ドラルクはなんとも言えない顔で、打ち出された原稿らしきものを眺めていた。手の中にあるのは、SFともファンタジーともつかない掌編だ。
「……これ、本当にフクマさんに見せたのか」
着古したジャージにヘアバンド、目の下には隈を貼り付けたロナルドが呻く。指はノートパソコンの上で上下している。上下しているだけで、一文字も打たれていないようだが。
「見せた……」
マジかこいつ。ドラルクは思いっきり顔をしかめた。
「なんて?」
「『私は好きですが、今回は止めておきましょう』」
「そうだろうよ」
ドラルクはあの敏腕編集者の黒々とした目を思う。止めて頂いて本当に感謝だ。
ロナルドは原稿に煮詰まりきると、ロナ戦には使えそうもない怪文章を書き上げることがある。ロナ戦のふたりがアイドルをやる芸能界バトル、ふわふわの不思議な生き物の観察記、ビーバーと鯉の問答。まるで別世界からの電波でも受信しているようだな、と笑った記憶がある。今回もそれで、何か受信したらしい。
ほんの短い話だ。
突然終わった世界に取り残された二人の男。主人公らしき男が、友人だったはずの男に最後の最後で愛を告げる。それだけといえばそれだけの話。二人芝居で一人称だからか、文中では一度も二人の名前は登場しない。『俺』と『私』。『お前』もしくは『コイツ』『アイツ』のみ。退治人や吸血鬼といったお馴染みの名詞もない。
しかしそれでも、どう薄目で見たって登場人物ふたりの特徴がロナルドとドラルクである。ましてや作者名がロナ戦と同じだったら誰でもそう読み取るだろう。
作家ロナルドの新境地としては面白いかもしれないが、意味深長にすぎる代物だった。
文字の乗った紙を、白手袋に包まれた指でペラペラと捲る。捲って廻るそのたびに、白い部屋で青年が目覚め無人の街を巡り愛を告げ、告げられた男は答えを返せず世界が終わる。
ドラルクは気にくわなかった。どうみても自分がモデルのこの男は、どうみても退治人がモデルの青年に好かれていて、それなのに答えていない。告げる努力すら放棄しているようにみえる。どうせ惚れている癖に、と自分も何も伝えられていないことを棚に上げて苛立った。
ロナルドは事実を元に書く作風だ、ならばこの怪文書に事実は? これまでの怪文書同様、追い詰められた挙げ句のフィクション百パーセントの可能性もあるが、さて。
赤いジャージで縮こまる、呻きと鼻を啜る音発生器を眺める。締切で頭がいっぱいの今なら、どう話が転がっても丸め込めそうにみえた。これなら、都合のいい言質でも取れやしないだろうか。
「ロナルド君、私のこと好きなの?」
「スキ……?」
「ラブ?」
「ラブ……?」
胡乱なクエスチョンマークしか返ってこない。締切で埋められたロナルドの思考はぐずぐずだった。
「世界の終わりにちゅーしたいのかってことだよ」
「したい」
三回目の問いかけに、思いがけず明瞭に返ってきて、驚きで指先がほどけかけたのを慌てて戻す。さっきまで茫洋としていた青色が、しっかり焦点を結んでドラルクを見つめ返していた。しかし。
「……でも世界も原稿も終わらないからやっぱりちゅーはしてもらえない……」
見る間に空色はあっという間に潤んで、べそをかきだした。ドラルクはドラルクで、せわしなくまばたきを繰り返す。そこまで都合の良すぎる言葉が出てくるとは思っていなくてさすがに動揺を抑えられない。
したいんだ。へぇ。
ドラルクが茫然とする間も、爆弾を投げつけた男はベソベソと泣き続けている。
「今度こそカリッと揚げられるぅ……」
これは、自分が何を言ったかもよくわかってないパターンだなと悟り、ドラルクは溜め息を一つついた。果たして、助かったのか逃がしたのか。
――想い人は、締切に怯えて口を滑らす迂闊者で、世界が終わりでもしなければ恋を白状することもできない臆病者らしい。それなら。
えい、と、くたびれて元気のない銀髪を抱き寄せて、額のヘアバンドにキスをする。
「世界は終わらんがちゅーはしてやろう」
「み゛っ……!?おま、な、なに、なにを?!」
「まずは原稿をあげろ!話はそれからだ、フライにキスしてもつまらんからな!」
世界が終わるまでなど待ってやるものか!
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