」
先輩の声はやけに嬉しそうだった。調子に乗らせてしまったかもしれない、と思いながら、このままでは引き下がらなさそうだなとも思う。先輩は頑固なわけではないと思うのだけど、妙なところでのらりくらり、全部うまくかわしていく節がある。
それをわかってて、妙な切り出し方をしたのも、正しいのだけど。
「言うても、どうせ先輩のことやから待とうとするんやろうけど」
「よくわかってんね」
「嫌々な
……
。
……
やから、その。
……
先帰っといてくれたら、行くから」
部屋まで。
そう付け足すと、先輩の足の動きが微かに止まった。驚いているのだろう。引かれてはいないだろうか、やはり怖くて顔は上げられない。いや、怖いというより、恥ずかしいのほうが近いかもしれない。
「オッケー、わかった。部屋めっちゃ温めて待ってる」
「いやそれ逆に暑いやろ
……
」
「アイスも買っといてあげる」
「
…………
」
「欲しいモンあったら言っといて」
明らかに浮かれてる声だ。まあ、嬉しいなら、いい。この浮かれ気分につけ込んで美味しそうなアイスやら何やらを買ってもらおう。作ってもらうのも悪くない。恥ずかしさの分だけ見返りはもらってしまおう。
ついでに。悴んだ指先が目に入って、なんとはなしにグーとパーを繰り返して、それから隣を視線だけで見上げた。
「先輩」
「うん、何? 未早」
先輩は目を細めて微笑む。多分、何を言われるのかわかっているんだろう。ずるい人。
「
……
今、ちょっと寒いんやけど」
「寒いね」
「
……
手袋もしてへんねんけど」
「してないね」
「
………………
言わせる気なん?」
そこまで言ってようやく、先輩は笑いながら手を取った。大きな手。すっかり慣れてしまった、けれど未だに気恥ずかしい、先輩の手だ。
机の上に放り出されたままの手袋を思い出す。登校時、持っていくかどうか悩んで、結局わざと置いてきた。それもいつかばれるのだろうか、ばれるんだろうな。
―――
お借りした方
薪野原新さん(@k9age さん)
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